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56 完璧な演技

◆◆◆




「え……ロニー様?」

「これはこれは、完全にロニー様ですな!」

「凄いです、スイ様!」


ギルたちの言葉に、アクディーヌは自信満々に胸を張った。


今、彼らの目の前に立っているのは、下界で「ロニー」という青年として過ごしていた兄にそっくりな姿をしたアクディーヌだった。


髪は短く整えられ、色は普段より濃い水色に変わっている。

彼女はアンソニーから借りた貴族の服を身にまとい、その姿は兄そのものと言っても過言ではなかった。

ただし、骨格やわずかな仕草に違いがあるため、よく観察する者でなければ見分けることは難しい。

だがこれならば、全ての者を騙すことができる。


兄の変装をしているのはヒューバートたちが、屋敷に訪れてからアクディーヌがフィンレーたちにこう告げたからだった。


『皆さん、私は今からお兄様に変装をしたいと思います。詳しい話は後で』


急いで屋敷の中に戻ったアクディーヌは、早口でフィンレーたちに告げて、自分の部屋へと向かった。

兄が変装の達人ならば、近くで見てきたアクディーヌにも完璧な変装ができると思ったからだ。


それに、ヒューバートたちには申し訳ないが皇帝が絡んでいるとなると、今ではフィンレーの保護者として見過ごせない。



その後、兄に変装をして部屋から戻ってきた今に至る。

一方、ユウェシルはヒューバートたちの動向にいち早く気付き、逆に皇帝の行動を監視しに行ったのだ。


「どうです? 完璧にお兄様でしょう?」

「やっぱり、血の繋がりって凄いね……」

「ですが、どうしてロニー様になったんですか?」

「そのことなのですが、窓の外を見てみてください」


アクディーヌがそう言うと、フィンレーたちは窓際まで歩み寄り、外を眺めた。


「うわっ、不審者じゃん! なんでここにいるわけ?」

「あの人ってギルドマスター……?」

「そのようですな。ですが、スイ様、変装と何が関係しているのですか?」

「どうやら、皇帝はフィンレーくんを怪しんでいるようです」

「なんだって!?」

「ま、まさか僕が三人目の勇者だということを……!?」

「おお、なんということだ……」


皇帝が三人目の勇者の存在を知ったということは、ありえないだろう。

いくら皇帝であろうとも、初代アイテールティアの皇帝のように性格含めて、完璧な君主でない限りマグトルムや兄は皇帝に勇者の存在を教えることはないだろう。


(でもまぁ、皇帝が知ったところで、もしフィンレーくんの力を利用するのなら、その座を引きずり下ろしますけどね)


彼を利用する者は、たとえ人であれ神であろうとも容赦はしない。

六百年前の勇者が『出来損ないの勇者』と呼ばれてしまったように、フィンレーも同じような目に合ってほしくはない。

たとえ、力をつけても心の強さは簡単に鍛え上げることはできないのだから。


そう思いながら、アクディーヌは外にいるヒューバートたちを見ながら口を開いた。


「皇帝がフィンレーくんを三人目の勇者だということは、知らないでしょう。ですが、お兄様がいなくなったことによって、突如フィンレーくんが主人となったのですから、怪しまれるのも無理はありません」

「確かに。僕は両親が死んで無名の貴族となりましたが、『フィンレー・ロベール』という名しかありません。もともと、この屋敷はロニー様の屋敷ですから僕が主人であるとするならば、怪しまれるのも仕方がないです」

「主人……」

「ヒューバートたちが監視役だとしても、彼らなら話を合わせてくれますし、心配はないと思うのですが、やはり心配ですよね? だから、この私がお兄様となり演じようかと」


アクディーヌの提案に、フィンレーは思わず目を見開いた。


「スイ様が……ロニー様の代わりを?」

「ええ、見た目も似せればいけると思いますし、声色を変えるのもそこまで難しくありません。それに、私はお兄様のことならそれなりに知っていますから、不自然にはならないはずです」


アクディーヌは涼しい笑顔を浮かべながら、自信たっぷりに答えた。

だが、その案を聞いたギルが微妙な表情を浮かべる。


「ちょっと待って、スイ。確かに君なら演じられるかもしれないけど、それはあまりにもリスクが高いんじゃない? 皇帝側の人間が疑いを持った場合、正体がバレたら大問題になるよ」

「大問題になる前に、すべて片付ければいいだけです。それに、疑われる状況を作るよりも、こちらから積極的に仕掛けて安心させる方が効果的でしょう?」

「そうだけどさぁ……」

「安心してください、ギル。フィンレーくんを守るためならどんな役でも全力で演じますから」


マグトルムから『勇者育成』という任務を受けたが、ただ育成するだけではなく、守ることも任務の(うち)だ。

持病から解放された彼が、より良い人生を全うできるように、どんな者であろうとも邪魔をさせない。

今、『スイ』という立場でいる以上、悪役でもなんでも演じてみせる。

大切な人間の、人生の助けになれるのならそれこそ全てに意味がある。

それも、人間に『憧れ』を抱くのと同じように。


「ふふ、それに。お兄様に変装をしたいと思っていたので、お兄様になって何をしでかそうか、楽しみで仕方がないのです。ふふ」

「……主人。この様子だと多分大丈夫だよ……」


ギルが呆れたように肩をすくめると、フィンレーとアンソニーもそれに同調するように何度も頷いた。

その時、屋敷の外でヒューバートと目つきの悪い青年が何やら動き始める気配がした。


(さて。彼らはどのようにして皇帝の命を受けるのか、見ものですね)


アクディーヌはそう考えながら、玄関近くの柱に寄りかかり、腕を組んで待つことにした。

やがて、扉を叩く音が響く。

アクディーヌはゆっくりとその音に反応し、重々しい足取りで玄関へと向かう。


その瞬間、背後から「スイ」と呼びかけるギルの声が聞こえた。


アクディーヌは足を止め、振り返ることなく顔だけを少し傾けて声の主を確認すると、口元に柔らかな笑みを浮かべた。

そして、扉を開けた瞬間、目つきの悪い青年は目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。

ヒューバートに関してはサングラスをかけているため、表情が読み取れないが、おそらく目つきのの悪い青年と同じ表情をしているだろう。


「なっ……。あんた……誰?」

「おや、君たちは冒険者ギルドの者たちだね?」

「な、なんすか。この眩しいのは……」

「ははは。そうか、知らないのも無理はないね。僕はロニー。この屋敷の主だよ」

「ロニーですって!? でも、突如姿を消したって……」

「うん、最近はね。でも、さっき戻ってきたばかりなんだ。それで、この屋敷に何か用かい?」


ヒューバートと目つきの悪い青年は顔を見合わせ、何かを確かめるようにしてから再びアクディーヌ――いや、ロニーを名乗る青年に視線を向けた。

ヒューバートが一歩前に出て、慎重に言葉を選ぶ。


「……あなた本当にロニー? 何だか、初めてじゃないような気がするわ……。それに、突然戻ってきたというのも、ちょっと信じ難いわね」


ヒューバートは鋭く、相手の真意を見抜こうとするかのようにアクディーヌをじっと見据えた。

アクディーヌはそんな視線にも動じず、穏やかな笑みを保ったまま肩をすくめる。


「まぁ、君たちとは初めてだけど、怪しむのも無理はないね、僕は長い間留守にしていたから。でも、こうして戻ってきた以上、何か問題があるなら言ってほしい。君たちはこの屋敷に何をしに来たんだい?」

「……単刀直入に言うわ。この屋敷の主を監視しに来たの」

「へぇ、正直者だね。それで、その監視対象はこの僕ではなくて、フィンレーだろう?」

「な、なんで分かったんすか!」

「はは、それは分かるよ。僕は三年間、ここにいなかったからね。今の主はフィンレーなわけだけで、僕ではない」


兄自身ではないため、この屋敷の詳しいことは分からないが、三年間もこの屋敷に兄が不在だと知った皇帝は、新たな主であるフィンレーに興味を湧いたのか、それとも、何かを感じ取ったのか。


いずれにせよ、今の皇帝は慎重かつ好奇心旺盛な人物だろう。

些細な異変も見逃さず、自分の利益になると判断すれば、すぐに手を打つ。

フィンレーに目をつけたのも何かしらの意図があるに違いない。


(それにしても、何故今になってフィンレーくんに目をつけたのでしょう……)


そう思いながら、アクディーヌの脳裏にふと一人の貴族の姿が浮かぶ。

それは、初めて任務として屋敷に来た際に遭遇した侵入者のことだ。

あの貴族は、ギルの話を聞くに何度も屋敷に出入りしていたという。


アクディーヌの胸に不安が広がる。

もし、あの時からすでに屋敷全体とフィンレーを標的にしていたのだとすれば、暗殺組織と繋がっている可能性も否定できない。


(やはり、この屋敷はこの国にとってただの屋敷ではないのかしら)


暗殺組織といえ、この屋敷といえ、いずれこの屋敷に多くの者たちが集まるような気がしてたまらない。

そう思いながらも、アクディーヌは冷静を装う。


「それで、一つ聞いていいかな?」

「何よ?」


ヒューバートは警戒心をあらわにしていた。


「君たちの目的は、ただ監視をするだけかい? それとも、何か具体的な指示でも受けているのかな?」


その問いにヒューバートと目つきの悪い青年は一瞬視線を交わし、言葉を濁した。

しかし、アクディーヌはその沈黙の意味を見逃さなかった。


「……答えにくいか。まぁ、無理もないね。だが、僕としても君たちの意図を把握しておきたいんだ。フィンレーはまだ若い。皇帝の注目を集めるのは名誉なことだが、過度な干渉は望ましくない」


ヒューバートがため息をつき、少しだけ肩を落とす。


「皇帝の命令で動いている以上、詳細を話すわけにはいかないの。だけど、あんたが協力的なら、穏便に済ませることも可能よ」

「協力的か……それはありがたい申し出だね」


アクディーヌはふっと笑みを浮かべ、まるで兄そのもののような穏やかさを漂わせた。

その様子に、ヒューバートも少しだけ表情を緩める。


「なら、こうしよう。僕がしばらくこの屋敷に滞在する間、君たちの仕事を妨げることはない。ただし、フィンレーには直接接触しないでほしい。彼が不安を感じるのは避けたいからね」

「……分かったわ。ただ、報告義務がある以上、あたしたちも自由に動かせてもらうわよ」

「もちろん。ただ、僕もこの屋敷の主として、君たちを見守らせてもらうよ。お互い、余計なトラブルは避けたいだろう?」


その言葉に、ヒューバートも一瞬考え込んだが、最終的には納得したように頷いた。


「分かった。その条件で手を打つわ」

「あの〜、ちょっといいっすか?」

「何よ、あんた」

「マスターも気になってるでしょ? この屋敷にスイさんはもう来ないのかって」


目つきの悪い青年の言葉に、アクディーヌは一瞬だけ硬直する。

しかし、アクディーヌは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。


「スイを知っているんだね。彼女はしばらく屋敷には来ないと思うよ。別の任務を任されているからね」

「そうっすかぁ。まぁ、任務なら仕方ないっすね」


しかし、ヒューバートはサングラス越しでも分かるほどに鋭い目つきでアクディーヌを見据えた。


「ずいぶん詳しいのね。まるであんたが任務を直接知っているかのような口ぶりじゃない? それに、あんた。三年前に消えたのに、どうして面識もなさそうなあんたがスイのことを知ってるわけ?」


アクディーヌはヒューバートの疑念を受け流すように、少し首を傾げた。

ここは、妹だということを明かすべきなのだろうか。

だが、もしこの『ロニー』に妹がいたら、色々と面倒なことになるに違いない。

こうなったら、ただの知り合いということにしよう。


「スイとは以前、外で偶然知り合ったんだ。彼女のことを少し知っているだけさ。特別な関係ではないよ」

「へぇ、偶然ね。そんな偶然があるものかしら?」

「世の中、意外な巡り合わせってものもあるだろう? 旅の最中に知り合っただけだよ。深読みする必要はない」


アクディーヌはさらりと答えたが、ヒューバートの視線は鋭いままだ。


(何故、ヒューバートはこれほどにも『スイ』に執着するのでしょう?)


もしかして、本当にあの例の組織に加入させようと意地でも詮索して、見つけ出そうとしているのだろうか。


アクディーヌはヒューバートを見つめる。

変装のために変えた深い群青色の瞳が、まるで夜空の果てを映すかのように暗く静かに輝いている。

その視線は、ヒューバートがかけたサングラスの奥をも貫くように。


「……っ!」


ヒューバートは何かを感じ取ったのか、瞬時に身構えた。

鋭い直感が危険を告げたのか、反射的に一歩後ろへ下がる。


「マスター? どうかしたんすか!?」

「何を警戒しているんだい?」

「……なんでもないわ」


ヒューバートはそう言いながらも、視線を逸らさずにアクディーヌを見つめ続ける。

まるで、目を離せば何か取り返しのつかないことが起きるとでも言うように。


アクディーヌは穏やかな笑みを浮かべ、少し肩をすくめた。


「今日はもう遅い。君たちも疲れているだろうし、ゆっくり休んだ方がいい。ここで待たれても、スイの任務が早く終わるわけじゃないからね」


ヒューバートは何か言いたげに眉をひそめたが、すぐに考えを改めたのか、軽く舌打ちをして目つきの悪い青年に視線を向けた。


「……分かったわ。今日は引き上げるけど、また来る。逃げられると思わないでよ」

「もちろんだ。君たちが来るのを楽しみにしているよ」


アクディーヌは柔らかい声でそう言い、静かに見送る。

ヒューバートたちが屋敷を出ていくと、玄関の扉が静かに閉じられた。


彼らが完全に立ち去ったのを確認すると、アクディーヌは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


「はぁ、これから策を考えないと」

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