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55 意外な客人

「んもう、完全にやられましたね!」


アクディーヌは大剣を泡の中に入れようとした瞬間、磁石のように反発して押し返されたのだ。

もしかしたら、この大剣が光っていた理由は対策されたものによる光なのかもしれない。

アクディーヌがなんでもかんでも泡の中に入れるのを、兄とマグトルムが知っているため、おそらくその対策だろう。


「はぁ、これは困りましたね」

「何が困るの?」


突如隣から声が聞こえ、視線を向けるとそこにはギルが不思議そうに首を傾げていた。


「わっ! ギル!? いつの間に」

「ずっといたけど? というか、何それ」

「え、ええと、こ、これはですねー。私にも分かりません。なんでしょうね? これ」


アクディーヌはそう言いながら、泡を潰し頬を掻いた。


「というか、その大剣どうするのさ。まさか、ずっと手に持ってるわけじゃないよね?」

「んー、どうしましょうか。これ」

「おい! どうしましょうか、じゃないよ! 大切な大剣なんでしょ! 唯一片手で持てるスイしか頼れる人はいないんだから」

「そうですけど……。あ!」


アクディーヌの目が輝いた。

その表情を見たギルは、一抹の不安を覚えた顔をしていたが、言葉を待っていた。

アクディーヌの脳裏には、幼い頃から共にいたとある者が思い浮かんだ。

常に大剣を振り回し、魔物を的として修練をしている者の存在を。


(大剣といえばイグよね! あの子なら、どんな大剣でも大切に保管してくれますし)


イグニーゼルは、初めて剣術の練習をする際に使った武器が大剣だった。

まだ、幼かったイグニーゼルが持つにはアクディーヌの支えがなければ持てなかったが、たったの三日ほどで持てるようになっていたのは、驚きだった。

それほど、大剣に対する情が深いのは確かだった。

四神の中で唯一、力技が得意であり何度も対戦を申し込まれたほどに、彼は戦うのが好きだった。


「ふふ、ギル。少しここを離れますねー!」

「え!? ちょっと! どこにいくの、ってスイ!?」


アクディーヌはギルの声に耳を貸さず、その場からふわりと軽やかに姿を消した。


「……ったく、スイのこういうところ、本当に困るんだよな!」


ギルは舌打ちをしながら、彼女の行き先を想像して頭を抱えた。




◆◆◆




アクディーヌが向かったのは、天界の炎神イグニーゼルが管轄する東の領域だった。

ここは他の領域に比べて暑く、ここで働く神官や民は皆、暑さを和らげるために薄着で過ごしている。

その中で、イグニーゼルだけは涼しい顔をしているため、「さすが炎神だ」と誰もが感嘆せざるを得ない。


「さすが炎神の領域……相変わらず暑いですねー」


アクディーヌは額に軽く手を当て、眩しい光から目を守りながらイグニーゼルのもとへと歩みを進める。

宝物庫の掃除をしていなければ、髪を高く結ぶことも楽な格好にすることもなかったため、丁度いい。


そして、アクディーヌの目の前には何もない平地でいつものように大剣を振り回すイグニーゼルの姿があった。

彼は上半身裸で、大剣を振るうたびに筋肉がしなやかに動き、汗が光の粒のようにキラリと飛び散る。

おそらく、仕事が一段落ついたのだろう。


「どうせなら、イグがフィンレーくんの稽古をつけてほしいですね」


アクディーヌの声に気が付いたのか、イグニーゼルは動きを止め、こちらを見つめた。


「イグ、ごめんなさい。邪魔をして」

「問題ない。それで、俺になんの用だ……おい、なんだその大剣は。貸せ」

「わっ。もう、相変わらず大剣に目がないんですから」

「これは……なんだ。初めて見た、それにこの力……。マグトルム様とクラルディウス様か?」

「さすがですね。そうです、この大剣はお兄様たちが作ったようです」

「それは何故?」

「……さあ? 下界の屋敷に置かれていたので、一応盗まれるわけにもいかないから、イグに預かってほしいと思って」


アクディーヌの言葉にイグニーゼルは大剣をじっくりと眺めながら、眉をひそめた。

どうやら、古代文字に関しては読めないのか深く追究はしてこなさそうだ。


そして、イグニーゼルは大剣の柄を握りしめ、軽く振ると空気が震えるような音を立てた。


「やはり尋常な大剣じゃないな。マグトルム様とクラルディウス様の力が上手く合わさっていて、振るだけで岩を壊せる。だが、これは面倒な代物だな」

「面倒な代物?」


アクディーヌが首を傾げると、イグニーゼルは大剣を地面に突き立てて腕を組んだ。


「ああ。この大剣はただの武器じゃない。ただの力の象徴として飾っておくには惜しい。だが、この力を扱える奴がいなければ、ただの厄介な荷物に過ぎない」

「でも、使える者がいればなんの問題もないですよね?」

「……まぁな。もしかして、お前が使う気か?」

「まさか。私が使ったらすぐ壊れてしまいますよ。この大剣は、時期が来るまではイグに預かってもらって、また私が取りに戻って来ます」

「……それならお前が自分で持っていればいいだろ?」

「そうしたいのは山々なんですが、お兄様とマグトルム様が私に対して対策をしたらしくて、泡に入らないのですよ。それに、持っていたとしても壊しそうですし」


昔、神力を解放していないというのに持っただけで壊してしまったことがある。

あの時は、自分の力が恐ろしく感じたこともあり、しばらく物に触れるのは控えていたこともあった。

けれど、研究は止められなかったためなんの意味もなかったが、日に日に力が増してきているのは気のせいだろうか。

いや、弱ってきているのかもしれない。

血を吐いた理由がそうなら、やはりこの体は限界を迎えているのだろうか。


「それなら、尚更お前に預けられないな」

「そうですよね、ならイグに預かってもらったほうが一件落着でしょう?」

「……お前、まさか手荷物が増えるのが嫌だから俺に押し付けてるんじゃないだろうな?」

「まっさかぁ。私の大切な任務ですから。ただ、イグのほうがこういうものを管理するのに向いていると思っただけです」

「……お前、相変わらず言い訳だけは達者だな」


イグニーゼルはため息をつきながら、大剣を地面から引き抜き、その重量感を改めて感じ取るように眺めた。


手ぶらで行動するのが常だったアクディーヌにとって、このような重量物を持ち歩くのは明らかに不便だったからだ。


「まあいい。預かるのは構わないが、いつ取りに来るかはっきりしろ」

「まだ分かりませんが、その時はきっとイグにとってもよい知らせになるはずですよ」

「よい知らせ? それはなんだ」

「ふふ、いずれ分かりますよ」

「ふん。どんな理由にせよ、厄介事を押し付けてきたのは確かだな」


そう言うと、イグニーゼルは再び大剣を肩に担ぎ、軽々と動かした。

その動作は彼が力を誇示しているようにも見えるが、実際はただ自然体でいるだけだ。


「では、そういうことなので、大剣よろしくお願いしますね!」


アクディーヌはそう言って低く手を挙げると、イグニーゼルは大剣を担ぎながら後ろを振り向き、彼も同様低く手を挙げて歩き出していった。

イグニーゼルの後ろ姿を見送りながら、アクディーヌはそっと咳き込む。


咳が止まらず、アクディーヌはそっと手を口元に当てた。

手を離すと、かすかに紅い染みが見えた。


「……やっぱり、限界が近いのかもしれませんね」


アクディーヌは苦笑しながら小さく呟き、震える手をぎゅっと握りしめた。

これ以上誰にも心配をかけるわけにはいかない。

何より、今はイグニーゼルに気付かれてはいけない。


(はぁ、面倒ですね)


アクディーヌは小さくため息をつき、顔を上げた。

炎神の領域の空は相変わらず眩しく輝き、周囲には暑さに耐えながら働く神官や民たちの姿が見える。


アクディーヌは口元をそっと拭い、何事もなかったように姿勢を正す。

ふと、遠ざかるイグニーゼルの背中が視界の端に映る。

その大剣を軽々と担ぐ姿は、いかにも頼もしく見えた。


(ふふ、イグが子どもの頃から見てきましたけど、本当に頼もしいですね)


アクディーヌは小さく笑いながら、いつもの微笑を浮かべて、その場を立ち去った。




◆◆◆




天界から下界の屋敷の外に戻ってきたアクディーヌの目の前には、 ふと馴染みのある姿が二つあった。

急いで、気配を消して目を凝らしてみるとそれはヒューバートと目つきの悪い青年だった。


彼らは、周りを見渡しては何かを話していた。

まるで、誰かを探しに来たかのように。


(どうして、彼らがここにいるというの?)


前も、ヒューバートたちに攻撃を仕掛けられたが今回はなんの用事で来たのだろう。


アクディーヌは、木陰に身を潜めながら様子を窺った。

ヒューバートの特徴的な仕草とサングラスや、横に立つ目つきの悪い青年の不機嫌そうな表情は間違いなく彼らだ。


その可能性を考えた途端、胸がざわついた。

警戒心を隠し切れないまま、彼らの動きを見守る。

目つきの悪い青年が手に何かの紙を持ち、ヒューバートにそれを見せながら話しているようだ。

声は聞こえないが、ヒューバートは不満げに眉をひそめた。


そして、ヒューバートは目つきの悪い青年が持っていた紙を奪い取り、それを破り始めた。


(あらまぁ。そんなにひどい内容だったのかしら?)


アクディーヌは眉をひそめた。

ヒューバートの行動は相変わらず大胆で、やり過ぎではないかと心配になる。

破り捨てた紙片が風に舞い、地面に散らばる様子が目に映る。


すると、ヒューバートの声が微かに聞こえてきた。


「こんなもの、誰が信用するかってのよ! あたしにこんな役目をさせるなんて、冗談じゃないわ!」

「全くすよ……。しかも、スイさんがいたこの屋敷なんて、あの皇帝はいったい何を考えているんすか……」

「まさか『新たなロベール屋敷の主を監視しろ』だなんて、絞め殺されたいわけ?」


ヒューバートの言葉に、アクディーヌの心臓が飛び跳ねる。


(なんですって? 皇帝がフィンレーくんを……? これはまた面倒になりましたね)


フィンレーが監視対象となったのなら、これから厳重に警戒しなければならない。

しかし、この屋敷の主であった兄の妹がいることを皇帝に知られたら、これはこれで面倒くさいことになる。

仕方がない。

これはもう、あの作戦を使うしないだろう。


そう思いながら、アクディーヌは急いで屋敷の中へと向かったのだった。

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