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53 隠された秘密

アクディーヌはお風呂から上がり、魔法で体の水滴を払い除けたあと、フィンレーたちの元へ戻ろうと廊下を歩いていた。

そのとき、ふとギルたちの声が耳に届いた。


「わぁ、主人。なんだかたくましくなったよね」

「そうかな? これもユウェシル殿のおかげです」

「大したことはしていない」


少し足を止めたアクディーヌは、その会話に微笑みを浮かべた。


(ふふ、これは男同士の会話というものでしょうか? 今は、入らないほうがいいかもしれませんね)


アクディーヌは、廊下の影に身を寄せながら、しばし会話を聞き入った。

ギルの無邪気な声と、それに照れつつも素直に応じるフィンレーの声が微笑ましい。

ユウェシルは相変わらず控えめな返答をしているが、どこか誇らしげでもあった。


「それにしても、仏頂面雑草男。主人は持病から回復したばかりなのに、厳しすぎない?」

「これが普通だが」

「ギル、大丈夫だよ。ユウェシル殿のおかげで体力がついてきたんだ」

「それは良かったけど、無理しないでね? スイだって心配すると思うよ」


アクディーヌは思わず口元を緩め、ほんの少しだけ廊下の影から姿を乗り出し、半開きになった扉の隙間から彼らの様子を伺った。


(本当なら、私もフィンレーくんに剣術を教えてあげたいですが、また魔神との戦いのときのように血を吐いたら大変ですし、困りましたね)


一応、ウィンディから貰った薬を多く持ってきたが、それだけでは治るわけがない。

それに、『蘇生瓶』の研究も続けなければならないためにも、血は邪魔だ。

万が一、血が入ってしまえば、せっかくの研究が台無しになってしまうかもしれない。

そんなことになったら、今までの努力がすべて無駄になってしまう。


(研究や体のためにも、ここで無理をしては元も子もありませんね)


まさか、自分自身がこれほどにも体を弱くしてしまうのは三千年以上生きてきて、 初めての経験だった。

だが、血を吐いたくらいでは怖気付いたりはしない。


そんなことを思っていると、ふと後ろから声がかかった。


「……スイ様、こんなところで立ち止まって何をなさっているのですか?」


振り返ると、そこにはアンソニーが立っていた。

そんなアンソニーの声にアクディーヌが慌てて人差し指を鼻に当て、「しーっ」と合図をする。

その動作にアンソニーは目を瞬かせ、少し戸惑った表情を浮かべるが、すぐに口を閉じて、アクディーヌに合わせて声を潜めた。


「何か、問題でも……?」とアンソニーが小声で尋ねると、アクディーヌは微笑みながら一つの部屋を見る。


「ギルたちの会話が聞こえてきたのです。せっかく楽しそうにしているのに、邪魔するのも野暮でしょう?」


アンソニーは小さく頷き、アクディーヌに(なら)って影に身を潜めた。

彼もまたギルたちのやり取りを耳にし、少し微笑みを浮かべる。


「ほっほっほ、これは確かにお邪魔したくありませんな」

「でしょう?」


アクディーヌは、アンソニーの言葉に頷きながら、再び静かにギルたちの会話を聞き続けた。

ギルの無邪気な声が響き、フィンレーがそれに応じる様子が目に浮かぶ。


「そういえば、スイ様。少しお聞きしたいことがございます」

「なんですか?」


アンソニーは声を潜めて口を開いた。


「実は、屋敷の宝物庫を整理していたのですが、その中に不思議なものがあったのです。スイ様に確認していただきたくて」


アクディーヌは驚いて目を見開く。

兄の屋敷に宝物庫があるとは知らなかったからだ。

しかも、不思議なものがあるとは興味をそそられる。


「宝物庫? それはどこにあるのですか?」

「この屋敷の地下にあるので、ご案内いたします」

「では、お願いいたします。それにしても、お兄様が宝物庫を作っていたなんて。きっとガラクタとかでしょうね」

「ほっほっほ。さすが分かっていらっしゃいますな。ロニー様は他の貴族と違って、金目の物など目にありませんからな」


兄は、聖塔の誰も使わない階に、下界から持ち帰ったガラクタを集めていた。

古びた壺や不思議な形をした瓶、壊れかけの道具など、まるで小さな博物館のようだった。

それがまさか、下界でも同じようなことをしていたとは思わなかった。


「ロニー様はよく、物の価値は金銀だけでは測れないとおっしゃっていました。『無駄なものほど面白い』と」

「本当にお兄様ったら……」

「ほっほっほ。それでは参りましょうか」


アンソニーがそう言って先に立ち、フィンレーの部屋とは反対側の廊下へと進んでいく。

アクディーヌもそれに続く。

廊下を進むと、やがてひっそりとした階段が現れる。

アンソニーが足元に気をつけるよう促しながら地下へと誘導する。


「この先が宝物庫でございます、スイ様」


アンソニーの案内で階段を下りると、やがて視界が広がり、目が(くら)むほどの魔法陣が、大きな扉に厳重に張られていた。

そして、その魔法陣はどんな相手であろうとも解くことができない仕組みに作られていた。

淡い青と銀色の光が流れるように輝き、見る者を監視するかのように静かに刻まれていた。


「これは……かなり強力な結界ですね」


アクディーヌにはこの魔法陣が解けないことはないが、兄の魔法陣は他の神が作る魔法陣よりも、強力すぎるのだ。

それほど、盗まれたくないガラクタが宝物庫にあるということだろう。


「侵入者がこの屋敷に入ってきた際に、盗まれないようにとロニー様が施されたのです。(わたくし)を含めてこの屋敷にいるフィンレー様と庭師のギルベルトだけが、この結界の解き方を教えられていますが、それ以外の者は一切解くことはできません」


アクディーヌは軽く頷き、結界を見つめながら微笑を浮かべる。


「お兄様が見つけるガラクタはだいたい、盗んでもなんの価値もなさそうな物ばかりだと思いますけど、たまに秘宝らしき物を持ってくるので、なんだか怖いですね」

「ほっほっほ、ロニー様らしいですな。スイ様はロニー様の妹君であられますので、結界の解き方をお教えいたしましょう」

「まあ、ありがとうございます」


兄の結界など、解けないことはないが解くのに少々時間がかかるのだ。

それを、教えてくれるのは助かる、とアクディーヌは内心思った。


「あ、そういえばアンソニーさんは、魔法を使えるのですね」

「はい。普段は使いませぬが、氷の能力を持っております」

「ふふ、この屋敷は皆魔法が使えるのですね」

「ほっほっほ、そうですな」


アクディーヌは微笑を浮かべながら頷き、再び目の前の結界に視線を向けた。


アンソニーが結界の細かい解き方を説明し始めると、アクディーヌはその説明に耳を傾けた。

結界の解除には、指定の手順を守り、いくつかの符号を正確に合わせる必要があるらしい。


これに関しては、結界を解く基本手順であるため分かる。

そして、アンソニーは引き続き、少しでもずれると再び結界が強化されるようになっているのだそう。


「ただのガラクタにここまで手間をかけるのですね。お兄様は」

「それこそ、他の貴族とは違う点ですな」


そう言うと、アンソニーは結界の手順に従い、慎重に符号を合わせ始めた。

彼の動きは慣れており、一つ一つの動作が正確だった。


(さすが、アンソニーさんですね。私のように速さ重視で雑に解かないところが、いかにも丁寧で几帳面ね)


アクディーヌは心の中でそう呟いていると、結界が一瞬だけ淡く輝いた。

やがて、最後の符号を合わせ終わると、結界は消え、目の前にあった扉が静かに開かれた。


「では、どうぞお入りくださいませ、スイ様」


アンソニーが静かに促し、アクディーヌは一歩踏み出し、扉の向こうに広がる兄の『宝物庫』へと足を踏み入れた。


地下の宝物庫に入った瞬間、アクディーヌは驚きに息をのむ。

暗く重苦しい雰囲気を予想していたが、そこには穏やかな光が満ちていた。

天井からは小さなシャンデリアが吊るされており、それらが暖かく青い光を周囲に放っている。

まるで星空のように散りばめられた光が、古びた壺や不思議な形をした瓶に柔らかく反射し、部屋全体が海の中のように揺らめいて見えた。


「まるで、海底の中にいるみたいですね」

「私めも最初入ったときはそう思いました」


アクディーヌは棚に並ぶ奇妙な形の器具や、古びた巻物、金属製の小さな彫刻などを興味深そうに見つめた。

どれも、天界の聖塔に置かれている物と同じ物ばかりだった。


(お兄様ったら。絶対に意味もなく集めましたよね、これほとんど遺跡とかに落ちてる物ばかりじゃないですか)


アクディーヌは思わず苦笑し、内心で兄への呆れを隠しきれなかった。

どの品も大層な装飾や古代の力を感じさせるわけではなく、ただ歴史の重みを纏っているだけのように見える。

まさに『遺跡で拾ってきた品々』に過ぎないのだ。


「スイ様、何か気になる物がございましたか?」

「いえ、ただ……お兄様の収集癖がここまでとは思わなかっただけです」

「ほっほっほ、確かにロニー様はそのようなお姿を時折見せられましたな。必ず、屋敷に戻った際には宝物庫へ向かわれるのです」


アンソニーの言葉に、アクディーヌは鼻歌を歌いながら宝物庫へ向かう兄の姿が脳裏に浮かんだ。


アクディーヌは目の前の古びた壺をじっと見つめ、指先でそっとなぞる。

兄はいつも自由で、自分の好きなものに囲まれて、誰にも縛られることはない。

水神であった頃からも、兄は自由だった。

そんな姿を幼少期から見てきて、少し羨ましいと感じながらも恨めしく思ったこともあった。


広がる宝物庫の中で、無数の遺物が自身を取り囲んでいるはずなのに、まるでそこにはアクディーヌだけがぽつんと佇んでいるかのような静けさがあった。

まるで、泡の中に閉じこもって深海に沈んでいくように。


孤独に包まれ、すべての音が消え去ったように感じる。

どんなに近くに物があっても、決して手が届かない。

たとえそれが、『憧れ』でも。


そんなことを考えていると、アクディーヌの視線がふと奥の方に向かい、異質な存在感を放つ一つの箱に目が止まった。

他の品々とは明らかに異なる雰囲気をまとっていた。

無数の遺物に囲まれながらも、その箱だけが異様な静けさと強い魔力を放っているのが感じられた。

まるで、その存在自体が周囲から隔絶されているかのようだった。


「あれは……?」

「それこそ、スイ様に確認していただきたい物でこざいます」


アクディーヌは一歩、また一歩と箱に近づいた。

近付くたびに、その魔力の圧迫感が強くなり、肌に触れるような感覚が広がっていく。

箱は黒い装飾が施され、古い呪文の文字が淡く光っている。

封印された何かを守るかのように、蓋が固く閉じられていることが見て取れた。


「あらこれは」

「ロニー様がいた頃には、こんなものはなかったはずなのですが、なんとも不気味で」

「確認してみますね」


アクディーヌは、さらに近寄り箱を凝視する。

この文字は、おそらくは古代文字だろう。

古代文字は、残滓の研究で多少の知識があったが、目の前の箱に刻まれている文字はそれとは少し違っていた。

微妙に異なる文法や表現方法が混じっており、アクディーヌは一瞬だけ戸惑った。


「これは古代文字のようですが、一般的な古代文字とは異なりますね。まるで何かを隠すためにわざと難解にしたような……」

「古代文字ですと!」

「古代文字はたまに、黒魔術を発動させるために仕掛けられていることがあります。解読しようとするだけで、知らずにその術を発動してしまう可能性もあるんです」

「なんと……恐ろしい話ですな」


アンソニーの声に緊張が走るが、アクディーヌは箱を見つめ続ける。

兄が意図的に何かを封じているのなら、いったい何を隠しているのだろう。

だが、兄のことを考えると、悪いことをするような神ではない。


(兄が危険な黒魔術に手を出すとは考えにくい……。もしかして、これは危険に見せかけた罠とか?)


いや、開けてみないと分からない。

黒魔術だとしても、魔神との戦いで思い知ったため、怖くはない。

そもそも、黒魔術などこの体には効かないのだからなんの心配もないが、あの時起こった胸の痛みと血が、ぶり返してしまうかもしれない。

だが、もしこの箱がこの屋敷に危険を及ぼすのなら開けるという方法しかない。

アンソニーは普通の人間だ。

もし、神でも人外でもない者が開けたら死んでしまうかもしれない。

それは、あってはならないことだ。


「アンソニーさん。すみませんが、少し離れていてください」

「スイ様、もしかして開けるおつもりで?」

「ええ。私は特殊な訓練を受けているので大丈夫です!」


アクディーヌはそう言って、アンソニーに向けて親指を立てた。


「ほっほっほ。本当にロニー様に似ていらっしゃる。分かりました、ですが、用心を」


アクディーヌは頷き箱に近づき、その表面をじっくりと観察をしたあと、口角を上げながら、片足を大きく上げた。

そして、力強く箱を蹴りつけた。

箱は一瞬の静寂の後、轟音とともに壊れ、宝物庫の中に衝撃波が走る。


「な、なんですと!」


アンソニー、アクディーヌの突然の行動に目を丸くした。


壊れた箱の破片が空中で煌めき、薄い煙が立ち昇る。

すると、煙が消え去ると同時に、光を放つ何かが姿を現した。


「あらまぁ。これは完全にマグトルム様とお兄様が仕込みましたね」


アクディーヌは壊れた箱の中から見える、光を放つ物体に目を向けながら呟いた。

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