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5 怒声を上げる侵入者

「はあ、ユウェシルはずるいです……」


アクディーヌは、ユウェシルの背後を歩きながら、聞こえないようにぼやく。

神というのは面倒だ。

下界に行くだけで、気配を消し、容姿を変えなければならない。

大精霊だった頃も、そうしたことに苦労してきた。

だが、神官たちはそうした心配をしなくても良いというのが羨ましい。


特に苛立つのは、気配を消しても、天界の神官や神々には通用しないことだ。

変装することもあるが、それすら面倒で、結局は気配を消すだけで済ませることが多い。

しかし、油断すると気配が復活して姿が現れてしまうこともたびたびある。

それが神の特権なのだろうか。


(いっそのこと、神力を捨ててみようかしら)


そう思ったことが何度あっただろうか。

もしできたら、とうに捨てているだろう。

それよりも気になるのは、これから会う相手が自分のことを兄の妹だと知っているかどうかだ。

アクディーヌは考え込むように立ち止まる。

ユウェシルは、その様子に気が付き駆け寄る。


「どうかしましたか?」

「私と話をするお方は、私がお兄様の妹だと知っているのかと思って」

「そのことでしたら、心配ありません。この屋敷の人間には事前にお伝えしてあります」

「え? そうなのですか? なら早く言ってくださいよ~」

「申し訳ありません」


(絶対、わざとですね)


アクディーヌは、またもや先に行くユウェシルを睨みながら、再び歩き始めた。


そうだ、目立ちすぎる瞳の色を、兄と同じ群青色に変えておこう。

彼は人間界に姿を現しても、誰にも気づかれず、貴族や商人に変装して、この国の皇帝や貴族たちを欺くほどの名人だ。

アクディーヌも彼を参考に変装しているが、いずれは兄に変装してみるのも面白いかもしれない。




◆◆◆




屋敷の入り口に辿り着くと、豪華な馬車がポツンと置かれていた。

ユウェシルは「お待ちを」と言って、馬車を調べ始めた。


「誰か人はいましたか?」


アクディーヌは気になり、ユウェシルに尋ねた。


「いいえ、誰もおりません。ですが、座席を見るに先程来たかと思われる形跡があります」

「変ですね、馬車には必ず御者(ぎょしゃ)とかいるはずですよね? あらあら? これは事件の匂いが……」


そう言いながら、馬車に近付き馬を撫でる。

これには特に意味はない。

動物と話せればいいが、風神のように動物と気軽に話すことはできない。

それに、氷神(ひょうじん)が来たら気軽に話すどころか凍ってしまうだろう。


「水神様、屋敷に向かう形跡が三つあります」


ユウェシルは、屋敷の入口にしゃがみこんで言った。


「ということは、御者と貴族の足跡でしょうか?」

「おそらくは」


アクディーヌは眉をひそめた。

魔力は感じない。

誰も馬車に待機していないというのは、不自然に思えた。


「とにかく行きましょう、水神様」

「ええ。あ、ちょっと待ってください、ユウェシル」

「なんでしょう」


アクディーヌは、一瞬だけ考え込むように空を見る。

そして、思いついたかのようにユウェシルを見て微笑む。


「よし、決めました。下界で私の名を呼ぶときは『スイ』と呼んでください」

「……かしこまりました。スイ様」


一瞬、ユウェシルは目を見開いたが明らかに嫌そうな顔をした。

アクディーヌはそれに気が付かないふりをしながら歩き出す。


「さあ、行きましょうか~」


(水神だからという理由なのがもうすでに分かってしまったでしょうけど、意外と可愛い名前では? 下界でいつも使っている名前だけど、可愛らしくて気に入っているんですよね)


ふと、馬車付近の足元を見ると、屋敷の方向ではない場所に足跡があることに気が付いたがあえて知らないふりをすることにした。




◆◆◆




「勝手に入ってもいいのでしょうか。誰もいませんけど」


屋敷までの道中、無駄な話ばかりをしていたらいつの間にか玄関まで着いていた。

誰もいない扉を前に、ユウェシルはアクディーヌに下がるように指示した。


「スイ様は、少し後ろへお下がりください」


ユウェシルの言葉にアクディーヌは頷き後ろへ下がる。

彼が、ゆっくりと入り口の扉を開けると怒声が響いた。


「ふざけるな!」


声からして、若い青年の声だった。


「全く、このお方の前でなんたることを」

「ユウェシル、今怒ってる人がこの屋敷の所有者ですか?」


血管を浮き出しながら腹を立てるユウェシルに、アクディーヌは小声で尋ねる。


「いいえ、侵入者です」

「あらまあ」


今のアイテールティアは、随分と治安が悪くなった気がする。

兄がまだ水神だった頃は、見た感じそういったことが全くなかったというのに。

そう思いながら考え込んでいると、ふと兄の言葉が脳裏に過ぎる。


『いいかい? ディーヌ。下界の問題はそこに住む人間たちが解決しなければならない。でも、僕たち神が、神になる者たちだけしか解決できないことが下界で起きたとしたらその時こそ、僕たちの存在意義になるんだ』


兄に言われたかつてのこの言葉が、常に頭から離れられない。

たとえ、解決の手立てがあったとしても黙って見ているだけだなんて、それは本当に正しいのだろうか。

けれど、いかにも偽善だと思われるこの考えを世間では『偽善者』と言うのだろう。

そんなこと分かってはいる。

ただ、正解なのか間違いなのかをはっきりしてほしいとつくづく思う。


「スイ様?」


突如、ユウェシルの言葉に驚き目を見開かせた。

しかし、彼に気付かれないように平常心を保ちながら返事をした。


「なんですか?」


ユウェシルは一瞬だけ無表情だが疑いの目をしてアクディーヌを見たが、視線はすぐに開かれた入り口の先を捉えていた。

そして、そのまま口を開いた。


「スイ様、あの者を止めて参りますので少々ここでお待ちください」


(本当に鋭い子ですね。でも、ムーちゃんのように小言を言われなくて良かった)


「分かりました。ほどほどにするのですよ」


ユウェシルは頷いて、屋敷の中へと入っていく。

屋敷の中は、薄暗く外からでは何も見えない。


(仕方ありません、大人しく待つとしますか)


ふと目にした雑草をしゃがんで抜きながら待つことにした。

そしてしばらく雑草を抜きながら待っていると、聞こえてきたのは先ほど怒声を上げていた青年の叫び声だった。


(ほどほどにと言ったのに)


アクディーヌは内心そう思いながらも、雑草を抜く手は止まることはなかった。


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