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48 それは呆気なく

「マスター、さっきの衝撃波聞きましたか?」

「ええ。いったい結界内で何が起こってるのよ」


赤髪の青年を追って、影から尾行していたヒューバートとルイスは、突如空から聞こえた衝撃波に空を見上げる。

結界が張られている以上、魔物が入ることはない。

考えられることは、結界内で何らかの異変が起こっているに違いない。

ヒューバートは眉をひそめる。


「今度はなんなのよ……いったい」

「マスター! 移動したっすよ!」


ルイスの言葉に振り向くと、赤髪の青年は国の入り口に向かって歩みを進めた。

よく見ると、結界外には多くの冒険者や兵士が戦っていた。

あの冒険者たちの大半は、自分のギルドの冒険者たちも含まれているだろう。


「ルイス、急いで追うわよ。あいつは、一度何かを決めたらどんなことが起きたとしても必ず実行するんだから」


ヒューバートは早足で青年を追い、ルイスもそれに続く。

彼の目的が、あの雷雨を消すだけなら問題ないが、あの青年が何か重大なことをしようとしているのは明らかだった。


やがて、青年の行動を注意深く観察しながら後を追うと、青年は結界外の入り口近くまで行き、足を止める。

そして、静かに空を見上げた。

ヒューバートも同様に空を見上げると、そこに広がっているのは、黒く渦巻く巨大な雲と激しい雨に轟く雷が世界中に降り注いでいた。

まるでそれは、自然の猛威が一気に世界を飲み込もうとしているかのようだった。


「いくらあいつが水魔法を使えて、あたしたちと同じSランクであろうとも、天候を操ったところであんなのを一人で消せるわけがないわ」

「同感っす」


それに、神の力であればあのような雲など造作もないだろうが、他の国の神が水神と同じように動かないとすると、やはり人間の力を試しているのか、それとも事情があって行動ができないかのどちらかだろう。

だが、今回のこの雷雨はたとえSランクの者で集まったとしても止めることは不可能だ。

たとえできたところで、完全に止められたとは限らない。


すると、青年はゆっくりと手を上げ、水魔法を発動させようとしていた。

ヒューバートは動揺しながらも、青年の動きを観察する。

彼の周りには、四人の騎士が守るかのように囲んでいた。

そして、彼の手元は大気中の水分が集まり、強力な魔力が集まり始めた。


だがその瞬間、雷雨が突然異様な輝きを放った。

それと同時に無限に湧き続ける魔物でさえ、ゆっくりと輝きながら雷雨とともに消えていく。


「うそ……でしょ……」


魔物と戦っていた冒険者たちや兵士までもが、動きを止め、目の前で消えていく魔物を見て呆然と立ち尽くす。

青年ですら、手を下ろし呆然と空を見上げていた。


「あれって、あいつが消したわけじゃないっすよね?」

「違うわ。あれは別の誰かが消したに違いない」

「別の誰かって……もしかして腹黒大神官とか!?」

「それは絶対にありえないわ。だってあいつは、神に何かを言われない限り、自ら行動なんてしないわよ」

「確かにそうっすね。本当に性格悪いっすね!」

「それはあんたもでしょ」


雷雨が消え、空は夕焼けに染まっていた。

雲の切れ間から、覗く光が遠くの地平線に向かって沈んでいく。


(なんだか、呆気ない感じがするわ。さっきまで、あんなに世界が滅亡するんじゃないかくらいに、大変だったのに。でも、そのほうがいいのかもしれないわね)


ヒューバートは空を見上げながら、心の中で小さく息をついた。

耳元に残る雷鳴の余韻も、今ではただの静寂となりいつもの日常へと戻る。


「まぁ、これで雷雨も魔物も消えたんだし、一件落着ってことでいいわよね」

「そうっすね! やっぱり平和が一番っす」

「暇になると、すぐ人を殺したがるあんたが言っても、全然説得力がないんだけど?」


ヒューバートが軽く肩をすくめると、ルイスは大袈裟に手を振りながら口を開く。


「いやいや、マスター! さすがの俺も平和のほうがいいに決まってるっす!」

「どうだか」


冷ややかな視線を送りながらも、ヒューバートはすぐさま青年のほうへと顔を向ける。

彼はなぜだか、微笑んでいた。


その微笑みは穏やかで、まるで誰かに向けての行動のように思えた。

そして、青年はもとの仏頂面に戻り、そのまま身を翻して静かに騎士と共に城へと戻っていった。


ヒューバートは、物陰から小さくなっていく青年の後ろ姿を見届けながら、日傘を差して息をつく。


「マスター、もう追わなくていいんすか?」


ルイスが指をさしながら言うと、ヒューバートは小さく頷いて答える。


「もういいわよ。もともとは、あいつが何かしでかさないか見張るだけだったし。それに、今日は疲れたから帰るわ」

「じゃあ、ギルドに戻って寝るんすか?」

「はぁ? あたしがあんなところで寝るわけないでしょ。普通に家に帰って寝る」

「了解っす! んじゃ、俺も仕事が終わったということで帰るっす。ギルドに」

「勝手にしなさい。皇帝からの指示も結局やることなく終わったことだし、報告もクソもないからここで解散。じゃあね」


そう言って、ヒューバートはサングラスの位置を直し、軽く手を振りながら優雅に歩き始める。

夕焼けの光が彼の周りを優しく照らし、差す日傘をくるくると回しながら軽やかな足取りで帰路についた。




◆◆◆




「アクディーヌ様、もうお帰りになられるのですね……。」


銀の魔神の意識体を封印した後、アンドレアの部屋でしばらく会話をしていると、突然雷雨が消え、部屋から空を見上げるアクディーヌに向かってアンドレアは言った。

そんなアンドレアに、アクディーヌは微笑みながら振り返り、優しく答えた。


「はい。雷雨も消えたので天界に戻って報告しなければなりませんので。それに、人間の力も多く見れましたしね」


アンドレアは少し寂しげに俯き、ポツリと呟いた。


「寂しい」


そんな少女の呟きに、アクディーヌはかがみ込み頭を撫でる。


「最後のお別れではないのですから、また会えます。それに、あなたが聖騎士になるまでは、成人になったとしても会いに来ますよ」

「……! 本当ですか!? 嬉しいです!」

「はい。あなたのお兄さんのことも何か無茶をしないか心配ですし、ひっそりと見に来ますね」

「はい! またお会いできたら、たくさんお話したいです!」

「もちろん、たくさんお話しましょう」


アンドレアは、立ち上がりスカートを持ち、片足を斜め後ろにやり、腰を折る。

そして、口を開いた。


「アクディーヌ様、お会いできて光栄でした。聖騎士になる夢のためにも、剣術や勉学に励みたいと思います。アクディーヌ様、いつかまたお会いできることを願っております」


アクディーヌは立ち上がり微笑んで頷き、「さようなら、愛しき人間の子」と言い残し、優雅に消えていく。


(また、新たな出会いが生まれました。この記憶は、大切にしないとね)




◆◆◆




天界に戻ったアクディーヌは、真っ先に聖塔へ向かうことにした。

天界も、兄によって雷雨が消え去り、いつも通りの天界となった。

澄んだ空には幾重にも輝く星がチラリと見え、風はアクディーヌの髪を優しく撫でた。

周りを見渡すと、忙しく走り回るいつもの神官たちの光景に、アクディーヌはふと口角が上がる。

静かに見守る彼女に気付くことなく、神官たちは天界と下界の秩序を維持するために奔走していた。


「ふふ、私も手伝わないとね」


そう呟くと、アクディーヌは聖塔へと向かい歩みを進めた。


しばらくして、聖塔の入り口に辿り着くとアクディーヌに気が付いた神官たちは、一斉に頭を下げた。


「皆さん、そんなことしなくていいのですよ」


アクディーヌは穏やかな声で言いながら、手を軽く振った。

神官たちは少し戸惑いながらも顔を上げ、彼女の言葉に従った。

そして、おそらくムーソピアたちがいるであろう『水神の作業場』へと戻るべくして、瞬時にその場から瞬間移動をして向かった。


作業場に辿り着くと、そこには気だるそうにする『分身』と、几帳面に書類を整理するムーソピアがいた。

アクディーヌに気が付いた二人は瞬時に反応した。


「姉さん! おかえりなさい! 無事に雷雨も消えましたよ!」


分身は、嬉しそうに駆け寄る。


一方でムーソピアは、書類をきっちりと整え終わると、アクディーヌに向き直り、軽く頭を下げた。


「アクディーヌ様、今回の件、大変お疲れ様でした。他の四神の皆様も無事、お戻りになられそれぞれの領域に戻られました」

「あら、そうですか。では、私も分身くんに任せていた仕事を引き受けることにしましょう」

「姉さん、僕。あんな量の仕事をこなして死ぬかと……いえ壊れるかと思いました。姉さんが仕事をサボる理由が分かりました」

「でしょう?」


アクディーヌたちの言葉を聞いていたムーソピアは、咳払いをし静かに口を開いた。


「アクディーヌ様、それが神の役目です。神である以上、逃げられません」

「相変わらず、ムーソピアは真面目だよね」

「分身くん、そんなムーちゃんがいるから、私は私でいられるんですよ。いいえ、おそらく天界の皆がそう思っていますよ」


アクディーヌの言葉に、ムーソピアはほんのりと顔を赤くしながらも、咳払いをし眼鏡の位置を正した。


「そうだ、ムーちゃん。お兄様とマグトルム様はどちらにいるのですか?」

「それでしたら、お二方は遊歴にお戻りになられました」

「は?」

「姉さん、分かります。僕もそれを聞いたとき同じ反応をしました。」


ムーソピアは再び咳払いをし、静かに口を開いた。


「アクディーヌ様、先ほどマグトルム様の神官の一人であるユウェシルから言伝を預かったのです。お二方は何事もなかったかのように、すぐに遊歴に戻られたそうです」

「ほんとに、あの神たちは……。まぁ、なんとなくそうなることは分かっていましたし、ムーちゃん。伝えてくれてありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです」


アクディーヌは微笑み、先ほどまで分身が座っていた椅子に腰を下ろす。

それと同時に、扉を叩く音が響き渡る。

ムーソピアが扉を開けると、そこには仏頂面のユウェシルが立っていた。


彼は淡々とした表情を崩さず、軽く頭を下げた。


「ユウェシル、さっきぶりですね」

「はい」

「え? 姉さん、ユウェシルといつ会ったの?」

「私が下界に現れた魔神の意識体と戦っていたときに、ユウェシルが来たんです。そのときに一緒に封印しました」

「そうだったんだ……」

「アクディーヌ様、その魔神はどうなったのですか?」


ムーソピアの言葉に、ユウェシルが口を開いた。


「魔神の件ですが、魔神の本体については、マグトルム様の手で封印をなされました。特別な鎖を用いて封印をなさったので、今後、影響を与えることはないでしょう。それと、アクディーヌ様が瓶の中に封じ込めた意識体ですが、先代水神様が異空間に瓶ごと閉じ込め、二度と出られないようになさった模様です」

「そうですか、お兄様がそのようになさったのなら、しばらくは大丈夫そうですね」

「はい、では私はこれにて失礼します」


ユウェシルはそう言って、一礼をした後、扉に向かっていく。

そして、扉に手をかけたユウェシルだが、ふと立ち止まり振り返った。


「どうしたんだい? ユウェシル」

「他に何か言いたいことが?」


分身とムーソピアが首を傾げながら言うと、ユウェシルは静かな声で答えた。


「アクディーヌ様、どんな時でも、私はあなたの味方ですから」


ユウェシルの突然の言葉に、目を見開くがアクディーヌは微笑んで口を開く。


「ありがとう、ユウェシル」


ユウェシルは軽く頷くと、静かに扉を閉め、その場を後にした。


室内には再び静寂が訪れ、アクディーヌは彼の言葉を胸に、しばし目を閉じた。


ユウェシルの真摯な眼差しが、心の奥深くに刻み込まれていく。

彼の言葉は、まるで冷たい水面に落ちた一滴のように、静かな波紋を広げていった。


ユウェシルの存在はまるで影のように寄り添っていた。

彼の真剣な眼差しが、自分の全てを受け入れてくれると感じ、心の奥深くに温もりが広がった。


目を開けたアクディーヌは、静かに自らの心を整えた。

これから何が待っていようとも、決して怯まない。


「さてと、ユウェシルのためにも頑張らないとね」

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