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44 覚えもない話

アクディーヌは、再び少女がいた部屋のバルコニーに降り立つ。

気配を消しているため、見られることはないが念の為バルコニーの窓から部屋を覗くと、赤髪の少女は同じ髪色をした一人の青年と何やら話をしていた。


(これって聞いてもいいのでしょうか……? それに、あの青年はもしかしてお兄さんかしら?)


少女と同じ髪色をした青年は、椅子に座りながら楽しそうに話をしていた。

少しユウェシルとイグニーゼルに似た仏頂面だが、少女を見る目は優しく朗らかな表情を時々見せていた。

アクディーヌは二人の兄妹の話を聞くべきなのか迷った挙句、「耳を塞げば、なんの問題もないし見るくらいはいいよね」作戦を実行することとなった。

だが、それを実行する突如に彼らの会話が聞こえてきた。


「アクディーヌ様はこう言ってくれたの! 『あなたならいずれ世界を変えるほどの聖騎士になるでしょう』って!」

「聖騎士だと? それは本当に言ったのか?」

「本当だもん!」


それを聞いたアクディーヌは、自分が言ったことを思い出すために記憶や思考を巡らせるが、解決することはなかった。


(私があの少女に「聖騎士になれる」って言ったの? そんなこと、全く記憶にないですしあの少女ともあの時以来ですし、あの子はいったいいつのお話をしているのでしょう)


確かに最近、記憶が曖昧になってきてはいるが、これは単純に三千歳だからという理由ではなく、そもそも天界の中でムーソピアよりも記憶力が良いとさえ言われたくらいだ。

そのため、少女が話している事柄に関してはおそらく彼女の夢の中で起こった話に違いない。

そうでなければ、おかしい。


「聖騎士は、神に認知されないとなるのは難しい。それに、アンドレアが騎士など……」

「兄ちゃん、私、アクディーヌ様に言われてからずっと騎士を目指してるの。でも、お父様にバレたら殺されるわ」

「あたりまえだ。女が騎士になど、到底許されない」

「どうして、女が騎士になっちゃいけないの? アクディーヌ様だって剣を持って戦ってるのに?」

「それは、本の中の話だろう……。実際、俺たちは姿すら見たことがないんだから。それに、神と人間とでは比べるものじゃない」


何やら、喧嘩をしだしそうな雰囲気になっていた。


(女性が騎士になってはいけないだなんておかしな話ですね。だったら、魔法や様々な武器で戦う女性の冒険者はどうなるんですかね? やはり、このことに関しては次の会議で話し合ったほうがよさそうですね)


一応、水の国でもあるアイテールティア帝国の二代目水神だ。

改善しなければならないことは、直接関わって改善したほうがいい。

実際、兄だって何百年前は姿を現して直接政治に関わっていたのだから、時期を見て姿を現し、政治に関わることも考えておこう。

このままだと、人々の自分への不満がどんどん募ってしまうに違いないのだから。


そんなことを考えていると、少女は対抗するかのように声を上げた。


「兄ちゃん、そういうのなんて言うか知ってる? 差別って言うんだよ。私、お父様に殺されそうになったとしても聖騎士になるって決めたんだから! 聖騎士じゃなくても騎士になる」

「アンドレア……おまえな……」

「兄ちゃんに言ってもどうせ分からないだろうし、もう部屋から出ていって!」

「アンドレア、ま、待て……」

「出ていって!」


少女はそう言って、兄である青年の背中を押しながら部屋から追い出した。

そして、勢いよく扉を閉め鍵を掛けた少女は、苛立ちを感じながらベッドに飛び込んだ。

そして、置いてあった本を手に取りながら微笑んだ。


「アクディーヌ様なら分かってくれますよね……」


少女はそう言いながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

寝息を立て始めたことを確認したアクディーヌは、静かにバルコニーの扉を開け、少女の傍へと近寄る。


(不思議な子ね。どうして姿を現したこともなく、何もしていないこの私をこんなにも信仰してくれるのでしょう)


ベッドに座り、本を確認するとそこには人間に力を与える、自分自身の姿があった。

正式に人間に直接、力を与えたことなど一度もないが、まるでこの本は著者の願望が描かれてるように思える。


すると、風によって本がめくれ、本の最後に到達したそのページには、一つの文字が書かれていた。


(これは名前……?)


その名前は「セオドア」と書かれていた。


(この名前、著者の名前で間違いなさそうですね。それにしても、神官が描いたとしたのならいったい誰なのでしょう)


すると、追い出されたであろうあの青年の声が外から聞こえた。

バルコニーまで歩き、下を覗くとそこには騎士に命令をしている青年がいた。


(あれは……「ニーチャンさん」じゃないですか)


耳を済まして聞くと、どうやら冒険者たちが動いたという話が上がった。

突如、一斉に冒険者ギルドから冒険者が出てきて魔物を倒しに行ったという。


(ヒューバート、やっとギルドマスターとして説得したようですね。さすがです)


それを聞いたあの青年は騎士を出動させて、魔物退治に向かわせたようだった。

きっと、騎士がいなくてもあの様子だと冒険者だけで何とかなりそうな勢いだ。


そんなことを思いながら、青年を眺めているとふと青年はアクディーヌの方へと顔を向けた。

気配を消しているため、姿は見られることはないが青年の赤く透き通った瞳が、まるで見透かされているかのようだった。


(綺麗な瞳。イグの瞳のように真っ赤で、この国にふさわしくないと思ってしまうくらいに熱い。あれを、情熱と言ってもいいくらいによく燃えている)


アクディーヌは、バルコニーの柵に肘をつき手で顔を支えながら見つめた。

青年は、視線を戻し城外へと歩き出して行った。

その様子を見ながら、アクディーヌは微笑む。


「あなたの妹のことは任せて、行ってらっしゃい」


そう呟きながら、バルコニーを後にして眠りにつく少女がいる部屋へと戻るのだった。




◆◆◆




冒険者たちがギルドから出ていってから三十分が経とうとしていた。

ヒューバートは、バルコニーから様子を伺っていると見慣れた顔が街を歩いていることに気が付き、目を見張る。


「マスター、やっぱり無限に出てくるっすね。あの魔物たち」


ヒューバートは、ルイスの言葉に耳を傾くことなく街を歩く一人の人物を見つめ続けた。


「マスター? どうかした――」

「なんであいつが……」


二人が見つめる方向には、城で出くわしそうになったあの青年がいた。

騎士を周りに引き連れ、国の入り口まで行こうとしているその人物が持つ赤髪は、一向に目立っていた。


今まで、自ら騎士を率いて魔物を倒しに行くなど、あの青年からは考えられなかったが、いったいどういう風の吹き回しだろうか。


「珍しいっすね、自ら魔物退治に行くなんて」

「……まぁ、弱いわけでもないしどうということはないけど、なんであいつなの?」

「皇帝に頼まれたとか?」

「あの皇帝が、大切な皇族の血筋に頼むと思う?」

「じゃあ……違うっすね」

「……後を追うわよ」

「え!? 追うんすか!? ってマスター! 待ってくださいよ!」


ヒューバートは、バルコニーから離れ、影の如く青年の後を追い始める。

騎士が四人近くいるが、あれだけでは無限に出続ける魔物と戦ったところで、すぐにやられてしまう。

いや、騎士のほうがおそらくやられてしまうだろう。

ふと、ヒューバートの頭の片隅にとある考えが思い浮かぶ。


あの雷雨と魔物が溢れ出す発生源でもある、あの不気味な雲を消しに行くのではないか、と。

そうだとしたら、死にに行くようなことと同じだ。

特にあの青年だとなおさら止めに行かなくてはならない。

見守り続ける水神のためにも、冒険者を導いたことと同じように、この国にとって大切な人材を守るのもこちらの役目だ。


「ちっ。いつも面倒事に巻き込むんだから」

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