43 冒険者の本当の心変わり
19話の「水神、庭師と街を歩く」にて、アイテールティア帝国の構造が書かれていますが、書いている最中自分でも分かりにくかったため、読者の皆様が理解しやすいように少しだけ修正致しました。
アクディーヌは一つの影を追い、屋敷にたどり着いた。
彼女は気配を消しながら、木の上で見守ることにした。本当は来るつもりではなかったが、『スイ』としてではなく『アクディーヌ』として見守るくらいなら許されるだろう。
ほんの少しだけなら。
「執事、主人〜。戻ったよ〜」
その一つの影は、冒険者ギルドで見かけたギルだった。
ギルの声に気が付いたのか、アンソニーとフィンレーは屋敷の中から心配そうに駆け寄っていた。
「ギル! 大丈夫だったかい!? 怪我はしてない?」
「その様子だと、スイ様にお会いできなかったようですな」
「主人、僕は大丈夫。スイはこの国にはいないみたい。けど、スイに似た声が聞こえた気がしたんだ」
「スイ様に似た声?」
「あれは確かにスイだった」
ギルのその言葉にアクディーヌは一瞬だけ目を見張るが、何も気にせず黙って見ていることにした。
「スイ様はなんと?」
「『ありがとう』って、その言葉が聞こえたんだ」
「『ありがとう』……? どうしてスイ様は感謝の言葉を言ったんだろう?」
「僕にも分からない。スイはもうこの国にはいないはずなのに、あの声は間違いなくスイだった」
ギルは、少し寂しそうにしながらも声がアクディーヌかつスイの声だったのか、口角が少しだけ上がっていた。
(ギル、私は嬉しかったのですよ。小さな少年が私や他の神のために勇敢に冒険者たちに怒ってくれたことが。でも、人々の不安は神となってからまだ未熟な私のせいでもあるのです。ねえ、ギル。あなたの正義感をこの私にも持つことができたら何かが変わるのでしょうか?)
正義感があれば、兄のように姿を現し人々を安心させられることができるのだろうか。
そう思いながら、アクディーヌは静かに木の上から姿を消した。
◆◆◆
屋敷を後にし、見晴らしの良い城の頂上付近へ向かって飛んでいると、またもや見慣れた顔が二つあった。
彼らはアイテールティア帝国入り口に近い家の屋根の上に屈んでいた。
「あらまぁ、やはり先ほど見たのは彼らだったんですね。それにまた面白そうなことをしていますね……。どうしましょう、少しだけ観察しちゃってもいいですよね?」
アクディーヌは気配を消したまま降り立ち、二人の人間のように屋根の上に屈んだ。
その二人の正体は、城の前で面白いことをしていたヒューバートと目つきの悪い青年だった。
(なるほど、魔物を見ているのですね。あの魔物なら、彼らがいなくてもよさそうですもんね)
そう思っていると、二人は屋根から降りて冒険者ギルドへと向かおうとしていた。
同時に、アクディーヌは先回りをし、素早く屋根を伝い冒険者ギルドへたどり着く。
そこには、暗示によって操られていた者たちが、首を傾げたり、頭を抱えて震えていた。
さらに、受付嬢のブルーナが疲れ切った様子でカウンターに突っ伏していた。
(あらまぁ、これはこれは。ヒューバートがこれを見たらどんな反応をするのか楽しみですね。ですが、あの赤髪の少女が少し気になるんですよね。ヒューバートたちのことも気になりますけど、盗み見するのもあれですし、後は任せておきましょう)
アクディーヌは、微笑みながら城へ向かった。
◆◆◆
「マスター、俺たち戦う必要なくないっすか? そもそも、皇帝の命令を今では遂行する必要もないっすもん」
アイテールティア帝国の入り口近くの屋根の上に屈むルイスは、眩しそうに日傘を差して様子を伺うヒューバートに尋ねる。
「そもそも、あんな雑魚あたしたちがいなくても倒せるわよ」
「そうっすよね、あのギルベルトっていう子どもも帰っていったし、俺たちも戻るっすか?」
「平民たちや兵士たちがいきなり、戦うのを止めて戻ってきたのも気になるけど、そうね。戻りましょ」
ヒューバートとルイスは、屋根から降りて冒険者ギルドへ向かう。
その時、感じたこともない魔力が後ろから風と共に通り過ぎた。
ヒューバートは、驚き立ち止まる。
「マスター? どうしたんすか?」
「……ねぇ、今の感じなかった?」
「へ?」
「あんた、感じなかったの? まるで水の中にいるような感覚と、クジラやイルカのような魚が通り過ぎるような感覚よ」
「分かんないっす……」
あの魔力は、普通の人間が持つような力ではなかった。ましてや、Sランクと言えどあのような鳥肌が立ち、なぜだか落ち着いてしまうような魔力は持ち合わせていない。
それに、一瞬だけだったが通り過ぎた瞬間、『海』が見えたのだ。
あれは間違いなく、水神が通った証だ。
神が人間の冒涜に対して、怒ったわけでもなくましてや、心の優しい水神がそのようなことで怒るわけもないが、神はいなかったのではなくずっといたのだ。
もしかしたら、無茶苦茶な戦い方をした先ほどの平民や兵士の戦いを止めたのも、水神なのかもしれない。
だとするなら、なんとなくわかる気がする。
これは、人間の本当の力を試しているのだと。
「まぁ、いいわ。さぁ、早く行くわよ。あの馬鹿どもに知らしめないと」
「え? ちょ、ちょっと! マスター!? 待ってくださいよ!」
ヒューバートは、ほくそ笑みながら早足で冒険者ギルドへと向かう。
(分かったわ、水神様。あたしがこの国の皆を導いてあげる)
そう思い、ヒューバートは冒険者ギルドへと向かうのだった。
◆◆◆
冒険者ギルドに到着したヒューバートとルイスは、目の前の光景に立ち尽くす。
そこには、頭を抱えて唸る冒険者や机に肘をつきながら考え込む冒険者で溢れかえっていた。
さらに、受付嬢のブルーナまでもがカウンターに突っ伏していた。ましてや、ヒューバートにすら気付いていなかった。
「なんすかこれ」
「こっちが聞きたいわよ」
サングラスの位置を整えながら、ブルーナのもとへ向かうと、彼女は突っ伏しながら「もう、嫌よ〜」と言いながら唸っていた。
「ちょっと小娘、いったいこれはどういう状況よ」
「え、この声って……。きゃああ! ぎ、ギルドマスター!? す、すみません! 今すぐ仕事に戻ります」
ブルーナの声で気が付いた冒険者たちは、顔を勢いよく上げヒューバートの方へと顔を向けた。
そんな彼らに対して、後ろにいたルイスは「見てんじゃねえよ」と言って睨みつけた。
「ルイス、いいわよ別に。それで、これはどういう状況なわけ? ブルーナ、説明しなさい」
「そ、それがですね。私もよく分からなくてですね……。あ、でもいきなり冒険者たちが操られたかのように外へ出て行ったんですが、武器を持ちながら戻ってくるという意味が分からないことが…」
「マスター」
「ええ、これは操られていたわね」
「あ、操られていた!?」
ブルーナの声とともに、周りの冒険者たちはざわめき始める。
(いきなり戦うのを止めたのは、水神様が止めてくださったから? だとしたら、いったい誰に操られていたのよ)
そう思いながら、ヒューバートは後ろを向く。
この様子だと、本当に操られていたようだ。
「あんたたち、よく聞きなさい」
ヒューバートの突然の言葉で、静まり返る。
「あんたたち、どうやら操られていたみたいじゃないの。でも、それはあんたたちの意思じゃないのが残念ね。あんたたちがどんな夢や意味を持って冒険者になったかなんて、どうでもいいけど魔物くらい倒せるでしょ? あまりにも臆病すぎるのよ」
「全くっす」
「雷雨だかなんだか知らないけど、あのガキの方がよっぽとあんたたちよりも勇敢で誇らしいわ」
ギルベルトは、スイと冒険者ギルドに来て一人の冒険者に襲いかかれながらも、微動だにしなかった。
あの少年がAランクだからというのもあるが、かわすことや反撃することだってできたはずだ。
だが、もしかしたらあの場にスイがいたから穏便に済まそうとしていたのかもしれない。
だが、結局はスイに助けられたが。
「あんたたちの言い分なんて聞かないわよ。だから、今からギルドマスターとして言わせてもらうわ。いいえ、これは命令よ」
静まり返った空間で、ヒューバートの言葉で緊張しているのか固唾を呑む音が聞こえた。
それを気にせず、ヒューバートは口を開く。
「冒険者として、今から魔物を倒しに行け。そして、今戦っている他の冒険者たちに参戦しなさい。結界が張られたから何? そんなのいつ壊れるか分からないのに、黙って魔物の攻撃を見てろって? そんなわけないわよね?」
ヒューバートがそう言うと、冒険者たちは立ち上がり武器を取り冒険者ギルドから去ろうとしていた。
そんな彼らに対して、ヒューバートはもう一つと口を開く。
「あんたたちならできるわ。いつも通り、冒険でもしてるつもりで戦ってきなさい」
その言葉で、冒険者たちの顔色は明るくなり「うぉー!」と声を出して走り去っていった。
「す、凄い……」
「さすがっす! マスター」
「当然よ、冒険者はこうでなくっちゃ。そうでなかったらなんのために存在しているのよ」
自分がギルドマスターになる前は、冒険者はどんな状況でも怖気付いたりはしなかった。
だが、時代の流れとともに冒険者の数は減っていき、戦えるものが減ってきている。
たとえ、Sランクの者たちや騎士や兵士がいたところでこの世界に災いが振りかかったら、防ぎようがない。
スイのような隠れSランク的存在が、他にもいるのなら少しはマシになるのではないか、と思ってしまう。
だが、一番は勇者が現れることだ。
勇者なら、神が与えた力で災いを瞬時に防いでくれるに違いないのだから。
それでも現れなかったら、やはり神に頼るしかないのだろうか。
そう思いながら、冒険者ギルドの中から外を見ると冒険者たちが戦っているのか、数々の魔法の色が結界外から見えた。




