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41 心境の変化

◆◆◆



城から出た後、冒険者ギルドに戻る途中、日傘を差しながら突如現れた結界を見上げるヒューバートは、ため息をつく。


そんな彼に、結界のことよりも心配そうにルイスが尋ねた。


「マスター、どうかしたんですか? 皇帝からの面倒事なら俺が全て引き受けるっすよ」

「そんなことじゃないわよ」

「じゃあ、どうしてため息なんかつくんすか?」

「……あんたに言ったところでどうせ無駄だから、言わないわよ」

「それはひどくないっすか!?」


横で子どものように地団駄を踏むルイスに構わず、ヒューバートは結界によって雷雨が起こらなくなった後の地面の水たまりを見つめた。


「それにしても、この結界はなんなんすかね? 水神様が張ったとは思えないし」

「……さあね。大神官なら分かるんじゃない?」

「げ、大神官すか……。俺、苦手なんすよね。あのイカれ神官」

「あたしだって嫌いよ。神のことしか考えてない腹黒神官なんだから」

「神官ってどいつもこいつも神しか考えてないっすよね」


ギルドマスターとしていくつかの国を渡り歩いたが、どこの国の神官も神のことしか考えていなかった。

唯一、大神官が存在するこのアイテールティア帝国ですら神一筋なのだから、神もうんざりしているに違いない。


そんな大神官だが、人望が厚く、多くの者に神のように崇められている。

それを見て、神はどう思っているのだろうか。

崇める対象がただの大神官に変わってしまったとしたら、この国から神が消えてしまうのではないかと心配が募る。


そもそも、神がこのときに助けに来ないのは当然のことだ。

人は神を頼りすぎている。

貴族や皇族が力を持っていながらも、自分のために神に頼ることと、力を持たない平民や国民が自分のために神に頼ることでは意味が違ってくる。

そのため、力を持つ者が力を持たない者を助けないのは、おかしな話だ。


皇帝こそそうだ。

国民のためではなく、国の力が強力であることを知らしめるために、『軍事力を固めろ』と命じられたからだ。

しかも皇帝は、神の加護が纏った冠を被っているのだから、自分が良ければ国民のことなどどうでもいいと思っているかのように威勢を張っていた。


加護を与えた先代の水神は賢い神だと分かってはいるが、何を思って加護を与えたのか気になる。

それに、百年前に新しく代替わりするように引き継いだ今の水神は、姿を現したことすらないが、先代水神の妹であるためか、賢く心の優しい神だと知っている。


それでも、悪く言う者がいるのだから、今の水神が助けに来たところで文句を言ったり蔑む愚かな人間がいる。

いくら心の優しい神だとしても助ける気にはならないだろう。


(でも、きっとその理由じゃないわよね……。神が人間如きに何を言われようがどうでもいいことだし、あたしが神だったら見捨ててるわ)


そんなことを考えていると、隣にいるルイスが声を上げた。


「マスター、あそこにいるのってスイさんと一緒にいた子どもじゃないっすか?」


そう言ってルイスが見る方向へと視線を向けると、そこには一人の少年が歩いているのが見えた。


「あの子、雷雨とかで危ないのになんで一人でほっつき歩いてるのよ」

「スイさんとは一緒じゃないんすね」

「会いに行くわよ」

「え? あ、了解っす!」


ヒューバートは、日傘を閉じ、少年に向かって歩き出す。


「ちょっと、そこのおチビちゃん! 待ちなさい」


ヒューバートの声に少年は顔を向けた。

その顔は、少しだけ疲れているように思えた。


「げ、不審者たち……」

「誰が不審者よ!」

「殴るっすよ」

「僕に何か用?」

「用ってわけじゃないけど、なんであんたがこんなところを一人でほっつき歩いてんのよ」

「冒険者ギルドに行ってただけ。別に、不審者に会いに来たとかじゃないから勘違いしないでよね」


ギルベルトは、腰に手を当てながら言った。

彼は、強がってはいるが少し目が腫れているようにも見えた。

もしかしたら、スイに関係しているのではないだろうか。

それに、スイは一戦を交えたあとどこに行ってしまったのだろう。

そもそも、彼女はどうしてあの屋敷にいたのかすら疑問だが、いくら調べてもかき消されるかのように彼女の情報を手に入れることができないのだ。


それに、ギルベルトがAランクの人間だとしても、子ども一人でいつ魔物が現れてもおかしくない状況で彷徨っているのはあまりにも危険すぎる。


「そんなの分かってるわよ。そんなことより、あんたスイと一緒じゃないの? それにスイはどこにいんのよ」

「え、スイから聞いてないの?」

「なんのことよ」

「……スイが屋敷から離れた、というか仕事を終えて去っていったよ」

「は?」


ヒューバートはその話を聞いて目を丸くする。

そんな話は一切彼女の口から聞かされていない。

いや、そもそも会って間もない人間に言うはずもないが、いくらなんでも突然すぎる。


(待って、もしかしてあたしがいきなり押しかけたから?)


いや、もしそうなら何故屋敷から離れた場所にいたのだろうか。

ならあの時こそ、スイが屋敷を去った直後だというのか。

そんなことを考えながら、ヒューバートは手に持っていた日傘の持ち手を強く握りしめる。


「あの時、スイが本当に仕事の都合で来ていないだろうと思った自分が馬鹿みたい。はぁ、嘘だったら良かったのに」

「マスター、スイさんが屋敷を去ったということはこの国にはもういないということっすかね?」

「多分そうよ。スイと初めて会って話した時に、『あまりこの国にいることができない』って言ってたわ……」

「え、この国にいられない……? じゃあ、スイはもうこの国にいないってこと?」

「なんであんたが知らないのよ」

「スイは、屋敷の主人と話をするためだけに来て、それが終わったら他にもやることがあるから帰るとかしか言ってなかったし……」


話をするためだけに来たこと自体おかしな話だ。

そもそも、その屋敷の主が頼んだのなら分かるが、何故素性を隠すスイが来たのか。

その彼女をどのように知ったのか、気がかりでならない。


「話をするためって、そんなの来る必要もないでしょ。そもそも、あんたの主人はどうやって素性を隠すスイと知り合ったのよ」

「情報も出てこなかったっすもんね」


ルイスがそう言うと、ギルベルトは表情を変え、背中に背負っていたスコップを手に取り、前に向けた。


「ねえ、スイを調べたの? スイの許可もなく?」

「ええ、調べたわよ。でも、スイの情報は名前だけしか出ずに、あんたの情報しか出なかったわ。元Sランク冒険者の息子で、縁を切ってロベール屋敷の庭師になった、そうでしょ?」

「……そうだよ。でも僕のことなんかどうでもいい、スイのことをそれ以上調べたら許さない」


ギルベルトの目は、殺意が宿っていた。

あの目は、おそろく父親に対してでも向けていたはずだ。

しかし、少年の瞳の奥には、丸々とヒューバートとルイスが映し出されていた。


「それは無理ね。あたしはただのギルドマスターに見えるだろうけど、一応、ルイス含めて立派な組織の一員なの。それに、あたしは一度目をつけた獲物は逃がさない性格なの」

「スイは、そのことを知ってるの……?」

「ええ、知ってるわ。というか、仲間に誘ったけどすぐに断られたわ」

「ふん、当たり前だろうね。スイがそんな組織に入るわけがない」

「おい、ガキ。大人の世界は子どものおままごとのように、平和で成り立ってないんだよ。スイさんも立派な大人なんすよ。たとえ優しい人であっても、メリットがあれば何かのために入ろうとする、それが汚れた仕事であっても。まぁ、元から汚れていたのならどうしようもないっすけど」


ルイスがそう言うのも当然だ。

彼は、生まれた時から殺戮(さつりく)が繰り返す環境で育ち、親に見捨てられ、殺されかけながらも、まだ十歳にも関わらず人を殺してきた。

その時から、彼の心の歯車は徐々に崩れ始めていったのだ。


やがて、人を殺すことに快感を持つようになり、彼は感情の一部をすでに失ってしまっていた。

初めて彼に会ったのは、ギルドマスターとして騎士の選抜試験の試験官として務めたときだった。

始まりの合図が鳴った直後に、すでに勝敗が決まっていたのだ。

相手はうずくまり、剣を持つ片方の手が折れていた。

その時このルイスなら、組織の一員になることに相応しいと判断し、誘ったのが始まりだった。


(ルイスのやつ、人を殺しまくってるのに面白そうだからという理由で、騎士になろうとしたのが馬鹿すぎて頭が痛くなる。まぁ、何故か合格して今はあたしの護衛騎士になってもらってるけど)


あの男は金が貰えると分かると、躊躇うこともなく組織に入ったのだ。

それこそ、彼にとってのメリットだったのだろう。


ギルベルトが何かを言おうとした瞬間、結界が張られた外側から耳を塞ぎたくなるほどの爆音が鳴った。


「うわっ」

「うっ、耳が痛いわ……」

「なんなんすか……次は」


空を見ると、そこには魔物の大群が黒く染まる雲の中から現れた。

魔物たちは結界を破るように何度も攻撃しては、怒りに震えていた。


「最悪ね」

「マスター、どうするっすか? 今からでも結界外に出て処理するっすか?」

「世界の終わりだ……」


ギルベルトはそう言いながらが絶望的な目で空を見上げていた。

すると、突如、雲は青く輝き、現れた魔物の大群を一瞬にして消し去った。


「え?」


ヒューバートは、予想だにしなかった出来事に目を釘付けにし、その光景を見つめていた。

しかし、それは一瞬の出来事だった。

魔物の大群が現れ、再び地上へと降り立とうとしていた。


それと同時に、多くの冒険者や兵士、そして力を持たない国民たちが武器を掲げ、大声を上げながら国の外へと向かっていった。


「仕方ねぇ、俺たちも戦うぞ!」

「皆、続けぇ!」


そう言いながら、「おー!」と声を上げて多くの人間が魔物と戦うべくして駆けていった。


「なんで? あんなに神様に文句をつけて自分から戦おうとしてなかったのに」


ギルベルトは呟き、その光景を見つめていた。

これはあまりにも異常すぎる。

国民たちの心境は、どのようにして変化していたのだろう。だが、皇帝によるものではないことは分かる。


「いったい、何が起こったというの……」

オネエさんが話している内容が、よく分からないと思った方は、20話の「怪しまれる水神」のセリフ部分を適当に流し読みして頂ければ、少しは分かるかと思います。

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