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40 鐘楼で見たもの

「それにしても、ひどい雨ですね。気配を消していても雨に打たれてしまうのは、大きな難点ですね」


そう言いながら、大神殿のてっぺんにある鐘楼(しょうろう)で雨宿りをするアクディーヌは、魔法で雨によって濡れた服の水分を、大きな水玉を作って外に放った。


「お兄様には、大神殿に近付くなと言われましたが、ここなら大丈夫ですよね」


このアイテールティア帝国にいる下界の大神官は見たことすらないが、人々からの人望が厚いらしい。

普通の人間と違って、ムーソピアのように元人間だった者が天界の大神官となった場合何百年も生きられるようになるが、下界の大神官は神に認められることによって長寿を得る。


その寿命の長さは、信仰心によって決まる。

兄によると、何百年前の大神官は信仰心が非常に強く、気が付けば若さを保ったまま何百歳も生き続けたらしい。

そして、彼は最終的に大神官を引退し、休むかのように息を引き取った。

その偉大な大神官は、今でも後世に語り継がれ、人々に知られているそうだ。


「今の大神官は、いったい何歳なのでしょう? 百歳は越えているはず」


兄がまだ水神だった頃から、今の大神官がいるとなると前の大神官が亡くなったのはいつ頃だろう。

肝心なことを教えてくれない、いや覚えていないのが兄だ。

期待してはならない。


「まぁ、そんなことを考えていても仕方ありませんね。それに、ここから眺めると結構人の姿が分かりますね。ここにいれば、何か収穫があるかもしれません」


下を見下ろすと、慌てふためく人々に兵士らしき者たちが走り回っているのが目に入った。

今の状況からすると、雷雨なだけで魔物などが現れない以上、彼らは危機感を持たずに家屋に入っていくように見える。

もしかしたら、水没してしまうかもしれない。

なにせ、ここは海に囲まれているため、さらに危険だ。

そろそろ、この雷雨を止めなければ命に関わってくる。


そんなことを思っていると、突如どこからか鼻歌が聞こえた。

そして、楽しそうに歌い始めた。


「僕は〜大神官様のために鐘を鳴らす〜。もちろん、アクディーヌ様のためでもある〜」


そう歌いながら、アクディーヌがいる鐘楼に地面から顔を出した。

目と目が合ったアクディーヌと橙色(だいだいいろ)の髪をした謎の青年は、しばらく黙り込んで見つめ合った。

すると、青年は「ギャッ」という声を発し、勢いよく地面から飛び出した。


「ギャアアアアア! お化けぇぇ!!」

「お化けじゃないですぅぅ!!」


この青年が気配を消しているアクディーヌが見えているということは、おそらく天界から来た神官だろう。


青年は、我に返ったように突然身なりを整い出し、神官服に付いた汚れを手で払いながら姿勢を正した。


「あ、アクディーヌ様! 大変申し訳ありませんでした! この雷雨にも負けない美貌と、その麗しき瞳の眩しさに溺れ、とんでもないことを口にしてしまいました。あ〜僕はなんということを。偉大なるクラルディウス様、そしてマクドルム様、僕を殺して――」

「しーっ! 気にしていませんから、ウィン君と同じようなことを言わないでください。それと、感の鋭い大神官に気づかれたらどうするのですか?」


青年は、取り乱したかのように頭を抱えたり、柱に頭を打ち付けたりしていた。

すると、アクディーヌの声で彼はまた姿勢を正し、申し訳なさそうに俯いていた。

こんなにもウィンディと行動が似ているということは、もしかしたら『眷属』なのではないだろうか。

だとしたら、ウィンディはいつの間に眷属を作ったというのだろう。


そもそも、眷属は契約を結ぶために膨大な神力を必要とするため、ほとんどの神々は作りたがらないのだ。

『分身』と『眷属』を作るのとは異なり、分身の場合は少量の神力だけで作れるが、眷属の場合は、膨大な神力を分け与えることによって眷属としての契約が成立する。

その眷属が人間だった場合、神と長く付き合わなければならず、すぐに死んでしまわないためにも大量の神力を分け与えなければならない。


それによって、神はしばらくの間寝込むこともあり、仕事にも大分支障をきたしてしまうのだ。

それに死ぬことがない兄やマグトルムとは違い、アクディーヌのようにそうではない神が命を落とすと、その眷属も命を落とすこととなる。

神によっていつ死んでもおかしくない眷属に指示を出したりすることは、あまりにも残酷すぎるが故にアクディーヌは作らないのである。


「急ですけど、あなたは風神ウィンディの眷族ですか?」

「け、眷属!? いえいえとんでもない! 僕はただの派遣の神官です!」


アクディーヌがそう言うと、彼は慌てた様子で首を横に振った。


「そうでしたか。あの子と似ていたのでつい、そう思ってしまいました」

「よ、よく言われます! ですが、そのおかげがウィンディ様からはよくしてもらってます!」

「あら、そうなのですね。だとしたらあなたは……」

「あ、申し遅れました! ウィンディ様が天界で統治なされる南の領域から来たブレイブと申します! ウィンディ様からの(めい)で派遣としてこの国に送られました」

「やはり、ウィンちゃんのところだったのですね。どうりで……」


ウィンディが統治する南の領域の神官たちは、他の領域と違ってのんびりとしているのだ。

仕事が来たとしても、大体は明日から手を付けるらしく度々(たびたび)、ムーソピアからの叱りが降りかかるのだそうだ。

ウィンディが幼少期の頃から、のんびりしていたのもあり、その性質が神官にも移ってしまったのだろう。


「アクディーヌ様はこの雷雨で?」

「はい。ですが、ただ見ているだけしか今はできないので何も言えませんが、ブレイブ君は人間だけでこの雷雨を止められることができると思いますか?」

「そうですねぇ。天候を操ることができる水魔法を持つ者たちならできると思いますけど、恐らくそれはSランクの人しかできないと思いますけどね」

「それは何故?」

「アクディーヌ様はご存知ないかもしれませんが、たとえ水魔法を持っていても、超越したSランクの人でなければ、無意味なんです。今では魔力を持つ者が減ってしまい、魔法を使って戦う冒険者たちにとっては非常に苦労しているそうです」


確かに、今思えば周囲に魔法を使う者は見当たらない。

ギルでさえ、自身にしか傷を癒せないため、魔法をほとんど使っていないと言っていたが、それは彼の魔力量の問題なのかもしれない。

それに、天界とは違って、魔力の気配があまり感じられない。


そう思いながら、アクディーヌは考え込むかのように腕を組んだ。


「だとしたら、今では魔法は相当貴重なものなのですね」

「そうですね! ですが、完全に消滅したわけではないので、まぁ、なんとかなるでしょう!」


そう言うブレイブは、鐘を鳴らすための紐を手に取った。


「アクディーヌ様、心配には及びません! 大神官様から先ほど、この鐘に備え付けられている隠し魔法で一時的にアイテールティア帝国全土に結界を張るよう命じられました!」

「あら、その鐘には結界魔法が施されているのですか? 面白いですね」

「いやぁ、考えた方は凄いですね。まさか、この鐘に魔法を備え付けるなんて」


ブレイブは感心するかのように頷いた。


「誰が考えたのか知っているのですか?」

「確か、皇帝の血筋の方が考えた策だそうです!」

「皇帝の血筋……?」

「はい! まぁ、正確なことは分かっていないんですけどね。はぁ、相当頭が良いんでしょうね〜」


この国のことは、だいぶ知り尽くしていると思ってはいるが、皇帝の血筋とはいったい誰なのかが分からない。

いや、何も知らない。

皇族や貴族関係のことは、何一つ分からない。

そもそも、全ては兄によってこの国が成り立っていたため、まだ水神ではなかったアクディーヌが知らないのも当然のことだ。


そもそものこと。

この世界の全ての国は神によって作られ、神が下界で姿を現し統治していた時代から、全てを人間に任せ、神が姿を現さなくなった現代で分けられる。

兄や四神たちの親的存在である先代の四神たちのように、長い間存在している神にとっては皇族や貴族の歴史には詳しいだろう。

何せ、あの時代の神々が直接、自身の国の相応しい人間に権力を讓渡したのだから。


「皇族のこととかは、お兄様ではないので分かりませんがその様子だと、私たちの出番はなさそうですね」

「はい! 神様には手を煩わせるわけにはいきませんから!」


そう言って、ブレイブは鐘の紐を握り、大きく左右に振った。

すると、振動と音とともに白い膜が張られ、空を見上げると雷雨が意地でも突き破ろうとしているのか、何度も衝撃を与えているが、結界はビクともしなかった。


「僕、初めて鳴らしましたけど、凄いですね! これは」


アクディーヌは結界が張られた空を見つめたまま、呆然とする。

やがて、口角は上がり、アクディーヌは今まで以上の面白さを感じ興奮を抑えきれなくなっていた。


「アクディーヌ様?」

「これだから人間が大好きなんです。神ですら予想がつかないことをして驚かせてくれるのですから」


すると、鐘楼に続く床の下から他の神官らしき者がブレイブを呼んでいた。


「あ、はい! それではアクディーヌ様! 僕はこれにて大神官様のもとに戻らせていただきます!」

「はい。あ、下界の大神官には私と会ったことは言わないでくださいね?」

「もちろんです!」


ブレイブは深くお辞儀をしたあと、下へと降りていった。

その姿を見届けたあと、アクディーヌは再び空に張られた透明の結界を見上げた。


(この国がひとまず安全になったのは良いですが、他の国はこのような魔法が備え付けられているのでしょうか。スーちゃんに聞いてみましょう)


アクディーヌは、泡を作り出しスニューティオを呼ぶ。

すると、泡は白く輝き、そこには退屈そうなスニューティオが現れた。


『ディーヌ、アタシに何か用?』

「スーちゃん、見てください」


アクディーヌは泡を結界が張られている空へと向けた。


『え? なんなのよ、その結界。もしかして、もうディーヌたちの所は解決策が見つかったというの?』

「実は、鐘楼に隠し魔法が備え付けられていたらしいです。神官の方が先ほど教えてくださいました」

『隠し魔法? そんなのアタシ聞いたこともないんだけど。鐘楼って言ったわよね? ちょっと待ってて、確認してくるわ』


スニューティオはそう言って、連絡を切った。


もし、全ての国の鐘楼に隠し魔法が備え付けられているのなら、後はこの雷雨を結界の外でどうにかすれば、一件落着なのではないだろうか。

このまま行けば、見ているだけで済みそうだ。


そんなことを思っていると、左耳の二枚貝が青く光りだした。

泡に変化させると、そこには鐘楼らしき場所に立つスニューティオが映し出された。


『ディーヌ、この神官に鐘を鳴らさせたら本当に発動したわ……。ちょっとそこの神官、いくら紐が凍ってるからってそんなんじゃ、すぐに結界の効果がなくなるわよ! もっと強く鳴らしなさい』

『は、はいっ!』

「こらこら、スーちゃん。あまり神官を困らせてはいけませんよ」

『……分かったわよ。そこの神官、もういいわよ』

『し、失礼します!』


スニューティオは昔から、強気な子どもだった。

さらには、フェリクスと毎日のように喧嘩をし、フェリクスが泣きながら縋り付く日々が続いていた。

そんなわんぱくな子が、まさかこんなにも好いてくれるとは当時は思いもしなかったが、今となっては彼女の性格が個性の一つと言っても良いだろう。


『これってディーヌのところの皇族が考えたんでしょ?』

「そうらしいです。私も先ほど知ったので驚きました」

『だとしたら、クラルディウス様も知らなかったってこと?』

「多分そうだと思います。お兄様はきちんと教えてくれますから」

『神までも知らないのなら、神に頼る気はないってことね』

「……とにかく、イグたちにも知らせなければなりませんね」


そう言いながらアクディーヌは先ほどスニューティオが言っていたことを思い出す。


(神に頼る気はない……か。うん、とてもよいことです。人がそう決めたのなら、私たち神は目を瞑りましょう。それに、神も自分の好きなことをして満足して消えることができたら、どれほど良いことか。それを実現させるのは、難しいかもしれませんが不可能を可能にしてしまえばなんの問題もありませんよね)


人間に憧れを持つことと同じように、人間にはなれないかもしれないが憧れ続けることは悪いことではない。

憧れを捨ててしまえば、二度と戻ってはこない。


だから、何があっても憧れ続ける。

この世界は夢だ。

夢でもあり、現実でもある。

夢が覚めない限りは、この世界も消えない。


人間になることが憧れなら、人間の心を理解すればいい。


『ディーヌどうかした?』

「……いいえ。なんでもありません、さぁ。イグたちにも知らせましょうか」

『ええ、アタシはウィンディに連絡するわ。丁度話したいことがあったし』


そして、再びスニューティオの連絡は切れ、アクディーヌは入れ替わるかのようにイグニーゼルとフェリクスに連絡を取る。


「イグ、フェリちゃん。少しだけ時間を貰っても良いですか?」

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