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38 神の法則からは逃れられない

「あれはヒューバートと目つきの悪い青年? どうしてここに?」


確かに見た目が怪しいが、ギルドマスターであるヒューバートが悪さをするような者にも見えない。

逆に、あの目つきの悪い青年の方が怪しい何かをしているようにしか想像がつかない。


(待って、彼らって皇帝公認の暗殺組織にいるとか言ってませんでしたっけ。だとしたら、皇帝にお呼ばれされたんですね。なるほどなるほど)


アクディーヌはそう思いながら、目で彼らを追った。

それにしても、ヒューバートは何故いつもサングラスをかけているのだろう。


確かに「素敵だから」と言っていたが、何か別の理由もあるに違いない。

自分が神の姿を隠さなければならないように、彼にも何か理由があるのかもしれない。


それにしても、あの中年の貴族はなぜあんなにもヒューバートたちを睨みつけているのだろう。


睨みつけられている当の本人たちは、気にする様子もなく呑気に欠伸をしていた。


(あんなに睨みつけられるなんて、あのお二方は何をしでかしたのでしょう。もしかしたら、あの貴族は嫉妬をしているとか? だとしたら面白い展開ですね)


アクディーヌがそう思っていると、突然、中年の貴族がヒューバートたちに聞こえるように声を上げた。


「これだから平民は! ただの平民のくせに皇帝陛下に呼ばれて調子に乗っているんだろう。それにしても、男のくせに女の格好をしているとは、なんという醜態だ!」


(……あら? あらら? いけ好かないですね)


アクディーヌの視界には、なんとも醜い表情を浮かべる中年の貴族の顔が映った。

その言葉に、慌てて兵士たちが止めに入る様子が見える。


ヒューバートたちは、足を止め、貴族の方に向かってゆっくりと歩み寄っていった。

それに気後れしたのか、貴族は一歩後ろへと下がった。


「な、なんだ! ま、まさか、あんなことで機嫌を悪くしたのか?」


その言葉に、ヒューバートは鼻で笑うように答えた。


「ふんっ、あんたって顔だけじゃなく中身まで醜いのね。だから、皇帝陛下に相手にされないのよ。私たちのようなSランクの人間と比べられたら当然よ」

「な、なんだと!」

「マスター、この豚を相手にしても無駄っすよ。行きましょう」

「まぁ、そうね」


ヒューバートと目つきの悪い青年は、中年の貴族など最初から見えていなかったかのように、再び城内へと歩み出した。


「き、貴様! この私を豚呼ばわりしたな! 許さんぞ!」


兵士に捕まりながら、暴れる貴族。

このとき、アクディーヌはある既視感を覚える。


(なんだか、このような光景を見たような気がするのですが気のせいですかね……。うーん、どこだったかしら。確か、お兄様の屋敷に行ったときに見たはずだと思うのですけど。まぁ、どうでもいいですね)


そんなことを考えていると、再び雷鳴が轟き始めた。


「さて、雷もひどくなってきたし、そろそろ次の場所に移動しましょうか。屋敷に行くのはいいですけど、別れたばかりでまた行くのは気まずいですし、街をぶらぶらしてみましょう。どうせ私の姿なんて誰にも見えていないでしょうし、これを機にこの国に住む人々を観察するのもいいかもしれません」


雷雲が垂れ込めている状況下で、人々の観察をしたくはなかったが、そんなことを言っている場合ではない。

神の力なしで、人々はどのように解決するのだろう。

今すぐにでも、この状況をどうにかしたいが今は人々の行く末を見届けよう。




◆◆◆




「誰か、あたしの噂をしてるわね……。さっきから物凄くぞっとしてるわ、今」


城内を歩きながら、身震いをするヒューバート。


「あの豚じゃないっすか? 本当にだるいっす。あいつ、息子が最近、窃盗罪で捕まったらしいっすよ。本当、血の繋がりって怖いっすね〜」

「へぇ」

「しかも、盗んだところがスイさんが行っていたあの屋敷らしいっす」

「は? 今すぐにでも殺す」

「マスター、男が出てるっすよ」


ヒューバートが殺気を放ちながら進んでいると、前方から騎士に指示を出している一人の男が現れた。


「……ルイス別の道から行くわよ」

「了解っす」


ヒューバートは進む方向を変え、急ぎ足で歩き出した。


(だから嫌なのよ、城は。よりにもよってあの子に会うなんて、本当に最悪)


会わないようにと、時間も遅くして来たというのにあの豚貴族のせいで、無駄になった。

それに、今回会いたくもなかった彼と出くわして分かったことは、相変わらず昔と変わらず真面目で仏頂面なところだった。

あの顔でも、十歳以上も離れている妹を大切にしているのだから、周りからの評判が良いのは当然だろう。

彼はずっとこのままで良い。

悪に手を染め、今では何も恐れることがなくなってしまったヒューバートに、彼と出会うことによって純粋な正義感を汚してしまっては今までの努力が無駄になる。


「あんたたちだけは、幸せになるのよ」


ヒューバートはそう囁き、皇帝のもとへと向かうべくその場を後にした。




◆◆◆




屋根の上から人々を観察しているアクディーヌの左耳に着けた二枚貝のイヤリングが青く光り出した。


「あら、誰でしょう。もし雷雲じゃなかったら、気付かなかったかもしれませんね」


アクディーヌは青く光るイヤリングに触れ、泡へと変えた。

浮かんだ泡の中には、氷神スニューティオが映し出された。


『ディーヌ? アタシだけど』

「スーちゃん、どうかしましたか?」

『さっき下界に来たんだけど、こっちも雷雲がひどいのよ。ウィンディたちにも聞いたけど、世界中で雷雲が発生しているらしいわ。そっちもそうでしょ?』

「ええ、こちらも雷雲が垂れ込めています。本当に厄介なことになりましたね…これは、マグトルム様の結界が破られた可能性があるのかもしれません」

『そうだとしたら、相当まずいわよ。あぁもう、アタシたちならこんな雷雲止められるかもしれないのに、人間の力を見ているだけだなんてムシャクシャするわね!』


神々には破れない法則があり、それを破れば二度と下界に降りることもできず、神の資格を剥奪されてしまう。

アクディーヌにとってはその方が好都合かもしれないが、それでも法則を破ることはできない。


「仕方ありませんよ、これはマグトルム様の(めい)みたいなものなのですから。破ったら破ったでそれこそ面倒くさいことになりそうですし」

『……そんなこと言えるの、多分あんただけよ』

「え? なんですか?」

『…なんでもないわ。とりあえず、しばらくは人間たちを見守るしかないわね。また何かあったら連絡するわ。それじゃ』


そう言って、スニューティオとの通信は途切れ、泡は弾けた。


「スーちゃん、今回のことで少しピリピリしてますね。でも、なんだか分かる気がします」


そう呟いてから、アクディーヌは再び屋根を伝って人々の様子を観察し始めた。

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