36 存在意義と異変
そしてアクディーヌが聖塔に戻ると、それに気づいた神官たちは慌てて頭を下げた。
すると、ムーソピアが神官たちのもとに行き、アクディーヌたちの方に顔を向けた。
彼女の表情は、いつもとは違い、真剣そのものだった。
「氷神様、花神様、風神様、炎神様、水神様。――マグトルム様に代わり下界をどうかお願い申し上げます」
彼女が深々と頭を下げた姿を見て、アクディーヌは思わず考え込んだ。
彼女がこれほどまでに真剣であるということは、本当にこの世界に危機が迫っているのだろう。
(その状況の時に、人間だけでは解決できないことが起きたら私たち神の役目となる。それが、『存在意義』なのですね。お兄様)
アクディーヌはそう思いながら、そばに立つ四神たちの顔を見渡した。
彼らも、ムーソピアの様子をじっと見つめていた。
アクディーヌの視線に気づくと、四神たちはほぼ同時に頷いた。
分身も微笑みながら頷いている。
アクディーヌもそれに応え、前を向いて口を開く。
そして、四神たちと心を通わせるかのように、全員が口を揃えて「承知」と答えた。
その後、まだ頭を下げているムーソピアと神官たちに向けて、アクディーヌが声をかけた。
「さぁ、皆さん顔を上げてください。今は危機的状況ですが、私たちでできることをとにかくやりましょう」
「そうね、人間の力が尽きるまで待たなきゃいけないけど、それまではできる限り手助けはするわ」
「師匠と僕は今まで人間のふりをして下界で活動してきたけど、今度は神としてちゃんと行動するんですね〜。なんか新鮮です」
「ウィンディのことはともかく、ディーヌは遊び半分で下界に行ってるよね?」
「言われてるぞ、ディーヌ」
今、この場で言う必要はないことを言う彼らに、アクディーヌは微笑みながら「では」と言って小さく手を振りながら消えるのだった。
◆◆◆
アクディーヌが去った後、屋敷の入り口近くで空を見上げていたギルは、不安げに首をかしげた。
「ねぇ。執事、主人。この天気おかしいと思わない?」
ギルの言葉に、執事のアンソニーと屋敷の主人であるフィンレーがやってきて、同じように空を見上げた。
「うむ、確かに妙ですな」
「水神様の加護のおかげで、いつも天気が良かったのに、こんな雲の色は初めて見る……」
空には不気味な色合いの雲が広がり、まるで不吉な何かを予感させていた。
よく見ると、雲からは放電が始まっている。
「うわっ! これ雷落ちてくるんじゃない!?」
「これはまずいわね……」
「このままだと世界が終わるんじゃ……ってギルドの不審者!」
「誰がギルドの不審者よ! あたしはギルドマスターよ」
突然、ギルの隣に現れたのは、サングラスをかけたギルドマスターだった。
彼もまた、空を見上げながらつぶやいた。
「ぎ、ギルドマスターですと!?」
「ぼ、僕。初めて見たかも」
「あら、あんたがこの屋敷の子猫ちゃん?」
「こ、子猫……?」
「ふぅん、なかなかいい顔してるじゃない。もっと大きくなったら、いい男になりそうね」
「マスター。さすがにそれはキモイっす」
すると、濃い緑色の髪をした男が音もなく現れた。
彼がそう言うや否や、ギルドマスターは片足でその男の腹を蹴り飛ばした。
男はその勢いで吹き飛んでしまった。
その時、街の方角からドンッという音が響いた。
視線を向けると、青く光る煙が空に向かって上がっていた。
「え? あれって発煙筒?」
発煙筒は位置を示したり集合の合図を知らせるために使われる信号だ。
「どうやら、お呼びのようね」
「お呼びって、誰に?」
「そんなの皇帝に決まってるでしょ。はぁ、面倒くさいわね」
ギルドマスターはため息をつき、嫌そうな表情を浮かべながらも「ルイス、行くわよ」と言い、屋敷を後にした。
ルイスと呼ばれた男は腹を押さえながら、ギルドマスターの後を追った。
「スイ、大丈夫かな……」
ギルは、再び雷雲を見上げながら心配そうに、ぽつりと漏らすのだった。




