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35 これは幻覚か、それとも現実か

少し不快な表現があるかもしれませんので、読む際はご注意くださいませ。


早足でイグニーゼルたちのもとへ向かうと、雷とともに雨が降り始めた。

そのとき、神官たちの微かな悲鳴が聞こえてきた。


動揺せずに膝をつき、頭を下げる神官もいれば、今にも逃げ出しそうな者もいた。


無理もないことだ。

彼らは神官でありながら、神のように雷に打たれても無事でいられる体ではない。

しかし、ユウェシルのようなマグトルムの神官や、大神官であるムーソピアは例外だ。


「神官の皆さん、今すぐ聖塔の中へ避難してください。ここは、私たちに任せて」


アクディーヌが無数の神官に向かって声を上げると、神官たちは一斉に聖塔へと向かっていった。

その様子を見守っていると、突然暴風が吹き始めた。


「姉さん! これはとんでもないことなのでは!?」

「ええ! とんでもないです!」

「師匠! 風神である僕でも分かります。これはとんでもない風です!」


すると、暴風によって身動きの取れないアクディーヌたちに気づいたイグニーゼルたちが、こちらに向かってきた。


「おい、ディーヌ」

「あら! イグ」

「イグニーゼルさん! どうしてそんなに真っ直ぐ立っていられるんですか!」

「こんな暴風如きで(ひる)んだりはしない。逆にお前は風神のくせして、まともに風すら操れないのか?」

「師匠、僕、物凄くムカついてきました……」

「我慢しなさい」


ウィンディが、イグニーゼルを睨みつけていると、スニューティオとフェリクスが走ってきた。


「ディーヌ! 来るのが遅いわよ!」

「ウィンディ、なんで君がディーヌと一緒にいるの?」

「いちゃダメですか!? 僕の師匠なんですから、別に珍しくもないでしょう!」

「はいはい、皆さん。そのくらいにして、まずはこの雷雲をどうにかしましょう」


アクディーヌは空を見上げ、雷雲を見つめた。

雷が落ち、雨が降り注ぎ、暴風が吹き荒れる中、聖塔の最上階を覆い尽くすほどの雷雨に、巨大な瞳がこちらを睨みつけているかのように見えた。


これは幻覚か、それとも現実か。

そんなことを考えていると、突然「アクディーヌ様!」という聞き覚えのある声が響いた。


振り返ってみると、ゲートからやってきたムーソピアの姿があった。


「ムーちゃん!」

「アクディーヌ様、やっと見つけました」

「あんたが走ってやってくるなんて珍しいわね、ムーソピア」


スニューティオがそう言うと、ムーソピアはずれた眼鏡を戻し、五神たちに向かって口を開いた。


「五神の皆さま。ひとまず、この雷雨は先代水神……クラルディウス様が対処してくださるそうなので、皆さまは今すぐ下界へ向かってください」

「おい、大神官。俺たちが何故下界へ行かなければならない。マグトルム様の命令ではない限り行くことはできない」

「そうですが、今は緊急事態です。クラルディウス様がマグトルム様に代わって命令を下しました」

「お兄様が?」


アクディーヌが不安そうに尋ねると、ムーソピアは話を続けた。


「あの雷雨は、マグトルム様が引き起こしたものではありません。クラルディウス様によると、あれは――」


ムーソピアが言いかけた瞬間、再び雷が落ちた。

雷は地面を伝い、亀裂を作りながらアクディーヌの足元まで迫ってきた。


「姉さん!」

「アクディーヌ様!」


分身やムーソピア、そして四神たちの声が聞こえたが、雷の音圧で鼓膜が破れかけており、もはや聞き取ることができなくなっていた。


(まずいですね……、早く鼓膜を再生しないと)


そう思いながら、アクディーヌは雷を後ろに飛んで避けた。

気づけば、周りの音がまったく聞こえなくなっていた。


(お兄様ならこのときどうする……? 考えてアクディーヌ。今なら鼓膜の再生が間に合うかもしれない。けれど、再生している間に誰かを巻き込んでしまったらどうする? いいえ、考えている暇はありません)


考えるよりも、まずは先に行動だ。


アクディーヌは、ふっと笑いながら地面を伝って迫る雷を挑発するかのように待った。

そして、その一瞬だけ神力を解放し、鼓膜を再生させる。


どうやら、無事に再生はできたようだ。


あとは、雷が足元に迫ったその瞬間、アクディーヌは神力を閉じ、全速力で後ろに向かって走り出す。


「逃げるが勝ち!」


突然のアクディーヌの行動に、これまで心配そうに見守っていたムーソピアたちが「はぁ〜!?」と驚きの声を上げた。


聖塔から遠ざかるにつれて、雷は徐々に力を失い、ついには消え去った。


「ふぅ……。しつこい雷ですね」


聖塔から遠ざかるにつれて、雷は徐々に力を失い、ついには消え去った。


「姉さ〜ん! ご無事ですか〜?」


声のする方へ視線を向けると、分身たちが走ってくるのが見えた。

やっとのことで辿り着いた分身たちは、少し呆れた表情で息を整えていた。


「皆さん、どうしてそんな顔をなさるのです? あっ、私があの雷をどうにかしてくれると思っていたのですか? そんなの無理ですよ。私は水神ですし、いくら純水だとしても雷に当たるのは嫌ですからねぇ」

「ディーヌ……。そこは逃げるとこじゃないよ」

「では当たれというのですか!? フェリちゃん」

「何千年も生きてるディーヌが、雷如きで逃げるなんて見損なったよ!」

「でしたら、どうして皆さんは見ているだけだったのです?」


アクディーヌの言葉に、フェリクスたちは視線を逸らした。


「皆さん、昔はあんなに優しかったのに今となっては……。はぁ」


深いため息をつきながら、アクディーヌは雷によって割れた地面を修復し、聖塔へと向かって歩き出した。


そして、歩きながら再び雷雨を見つめる。


(……ムーちゃんが言いかけた言葉の続きは、きっとあの者の仕業なのでしょうね。お兄様が話していた『銀の魔神』の……)


アクディーヌは三千年以上も生きているが、まだ分からないことだらけだ。

古代の魔神や下界のことも。

しかし、すべてを知るよりも、知らないままでいる方がむしろ良いのかもしれない。


特に人間は、神に知ってほしくないことを心の奥底に隠すことが多い。

それを、見透かすのはいくら神であったとしても許されない、と アクディーヌは思う。


そう思いながら、急ぎ足で聖塔へと向かって行くのだった。

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