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30 予想外の足止め

ユウェシルを追って、屋敷から離れたアクディーヌはギルからもらった贈り物ではない方のフード付きマントを着て息を吐く。


「はぁ、本当に短かったですね。ここにいられたのは」

「長ければ、聖塔が崩壊するでしょう」

「……そうやって皆、私を脅すのですから」

「さぁ、行きましょう。今からゲートを――」


ユウェシルがゲートを開こうとした瞬間、地面に大きな影が映し出された。

顔を上げて空を見ると、ほくそ笑みながら日傘を差したヒューバートが降りてきた。


「スイ、見つけたわよ」


地面に降り立つと、ヒューバートは日傘をアクディーヌに向けて構えた。

すると、どこからともなく現れた緑髪の青年が、両手をズボンのポケットに入れたまま鋭い目つきでアクディーヌを睨みつけた。


「これはどういうつもりだ。スイ様に危害を加えたら、ただじゃおかない」

「大丈夫ですよ、ユウェシル。売られた喧嘩は買って差し上げないと」

「ですが……」

「ねぇ、スイ。あたし、あんたに出会ってからずっと戦ってみたかったのよ。だから、本気で()り合いましょう? 手加減なしで」


ヒューバートの挑発に、アクディーヌは無言で微笑む。


(人と戦うだなんて、何年ぶりでしょう。いえ、人ではなく魔族の子でしたけれど。ですが、まさかヒューバートと下界から去る前に戦うことになるだなんて。仕方ありません、怪我をさせない程度に戦ってあげましょう)


そんな考えを巡らせていると、ユウェシルは殺気を帯びた瞳で、魔法の力で剣を作り出した。

それを見た緑髪の青年もまた、ほくそ笑んだ。


「マスター、俺はこいつと殺り合うっす」


青年はユウェシルを指さして言う。


「死んでも知らないわよ」

「この俺を見くびらないでくださいよ、何人殺したと思ってるんすか」

「まぁ、頑張りなさい」


青年は頷き、短剣を作り出すとユウェシルに向かって突進していった。

彼らがただの冒険者ギルド関係者ではなく、殺し屋集団だったとは思いもよらなかった。


「ただのギルドマスターではなかったのですね」

「驚いた? でも、あたしはそんなに殺してないわよ。あの男が異常なだけ。でも、こんな状況でも冷静なあんたが好きよ」

「まぁ。それは光栄です。では、ユウェシルたちが戦っているので私たちも戦う――いえ、戯れましょう」


アクディーヌの言葉にヒューバートは顔を輝かせて頷く。


(武器は使わないことにしましょう。いくら怪我をさせないように心がけても、うっかり傷をつけてしまう可能性がありますし)


アクディーヌは炎の魔法で作り出されたヒューバートの銃弾を軽々と避け続けた。


「スイ、かわすだけなの?」


そう言いながら、ヒューバートは次々と弾を撃ち続けた。

銃声が響くたび、木々にいた鳥たちが一斉に飛び立った。


そんな彼にアクディーヌは、道端に落ちていた小石を拾い、ヒューバートに向かって投げた。

石は彼の頬をかすめ、血が滲み出した。

その瞬間、アクディーヌはしまった、と思い口を押さえた。


「ごめんなさい、傷をつけてしまいました」

「何言ってんのよ、このあたしに傷をつけたのはスイだけだし、むしろ宝物にするわ。そんなことよりも油断は禁物よ!」


ヒューバートは銃を剣に変え、アクディーヌに向かって振り回した。

彼の攻撃をかわすたびに、アクディーヌのフードがずれ、顔が少しずつ露わになっていった。


(もしかして、ヒューバートは私の顔を見ようとして戦うなんて言ったのかしら)


アクディーヌは一瞬考えたが、すぐにその考えを振り払った。

彼女は片足に力を込めて跳び、もう片方の足でヒューバートの剣を叩き落とした。

頭を抑えながら、逆さまになったまま軽やかに地面に戻ると、ヒューバートは呆然と立ち尽くしていた。


それを見ていたユウェシルと青年も、戦いをやめて同様に呆然と立ち尽くしていた。



「……私の勝ち、でしょうか?」


アクディーヌは気まずそうに口を開き、地面に落ちていた剣を拾ってヒューバートに返した。


「ユウェシル〜? 帰りましょう」


アクディーヌがユウェシルの手首を掴んで去ろうとすると、ヒューバートが正気を取り戻し叫んだ。


「持ちなさい!」

「なんですか?」

「スイ、あんた最高よ! こんなに興奮したのは初めて!」

「俺も感動したっす! スイさん、最高っす!」


二人に迫られ、アクディーヌは困惑した表情を浮かべた。


「スイがSランクだって言っても、誰も驚かないわ。ねぇ、スイ。私たちの組織に入らない?」

「え?」

「スイさんが入ったら、この国と俺たちの組織は最強っす!」

「貴様ら、ふざけたことを言うな」

「ふざけてなんかないわよ。私は本気でスイが欲しいの」


アクディーヌは、頭を抱えて小声で呟いた。


「組織ですって? 私の地位もあるのに? しかも殺し屋だなんて、私の目標は人間じゃなくて殺し屋の人間? もう魔神と同じじゃないですか。はは、魔神……とんでもない水神ね」

「スイ様?」


アクディーヌは急に顔を上げると、風のように走り出した。


「私に仕事を増やさないでください〜!」


屋敷の人たちが彼らのように、おかしな人間ではなくて良かったとつくづく思う。

しかも、殺し屋になるよう勧める人間なんてきっと魔神か何かに取り憑かれているに違いない。


そんなアクディーヌに、ヒューバートは「あ、待ちなさい!」と言いながら追いかけようとするが、アクディーヌの逃げ足の速さで諦めていた。


「スイ様、お待ちください!」


そんなヒューバートに対して、ユウェシルはアクディーヌを追いかけ、当然かのように追いついていた。

それを見たヒューバートは日傘を再び持ち出し、怒りとともに日傘を地面に突き刺した。


「スイ、あたし諦めないから〜!」


ヒューバートの声がアクディーヌに届くくらいに木霊(こだま)し、アクディーヌは身震いをしながら逃げるのだった。




◆◆◆




「姉さんが帰ってくるそうだよ、しかもマグトルム様たちまで」


とある天界にある聖塔での出来事。

天界にそびえる聖塔の一角で、書類を手にしてアクディーヌの机にそっと置く分身が、鼻歌を口ずさむウィンディに向かって言った。


「知ってますよ〜、いやぁ。よかったですよ、マグトルム様の安否が分かって」

「でも、急にどうしたんだろう? 兄さんと一緒に遊歴に行ってたのに」

「兄さん……あぁ、クラルディウス様ですね。僕も分かりませんが、帰ってきたら教えてくれますよ」


分身は棚を物色するウィンディに近づき、その手元を覗き込んだ。

ウィンディは、アクディーヌが暇な時に作り置きしていた瓶や材料を探っていた。


「何してるんだい?」

「師匠がこれ、自由に使っていいって言ってたので、ちょっと探し物してるんです」

「探し物? 何を?」

「秘密です!」


分身は怪訝そうにウィンディを見つめるが、ウィンディは悪戯っぽく笑う。


「いやいや、僕は姉さんの分身だよ? それでも秘密なのかい?」

「……僕は風神ですよ?」

「僕は水神の一部だよ?」


互いに軽口を叩き合いながら、二人は微笑み合う。

だが、ウィンディは急に真顔に戻り、ため息をつきながら棚を再び物色し始めた。


「実は『蘇生瓶』を探してるんです。でも、これ本当に誰にも言っちゃダメですよ。師匠と僕だけの秘密の研究ですから」

「蘇生瓶? それってなんだい?」

「師匠の話によれば、この瓶は不可能なものを可能にしてしまうといういわゆる、復活するという意味が込められた不思議な瓶だそうですよ」

「だから、蘇生瓶……?」


分身はそう言って首をかしげるが、ウィンディは「おそらく」と軽く笑って、再び棚を探し始めた。

分身は考え込むように顎に手を当て、視線を落とす。

その瞬間、別の分身が経験した記憶が脳裏に浮かんだ。


夜更け、アクディーヌが大量の瓶や材料を机に並べ、寝ずもせずに真剣な表情で何かを研究していた。

そして、ふと満月を見上げて、「サーノ――」と聞き取りづらい声で呟いた。

悲しみに満ちたその声が、今も耳に残っていた。


「分身さんは、師匠に作られてからまだ間もないので師匠のことをよく知らないのは当然ですよ」

「サーノ……」

「え?」

「あ、なんでもないよ。とにかく教えてくれてありがとう。蘇生瓶、見つかるといいね」

「え、分身さん?」


分身はそう言ったあと、手を軽く振りながら部屋を後にした。


「変な分身さんですね、やっぱり彼もまた壊れてしまうんでしょうかねぇ……っと、見つけた!」


ウィンディは、分身の背中を見送りながら呟き、再び棚を探り続けた。

そして、ようやく見つけたのは、オパールのように輝く瓶だった。


「やっぱり綺麗ですねぇ。師匠の瞳みたいに……」


その瓶を懐にしまい込み、ウィンディは満足げに部屋を出て行った。

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