29 また、会う日まで
「よし、下界で買ったフェリちゃんにあげる布もしまったことだし、そろそろ行きましょうか」
朝食を食べ終えたアクディーヌは、天界に戻るため、荷物を泡にしまい込んでいた。
この泡は、大精霊の頃から頻繁に利用しており、中には多くの物が詰め込まれている。
何でも入るため取り出すのに手間はかかるが、手荷物になることがないので、盗まれる心配もない。
泡は、通信機やカバン、さらには写し絵のようなものとしても使える便利なものだ。
(そういえば、さっき四神たちにフェリちゃんへのお土産があると言ったら、他の三神たちに責められたんだった……どうしましょう、今から買いに行っても何があるのか分からないし。イグには剣を作ればいいんだけど……)
そんなことを考えていると、部屋の外からユウェシルの声が聞こえた。
「スイ様、準備はできましたか?」
「ええ、もう少しだけ待ってくださいね。すぐ行きます」
アクディーヌは泡を消し、部屋を片付けてからユウェシルの元へ向かった。
ドアを開けると、彼は巨大な革袋を背負って待っていた。
「……えっと、その大きな袋は何ですか? ユウェシル」
「あの三人に、これを持っていくように言われたのです」
「まぁ、こんなにたくさんいただけるなんて……。ユウェシル、その袋を私が預かりますよ。重いでしょうし」
「いえ、お手を煩わせるわけにはいきません。それに、筋力がつくので大丈夫です」
ユウェシルは無表情でありながらも胸を張り、ギルたちのもとへと進んでいった。
彼は最初に会ったときよりも、どこか子どもっぽくなってきているように感じたが、それもまた良いところだ。
アクディーヌは微笑みながらユウェシルの後ろを歩いていった。
◆◆◆
「寂しいものですな、たった二日でお別れとは」
ユウェシルと共にギルたちのいるリビングに到着したアクディーヌに、アンソニーは肩を落としてそう言った。
少し離れた場所では、フィンレーが何かを抱え、ギルと共に準備をしている声が聞こえてきた。
「本当に早すぎるよ。ロニー様の代わりに来たスイが、もっと長くここにいると思ってたのに、たった二日で帰っちゃうなんてさ」
「こんなことは言いたくはありませんが、僕の持病が治らなければスイ様はもっと長くいられたのでしょうか……」
「ちょっと、主人! そんな不吉なこと言わないでよ!」
ギルの言葉に怯むフィンレーを見て、アクディーヌは彼らの元へと歩み寄り、フィンレーの頭に手を乗せた。
突然のことでフィンレーとギルは驚いていたが、これはただ頭に手を置いているだけではなく、彼の体調を調べていたのだ。
頭から伝わる体温や微かな心音、脈拍、そして勇者としての力。
フィンレーの体には、確かに勇者の力が流れていた。
金色に輝く魔力の粒子が、彼の心臓へと流れ込んでいる。
勇者の体を直接調べたことはなかったが、心臓に流れるその力のおかげで、傷や病気の回復が早いことに納得がいった。
だが、もし雑草が原因で勇者としての力が発現しなかったとしたら、なぜマグトルムはそのようなことをしたのだろう。
勇者を選んでいる張本人だというのに。
(お兄様と連絡を取ったときに聞けばよかったですね。でも、お兄様は勇者のことなんて興味ないでしょうし、自ら協力するとは思えません)
やはり、マグトルムにしか分からないことだと言うのだろうか。
だが、そういうことは天界で会うだろうマグトルムに直接聞けばいいことだ。
フィンレーの体調を確認したアクディーヌは、彼の頭から手を離して微笑んだ。
「うん、体調は良さそうですね。フィンレーくん、私はあなたの持病を治しに来たわけではないんですよ。あなたとたくさんお話しするために来たんです。それだけは覚えておいてくださいね」
「……はい! スイ様」
フィンレーは満面の笑みで頷いた。
すると、ユウェシルが控えめに咳払いをして、出発を促した。
「それでは、そろそろお暇しますね。たくさんの贈り物、本当にありがとうございました。大切に使わせていただきます」
「ほっほっ、ロベール家の秘宝で、硬い皮膚を持つドラゴンでも斬れる大剣と、フィンレー様が作られた庭師ギルベルトのぬいぐるみと――」
「ゴミを贈るな」
早口で贈り物の説明をするアンソニーに対して、後ろにいるユウェシルは眉間に皺を寄せて囁いた。
(ユウェシル、ますますイグに似てきている気がするのですけど気のせい?)
そんなことを思っていると、ギルの呼び声が聞こえた。
振り返ってみると大きな長方形の箱を、見せつけるように満面の笑みで突きつけていた。
「……これはなんですか? ギル」
「世界に一つだけの僕からの贈り物だよ! 受け取って!」
「まぁ、ありがとうございます!」
「開けてみて!」
「今、開けてもいいんですか?」
「もちろん!」
ギルに促され、アクディーヌが箱を開けると、中には星のように輝くマントが入っていた。
フード付きのそのマントは、全身を覆うタイプではなく、胸元にある金色のボタンで留めると、背中を優雅に覆うデザインだった。
布地はまるで天の川のように輝いていた。
「どう? 前にスイと街を歩いたときに買った布で作ったんだ。この布も世界に一つしかないんだよ。それに、このマントを着れば暑い日も寒い日も問題ないし、燃えたり汚れたりもしないんだ!」
「まぁ、素晴らしいですね! 全身を覆わないデザインも、とてもいいです」
「でしょ! 体のラインが見える方が素敵だと思ってさ。しかも、夜になると布が光る仕組みになってるから、スイの存在がさらに目立つね!」
ギルの自信満々の説明に、アクディーヌは目を輝かせた。
適当なマントを羽織っていた今までとは違い、このマントは本当に特別なものだった。
すると、ユウェシルはそれを聞いて不服そうに口を開いた。
「おい、それだとスイ様が目立ちすぎて危険な目に遭う」
「それは安心しなよ! 金色のボタンが一つあるでしょ? 実は、それはただのボタンじゃなくてボタンを時計回りに一回だけ回せば、光らないようにできるんだ」
「それは僕が考えました! スイ様!」
「そう、主人が考えてくれたんだよ。だから、目立ちたくないときとかには役立つと思う!」
その説明にアクディーヌは言葉を失った。
こんなにも技術が進んでいるとは思わなかった。
まだ若い二人が考えたとは驚きだ。
フェリクスが見たら、発狂どころではないだろう。
「本当に、ありがとうございます! 大切に使わせていただきますね!」
「うん! じゃあ、そろそろかな? ここでお別れだね。スイ」
「はい、また会いに行きますね。必ず」
「スイ様、僕、絶対に強くなりますから!」
「ふふ、楽しみにしてます。そのときは私と一戦しましょう!」
「い、一戦ですか!? え、えっと……」
「残念だが、主人はスイ様と戦ったら死ぬ」
そんなことを言うユウェシルに、アクディーヌは優しく微笑みながらも、少し睨みつけるように視線を送った。
それに気づいたユウェシルは、わずかに目を逸らしながら、無言で外へと向かう。
「ふふ、ユウェシルの言うことはあまり気にしないでくださいね。それでは、本当にお別れです。お元気で!」
アクディーヌは軽やかに手を振りながら、ユウェシルの後を追うように足を進めた。
ギルも少し寂しそうな顔で手を振り返していたが、アクディーヌはその視線をあえて気づかないふりをする。
これ以上言葉を交わしてしまうと、この場所から離れるのが一層辛くなるだろう。
だから、彼らに何も言わずにこのまま去ることに決めた。
(私の夢が覚めない限り、永遠の別れはないのだから)
人間にはなれなくとも、今回の下界での出来事は叶えたかった夢の一部でもあり、嬉しいものだった。
この出来事をどうか忘れないように、とアクディーヌは心の中で願うのだった。




