20 怪しまれる水神
アクディーヌが、まるで舞踏会の主役のように軽やかにかわし続ける姿に、男は次第に疲れ果てて息を切らしていた。
「スイ……。君って本当に不思議だね。でも、ありがとう」
ギルはアクディーヌに抱えられながら、呟いた。
彼女は微笑みながらギルから離れ、男の方へと歩き出す。
「くそ……!」
「不思議ですね〜。どうして平気で子どもに殴りかかろうとするあなたみたいなお馬鹿さんが、冒険者になれたのでしょう?」
「なんだと……!」
男は怒りで顔を真っ赤にしながら睨みつけてきた。
すると、先程の受付嬢が慌てた様子で駆け寄って来た。
「申し訳ありません! この方は少々問題がありまして……」
そう言う受付嬢は誰かに目配せをし、するとどこからともなく兵士のような者たちが現れ、男を連れていった。
「なるほどこれが、冒険者ギルドの闇ですか」
「闇!? ち、違います!!」
「スイ、冒険者ギルドにはこういったことが多いんだ。僕も初めてじゃないし、ランク試験に落ちた人があんな風になっちゃうこともあるんだよ」
「なるほど……。そういう人に限って不正とかしそうですね」
「まぁ、試験の日にはギルドの偉い人が監視してるから、不正はできないはずだよ」
ギルが詳しく説明すると、受付嬢は目を見張って感嘆していた。
「本当にギル君は、賢くて凄い!」
「だから、僕を子供扱いしないでってば」
受付嬢とギルが楽しそうに会話をしていると、アクディーヌの元に冒険者たちが集まってきた。
「ちょっと、あんた! さっきの動き、すごかったぞ! 一体、何ランクなんだ?」
「え? ランクって……」
ランクの存在はギルから聞いていたが、アクディーヌにはどういった基準で決まるのか、さっぱり分からなかった。
周りを見れば、どのくらいの経験者なのかが分かるほどの装備を身につけている者や、始めたての冒険者らしき者たちがいた。
おそらく、冒険者たちはそれぞれの経験や装備でランクが示されているようだが、自分には関係のない話だと心の中でため息をついた。
そんな時、ふと右肩に誰かの手が置かれた。
顔を上げると、茶髪のくせ毛とサングラスをかけた、女性のような男性が立っていた。
いや、もしかすると男性のような女性?
それにしても、距離が近い。
「ちょっと、あんたたち。彼女を困らせないでもらえる? あの状況なら助けるのは当然のことよ。それより、かわい子ちゃん、あたしと一緒に行きましょ」
「えっと、どちら様ですか?」
「まぁまぁ、自己紹介は後にして、今はあたしについてきて」
そんな彼に対して冒険者は怯えながら離れていった。
声からして男である彼は、アクディーヌの手を引きギルドの二階へと連れて行った。
廊下を歩きながら下を見ると、ギルは受付嬢に今でもからかわれているのか話し込んでいた。
(うーん。どう考えても男性ですよね……? もしかして、これはオネエというやつでは!?)
後ろで考え込んでいたアクディーヌに察したのか、先頭に立つ彼はふふっと笑った。
「そうよ、あたしオネエなの。初めて見る?」
「まぁ。心の声を読まれてしまいました。確かに初めてです」
「そうなの? でも、オネエってね、色々と言われたりするから、あまりいいもんじゃないわよ。 正直、引いたでしょ?」
「引くなんてとんでもないです。それに、人がどう生きるかは自由ですし、他人にどうこう言われる筋合いはありません。あなたは、とても素敵ですよ」
「………!」
サングラス越しでも分かるくらいに、驚いた表情を浮かべた彼は、アクディーヌの言葉に一瞬立ち尽くしたが、すぐに再び歩き出した。
もしかすると、彼にはオネエとなった理由が先ほど言ったことに関係しているとしたら、過去を掘り起こしてしまったのではないだろうか。
もしそうだとしたら、謝らなければ。
そう思い、口を開こうとしたとき「ここよ」と言う彼の声によって口を噤む。
彼の言葉通りに目線を移すと、そこには大きな扉があった。
「ここは?」
「貴賓室よ。さぁ、入って」
「貴賓室って……私、そのような場所に入れる身分ではないのですけど。そもそも、あなたは誰ですか?」
「まぁまぁ、入って入って」
背中を押されて、仕方なく部屋へと入るアクディーヌ。
部屋の中は、綺麗に掃除をされており机やテーブルはまるで、貴族が使っているかのように豪華だった。
ここは、本当に冒険者ギルドなのだろうかと疑いたくなる。
「さて、二人きりになったことだし、聞きたいことがあるんだけど」
彼は足を組み、アクディーヌをじっと見つめた。
「あんた、何者?」
突然の彼の言葉に、アクディーヌは目を見開く。
確かに、目立ってしまうような行動はしたがこちらからしたら、急に二階に連れ出し、ましてや貴賓室に案内をする方が何者だと思ってしまう。
「私ですか? ただの……人間ですけど?」
アクディーヌの言葉に彼は、顔をしかめた。
「人間なのは分かってるわよ。でも、あたしが言いたいのはそういうのじゃなくて、どうしてあんたみたいな強い人間がこんなギルドにいるってことよ。あんた、冒険者じゃないわよね」
「なるほど。それはですね、案内をしてもらっていたのですよ。あの少年に」
「案内?」
「ええ。仕事の都合であまりこの国にいることができないので、案内をしてもらっていました」
実際、この国に兄とマグトルムがいなければすぐにでも天界に戻らなければならないが、四神たちからの連絡がないのは、あちら側も苦戦しているということだろう。
だが、今のところアイテールティアにいる気配を感じない。
やはり、連絡を待つしかないのか。
そんなことを考えていると、「へぇ」という言葉聞こえてきた。
「もしかして私、怪しまれてます?」
「さっきまで少ーしだけ怪しんでたけど、あんたのさっきの言葉で吹っ飛んだわ」
「さっき?」
「素敵だって」
彼はそう言いながら少し顔を赤く染めながら、呟いた。
「はい?」
「だから! あたしが素敵だって言ってくれたじゃない!」
そう言って立ち上がる彼は、まるでりんごのように顔が真っ赤だった。
「え? だって素敵ですよ?」
「もう! 照れるからそれ以上言わないで頂戴!」
「ええ?」
いったい、どうすればいいのか分からない。
それよりも、こんな場所に長居していたらギルが心配してしまうに違いない。
何よりも、こんな危険で闇深い冒険者ギルドにいたら、ギルがまた危険な目に合うに違いない。
彼には申し訳ないが、おいとましよう。
「あの、せっかく貴賓室に連れて下さいましたが、そろそろ戻らないといけないのですが……」
「え? あ、あらそれはごめんなさいね。でも、能力検査を受けに来たんでしょ?」
「え?」
(この人、怖い!)
確かにギルドの入り口で能力検査のことを言ったけど、まさか陰からずっと見ていたのではないだろうか。
「さぁ、ついてきて。あたしが案内してあげる。あ、そうだ、自己紹介がまだだったわね。あたしの名前はヒューバートよ。よろしくね」
「あ、私の名前はスイと申します。よろしくお願いします……?」
「もう、堅苦しいわね! タメ口でいいわよ」
「タ、タメ口……。わ、分かりました……でもごめんなさい! タメ口には慣れていないので、このままでお願いできます?」
アクディーヌの慌てた様子を見て、ヒューバートは腹を抱えて笑い出した。
その突然の行動に、アクディーヌはますます困惑する。
「あはは! あんたほんとに面白いわね! 顔が見えないのは残念だけど、とても気に入ったわ!」
「すみません、顔だけはちょっと……」
「いいのよ。でも、私たちこれからもたくさん話さない? それで親しくなったら、その時見せてくれる?」
その言葉に、アクディーヌは心が揺れた。
今まで、下界に来ても散歩程度で、偶然出会った少年以外とはほとんど接触したことがない。
そんな彼女にとって、直接こんな風に誘われるのは新鮮で、嬉しかった。
「あ、嫌だったら大丈夫よ。あんたと話せるだけで嬉しいし」
「いえ! 本当に嬉しいです。またお会いした時には、たくさんお話しましょう」
「あらやだ! 嬉しい! じゃあ、これからよろしくね、スイ」
「はい! よろしくお願いします、ヒューバート」
そうして、ヒューバートの後について、アクディーヌは能力検査を受けるためにギルドの1階へと降りていった。




