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2 水神と分身

お騒がせ分身を探しに出かけた途中、アクディーヌは忙しく駆け回る神官たちを目にする。


天界において、神官はそれぞれの神の補佐をする役目を持っているが、ムーソピアの場合は別格だ。

彼女は大神官であり、五神全てを補佐するという重責を担っているのだ。


天界は、東西南北の四つの方角に分かれており、東は炎神、西は花神、南は風神(ふうじん)、北は氷神(ひょうじん)が治めている。

そして、その中央には水神であるアクディーヌが治める聖塔がそびえ立っている。

ここは、天界と下界を監視する要であり、全ての情報が集まる場所である。


中央で働く神官たちは、膨大な情報に追われ、毎日が戦場のように忙しい。

だが、唯一の救いは、アクディーヌとその兄が滅多に命令を下さないことだろう。


本来なら、全知全能の神であるマグトルムだけが中央にいるべきだったが、彼はアクディーヌの兄である、クラルディウスの親友でもある。

共同生活の形を取るため、マグトルムは自ら聖塔を造り、その最上階に居住することに決めたのだ。


「まぁ、私は滅多に塔に住んでませんけどね」


アクディーヌは小声で笑う。

あまり塔には戻らないため、実際に不便に感じることは少ない。

だが、マグトルムが兄に付き添って遊歴に出かけてから、彼は百年もの間、戻ってこなかった。


「いくら暇だからって、兄についていく理由がある? 帰ってくるまで、最上階だけ切り落としてやりましょうか」


アクディーヌが聖塔を見上げて、そんなことを考えていると、庭園のほうから女性たちの歓声が聞こえた。

まさか、分身だろうか。


彼女は静かに庭園へ向かい、声の方へと近づいていく。

木陰に身を隠すと、噴水に座り、複数の女性たちに囲まれる分身の姿があった。

髪の色も瞳も同じだが、髪は肩にかかる長さまで切り揃えられている。

それより何より、顔が全く同じであるせいで、ぞっとする感覚に陥る。


(男性というのが、どうにも気に食わないですね)


本来なら完璧に仕上がるはずの分身が、不完全な姿であることが不気味で仕方なかった。

ある程度の神力があれば、誰しも自分の分身を作れるのである。

しかし、分身は所詮分身。

力の差が歴然である以上、抵抗したところで無駄に終わる。


アクディーヌは、堂々と自信を持って話す分身に歩み寄り、軽く言う。


「あらあら、楽しそうですね。私も混ぜてくれませんか?」


彼女の声に気づいた女性たちは、慌てて姿勢を正し、一礼して去っていった。

急いで逃げるなんて、まるで自分が怖い神だとでも言わんばかりだ。

一方で、分身は口をぽかんと開けたまま立ち尽くしている。


改めて、男の姿をした分身をじっくりと見つめる。

兄に似ていると気づき、まるで新しい弟ができたかのように感じる。

そして、壊れた分身たちの顔立ちを思い出そうとするが、昔すぎて記憶が曖昧だ。


「へぇ、お兄様に似ていますねぇ〜」


興味深く、分身の顔をいじるアクディーヌに分身は頬を染めて、手を振り払った。


「や、やめてください! 姉さん!」

「……姉さん?」


その言葉にアクディーヌは心臓が一瞬高鳴った。

だが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべる。


「あらまぁ、可愛らしい分身ですね。それに、姉さんだなんて、照れてしまいます」

「照れた顔も美しいです……」


しばし無言になったアクディーヌは、額に手を当てて答えた。


「分身、いいえ……弟よ。もう一度、作り直しましょうか」


分身は驚いて、瞬時に子犬の姿に変わり、聖塔へと逃げ出した。


しまった、と呟きながら風の如くアクディーヌは追いかけていった。




◆◆◆




それから三分後、聖塔にてムーソピアに抱えられる子犬の姿をした分身がいた。


「アクディーヌ様、これはいったいどういうことですか?」

「姉さんは僕を、作り直すと言ったんだ!」

「考えてみてください、私の分身が全く役に立たず、ましてや、自分に自惚れているなんてお兄様やマグトルム様に知られたら笑いものにされてしまうのですよ?」


アクディーヌの言葉に二人は揃って「確かに」と答えた。


名声を失うことがどれほど恐ろしいことか、彼女はよく知っていた。

天界から堕ちた者は二度と戻れず、最終的には人間か魔族になってしまうのだ。

人間になれるのは、こっちからしたら幸福なことである。


だがそれができるのは、神官や力を持たない天界の住民たちくらいだ。

ちなみに神官は元が人間だったため、相当な罪を背負った者じゃない限りは人間に戻るのだ。


一方、神である者たちは、生まれたときから神であるがために運命に逆らうことはできない。

アクディーヌもまた、水神の妹であったため大精霊から水神となったのだが、下界で人間のふりはできるが、許可が下りない限りはそこで生活すらできない。


だが、一番気に食わないのは、兄だけは自由に下界で生活することができることだ。

これは、他の神を侮辱しているようなものだ。

神官たちは下界へ勝手に行っても何の問題もないが。

とにかく、兄とマグトルムに知られたらこの世の終わりだと思えばいい。


「そもそも、アクディーヌ様は眷属をお作りすれば良いだけの話では?」

「それもそうですが、指示するのは苦手なんです」

「アクディーヌ様が指示をなさらないと、全て私が指示することになってしまいます」


今まで、神官たちに指示をしてきた者が何を言うのだか、とアクディーヌは内心思ったが口では言わないことにした。


(彼女を怒らせてはいけない)


「まぁ、そのうち考えようかしら」


アクディーヌは微笑み、後ろを振り向いて出口へと向かおうとした。

その瞬間、何かにぶつかりそうになり、慌てて体勢を整えた。

「申し訳ございません」と言いながら支えてくれた青年は、無表情で彼女を見つめていた。

背が高く、感情を読み取れないその顔立ちは聡明さを漂わせ、薄茶色の髪と黄金色の瞳は、後ろの分身を捉えていた。


(彼……どこかで見たことある気がしますね)


アクディーヌは分身を隠すように、横に移動して尋ねた。


「何か御用ですか?」


すると、彼の瞳はアクディーヌを捉えて口を開いた。


「マグトルム様から水神様に伝言を預かりました」

「伝言ですか? 珍しいですね。それで、なんと?」


アクディーヌが尋ねると、彼は片方の手のひらを上に向け、光の模型を作り出した。


それは、アクディーヌを信仰する下界のアイテールティア帝国を形作っていた。

先代水神である兄が妹に水神の座を譲ったことが神官によって広まり、民は彼女を信仰しているが、未熟なアクディーヌに不満を抱く者も多かった。


何千年も水神として民を守ってきた兄よりも、引き継いでから百年ほどしか経っていないアクディーヌを心配する気持ちもよく分かる。

姿を現したことのある兄と、一度も姿を現したことのない妹では民にとって不満でしかないのだから。


(何故、この国を見せるのでしょう)


「アイテールティアがなにか?」


アクディーヌが彼に尋ねると、彼はもう一方の手で光の模型を動かし、とある屋敷を見せた。


「水神様には、この屋敷に行ってほしいとのことです」


彼の言葉に困惑する。

下界に行ってはいけないのかと思ったが、まさかの行けと言われるなんてこんなことは初めてである。

それに、その屋敷はどうも見覚えがあった。


「この屋敷……、お兄様がかつて住んでいた屋敷ではないですか。あ、私に居住権を?」


アクディーヌが尋ねると、彼は無表情で「いいえ」と答える。


「先代水神様が下界で仕事をなさっていた頃、その仕事が終わったと同時に下界の人間に讓渡したのです。そのため、今の所有者はその人間です」

「その話、一度もお兄様から聞いてませんが?」


アクディーヌの言葉に今まで黙っていたムーソピアが、コホンと咳払いをして口を開いた。


「それは、アクディーヌ様に伝えたらすぐに下界に行ったっきり天界に帰ってこなくなるからだと思います。今回は、マグトルム様の(めい)なので止めませんけど」

「決して遊んでるわけでもないです!」


ムーソピアの言葉に頬を膨らませて言うアクディーヌに、今まで椅子に座ってやり取りを聞いていた分身が立ち上がり「姉さんが行くなら僕も行きます!」と口を開いた。


「ダメに決まっているでしょう」


分身の言葉にムーソピアは言う。

分身もまた、アクディーヌのように頬を膨らませながらまたもや椅子に座った。


「とにかく、水神様。今から下界へ向かってください。私も同行致しますので」

「あなたも一緒に行くのですか? 私一人で大丈夫ですよ?」

「それでも、マグトルム様のご命令ですので」


なるほど、彼は監視役ということか。

だが、珍しいことではない。

実際、下界に降りた時にも私を尾行する影がいたのだから。

もしかすると、彼なのかもしれない。


「まぁ、そうだろうと思っていました。それより、あなたの名前をお聞きしても?」


アクディーヌの言葉に彼は、一瞬だけ目を見開き「……ユウェシルです」と、答えた。

彼の黄金色の瞳は、微かだが瞳が水面のように潤んだような気がした。

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