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19 水神、庭師と街を歩く

屋敷から十分ほど離れたアクディーヌとギルは、街に向かって坂道を下っていた。

彼らが歩いているのは屋敷の正規の道ではなく、ギルがよく使う近道だ。

道幅は狭いが、木々に囲まれた静かな小道で、所々に橙色の紐が枝に結ばれていた。


「この道って、ギルが手入れしたのですか?」

「うん、そうだよ。屋敷の道からだと街まで遠回りしちゃうから、こっちの方が早いんだ」

「確かに。あの屋敷、街からだいぶ離れていますよね。ちょっと遠すぎる気もしますけど」

「きっと、ロニー様が静かに暮らしたかったんだろうね。人があまり来ないようにしてるんだと思うよ」


そんな会話をしながら坂道を下りていくと、水の国らしい景色が目の前に広がった。

アクディーヌにとっては見慣れた光景だが、それでも高台から見下ろすこの国は、まるで海の中にいるかのように美しく、透き通って見えた。


水の渦に包まれた大きな城、そして水路を小舟で渡る人々。

だが、最も目を引くのは城ではなく大神殿だ。

大神殿は城と向かい合うように建てられ、その高い柱が国の入り口としての役割を果たしている。

高さにおいても、大神殿は城に匹敵してそびえ立っていた。


大神殿に入るには、その場所に続く長い階段を上って行かなければならないが、兄によれば忠実な信徒や神官くらいしか来ないそうだ。

それもそうだ、長い階段など空を飛べない限り上りたくはない。


(まぁ、私は飛べちゃうのでなんの問題もありませんけどね)


さらに、この屋敷は帝国から少し離れた高台に建っているため、国全体を見渡すことができる。

訪問者がこの屋敷に来るときは、まるで山登りをしているかのような感覚になるだろう。

そう思うと、あのしつこい貴族が凝りもせずに馬車で何度も訪れたことが不思議でならなかった。


ちなみに大神殿には、天界から仕事として来た神官が複数人いるが、普通の神官も働いている。

それらの者は、魔法が使えるくらいの普通の人間なため、天界の神官や大神官以外は神を感知することはできない。


そして、気が付けば平の面に到達し顔を上げると、そこには多くの冒険者や商人たちが(つど)っていた。

そうしてアクディーヌはふとあることに気が付く。


「よし、着いた! スイ、早く行こ!」

「ギル、少しだけ待っていてくれませんか? 本当にすぐ戻りますので!」


そう言うと、彼女は人目を避けるように木々の間へと走った。


(危ないところでした。いくら、瞳の色を変えていても私の姿は目立ってしまいます。良かった……ユウェシルから貰ったフード付きマントを持っていて)


アクディーヌは、 顔くらいの泡を作り出し、そこから手を突っ込んで白のフード付きマントを取り出した。

そして、身に着けた後に泡を割りギルのもとへと戻る。


「お待たせしました! ギル」

「スイ、それって顔を隠すために着たの?」

「そうですよ。変装もいいですけど、こっちの方が手っ取り早いので」

「別に隠さなくても良いのに!」

「それでも私の場合、隠さないといろいろと面倒なんですよ。さぁ、行きましょう」


ギルは、先に行くアクディーヌを追った。


二人は街へと向かい、ギルは商人たちから次々と声をかけられていた。


「ギルじゃないか! 今日は何を買うんだ?」

「お、坊主! 今日はお連れさんもいるのか?」


商人たちに話しかけられるギルは、手を振りながら「また後でね〜」と言って通り過ぎた。


「ギルは顔が広いのですね」

「毎日通ってるからね。この国のことなら案内できるよ」

「まあ、それならぜひお願いします」

「任せて! でも、今は買い出ししてからね。案内はそのあとで!」


アクディーヌは微笑みながら頷いた。

この国のことは知り尽くしているが、人間のギルの目線で見るこの国がどのように映っているのか、少し興味があった。


ギルに導かれ、アクディーヌは様々な屋台や店を回った。

そして、一軒の店の前でギルが立ち止まり、「ここだよ」と言って店の中に入った。

看板には『仕立て屋』と書かれていた。


(下界の仕立て屋ですか。可能ならフェリちゃんを連れて行きたいですね。きっと、彼なら喜ぶはずです)


そんなことを考えながらいると、ギルが店から顔を出した。


「スイ? 何してるの? 早く入って」

「あ、ごめんなさい。今行きます」


店に入ると、棚に色とりどりの布が並べられている。

すると、一人の女性店員が声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。ここは、皇都で最も評判の高い仕立て屋です。貴族や皇族の方々も、こちらの素材を愛用されています」

「まぁ。そんなに有名なお店だったのですね」

「店員さん。僕が書いてきたメモにあるような布とかあったりする?」

「拝見しますね」


店員はギルのメモを受け取り、確認し始めた。


「はい、ございます。ただいまお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」

「うん、ありがと」


店員が布を取りに行くと、ギルがアクディーヌに近づいてきた。


「スイは何か気になった布とかある?」

「うーん。こういうのは詳しくありませんが、服を作るのが好きな友人がいるので、プレゼントしようかと」


アクディーヌは店内を見渡しながら、天界にはない色や素材を目にしていた。

特に桃色が好きな花神のことを思い浮かべ、その友人に贈るのに最適な布を見つけた。

この店の布を渡せば喜ぶに違いない。


「へぇ、いいと思う! この国の布は他の国でも有名だから、スイの友人もきっと喜ぶよ!」

「そうなのですか? なら、買っちゃいましょ」


二人は満足そうに布を購入し、店を後にした。

アクディーヌはムーソピアからもらった貨幣を使うことになるとは思いもしていなかったが、後悔は全くなく、むしろ満足感でいっぱいだった。


「そういえば、ギルも服を作っているのですか?」

「作るというより、ほとんど趣味だけどね。執事や主人の服を手直しするくらいだよ」

「まぁ。そうなのですね。服を作れる方って本当に尊敬します。見ているだけでも、こっちが満足してしまうくらい」

「スイの友人も作ってるんだよね? お店とかやってるの?」

「お店はやってはいませんが、友人に依頼をして作ってもらってますね。でも、その子も忙しい身なので依頼数がきっと多くて大変だと思いますよ。下界……あ、いえ。いつかどこかにお店を開きたいとは言ってましたよ」


花神とは、出会った頃から他の神と比べて服装にこだわっていた。

アクディーヌが大精霊だった時から、髪型や服装を注意され毎日のように手直しされたほどだ。

もし彼がここにいたとしたら、きっと同じ趣味同士仲良くなっているに違いない。


「その友人も凄そう……。きっと、僕みたいな平民庭師とかじゃなくて、きっと貴族とかの偉い人なんだろうなぁ」

「もう、自分を卑下(ひげ)しちゃダメですよ、ギル。あなたも十分凄いのですから自信を持ってください!」


アクディーヌはそう言って、ギルの肩に手を置いた。

ギルは照れくさそうに笑い、頬を掻いていた。


「そんなこと言われたら照れるよ。でも、ありがと」


ギルが仕立て屋で購入した布が、太陽に照らされて砂浜の砂のように輝いていた。



◆◆◆




その後、ギルと共に皇都を歩き回った。

しばらく歩いていると、『冒険者ギルド』が目に入った。

ここの存在は知ってはいたが、入ると面倒事に巻き込まれそうで、避けていた場所だ。

しかし、目の前の建物には多くの冒険者らしき人々が出入りしていた。


「知ってると思うけど、ここが冒険者ギルドだよ。住民登録とか能力検査、ランク試験なんかをやってるんだ。能力検査は無料でできるからやってみる?」

「……よく分かりませんがやってみましょう」

「分かった! じゃあ行こ!」


アクディーヌはギルに続いて冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

下界には、冒険者ギルドがあることは知っていたが、神であるアクディーヌにとっては無縁な場所だった。


中に入ると、そこには多くの冒険者がおり、訝しげな顔で少年であるギルとフードで顔を隠したアクディーヌを見ていた。

すると、一人の男が嘲笑(あざわら)うかのように歩み寄ってきた。


「おいおい、ここはガキが来るような場所じゃねえぞ? 舐めてんのか?」

「冒険者になるのに年齢なんて関係ないと思うけど?」

「なにぃ? このガキが!」


男は、拳を振り上げ、ギルに殴りかかろうとしていた。

すると、冒険者ギルドの受付嬢と思われる茶髪の女性が「おやめください!」と慌てて止めに入ろうとするが、距離的に間に合いそうもない。


しかし、ギルは全く表情を変えず、むしろ殴られることを覚悟しているような冷静な瞳で男を見つめていた。


(あまり、人間同士の喧嘩には干渉するべきではないのですが、仕方ありません。ギルを傷付けようとするなんて、この者には相応な罰を与えねばなりませんね)


そう思いながら、アクディーヌはギルの手を掴んで引き寄せた。


「……! スイ?」


ギルが驚いてアクディーヌを見上げる。


「大丈夫ですよ」


アクディーヌの行動に、男の怒りはさらに燃え上がり、ギルからアクディーヌに標的を変える。

男は「なんだお前!」と言いながら、アクディーヌに向かって拳を振り下ろそうとした。


だが、アクディーヌはギルを守るように抱きしめながら、軽やかにその拳をかわす。

男は苛立ち、さらに何度も拳を振り上げ、アクディーヌに殴りかかろうとする。

しかし、アクディーヌは笑みを浮かべ、まるでダンスを踊るかのように身をひらりとかわし続けた。


(このヘンテコな攻撃で今まで魔物と戦っていたのなら、よく生きていましたね)


男が必死に攻撃を繰り返す中、アクディーヌの動きはますます軽快になり、男の拳は空を切り続ける。

それを見た周囲の冒険者たちは、興味深そうにその光景を見守り始めた。


「おい、どうなってんだ、こいつ……!?」


男の焦りを見て、アクディーヌは楽しげな表情を浮かべながら、かわし続けた。

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