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17 勇者隠蔽

下界へと戻ったアクディーヌは、屋敷の庭で佇むユウェシルを見かけた。


「ユウェシル〜! お待たせしました」


アクディーヌの声に、ユウェシルは振り向き、すぐに早足で駆け寄ってきた。


「スイ様、マグトルム様の件はどうなりましたか?」

「四神たちが探してくれるそうなので、ひとまず私たちもマグトルム様からの連絡を待つか、アイテールティア内を探し回るかの二択です」


二択といいつつも、結局は探し回るしかない。

だが、マグトルムが見つかるまでフィンレーのことを後回しにしていたら、大変なことになりそうだ。


(うーん、急ぎすぎて、深く考えずに提案しちゃったせいで、頭が爆発しそう…。やっぱり、まずはフィンレーくんのことを考えましょう)


アクディーヌは、決心したかのように頷き、口を開く。


「ユウェシル、さっきのことは一旦置いておいて、今はフィンレーくんをどうにかしちゃいましょう」

「……どうにか、とは?」

「そうですね……、勇者の存在を隠すとか?」

「隠す……? それはどういうことですか?」

「つまり、痺れを切らした魔王ちゃんが現れるまでは、フィンレーくんが勇者だということを世界に隠し通すのです。彼、持病から回復したばかりでしょ? そのまま『さぁ、魔王を倒して来い!』なんて言われたら、可哀想でしょ?」


アクディーヌの言葉に、ユウェシルは考え込むかのように腕を組んで俯いた。


三千年以上も生きてきた中で、勇者はたった二名しか存在しない。

彼らはマグトルムによって選ばれた者たちだが、六百年前の勇者は見るに堪えない者だった。


当時は、マグトルムの頭がおかしくなったのだと思うくらい彼を選んだ理由が分からなかった。

今思えば、勇者は誰でもいいのではないかと思ってしまうほどに六百年の勇者は酷いものだった。

だが、優しい心を持っていたのは確かだ。


「しかし、もしこの時に魔王が現れたらどうするのですか?」

「その時は、私がぶっ飛ばしたいところですが、下界のお強い方たちに任せます」


アクディーヌはそう言って、満面の笑みを浮かべながら親指を立てた。


「……もうめちゃくちゃですね」

「とにかく、あの魔王ちゃんは封印が解けない限りは現れることはないので大丈夫です。なんてたって優秀な神官たちが封印してくれたものですしね」

「封印が解けないことを信じて、スイ様に従います」

「では、さっそくフィンレーくんのもとへ向かいましょうか」


アクディーヌが歩き出すと、ユウェシルも不安そうな顔をしながらも後に続いた。


ふと、歩きながらアクディーヌは何百年も前のことを思い出す。


何百年か前に、下界に降りて街を散策しているとき、一人の橙色の髪を持った少年が今にでも倒れてしまいそうなほどにおぼつかない足取りで、歩いているのを目にした。

あのときは、気配を消しながら散策していたが、少年が倒れかけた瞬間には、気付けば少年を支えていたのを覚えている。


その少年は驚きの表情を浮かべ、アクディーヌが自分を助けていることに驚愕していた。


あの日は、色々なことが立て続けに起きて楽しいものだった。

やがて、あの少年にはお腹にたまる食べ物を多くご馳走したり、魔法で体や髪を洗ったりしているうちに、あの少年に懐かれてしまっていた。

そして、気が付けば可愛さに負けて少年が騎士になる頃まで共に二人で暮らしていたのだ。


(ふふ、まさかあんなにも懐かれるなんて思いもしませんでしたけど、本当に可愛い子でした。もう何百年も前ですし、この世にはいないと思いますが彼とお別れをする前に一度でも会えたらよかったのに……)


アクディーヌはそんなことを思いながら、思わずため息をついた。


「どうかなさいましたか?」


すると、ため息を漏らしていたことに気が付いたのかユウェシルは後ろから尋ねた。


「あ、いえ、ちょっと昔のことを思い出してしまって」

「昔のことですか?」

「ええ。昔、とても可愛いらしい少年と下界で暮らしていたことがあったんです。もう何百年も前の話ですけど、その子が騎士になった後に、滞在ではありませんでしたが仕事で下界に行っていましたので、私は天界に戻らなければいけなくなり、それ以来会っていなかったのです」


地面を見つめながら歩くアクディーヌ。


「その少年の名はなんと言うのですか?」

「それが、どうしてか覚えていないのです。顔は思い出せるのに……。」


アクディーヌが、一度会った人物の名前や顔を忘れることはほぼない。

だが、あの少年の名前だけが出てこない。


(本当に思い出せない。顔は思い出せるのに、どうして名前が出てこないのでしょう)


それに、分身が何をしてもすぐに壊れてしまうのも異常なことなのだ。

本来、十分な神力さえあれば何も考えずに作れるのだが、正真正銘の分身と呼べるほどのものを作れないのは、ありえないことだ。

今いる『分身』の性別や性格が変わってしまっているのも、何らかの原因があるとしか考えられない。


「まぁ、この話は置いておいて、フィンレーくんのところに行きましょ」

「はい」


アクディーヌは、ユウェシルを連れてフィンレーの部屋へと向かっていった。




◆◆◆




フィンレーの部屋の前に到着し、ユウェシルが扉を叩こうとした瞬間、扉が勢いよく開かれた。

そこにはギルがいた。


「じゃあ、そういうことだから僕、買い出しに行って……」


真顔で見下ろすユウェシルを見たギルは一瞬の間、口を閉ざして立ち尽くした。

そして、悲鳴を上げて信じられない速さで走り去った。


「あらまぁ」


アクディーヌは唖然としながら、ギルが消えた方向を見つめていると、「スイ様!」というフィンレーの声が聞こえてきた。


フィンレーは嬉しそうに駆け寄り、ソファに座るよう促した。

ユウェシルもその隣に座る。


「フィンレーくん、ギルと何を話していたのですか?」

「この屋敷に植えられていた雑草のことを話してたんです。まさか、あんな危険なものが植えられていたなんて……」

「私めも驚きましたぞ。スイ様が来てくださらなかったらどうなっていたことやら」


雑草という言葉に、ユウェシルの手がわずかに反応した。


「一番早く気付いていたのはギルですよ。でも、安心してください。ユウェシルが燃やしてくれましたから。ですよね?」

「……ああ。あの雑草は全て燃やした」

「そうなんですね! よかったぁ……」


(フィンレーくんの持病悪化の原因が、あの雑草のせいだということは言わないでおきましょう)


アクディーヌが紅茶に手を伸ばすと、廊下から足音が聞こえた。

しかし驚くことはない。

足音の正体はすでに分かっているのだから。


そう思いながら、優雅にアクディーヌは優雅に紅茶に口をつけた。


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