15 マグトルム捜索計画
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中階の廊下で、いつもの部屋まで歩くアクディーヌはふとあることに気付く。
「そう言えば私、瞬間移動できるんでした」
そう呟き、アクディーヌはいつもの部屋まで瞬間移動をして「大変よ〜!」と言って現れた。
突然の登場に、同じ顔をした『分身』とムーソピアは目を見開き、肩をびくりと震わせて固まる。
「あらま」
アクディーヌは、固まる二人の顔に「あの〜?」と言いながら手を振っていると、二人は同時に動き出した。
「まぁ、びっくり」
「アクディーヌ様! あなたはどうしていつも突然現れるのですか!」
「ね、姉さん。僕、壊れるかと思いました……」
「あら、それはごめんなさい」
「……それで、アクディーヌ様、どうして天界に戻られたのです?」
ムーソピアは、ずれた眼鏡の位置を正しながら尋ねた。
「あ、そうでした。二人には後で皆さんに伝えてほしいのですが、先ほどマグトルム様との連絡が取れなくなりました」
「え?」
「アクディーヌ様、なぜそれを早く言わないのです!」
呆然と立ち尽くす分身に対して、ムーソピアはまたもやいつもの冷静さを失い、声を上げた。
「んもう〜、私だってついさっき知ったばかりなんですよ。そんなに怒らないで」
「はぁ。先代水神様とマグトルム様は、駆け落ちでもする気ですか……」
「か、駆け落ち……? ムーちゃんの口からそんな言葉が出るなんて!」
「馬鹿にしてるのですか? そんなことよりも、これからどうなさるおつもりですか?」
ムーソピアは、眉をひそめながら尋ねた。
彼女はそう言うが、机にある書類を持つ手が少しだけ震えているのが分かる。
アクディーヌは、そんな彼女を見て安心させるように微笑みながら口を開く。
「心配しなくても大丈夫ですよ。こうなったからには、私が直接探しに行きますから」
「アクディーヌ様、あのお方がどこにいるのか知っているのですか?」
「いいえ、知るわけがありません」
「そうおっしゃると思いました」
安心させるどころか、深いため息をつきながら頭を抱え出してしまったムーソピアに、アクディーヌは苦笑いを浮かべる。
(マグトルム様が遥か遠い場所にいたとしても、どうやって行くかの問題なんですよね。でも、下界へ行くことを命じたあのお方が連絡も取れない場所に行くでしょうか? そう考えるとなると、それ以外に何かがあったとしか考えられませんね)
それに、マグトルムしか行けそうにない場所のことを考えても無駄だ。
そうとなると、一番手っ取り早いのが各国を探し回ってマグトルムと兄の力を感知するしかない。
だが、自ら探しに行くとは言ったが、今の立場上下界にいる冒険者のようにゆっくりと世界を巡るようなことはできるわけがない。
となると、彼らの手を借りるしかないようだ。
「ムーちゃん、大丈夫。方法はありますよ!」
いきなり声を上げたアクディーヌに、ムーソピアは顔を上げて目を見開く。
アクディーヌは、未だに固まっていた分身の肩を優しく叩きながら耳元で『作業開始』と囁いた。
それによって、固まっていたはずの分身は動き出し、書類を手に取って目にも見えぬ速さで作業を始めた。
「ムーちゃん、少し待っていてくださいね」
そう言って、アクディーヌは姿を消した。
◆◆◆
「ということなので、お願いできます? もちろん、見つかったら私をこき使ってもいいので!」
アクディーヌは、馴染みのある四名の者たちが映る大きな泡に向かって尋ねた。
彼女が今いる場所は、果てしなく続く空の色が映る水面鏡である。
実際、この場所に出入りできる者はアクディーヌしかおらず、あのマグトルムでさえも入ることができないように鉄壁の結界が張られている。
いわゆる、プライベートルームだ。
兄とマグトルムに、聖塔に住むように促されたが一人を好むアクディーヌにとって、彼らの存在は邪魔でしかないのだ。
それに、この場所は天界にあるわけでも、下界にあるわけでもなくアクディーヌが作りだした空間のため出入りできる者が誰一人いないのも、納得がいくだろう。
「言ったわね! だったら、あのお方を見つけた後に服を買いに行くわよ!」
泡越しに嬉しそうに声を上げたのは、氷神スニューティオだった。
彼女は、少し灰色がかった肩までの髪と雪のように白い肌は、見る者を魅了するほどの風貌をしていた。
「はぁ? 服なんか僕が作るし。ディーヌは、僕と花型のケーキを作ったり服を作ったりするんだからね?」
「ふん、お子ちゃまね〜」
「誰がお子ちゃまだ!」
そして、桃色の髪と可愛らしい顔が特徴の花神フェリクスは、睨みつけるようにスニューティオを見る。
彼と彼女の口喧嘩は日常茶飯事と言っていいほど、見慣れたものだ。
(会議中、この二人が喧嘩ばかりするものだから全く話が進まないんですよね)
面倒くさいと思ったのか、会話には参加してこない二柱の神の風神ウィンディと炎神イグニーゼルは、それぞれ別のことに取り組み始めた。
「……えっとウィンちゃんもイグも、承諾したということでいいのですよね?」
アクディーヌは確かめるように、二つの泡を交互に見て尋ねた。
「それはもちろんいいですよ〜! それよりも、僕の研究の成果を見てください! 師匠」
ウィンディは、虹色の液体が入った一本の瓶を見せる。彼の緑色の短い髪を後ろで縛り、同じ色の瞳が輝いている。
アクディーヌは「素晴らしいですね」とわざとらしく感嘆する。
ちなみに師匠というのは、アクディーヌが大精霊の頃から彼に薬学を教えていたため、いつの間にかそのような呼び方をされるようになった。
「へへっ。以前、師匠に教えてもらった薬を作ったんですけどどうです? まだ、試してないですけど」
「おい、その薬を俺で試そうとするなら、分かっているよな?」
腕を組みながら、警戒するような険しい目つきでイグニーゼルは口を開いた。
水しかない空間に、水しかない空間に彼が来たら、一瞬で消化されてしまうほどの燃えるような赤い髪と瞳は四神の中で極めて目立つ。
(あぁ、そういえば試しに彼に飲ませたら、力が増幅して大変なことになりましたっけ。あのときは大変というよりも、殺されかけて結局気絶させるはめになりましたもんね……)
記憶を蘇らせていると、イグニーゼルはアクディーヌを睨みつけていた。
アクディーヌは苦笑いを浮かべながら、ウィンディに視線を向けた。
「あはは、まさかー。あのときは私が悪かったんですしもう誰かを使って試したりしませんよ、ね? ウィンちゃん」
「も、もちろんです! それに、この薬はただの傷薬ですから!」
「……お前たちはいつから医者になったんだ?」
イグニーゼルの言葉にアクディーヌたちは、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「医者? イグニーゼルさん、僕たちが医者になれるわけないじゃないですか〜やだなぁ」
「そうですよ、おかしなことを言いますね〜イグは」
「……今回の件は、お前たちだけで解決しろ。俺は、一切手伝わん」
泡越しのイグニーゼルはそう言って立ち去ろうとしていた。
その傍らで、フェリクスとスニューティオは相変わらず口喧嘩を繰り広げており、ウィンディは慌てた様子でアクディーヌに助けを求める視線を送っていた。
助けてほしいのはこちらの方だ。
「イグ!? ごめんなさい! 私たちが悪かったです! だからお願い、消えないで〜!」
「今度、強い剣を作りますから! ですよね? 師匠」
「え? あ、もちろん〜最強の剣を作っちゃいます。 徹夜で」
すると、イグニーゼルは背を向けたまま顔を振り向け、訝しげな表情で戻ってきた。
「それで、俺たちと情報を共有してあのお方の位置を特定すればいいんだな?」
「はい! 私もお兄様の分も感知してみますので、よろしくお願いします」
「アタシを置いて、あんたたちだけでやらないでくれるかしら?」
「は? 君のせいでしょ! スニューティオ」
「ちょっと、男みたいな呼び方しないでくれる?」
「君の名前なんだから、僕何も悪くないけど?」
口喧嘩を終えたのか、フェリクスとスニューティオが会話に参加してきた。
それでもなお、彼らだけで言い合いを続けるが、女性であるスニューティオがこんなにも男性のような名前なのは、誕生した際に男の子のような顔立ちと声だったからである。
そのため、先代氷神が男の子だと勘違いして名付けたのが始まりだ。
(けれど、彼女にお似合いな名前だと思いますけどね。彼女もまた、嫌だと言いながらも下界で重要な任務を行うときは、必ずと言っていいほど男装をするんですから。それに、フェリクスと相性が悪いのは、先代花神と先代氷神同士の仲が悪かったことによる影響でしょうね)
そう思いながら、フェリクスとスニューティオがまたもや口喧嘩をしだす雰囲気を出しているのを見たアクディーヌは、咳払いをした。
「とにかく、皆さん。マグトルム様の件、お願いしますね。もし見つからなければあのお方と連絡が取れなくても、私にいつものように書類やらなんやらを送りつけておけばマグトルム様の分までやっておきますから」
「……もういっそのこと見つけなくてもいいんじゃないかしら? あんた、倒れるわよ」
「まったくだ」
「いやいや、見つけないとダメでしょ! 一応、この世界を作った神だからね? でも、ディーヌが倒れちゃうしなぁ……」
「確かに時間外労働を超えてしまいそうな勢いですね……」
毎日のように書類を送りつけているというのに、彼らが倒れることの心配をするのはなんともおかしなことだ。
だが、マグトルムと兄がいなくなってしまったとしても、仕事が増えるだけでそれ以外に支障もない。
(まぁ、見つからないとしてもマグトルム様と兄を探すのに越したことはありませんね)
本当に、マグトルムしか行くことができない場所にいるとしても兄なら下界を転々としているに違いない。
だが、兄までもマグトルムと同じ場所にいるのだとするならば、諦めるしかない。
(たとえ見つからなくても、ずっと連絡が取れないことはないでしょうし、忘れた頃には向こうから連絡が来るに違いありませんね)
ひとまずは四神たちと協力して捜索をしながら、フィンレーたちのことを考えよう。
「私のことは大丈夫ですので、皆さん、どうか捜索をお願いします。もし、見つかったらムーちゃんか私に連絡してくれればいいので」
アクディーヌは微笑みを浮かべ、四神たちに頼んだ。
彼女の言葉に対し、四神たちはそれぞれ心配そうに顔を見合わせる。
「……手伝うけど、本当に大丈夫なの? あんた、働きすぎよ」
スニューティオが少し眉をひそめて声をかける。
それに続いてフェリクスも首をかしげながら言った。
「僕もそう思う。ディーヌ、少しは休まないといくら何千年も生きてるからって、病気にならないわけじゃないんだから」
ウィンディも頷きながら、いつものように心配そうな表情を浮かべた。
「そうですよ! 師匠。僕の今の段階では、師匠の病気を治せるほどの薬はまだ作れませんから」
最後にイグニーゼルが、冷ややかにそれをたしなめるように口を開く。
「……お前は人のことよりも自分のことを心配しろ」
四神たちからの言葉に、アクディーヌは目を見張る。
出会ってから六百年ほど、彼らの成長を見届けてきたが、ここまで心配させてしまっているとは思いもしなかった。
アクディーヌにとってはまだ子どもだと思っていたが、気付かないうちに彼らは立派な神になっていたのだ。
「ふふ、ありがとうございます。なるべく無理はしないようにしますので、今回のことは見逃してください」
アクディーヌの言葉に四神たちは納得がいかないような顔をしながらも、ため息をつき、やがて承諾するかのように頷いた。
「では、マグトルム様捜索計画の開始です」
その言葉とともに、四神たちは一斉に泡の中から姿を消した。
アクディーヌの前には、誰も映らない四つの大きな泡がただ静かに揺れていた。
泡を見つめるうちに幻のように浮かび上がってきたのは、変わらぬ姿で存在する兄の姿と、神の威厳に満ち溢れたマグトルムの姿だった。
三千年もの時を経て、アクディーヌにとって彼らの存在は人で言う父親と母親のようなものだった。
兄は心を癒す母のような存在で、マグトルムは時に煩わしく思うことがあっても、そばにいると安心できる父のような存在だった。
しかし、突然の水神としての責任を負わされた時から、彼女の心には次第に不信感が募り始めた。
あの雑草のような残滓に惑わされた時、彼女はまるで捨てられたかのような気持ちになったのだ。
表面上では平常心を装っているが、いざ一人になると押さえ込んでいた感情が溢れ出てしまうほどなのだ。
けれど、それは泡となって消え果て、もはや伝えることはできないのだった。




