13 最悪な事実
ユウェシルが何度も謝罪を繰り返す様子を見て、ギルは何かを察したのか、「あー、仕事しなきゃならないんだったー」と棒読みで言いながら、そそくさとどこかへ去ってしまった。
「え? もう終わったのではないのですか? ギルー?」
アクディーヌの声に聞く耳を持たずに走り去るギル。
「全く、ギルは……」
そう言いながら、アクディーヌは気まずそうに俯くユウェシルを見た。
(はぁ。マグトルム様はいったい、どれほどの神官たちを巻き込んできたのかしら。 ムーちゃんのように優秀な神官たちが仕えているとは聞くけれど、ユウェシルのようにこんなにも怯えさせてしまうほどに強要させているのなら、本気で許しません)
もしかすると、ムーソピアの知らないうちに何人もの神官たちが辞めているのではないだろうか。
そうだとしたら、マグトルムが行っていることはほとんど度が過ぎていると言ってもいいだろう。
しかし、今はユウェシルの精神を安定させることが優先だ。
優秀な彼が、こんなにも怯えているなんて、異常だ。
「ユーちゃん、そんな顔しないで」
ユウェシルは、驚いたかのように俯いていた顔を上げ、ぽかんと口を開けた。
(しまった…いつもの癖でムーちゃんを呼ぶように言ってしまった。まあ、嫌がってはいないようだから大丈夫でしょう)
アクディーヌは、ユウェシルに近寄る。
「もう、そんな顔されたらまるで私が虐めているようではないですか。何を思ってそんな顔をしているのかは知りませんが、自分を責めてはなりませんよ」
「……どうして怒らないのですか?」
「怒る? 何を怒るんですか? ユウェシルに何か悪いことでもあるの? もしかして、あの残滓のこと?」
「それ以外に何があるというんです!」
ユウェシルは声を荒らげ、アクディーヌから奪い取った雑草かつ残滓を強く握り締めた。
「そうですね、確かに残滓のことは驚きました。勇者のこともそうです。ですが、全ての元凶はマグトルム様でしょう? いったい、何を企んでこのようなことをするのかは全く分かりませんが、様々な行き先であのお方にさんざん邪魔をされたので怒っている……いいえ、恨んでいますね!」
アクディーヌは満面の笑みを浮かべながら言ったが、すぐに真剣な表情に変わり、ユウェシルを見つめた。
「それで、マグトルム様の神官であるあなたにお聞きしたいことがあります」
「……はい」
「残滓は本物ですか?」
ユウェシルは、目を見開きながらも考えるかのように目を逸らした。
もし、彼が本物だと答えたらこの先、マグトルムとは一切口を聞かないでおこう。
兄の親友とはいえ、やっていいことと悪いことはある。
それを、区別し判断することができないのならいったいなんのために世界を管理しているのか。
けれど、全知全能の神であるからこそ、世界がどうなろうと関係ないという思想か。
幼い頃から、気に食わない神だとは思ってはいたがこれほどにまで恨めしいと感じるなんて思いもしなかった。
天界を放り出して、兄と遊歴に行ってしまうこともユウェシルたちを駒のように扱うのも全て気に食わない。
アクディーヌは不機嫌そうに眉をひそめたが、ユウェシルがついに口を開いた。
「あの残滓は偽物です。ですが、人間に悪影響を及ぼす雑草でもあります。先代水神様が緩和させたはずの、屋敷の主人の持病が悪化しているのも、恐らくこれのせいかと……」
「はい?」
つまり、残滓に見せかけて作った雑草が人間に悪影響を与え、屋敷の主人フィンレーの持病を悪化させていたというのだ。
どうりで、おかしいと思ったのだ。
初めて彼と会ったときから、苦しそうに咳き込む姿を見て、持病が緩和したとは到底思えなかった。
まさか、あの雑草が原因だったとは。
それに、残滓は直接触れない限り、体に悪影響を及ぼすことはないのだから。
「マグトルム様から事前に、この雑草の説明を受けましたがまさか、ここまで影響があるとは思いもしませんでした」
「いったい、マグトルム様にはなんと説明されたのです?」
「『毒がある雑草だから、人間の目にはつかない場所に植えろ』と」
「……植えたのは誰ですか? ユウェシルではないですよね? どう考えても庭師のギルが危険視してしまってますけど庭に植えたら駄目ですよね? 目についちゃいますよね?」
「……先代水神様です」
もう、世界は終わりだ。
どうしようもない。
アクディーヌは深いため息をつきながら頭を抱えた。
(このことをムーちゃんに知られたら、気絶どころじゃなさそうですね)
だが、天界が滅ぶのならまだしも下界が滅ぶとなったらこの身を削ってでも再生させてみせる。
もちろん、人間の命もだ。
アクディーヌは、心の中でそう誓った。
「スイ様? 大丈夫ですか」
「もう訳が分からなくなりました。どうしてお兄様が植えたのかも気になりますけど、なぜよりにもよって毒の雑草を作ったのですか?」
「そのことなのですが、先代水神様とマグトルム様が遊歴に行かれる前にスイ様のことで数十分ほどお話をしていたのです。そして、後になってマグトルム様からお聞きしたのですが、その……」
ユウェシルはアクディーヌを見て言いずらそうに口を噤ませた。
何度もアクディーヌの様子を窺う姿は、あまりにもこれ以上追及したくないという思いに駆られる。
だが、聞かないわけにもいかない。
「大丈夫、怒らないから言ってください」
「スイ様を『怒らせたい』……とのことです」
「は?」
アクディーヌは、普段発しない声を上げた。
それと同時に、感じたこともない大きな寒気を感じた。
「……というのは冗談だそうで、『毒の雑草を作り上げれば、本物の勇者かどうかを判断できる』からだそうです。つまり、勇者ならあの雑草を浄化することができると思っていたそうなのですが……」
「むしろ、悪影響を与えていたと。そういうことですね」
「えっと、はい。それで、スイ様ならすぐに気付くだろうから残滓のように似せて作れば、スイ様がどのような反応をするのか見たかったという理由だそうです……。それで、スイ様がもしこの雑草に触れたら残滓と言うように言われました」
いくら、残滓に興味を持っているとはいえど、毒入りの雑草を食べようとしていたことが阿呆らしく思えてくる。
ユウェシルの話で、本物の残滓ではなくただの毒入りの雑草だということは分かったが、理由がくだらなすぎる。
「残滓を利用して残滓に見せかけた雑草を作るだなんて、とんでもない神ですね。それよりも、残滓ではないことは分かりましたけど雑草を燃やしたあとに、ユウェシルはマグトルム様になんと報告したのですか?」
「それなんですが、『あまりにも危険なので勝手に燃やした』という報告をしようと思っていたのですが、マグトルム様と連絡を取ることができなかったのです」
「勝手にって……。というかそれよりも連絡が取れないですって……?」
ユウェシルは頷いた。
マグトルムに連絡が取れないとなると、下界はいつまでいればいいのだろう。
もちろん、長くいられることは嬉しいが下界に行き過ぎた分、天界での仕事もしなくてはならないため長居するわけにもいかない。
それに、ギルのために仕事を引き延ばそうと、残滓だと思っていたあの毒入りの雑草を食べて、記憶を手に入れて真偽を確かめようとしたというのに、まさかただの残滓に似せて作った毒入りの雑草だとは。
(これじゃあ、ギルを悲しませるだけじゃない!)
アクディーヌはそう思いながら落胆した。
「もう一度、試してみましょうか?」
落胆するアクディーヌを見たのか、ユウェシルは尋ねた。
(二回目で連絡が取れなかったら、仕方ありません。私の方からも連絡するしかなさそうですね。それでもダメだったら探しに行くしかありません。面倒臭い)
そんなことを考えながら、アクディーヌは頷いた。
「では、連絡を取ってみます」
ユウェシルは目を閉じ、そして再び目を開いた。
彼の黄金色の瞳が、月のように輝きマグトルムと繋がるのを黙って待っていた。
(へぇ、神官たちはこのようにして連絡を取っているんですね〜)
アクディーヌは、残滓を研究しているのと同じようにユウェシルの様子を凝視しながら、マグトルムと連絡が繋がるのを待った。




