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12 残滓の真偽

アクディーヌは部屋をあとにし、ゆったりと屋敷の庭に向かった。

外の空気が心地よく、しばし考えにふけろうとしたそのとき、背後から聞き覚えある声がし振り返ると、ギルが手を振りながら走ってきていた。


彼と会って一日も経っていないというのにまさかこんなにも、好かれるとは思いもよらなかった。

下界で人間と直接関わることはめったにない。

だからこそ、ギルと再び会えたことが、何よりも幸運に思えた。


アクディーヌはそんなことを考えながら微笑み、手を振り返した。

やがて、ギルはアクディーヌの前に立ち止まって口を開いた。


「やっぱり庭にいると思った!」

「妖精の話は聞かなかったのですか?」

「どうせ『一部の者』しか知らないんでしょ? なら、聞かなくてもいいかなって。それに、勇者って何がいいの?」


ギルは、勇者の存在そのものを嫌っているかのように眉をひそめた。

けれど、アクディーヌも勇者に対しては良い印象を抱いていない。

勇者は、六百年前に存在していたがその勇者はとんでもなく最悪なものだった。

天界の者たちでさえも、『出来損ないの勇者』と呼んでいたほどに。

結局、勇者は『魔王』と呼ぶ存在を打ち倒すことができず、下界に滞在する神官たちが封印することになった。

そのため、倒してはいないのである。


「ギルは、勇者が嫌いなのですか?」

「え? うーん、まぁ、嫌いといえば嫌いかな」

「それは何故です?」

「確かに大きな使命を背負うのは凄いと思うよ? でも、勇者の何がいいの? 勇者に憧れる人も多いけど、王様に呼ばれて『魔王を倒せ』なんて命令されて、死にかけて……それでまた戦って、勝ったと思ったら聖女と結婚なんてさ。冗談じゃないよ」


アクディーヌはギルの言葉に内心驚く。


(本を読んだからという理由だけで、これほどにも勇者の内情を知れるはずがありません。彼の口ぶりからするとまるで、自身が体験したかのよう)


彼を見ると、いかにも不機嫌になっているのが分かる。

けれど、彼の話はとても興味深くもっと聞きたくなるが、程々にしておこう。


「ふふ、ギルの口調で、どれくらい勇者が嫌いなのかが分かりましたよ」

「この話は、本で読んだものも含まれてるけどほとんど、父さんから聞いた話なんだ」


ギルは、懐かしむかのように空を見上げた。


「ま、この話は長くなるからおしまい。ところで、スイは主人と会って話をした後はどうするの? もしかして、もう帰っちゃうの?」


悲しそうな顔をしながら、見上げてくるギルにアクディーヌは後ずさる。

そもそも、アクディーヌ自身も帰っていいのかすら分かっていない。

もちろん、帰りたくはないがムーソピアにこれ以上、負担をかける訳にもいかない。


「そうですね……、他にもやることがありますし上からには話をするだけ、としか言われていないので帰ることになりそうです」

「そんなぁ……」

「え、ど、どうしてそんなに悲しむのですか?」

「僕は三年間、住み込みでここの庭師として働いているけど、ここには僕と主人、そして執事の三人しかいない。僕の場合、一人で庭の手入れとかしているから、主人と執事とはあまり話す機会がないんだ。全くというわけではないけどね。でも、今日スイが来てから楽しいことばかりで嬉しかったんだ!」


ギルはそう言って、はにかんだような笑顔を浮かべた。

彼は、まだ十四歳程度の少年だというのに庭師として働いているのは、何か事情があるのだろうか。

それに、住み込みとして働いていることにも気になってしまうがギルのためにも探るのはやめておこう。


(けれど、彼がこれほどにも悲しむのならば、どのようにしたら仕事を引き伸ばせるでしょうか)


アクディーヌは考え込むように、顎に手を当てた。

そうしながら、ギルを見るとふとあることを思いつく。


「ギル! いいことを思いつきました!」

「え?」


アクディーヌは、自信満々に腰に両手を当て、胸を張り、微笑む。


「ギル、少々手伝ってくれませんか?」




◆◆◆




「スイ〜、あの雑草なんか、ユウェシルが全て燃やしたんだからもう、出てこないよ」


屋敷の庭に生えている雑草を、何周もしながら探すアクディーヌにギルは呆れながら言う。


「ありました!」

「なんだって!?」


駆け寄ったギルに、アクディーヌは生えている数本の雑草を見せた。

一見、ただの雑草のように見えるがこれは残滓(ざんし)だ。

けれど、捏造によって作り出された残滓なのかが一番の問題だが。


(まさかとは思ったけけれど、本当に残滓をこの目で見つけられるなんて。本物かどうかは知りませんけど)


残滓は、一度この目で見た以上、複数の種類がある雑草に紛れ込んでいたとしても見つけることができる。

だが、全ての残滓を燃やさなかったのはやはり偽物だからなのか。

偽物ならば、増殖の心配はないとユウェシルは思ったのだろうか。

これに関しては、本物と偽物の区別がつかないようにしたマグトルムの力に称賛してしまう。

さすがと言わんばかりに。

たが、本物と偽物かを判断できる手段が一つある。


「ほんとだ……」

「やはり、全て燃やしていなかったようですね」

「でも、これを見つけてどうする気なの?」

「それはもちろん、食べるんです」

「はぁ?」


アクディーヌはそう言って、ギルが理解しやすいように簡潔に説明をした。


「食べることによってその雑草が見た記憶を見ることができるんです。あ、ギルはたとえ耐性がついてるとしても食べちゃダメですからね? 死にますよ」

「怖いこと言わないでよ!」


ギルは慌てて、距離を取った。


残滓を食べることは、アクディーヌが初めてだろう。

実際、残滓に関しては大精霊の頃から興味があった。

兄とマグトルムの目を盗んで反省中の残滓を生み出した二柱の神に会い、血をこっそり取ったり、髪の毛を何本か抜いて研究をしていたほどに。

特に髪を大事にしていたと有名な二柱の彼らには、一本や二本程度抜けたくらいで悲鳴をあげるらしいが、一日に百本や二百本抜けることは当たり前なことなのに大袈裟なものだ。


(ですが、彼らのおかげで残滓がどれほどに危険なのかを知ることができましたし、彼らの犠牲は忘れません)


それに、彼らが大戦時に放った力の残滓には特殊な性質が備わっていることが分かった。


それは、残滓には目があったのだ。

目と言っても、比喩のような表現をしただけで本当に目があるというわけではない。

実を言うと、アンソニーがフィンレーに入れた甘い薬を試しに飲んでみたい、と思ったのと同じで様々な形に変化する残滓を食べてみたいという衝動に駆られていた。

その結果、試しに食べてみたら目を見張るほどの体験をしたのだが、その体験こそ『残滓を生み出した者の記憶と、それ以降の記憶を見ることができる』というものだった。


つまり、仕事を引き伸ばすために考え、思い出したのが『残滓を食べる』というもので、本物と偽物を見分ける唯一の手段に至った。


(驚きもしましたけど前に食べた残滓は、くだらない理由で喧嘩をしながら戦う彼らの会話を見ただけで、なんの需要もありませんでしたけどね)


それに、残滓を食べたのがたまたま水神の妹の身でなんともなかったとはいえ、天界で恐れられている残滓だ。

もしかしたら、何かに蝕まれていたかもしれない。

とにかく、人間のギルが食べたら命に関わるかもしれない。


それは、あってはならないことだ。


「とにかく、食べますね!」

「え、ちょ、待って」


アクディーヌは、残滓を一本抜いて躊躇いもなく口に入れようとした次の瞬間。


「……スイ様! 」


突如、どこからか声が聞こえ、手に持っていた残滓を何者かに奪い取られた。

突然のことでアクディーヌは首を傾げる。


(あら? 何が起こったのです?)


そして、ギルもまた同じように首を傾げていた。


「スイ様、申し訳ありません」


ふと、声のした方向へと顔を向けると、そこには、今にも泣きそうなユウェシルが立っていた。

彼はアクディーヌが食べようとした残滓を握りしめ、まるで叱られるのを恐れる子どものように俯いていた。


彼の謝罪の言葉に、アクディーヌとギルはただ立ち尽くすしかなかった。

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