10 無駄な挨拶と『スイ』の勘
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「紅茶をどうぞ。スイ様、ユウェシル殿。それとお前さんも」
客室に案内され、アクディーヌとユウェシルは隣同士でソファに座る形になり、アンソニーは手際よく紅茶を差し出した。
庭師の少年は、身分を考慮してなのか、立ちながらアンソニーが入れた紅茶を受け取り飲んでいた。
やはり、身分というのはめんどくさいものだ。
少年には、そんなものを気にせずに座ってほしい、と内心思いつつもあえて言わないことにした。
「ありがとうございます、アンソニーさん」
「このような紅茶で申し訳ございません」
「何を言っているのですか、お兄様がこんなに素晴らしい紅茶を飲んでいたと思うと恨めしい限りです」
「ほっほっほ、お褒めいただき光栄です」
そして一口、紅茶を味わう。
まるで森の中にいるような芳しい香りに、天界でのものとは違う贅沢を感じる。
下界の飲み物は今まで口にはしたことはなかったが、これほどにも美味しいとは思いもしなかった。
これだと昇天しそうなくらいだ。
(まぁ、昇天はしませんけど)
それにしても、何やら妙な視線を感じる。
ユウェシルかと思い、横を見るが優雅に紅茶を嗜んでいた。
貴族の青年を何度も踏みつけていたとはまるで思えないほどだ。
決して、彼を怒らせないようにしよう。
さらに、左側の部屋の扉付近にいる少年を見ると、彼は眠そうにあくびをしていた。
彼ではなさそうだ。
それよりも彼にはゆっくり休んで欲しいものだ。
そして、向かい側に座るフィンレーを見ると一瞬目をそらされた気がした。
妙な視線の犯人は、どうやら彼だったようだ。
一応、気付かないふりでもしておこう。
「さて、あの不審者たちのせいで本題に入るのが遅れましたが、フィンレーくん。私と話がしたかったのですよね、私もあなたに聞きたいことがあるのですがいいですか?」
アクディーヌは紅茶を置き、背筋を伸ばして口を開く。
「は、はい!」
「まずは、改めて挨拶でもしましょうか」
アクディーヌは、姿勢を正して口を開く。
「私の名はスイと申します。一応、この屋敷の前の主人であるロニーの妹でもあります」
「えっ、君……ロニー様の妹だったの!?」
「おや、言ってなかったですか?」
「全然言われてないよ! 確かに誰かが来るとは聞いたけど。君、他人事みたいに話を聞いてたじゃないか!」
「……気のせいですよ」
アクディーヌの言葉に、少年は不振な目で見ていた。
少年の不審な視線に、フィンレーとアンソニーは声を出して笑った。
そもそも、百年以上会っていないのだから他人も同然だろう。
すると、右隣にいるユウェシルが咳払いをし口を開いた。
「さっさと挨拶を済ませましょう。スイ様」
そう言って、座りながら腕を組み「俺はユウェシルだ」とだけ言って黙った。
(相変わらずですね……)
「では私めも挨拶を。私めは、フィンレー様の執事をしております、アンソニーと申します。主に、この屋敷の管理をしておりますゆえ、何なりとお申し付けください」
「じゃあ、僕も! 僕はギルベルト。ここで庭師をやってるんだ。ギルって呼んで!」
ギルはソファに座るアクディーヌの手を取り、目を輝かやかせながら上下に降った。
その光景は、遊びをねだってしっぽを振る子犬のようだった。
「ギルベルト、よい名ですね! 私のことはさん付けではなくスイと呼んでください。私も喜んでギルと呼ばせてもらいますから」
「分かった! スイ」
「おい、庭師。その手を離せ」
「やだね」
「なんだと?」
まるで、子犬と狼の争いを見ているかのようだ。
アクディーヌはため息をつきながら、二人の手を引き離そうとするユウェシルを見ていた。
(お、折れる! 折れちゃいますよ! ギルの指が)
ギルの指を一本ずつ離していくユウェシルに、ギルの繋いだ手が弱まるどころか強まった。
ギルは涙をこらえて、意地でも離さんと言わんばかりに抵抗していた。
「ゆ、ユウェシル殿とギル! スイ様が困ってます! やめてください!」
本来なら、既に挨拶を済ませていたはずのフィンレーが立ち上がって慌てふためいていた。
一方、アンソニーは若者同士の戯れだと思っているのか、呑気に白い髭を触りながら外を見ていた。
(はぁ、仕方ないですね)
アクディーヌは、息を大きく吸って未だに喧嘩をしている二人に体を向ける。
「ねえ、お二方。この世界に銃というものがあるとして、銃と弾丸なしでも撃てるとしたらどう思います?」
アクディーヌの言葉に、ユウェシルとギル、そしてフィンレーとアンソニーは口を開いたまま固まった。
そして、ギルがとっさに離した両手の片方を使い、わざとらしく指で銃を表現し二人に構えた。
彼らはそれを見て「すみませんでした」と言って、深くお辞儀をした。
(やっぱり、銃はみんな怖いんですね……)
騒々しかった部屋が、アクディーヌの微かな笑い声だけとなったのだった。
◆◆◆
「さて、フィンレーくん。挨拶はこれくらいにして少しお聞きしても?」
アクディーヌは、ユウェシルとギルを黙らせ壁側に立たせたあと、緊張しながらソファに座るフィンレーに言う。
「は、はい!」
(もし、本当に私の勘が当たっていたのなら彼をこれからどうしましょう)
「最近、不思議な夢を見たりしませんでしたか?」
「夢……ですか?」
フィンレーは首を傾げる。
ユウェシルたちも、口には出していないが首を傾げながら聞いていた。
「はい。夢なのに夢ではないように思う夢です」
「そういえば不思議な夢を見たことがあります。小さな黄色い服を着た妖精が、僕に大剣を渡してきたんです。それを受け取ったら『君ならできそう』と言い残して消えたんです。それで夢は終わりました」
その言葉に、アクディーヌは一瞬驚いたが、すぐに冷静を装った。
今まで治らなかった持病が、突然治るのはあまりにもおかしい。
そこで、記憶と知識を探り出し、やっとのことで掘り出せた情報が『勇者』だった。
ほとんど勘だと見なしているが。
彼が見た妖精は、初代勇者が錆びた大剣、すなわち聖剣を拾って修復したことによって宿った妖精である。
なぜ、聖剣が落ちていたのかは興味がないのでそれ以降のことはよく分からない。
けれど、『勇者となった者は、力を与えられるのと同時に穢れが取り除かれる』と兄に教えてもらったが、そういうことなのだろう。
もう、これで確信がついた。
「なるほど、よく分かりました」
「何が分かったの? スイ」
「私めも分かりませぬ」
ギルとアンソニーが説明を求める中、アクディーヌは微笑んで、人差し指を立てた。
「つまり、フィンレーくんは勇者に選ばれたのです」
「ゲホッ! ゲホッ!」
アクディーヌの一言にフィンレーは緊張を和らげるため紅茶を飲んでいたが、驚いてむせていた。
「フィンレー様!」
そんなフィンレーを見て、アンソニーはすぐさまハンカチを取り出し彼に渡す。
「す、スイ。それは無理があるんじゃない? だって、勇者は何百年も現れてないんだよ? それなのに、夢に妖精が現れて勇者に選ばれたなんて聞いたことがないよ」
「でしょうね。このことは、あまりにも知られていませんから。ですが、ユウェシルはもう分かりましたよね?」
アクディーヌに尋ねられたユウェシルは、無言で頷いた。
「え? なに? どういうこと?」
困惑したギルは、アクディーヌとユウェシルを交互に見ながら、今でも頭の中がパンクしそうな勢いで思考を巡らせていた。
やがて、ユウェシルは一瞬だけアクディーヌを見てから、フィンレーに視線を移して口を開く。




