通学路
夢を見ているとたまに「あ、これは夢だな」と気づくことがある。
高校一年生の夏休み前の出来事。
一人の男子生徒が屋上で仰向けになり寝ころんでいた。
ガチャっと扉が開く音がして女子生徒が入ってくる。
そのまま真っすぐに少年の元へと歩いていき顔の前で仁王立ちした。
「おい、起きろ。そこはうちの場所だ」
目を開けると、上から金髪をした女子生徒が見下ろしていたが、男子生徒の視線は足を広げて無防備になったスカートの中だった。
色っぽい紫色のパンツに興奮してズボンを膨らませる。
「誰も下のものを起こせとは一言も言ってないぞ」
「あ、悪い」
少年はようやく背を起こすと少女に場所を譲る。
その場で胡坐で座るとスカートが短いため少し足を動かすだけで下着が見えそうで目を離すことができなかった。
「見ない顔だが一年生か?」
女子生徒は特に気にした様子もなく問いかけた。
「はい、そうですけど、あなたは?」
学年を表すリボンを付けていなかったので、男子生徒は相手が同級生なのか上級生なのか判断がつかなかったため、失礼にならないように聞いた。
「うちは二年だ。それにしても、酷い顔をしているな。何か嫌なことでもあったんか?」
「別に……。ただ、この学校には優秀な生徒が多くいて。俺みたいな奴はそいつらの引き立て役にしかなることはできないので不貞腐れてただけです」
初対面にも関わらず自然体で友人の悩み事を聞くように問いかけ、少年もそれに応じた。
「先輩もそんなチャラい恰好してるってことは似た者同士ってとこですか」
男子生徒は立ち上がり、屋上のフェンス際まで歩き外の景色を見下ろしながら言う。
「何のために、何を目標にして生きていけばいいんですかね」
思いつめた少年の後ろで、ジー、ぱさっと何かが落ちる音がする。
しばらくしたのちに少女が声をかけた。
「こっちを見ろ」
振り向くと、制服を脱ぎ下着姿になった女子生徒が体育座りで上半身を寝かせて上目遣いをしていた。
「ちょ、何してんすか!」
「これ以上うちに恥をかかせるつもり?」
さっきまでと雰囲気が変わり、上擦った声で露出した足首を自身の手で撫でる。
少年は一歩また一歩と近づく。
あと少しで手が届くというところで脱いだ制服の影になっているところにスマホが立てかけてこちらに向いていることに気づいた男子生徒はすんでのとこで体を後ろに倒し仰向に大の字で倒れた。
「先輩も意地が悪いですよ。いたいけな男子を誘惑して嵌めようとするなんて」
大きく息を吐きだして言う。
「ははははは。気づいたか。おしかったぜ。もう少しでうちの手駒が一人増えるところだったのに」
悪びれる様子もなく快活に笑う少女。
少年は揶揄われたことに怒り屋上を出ていこうとした。
「おいどこ行く」
「教室に戻りますよ。これ以上ここにいたら何をされるか分からないので」
制服も着なおさず下着姿のまま女子生徒は日光浴をするように寝そべる。
その姿にやはり男子生徒は釘付けになった。
「ほら、帰るんじゃなかったのか」
「俺じゃなきゃ襲われてますよ。先輩」
「くくく。さっきまでの辛気臭い顔と違って卑猥な目つきをしとる」
今度こそ背を向けて出ていこうとした背中に笑いながら。
「お前の悩みなんて女の体一つで吹き飛ぶような軽いもんだ。生きる目標なんて異性を抱きたいとかそういう獣のような欲望だけで十分だろ。うちら人間なんてそんな高尚な生物じゃないんだから、難しいこと考えずにお前の好きなように生きろよ」
少年は振り返り、そして……。
ピピピピピ。
うるさいぐらいに響くデジタル時計を叩きつけ止めた。
洗面所に行き蛇口をひねり、鏡を見ずに顔を洗い流した。
一人暮らしをしているため、朝食は自分で用意しなければいけない。
冷蔵庫からウインナーと卵を取ってフライパンで焼く。
残り物のご飯を炊飯器から取り出して納豆を添えれば出来上がりだ。
テレビを付けてニュース番組を聞き流していたところでスマホが鳴った。
「杉山と登校時間を合わせろ面白いものが見れるかもしれないぞ」
相手は大山寺咲野先輩だった。
委員長は規則正しく、毎日同じ時間に登校するため合わせるのは容易にできる。
相変わらず好き勝手に言う人だ。
そういうことは事前に伝えるべきだろう。
寝坊していたらどうするつもりだったんだか。
適当に返信を送り、慌ただしく準備をして、一日が始まった。
校門の前の長く続く歩道の左右には樹木が立っており広く空いている真ん中は歩行者専用となっている。
つまり、この道は基本的に学生か学校関係者しか利用しない。
今は登校中の生徒達で溢れている。
そんな中、杉山と詩織が二人並んで歩いていた。
身長差が大きいため変に目立っている。
俺は気づかれないように他の生徒の後ろに隠れるように歩く。
今のところ特に変わった出来事は起きていない。
何も起きないじゃないか。
そう思っていると、金髪の女子が現れて委員長に声をかけた。
「杉山、二人だけで話したいことがある。あれの続きだ」
「そうか、分かった。悪いな詩織。俺は先を急ぐ」
「……え?その人は誰なの?」
詩織は突然のことで戸惑っていた。
「この人は三年の大山寺先輩だ」
「おはよう詩織ちゃん。悪いけど少し借りてくね」
遠くのほうにいる俺を見つけたのかウインクをして眼鏡野郎と急ぎ足で校門へと向かう。
途中で委員長の腕を胸に押し付けては、「やめろ」と反抗されていた。
「あ……」
咲野先輩はこれを見せたかったのだろうか。
後はよろしくねと言わんばかりの視線だったからな。
俺は呆然と二人を見送った彼女のほうへと足を向けた。
「おはよう、詩織。どうしたの?そんなところで立ち止まったりして」
ちょうど今見つけたという風に声をかける。
眼鏡野郎ほど身長はないがそれでも彼女のつむじが見えるぐらいには離れている。
「え?あ、おはようございます、粟国先輩。別になんでもないです」
顔を上げて俺を認識した後、また歩き出した。
「それなら、一緒に学校まで歩こうよ」
「……はい」
自分を置いて杉山が他の女子を優先したのがショックだったのか、落ち込んだ様子だ。
今は何か話しかけるよりも、心の整理が落ち着くまで静かにしているほうがいいだろう。
彼女の小さな歩幅に合わせて横に並んで歩いていると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえてきたので振り向くと中庭で会った三人組の女子だった。
「きゃっ」
突然後ろから詩織のスカートがめくられる。
急な出来事で反応が遅れそれを防ぐことができなかった。
普段は膝下まであるスカートで隠されているはずの白くて細い足が太ももの際どい所まで露出し、周囲の男子達の視線を集めた。
「女子同士の遊びか?」
「あと少しだったのに」
鼻息荒く下卑た会話が繰り広げられる。
詩織にとって下着まで見えなかったのは不幸中の幸いだった。
「あら、ごめんなさい。手が滑って」
三人組の女子はそう言って笑いながら走り去っていった。
去り際に眼鏡をかけている子がこちらを振り返り申し訳なさそうに頭を下げた。
その様子から、その子は積極的に彼女らに加担しているわけではないようだ。
「……見ましたか?」
顔を赤くして俺を見上げてくる。
少し怒っているのか、声がいつもより低い。
「い、いや……大丈夫、見えなかったよ。うん」
俺はあえて取り乱した様子を演じて見せた。
この状況で、自分より動揺している人がいれば詩織も気持ちが落ち着くだろう。
「なら、良かったです」
俺の慌てっぷりが面白かったのか、くすっと笑って再び歩き出した。
平静を装っているふりをしていても、腕が震えているのを見逃さなかった。
「おーい、詩織ちゃん」
校門を通り過ぎ玄関へと向かう途中、滝沢が息を切らしてやってきた。
しばらく、ぜえぜえとその場で深呼吸をする。
「あいつらもひどいことするよな。後ろから俺も見ていたけど、近くにいたら絶対に周囲の男どもに傷一つない太ももを晒させなかったのに」
頼りなさそうに俺を見て頭を振る。
気を抜いていたのは確かだが、ボディーガードでもなければ反応は無理だろう。
「粟国もだめな男だな。こいつは犯人をそっちのけにして詩織の綺麗な足に見惚れてたぜ?」
「それは……。ごめん」
実際に体が動かなかったのは事実であり、スカートがめくれる瞬間をがっつりと見ていたので見惚れてないといえば嘘になるので、滝沢にではなく詩織に謝った。
「それよりも、大変な目にあったな」
俺から一本取ったと思ったのか満足気な笑みを浮かべ、慰めるように詩織の頭を撫でようとしたところで下からその腕を振り払われた。
「……勝手に頭に触れようとしないでください。後、私の友達を悪く言わないで」
今まで聞いたことのない冷たい声を出し、大きな目で精いっぱい滝沢を睨みつけた。
それに怯んだのか、一歩後ろに下がる。
「お、おう……ちょっとした冗談だぜ、冗談。本気で受け取るなって、それじゃあな粟国」
そう言うと、急ぎ足で去っていった。
直接言葉を向けられていない俺でもぞっとしたのだから、滝沢からすれば本気でびびっただろうな。
慣れないことをしたのか詩織はふぅ……と息を吐きだした。
「守ってくれてありがとう。嬉しかった」
女子から庇われるのは男として恥ずかしいが、そんなプライドは彼女からしたら知ったことではないだろう。
「大したことじゃない」なんてカッコつけるのは勇気を振り絞ってくれた詩織に対して失礼にあたる。
だから、俺は素直に感謝の言葉を口にした。
「粟国先輩って母性本能をくすぐるのが上手いですよね」
「えと……誉め言葉として受け取ってもいいのかな?」
純粋に疑問に思ったので恐る恐る聞いてみた。
「内緒です」
ふふふと両手を後ろに回して綻ぶように笑った。




