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弁当

 人は距離で恋をする。

 同じクラス、同じ部活、同じ職場。

 大抵の人はこの三つの場所で恋愛を経験したことがあるのではないだろうか。

 共通点はどちらも相手との物理的距離が近いということだ。

 考えてみれば当たり前のことで近くにいないと交流は生まれない。

 だから好きな人と偶然にも身近な環境に入ることができればそれだけで交際できる可能性はぐんと上がる。

 相手に自分という存在を認識させるというのはそれほど大変なことだからだ。

 では、不運にも距離が離れてしまった場合はどうすればいいのかというと、簡単だ。

 自分から相手に近づけばいい。

 ただし行動理由に確かな理がなければストーカーとなって逆に嫌われてしまうので注意は必要である。


 チャイムがなり昼休憩がやってきた。

 俺は席を立ち、途中の休憩時に買った購買のパンを持って中庭へと向かう。

 チューリップが咲いている花壇の近く、大きな木の傍にある白いテーブルに詩織が一人で座っていた。

 手提げ鞄をテーブルの上に置き、鳥の声を静かに聴くように空を眺めている後ろ姿に声をかけた。

 

 「隣にお邪魔してもいいかな」

 

 突然話しかけられて驚いたのか背中を強張らせてこちらを振り向いた。

 事前に昼を一緒にすることは了承をもらっているので、丁寧に許可を得る必要はないが本当の意味で友達になったわけではないのだからワンクッション置くことは大切である。

 そうやって詩織の心の障壁を一つずつ注意深く剥がしていく。


 「粟国先輩でしたか。どうぞ、いいですよ」


 相手が知り合いだと分かったからか雰囲気が和らいだ。

 右手で横の椅子を勧めてくれたのでそこに座る。

 丸テーブルなので真横ではなく斜め前だ。

 するとスカートの上で両手を強く握り、不機嫌な様子で横目を向けてきた。


 「ところで、どうして私の教室まで来てたんですか?」


 「気づかれていたか。友達もいないから空いた時間にやることなくてさ、それで詩織の様子が気になったんだ。ほら、あんなことがあった後だし……」


 予想していた質問を投げかけられ、準備していた答えを投げ返す。

 心配するように憂えた目をして躊躇いがちに。

 押しつけがましくお前を助けるためだなんて言うとあの二人みたく強く拒絶されるだろうからな。

 解決策を探る会話ではなく、相手の気持ちに寄り添う会話。


 「なんとなくそんな気はしていました。けど、その……先輩は結構カッコいいんですから。自分で思っているより目立つんですよ?」

 

 途中で言い淀み、風にかき消されそうなほど小さな声でそう言った。

 

 「そんな注目されていたのか……失敗したな。今後はもうちょっと気を付けることにするよ」


 遠回しにやめてほしいと言われているのは理解しているが、これからも継続するという意思を伝える。

 最初に顔見せして以降、俺が一年生の教室へ行くと外を気にして何度も振り返る姿を見ていた。

 本当に嫌ならば、強く拒絶するだろう。

 そうしないということは、心のどこかで嬉しく思っている気持ちがあることを示している。

 

 「もう、そういう意味で言ったわけじゃないのに……。不思議な人ですね。悟ですらわざわざ小休憩ごとに見に来るなんてしないのに」


 両肘をテーブルにつけ、手のひらに小さな顔を乗せながら言った。

 詩織には眼鏡野郎のことしか映っていないんだろうな。

 今も彼だったらなんて考えているのが見て取れる。

 

 「俺じゃ嫌だったかな?」


 繊細な心が傷ついたかのように胸に手を当てて、下を向く。

 唯一の友達に嫌われたかのように。


 「あっ、違うの!いや、あの、来てほしいわけではないのだけど……。別に悟が良かったとかではなく……」


 小さな腕を振りながら、慌てる様子を見て柔らかに笑みを浮かべる。

 恥ずかしかったのか両膝を力強くぶつけて、八の字を作っている彼女は大きな目で俺を見上げて「ううう」と顔を赤面させた。


 ピコンと突然その場で音がなり、詩織はポケットからスマホを取り出した。

 期待感に満ちた顔から、落胆へと変わる。


 「悟からです。用事ができたから昼は一緒に食べれないだそうです」


 咲野先輩もようやく動き出したか。

 委員長は自分が来なくても俺が行くことで詩織が孤立しないことを知っている。

 上手いこと誘い出せたみたいだ。


 「それは残念だな。しょうがない、二人で食べようか」


 「そうですね……」


 俺は焼きそばパンを袋から取り出すと彼女は緊張した面持ちで手提げ鞄から弁当を出して蓋を取る。

 健康に配慮したように色彩豊かなものだった。

 驚いたことに冷凍食品が一切なく、手作りだ。


 「料理が得意って言っていたけど本当だね。すごくおいしそうだ」


 「そうかな?ありがとう」


 素っ気ない返事だったが、テーブルの下で足をばたつかせている。

 褒められて得意げだ。

 小さな口におかずを運んで食べている様子を見ていると目が合った。


 「なに?そんなに見られると食べづらいよ」


 「どんな味なのかなって気になって」


 「……味見したいの?」


 思わず本音が出て、しまったと思った。

 いくら友達になったからといってもまだ会ったばかりだ。

 弁当のおかず交換なんて同性だろうとそうするものではない。

 特に人見知りで男が苦手そうな子ならなおさらだ。

 物怖じせずに自分の気持ちを言える子とはいえ、先輩からそんなことを言われると断りづらいだろう。

 俺としたことがうっかり失言してしまった。

 

 「あ、ごめん。男からこんなこと言われて嫌だったよね。気にしないで、友達ができたからって少し舞い上がってた」


 柄にもなく狼狽えて額から汗が滲み出てきた。

 嫌なら嫌と言ってくれればましなのに、無音の時間が俺を追い詰めていく。

 遠くから聞こえる生徒達の笑い声、鳥たちの囁きあう鳴き声がとても大きく聞こえてくる。


 「口開けて」


 彼女が何を言っても俺の返答は軍隊の上官からの命令のように「イエス。ッサー」という心持だったため、その声に反射で口を開けた。

 腕が届かないのか小さな体を前のめりにしながら詩織は手に持っていたピンクの可愛らしいお箸を俺の口腔内に侵入させると黄色いふわふわした卵焼きを優しく舌の上に載せられる。

 先端が頬の内側をかすり、口を湿らせている唾液の糸を短く張らせた。

 砂糖が多めに使われているのか、口を閉じるとふわふわでとても甘い味が広がる。


 「甘くて、おいしい」


 「ふふふ、良かった」


 目尻を下げた詩織は、初対面の時に杉山に見せていた笑顔と同じ表情をしていた。

 

 「私も誰かに自分の作った弁当を味見してほしかったの。両親は褒めてくれるけど、本音かは分からないし、悟は興味なさそうだったから。正直に感想を言い合える友達が欲しかったんだ」


 委員長が言っていた「友達になったのだから、詩織に何かしたら許さない」というのはちょっと過保護すぎて違和感があったが、この子は友達とそれ以外で明確に態度を分けているのだろう。

 出会った時は口数少なく笑わない子だったが、今は反対に積極的になっている。

 眼鏡野郎の庇護欲が刺激されるわけだな。


 「自信をもっていいよ、作り方を教えてほしいほどだ。それにしても意外だな、杉山と弁当の食べ合いっこをしているのかと思ってたよ」


 「そんなことしないよ。あっ……悟にはこのこと内緒にしてね。ほら、誤解されるかもしれないし」


 ちゃんと自分が何をしたのか分かっているみたいだ。

 委員長の名前を出すと、急に早口になり耳を真っ赤にさせている。

 

 「もちろんだよ。二人だけの秘密だ」


 「うん……」


 秘密の共有は心理的距離を近づけてくれる。

 図らずにもお互いの仲を縮めることに成功した。

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