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行動

 人は無意識に相手と自分を比べて序列をつける傾向にある。

 こいつは自分よりも下か上か深層部分で格差をつける。

 そして格下と決めつけたものには軽薄に、格上と決めたものには卑屈になる。

 

 「友達が欲しいなら最初から言ってくれればいいのに。水臭いな」


 朝、教室に入り席に座ると滝沢が慣れ慣れしく肩を組んできた。

 昨日までは距離を開けて接していたのに、ここまで近づかれたことは初めてだ。

 まるで仲のいい友達のように。

 

 「別にお前と仲良くなりたいと思ったことはないよ」

  

 「またまた、照れちゃって。おーい、みんな。粟国は友達が欲しいみたいだから話しかけてあげてくれ」 


 クラスメイト達に手を振りながら大声を上げる。

 鬱陶しいな。

 ここまで人の感情に無頓着な人間にはあったことがない。

 

 「それぐらいにしておけ」


 二つ前の席で教科書を広げていた杉山が顔を上げずに声を出す。


 「いいじゃねえか、こいつはお前の優秀さに嫉妬してるみたいだぜ。仲良くしてやれよ」


 滝沢なりに俺を気遣っているのだろうが、迷惑この上ないな。

 とはいえ、あれはすべて演技だと言うわけにはいかない。

 勇気を出して友達になってくれた詩織の気持ちを踏みにじると二度と口を聞いてもらえなくなるだろう。


 「おい、滝沢。いいから黙れ」

 

 「うお、そんな怖い声出すなって。分かった分かった。俺がお前の一番の親友になってやるからよ」


 そう言うと、隣の椅子を引いて座りだした。

 

 「ところで詩織ちゃん可愛かったよな。小っこくて大人しくて、まるで小学生みたいだから背徳感が湧くけどそれがまたそそるよな」


 昨日を思い返して、にやついている。

 手をひっぱ叩かれて、友達じゃないと宣言されたにも関わらず興味を失っていなかったようだ。

 

 「あんなに嫌われてたのにまだ諦めてないのか」


 「女心を分かってないな。嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ?あの子はツンデレなんだよ。気のある男子にはついついきつい言葉を投げかけてしまうものなんだ」


 ちちちと指を振りながら講釈を垂れる。

 ポジティブな奴だな。

 彼女の反応からはそんなピンク色の気配は微塵も感じなかった。

 

 「言葉通りの意味で言っていたと思うけどな」

 

 そう言い返すと、首を振り俺の肩を叩いてきた。


 「お前って意外と初心なんだな。むしろ俺は可哀そうに思っているんだぜ?あの子を狙っていたようだけど、残念ながら友達ゾーンに入っちまったんだからな」


 友達ゾーンとは、告白されないように女子があなたは私の友達でありそれ以上でも以下でもありませんという宣言を行うことだ。

 これを宣告されると、男子はどう頑張っても恋愛感情は持たれない。

 つまり、滝沢は詩織と友達になった俺は異性として見られていないと言いたいのだろう。


 「友達にならずにどうやって彼氏彼女の仲になるんだよ」

 

 「結局、男女ってのは友情で繋がってるわけではなく、性欲で繋がってるってわけよ。一度でも関係を持てれば俺にぞっこんになるさ」


 どうやってその関係を持つんだという野暮な突っ込みはしないでおいた。

 この物言いだと、滝沢の恋愛というのは性欲と同義語なのだろう。

 とはいえ、そこにどれほどの違いがあるのかと言えば難しい問題だ。

 意外と真理をついているのかも知れないな。

 

 「俺は正攻法で行くけど、お前もこれ以上詩織に嫌われないように頑張れよ」

 

 「てっきり、粟国は女性経験豊富な男だと思っていたんだがな、昨日の会話を見るにそんなこともなさそうだ。女の扱いってのが分かってねえ。仲良くおしゃべりなんてのは同性同士で楽しむものだ」


 何か策があるのか饒舌に語りだす。

 実際彼女がどんな思いを持っているかは本人にしか分からないことだ。

 案外滝沢を憎からず思っている可能性も低いとは思うがゼロではない。

 

 「お前ら聞こえてるぞ。俺の幼馴染を傷つけたら許さないからな」

 

 黙って聞いていたのか、杉山がこちらを振り返り睨んだ。

 

 「心配しすぎだよ、お兄さん。別に嫌がらせをしようって話じゃないんだ。そんなに気になるのなら誰にも取られないようにさっさと奪ってしまえよ」


 「俺と彼女はそういう仲じゃないと何度言わせるんだ。あいつとはただの幼馴染であって家族みたいなもんだ」


 眼鏡野郎と詩織の中が進展しない理由がこれだ。

 彼女は頑張ってアピールしているように見えたが、当の本人がこれでは浮かばれないな。

 滝沢の挑発に乗っていることがもう本当は意識していると言外に言っている。

 俺としちゃ助かる話だが、もったいないことだ。


 「特に粟国。なぜかは分らんが、人見知りの詩織が初対面の男と友達になったんだ。これはずっと彼女を見ていた俺からするとありえないことだ。もし彼女に何かしようものなら絶対に許さんからな」


 「もう友達同士なんだからお前から何か指図される覚えはないよ」

 

 紹介される前なら下手に出る必要があったが、接点を持った以上眼鏡野郎を気遣う必要はない。

 むしろ、その不安こそが俺の狙いだ。

 万事順調だった二人の関係に一石を投じてさざ波を引き起こす。

 最初は小さい波が徐々に大きくなっていく。

 俺の言葉に反論できなかったのか、何か言いかけたものの口を閉ざし教科書に視線を戻した。

 

 先輩が情報を集める間、何もしないわけではない。

 予習に余念がない委員長と異なり俺は授業の合間にすることがほとんどない。

 だからこの時間を使って一年生の教室を見て回ることにした。

 本人は大丈夫だと言っていたが、内心は不安な気持ちで一杯だろう。

 クラスで孤立しているということは頼れる人がいないということであり、自分を気にかけてくれる人がいないということだ。

 

 階段を降り廊下を曲がり一年生の教室が並ぶ区間にやってきた。

 上半分が透明な窓になっているので中を覗くのに苦労はしない。

 どのクラスかは聞いていないので、一通り覗いてみると廊下の一番端っこの階段のすぐそばにある教室で黒髪を耳の少し下あたりで綺麗に整えている子を見つけた。

 ちょうど一時間目が終わったあたりか。

 目立たないように外から見えるギリギリのところにある壁に寄りかかり観察した。

 

 案の定それは詩織だった。

 教室では真ん中あたりの席で静かに座り教科書を見ている。

 同じ姿勢でいることに疲れたのか時折両足を前に出したり後ろにひっこめたりぶらぶらさせていた。

 他の生徒は近くの人と話したり同じく自習している人がいる中で、奥のほうに女子が三人ほど固まって詩織を指さして笑っている。

 何を話しているかはさすがに聞こえないか。

 休憩時間の終わりが迫ってきたので、俺は近くの廊下で談笑している女子にわざとぶつかった。


 「きゃっ」

 「あ、ごめんね。大丈夫だった?」


 優しく笑みを浮かべる。

 演劇で観客に良く見せるために何度も練習した表情だ。


 「あ、はい!ありがとうございます!」


 被害者は彼女のほうにも拘らずなぜか感謝されてしまった。

 その子達は教室へと入っていき、友達のところに着くなりなにやら興奮気味に話をしている。

 それを聞いてか詩織が何か感づいたように廊下側へと顔を動かしたので、控えめに手を振ると驚いた顔を一瞬浮かべてぷいっと顔を背けられた。

 狙い通り彼女達は俺の話をしてくれたのだろう。


 最初はなぜ一年生の教室まで来たのか戸惑い、あまりクラスで目立ちたくない詩織にしたら嫌な気分になるはずだ。

 しかし、中庭での出来事を俺が気にかけていると分かれば次第に安心感に変わり、姿を見せなくなれば寂しく感じ始めるだろう。

 こういう些細な行動が積み重なって信頼は生まれる。

 杉山との長い年月の差を埋めるためには空いている時間を無駄にする余裕はない。

 少しずつ彼女の精神に依存という毒を注入していく。

 

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