相談
高校へ入学してから一人の男と出会った。
眼鏡を掛けた百八十センチの長身の男だ。
当たり前のようにクラスの委員長になり、クラスを仕切りだした。
こいつには負けたくないと思い勉強漬けの日々を送り最初の中間テストがやってきた。
勉強した甲斐あって全教科平均八十点という結果を出したが負けた。
そいつは平均九十点を出していた。
期末テストでは勝ってやると勝手にライバル意識を持ったが俺の点数は落ちていくばかりだった。
そしてついに俺の他人よりも優れているものはなくなった。
一番になれないならやる意味がない。
ガチャと扉が開く音が聞こえ振り向いた。
俺と同じぐらいの身長で長く伸ばした金髪を背中に流して太ももを見せつけるようにスカートを穿いた女子が入ってきた。
腕を上げて伸びをするとブラウスの下から大きめの胸が苦しそうに主張している。
夕日に照らされて、普段は白く綺麗な素足がオレンジに染まり色気が増していたため、つい舐めるように見てしまう。
「うちを呼び出しからには何か進展があったのかと思ったが、どうも違ったようだな。視線が下に行ったり上に行ったりと忙しい奴だ。なんだ?もしかして、うちとやりたくなって呼んだのか?」
ペロリと唇を舌で舐めながら、妖艶な笑みを浮かべて誘惑するように太ももに手を這わせる。
前かがみになり、上目遣いのまま空いた手で上着のボタンを一つ、二つとゆっくりと焦らす様に外していく。
緩んだブラウスの隙間からは紫色のブラジャーが見え隠れしている。
うへへと性欲丸出しにしてうっかり近づいたら、その様子を写真で取られ一生飼い慣らされることだろう。
男の扱いに慣れている女子は危険だ。
美しい花には棘があるというが、棘というよりむしろ毒といった方が適切だ。
遅効性がある猛毒。
一度引っかかると彼女の魅力から逃れることはできない。
初めて会った時を嫌でも思い出す。
手の甲を強く抓り、痛みで冷静を取り戻した。
相変わらず清楚とは無縁な人だな。
真面目で制服をしっかりと着衣させている詩織がこんな風に迫ってくる姿は想像もできない。
彼女にできる最大限は相手の手を繋ぐことぐらいだろう。
同じように迫れば小細工なんてしなくても耐性の無さそうな眼鏡野郎ならころっと落ちるのではないだろうか。
「いえ、合っていますよ。大橋詩織の件で相談したいことができましたので。決して先輩が考えているような、やましいことではありません」
俺の邪な視線が消えたことを認識した咲野先輩は当てが外れたように「残念だ」と、まるでその気があったかのように落胆した。
「うちの誘惑に耐えきれる人は厚金ぐらいだ。誇っていいぞ」
「なんの自慢にもなりませんよ。というか、俺を魅惑しようとしないでください。他に向ける相手がいるでしょう」
何が面白いのか、くくく、とくぐもった声で笑う。
そんな咲野先輩に顔を顰めると「すまん、すまん」と手を上げ本題へと移行した。
「それで、お前から相談なんて珍しいな。なにかしくじったのか?」
外したボタンはそのままだが真面目な顔つきになり、話を聞く態勢に入ったのを見て俺は中庭で起こった出来事を話した。
ターゲットの詩織が嫌がらせを受けているということ。
それを解決することで距離を縮めていく予定であること。
先輩には彼女達の情報を集めて欲しいということ。
「ほ~ん。こう見えてもうちは女子から慕われているからな。一年の情報集めるぐらい何てことないけどよ。とうとう厚金にも好きな子ができたってことでいいのか?」
親戚のじいさんが思春期の子に思い人を尋ねるような生温い目を向けて続けた。
「うちは嬉しいよ。いろんな女子と合わせてやったがお前がここまで親身になったことはない。そうだろ?話を聞く限りじゃ厚金のやろうとしていることは過剰だ。そんな面倒くさいことをしなくても、こっそり担任に話を通すこともできる」
彼女が嫌がることはマイナスに働くと口を開こうとする前に先輩が言葉を重ねた。
「そもそも解決する必要がない。散々嫌がらせされた後に優しく接してやればいい。それが一番効率がいいだろ。にも拘らず根本的な問題を解決しようとしている。まるで、今回限りの関係ではなく今後も付き合って行こうとしているようだぞ」
揶揄かっているのか本気で言っているのか判断がつかないな。
これが一番効果的だと思うからやろうとしているだけだ。
彼女から話を聞いて胸糞悪い気持ちになったのは事実であり、何とかしてあげたいという思いは本物ではある。
そもそも俺が彼女を口説こうとしているは、咲野先輩と杉山をくっ付けるためだということを忘れているのだろうか。
それを言っても「何を必死になっているんだ」と言われ余計に馬鹿にされるだろうから話を進めることにした。
「それで、こっからは先輩も自由に動いてもらっても構わないですよ。眼鏡野郎が幼馴染と一緒に昼を過ごしていたのは彼女が孤立していて心配だったからみたいです。今後は俺や滝沢も面倒を見るので前と比べると委員長のガードも緩くなってますよ」
杉山は自分の恋心を妹に向けるものと混同させている。
一緒にいる建前を失っても可能な限り詩織と昼を過ごしたいと思っているだろう。
だが、その建前を取っ払ってしまえば、引きはがすことは容易だ。
「ちゃんとうちの事も考えてくれてたんだな。殊勝なことで。だけどなお前も気づいているだろ。杉山の心は幼馴染に向いているって。下手に誘っても断られると思うがな」
いじらしく横髪を人差し指に絡ませながら言った。
これは重症だな。
失敗したくない気持ちが強すぎて行動に移せなくなっている。
慎重と臆病は似ているが違うものだ。
前者は目標達成に向けて失敗しないように事前情報を集め、機を見て行動することだ。
後者は目の前に絶好のチャンスがあるのに、怖がって行動に移せないことだ。
今の先輩は慎重なのではなく、失恋を恐れて行動できない臆病者になっている。
そんな姿は見たくない。
髪を染めて制服も思うがままに着崩して自由奔放で自分の欲望に正直な先輩だからこそ俺は憧れたのだ。
何物をも顧みず、豪放磊落な姿に尊敬の念を抱いたのだ。
小心翼翼でちっぽけな俺とは正反対だから。
大きくため息をついて、そんな自分勝手な気持ちを外に吐き出す。
勝手に相手を理想化しているな。
良くない思考だ。
完璧に見えるとはいえ、大山寺咲野先輩も一人の恋する女子高生だ。
好きな男の前では不安にもなる。
助け舟を出してあげるか。
「なら彼女のことで相談があるとか適当な理由つければいいんじゃないっすか。それなら俺の頼みにも精が出るってもんでしょう」
「それはいい考えだな!やはり、持つべきものは下種な後輩に限る!うん、うん」
酷い言いようだな。
本人に悪気はないのか、上の空で気持ち悪い笑みを浮かべている。
その様子は恋する乙女にしか見えない。
とはいえ、これで情報の確度が上がるなら文句はない。
必要なことは伝えた。
後はのんびり待つだけだ。
俺は屋上から中に戻るため先輩の横を通り過ぎて扉のドアノブに手を掛けた。
「待てよ」
まだ何かあるのだろうか。
俺から話したいことはもう何もない。
外は夕日に照らされてオレンジ色に染まっている。
さすがにこれ以上長居すると見回りの教師から叱られるだろう。
「もう遅い時間ですよ」
振り返ると相好を崩した咲野先輩が力強い声で言った。
「ありがとう」
横風が開けたブラウスを揺らし、片側のブラ紐を露出させた姿は淫らで夕日に染まった赤色の顔はとても美しかった。