自己紹介
顔が良いというのは異性にモテるための条件の一つだが、内面が成熟していなければすぐに飽きられてしまう。
いくら精巧に作られたフィギュアを手に入れたとしても、一か月もすれば安価のフィギュアと共に埃を被って棚に飾られるように。
ただ美しいだけじゃ人は満足できない。
ただの置物じゃ心は満たしてくれない。
一時の満足では生きていけない。
だから、一度買い始めると止まらなくなる。足りない。まだ足りないと。
俺が咲野先輩に信頼されているのは美形だからという理由だけではなく、相手の心に寄り添い安心感を与えることができるからだ。
その人の性格や置かれている状況に合わせてカメレオンのように自分を変えられる。
話が上手く、見栄が良い滝沢との違いは人間観察力だ。
先輩との遊びの時だけ中学のときから封印していたスイッチを入れる。
目を閉じ真っ暗闇の中、演じる役に没頭する。
そして暗い帳がゆっくりと開いていく。
開演の時間だ。
舞台は学校の中庭。
題材は共感。
主役は大橋詩織。
脇役は粟国厚金、滝沢春日、杉山悟の三名。
「俺の名前は粟国厚金だ。人付き合いとか苦手で、友達もいない。この場には成り行きで来ることになっただけなんだ」
眉目秀麗の線の細い男が、弱弱しく呟いた。
真っ直ぐに私を見てきた滝沢と違い、遠くを見るように前というより奥の方を見ている。
気の弱そうな高めの声質。
「杉山とは一年時からクラスが一緒だけど、あまり仲良くはない。俺は頭が悪くて勉強もできないから、こいつに馬鹿だのなんだの好き勝手言われる。優秀な奴が近くに居て何もかも上手くやってしまう。嫉妬してしまうよ」
肩を竦めて自嘲する。
同情心が湧くような自信のなさそうな顔だ。
幼馴染の悟は優秀だ、そんな彼の傍にずっと居たからこそ理解できる。
尊敬と嫉妬が混じり合った感情を私も持っている。
滝沢は眉を顰めている。
悟は腕を組みながらな静かに目を閉じている。
そして、俯いていた私はいつの間にか顔を上げて彼を見ていた。
「そんな自分を変えたくて、でも一人では方法は見つからなくて。そんな時、杉山とちょっとした言い争いになってさ、それで紹介してもらうことになった。どういう会話だったかは恥ずかしくて言えないけど、俺はただ友達が欲しかっただけなんだ」
風に揺られて枝から落ちた葉っぱが太陽の光を反射してキラキラと光ながら彼の前を通過して落ちていく。
素直に自分の気持ちを吐き出して少し赤くなっている頬を見て私まで恥ずかしくなった。
落ち着いた音楽がゆっくりと流れ始める。
何かが始まるような期待感を煽るような明るい曲調。
「良かったら友達になってくれませんか」
私のほうが不安なのに。
クラスメイトから理不尽な文句を言われ、制服を汚されて。
唯一心を許せる悟との時間に無断で入ってきたくせに。
今にも泣きだしそうな彼は、入学してすぐの私と重なった。
友達が欲しいのに声を掛けることができなくて、あとちょっとの勇気が出せなくて、結果孤立してしまった私が目の前にいた。
「友達なら、うん。私も少ないほうだけど」
聞きたい答えを引き出せたところでスイッチを切る。
演劇のスイッチを入れると感情を失い、題材に沿って勝手に体が動く。
舞台の上では表情や体の微かな動きから、相手の思考が手に取るように分かる。
風に揺れる葉っぱを演出に昼休憩中に流れる音楽を劇伴に変え、望む方向に場を持っていくことは俺の十八番だ。
だけど、やりすぎると中学の時の二の舞になるので意識的に使わないようにしている。
相手の気持ちが手に取るように分かるということは自分と同一視してしまうことに繋がる。
「まさか、詩織が俺以外の男と友達になるなんて驚いたよ。普段のお前なら興味ないとか言って追い払っていたのに」
杉山は動揺しているのか何度も眼鏡の端を触っていた。
「私を嫌な女みたいに言わないで欲しい」
「ははは、悪い。そういう意味で言ったわけではないよ」
「もう」
二人顔を合わせて笑い合う。
出会ってから初めて見た笑顔は彼女に抱いていた暗い印象とは程遠いものだった。
「詩織ちゃんもそんな顔で笑うんだね。意外だな」
空気を読まずに割り込む滝沢。
名前を呼ばれた詩織は俯いて黙り込む。
この二人は致命的に合わないな。
滝沢が悪いわけではなく、むしろ友好的に接しているが内向的な彼女からすると土足で内面に踏み込まれているみたいでいい気分ではないのだろう。
だがそのせいで、名前呼びを否定できず既成事実として成立してしまっている。
しかし、俺にとっては好都合だ。
これを逆手にとって距離を縮めさせてもらおう。
「俺も詩織って呼んでもいいかな?二人とも名前呼びだから俺だけ大橋呼びだと不自然に聞こえると思うし……」
恥ずかしながら上ずった声でそう言った。
詩織相手には控えめで女慣れしていない男役を継続する。
どうも積極的な男は苦手なようだからな。
彼女と一緒にいると周囲にもそう映るが我慢だ。
「……滝沢先輩に名前呼びを許したわけじゃないけど、粟国先輩は別に良いですよ」
小さな声で不満を漏らしたが、後半ははっきりとした声音だった。
「ええ!?俺はだめなの?詩織ちゃん」
「……あなたとは友達になった覚えはありませんから」
ショックを受けて傷ついた顔をする滝沢に対して正直に答えた。
先輩だろうと物怖じせずに言う子みたいだ。
「あれ……?もしかして俺嫌われている?」
自分の自己紹介に自信があったからだろう、笑顔を顔に張り付けたまま固まっていた。
そんな滝沢を無視して杉山が口を開く。
「それで、まだ一人残っている。最後に詩織、軽く自己紹介してやってくれ」
自分がすることを考えてなかったのか「え?」と杉山のほうを見るが、首を横に振られた。
さすが委員長だ。
幼馴染だろうが話し合いの場で特別扱いはしない。
裁判官のように厳格だ。
「大橋詩織です。悟とは幼馴染で小学生の時から仲良くしています。料理が好きで弁当も自分で作って持ってきています」
俺ら二人と比べて口数少なく、最低限だけ述べたものだった。
「自己紹介も終わったところで話を戻す。あの女子達とは何があった?リボンの色からすると同じ一年生だよな」
楽し気な雰囲気を変え、真面目な顔つきで言った。
それを聞いて詩織は顔を曇らせた。
「あの子は同じクラスの子。ここは私達が使う予定の場所だったって言われたから、向こうに空いている席があるのだから、そっちを使えばって答えたら急に倒された」
「うわぁ……ひでえな。俺で良かったら力になるぜ。一年にいる知り合いに一緒に行動するように言うよ」
「やめて、私は大丈夫だから」
滝沢の提案を強い口調で拒絶する。
本気で嫌がっているようだ。
同学年とはいえ、先輩に言われたから一緒にいますなんて言われても迷惑だろう。
「なら先生に相談したらどうだ?俺がいなかったらどうなっていたか分からない。これ以上に過激な行動へ移らないとも限らないからな」
「大丈夫だから、ほっといて」
信頼しているはずの杉山に頼らないのか。
そうなるとここで何を言っても反発されるだけだな。
咲野先輩に相談してみるか。
あの人が本気になれば女子の情報を集めることは容易だろう。
詩織と接点を持つことに成功したが、信頼まではされていない。
この事件を利用して仲を深めていくことにしよう。
そんな風に考えていると、ふと詩織からの視線を感じた。
「粟国先輩は何も言わないのですね」
安堵か失望か。彼女の表情からは読み取れなかった。
「心配はしているよ。大事な友達だからね。俺も杉山の言う通り大人に相談すべきだとは思うよ」
そう言うと詩織は小さく「そうですか」と答えた。
教師にすら自分の弱みを見せるのが嫌なのだろう。
思った通り、何か過去にトラウマを抱えている可能性が見えてきた。
ならば何かを言うよりも直接解決したほうが良い。
行動は言葉より雄弁というやつだ。




