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夏祭り

 期末試験が終わり、夏休みに入った。

 滝沢達は退学となり一騒動あったが、人の噂も七十五日。

 最初から存在していなかったかのようにみんなの記憶からは忘れ去られた。

 今日は八月一日、夏祭りの日だ。

 長期休暇に入ってからは誰にも会っていない。

 連絡は取りあっているが久しぶりに詩織達に会う。

 

 「みんな元気にしてるかな」


 独り言を呟きながら、実家から送ってもらった浴衣に悪戦苦闘しながら着替えた。

 青に白い波線が入ったもので我ながらよく似合っている。

 その恰好で夏祭りへと向かった。


 空はオレンジ色に染まった夕暮れ時、待ち合わせにしていた公園に詩織と村上が見えたので小走りで手を振った。


 「あっ、厚金先輩っ!こっちです」


 「かっこいい浴衣じゃないですか」


 詩織は白地に青色の花模様がついた浴衣で、背が低いのも相まってまるで日本人形みたいだ。

 村上は青地に白線が入った浴衣だ。

 いつもの眼鏡を外した姿はまさに美人と呼ぶにふさわしかった。


 「そんなに見つめられたら恥ずかしくなっちゃいますよ。私じゃなくて彼女さんを見てあげてください」


 「……そんなに村上の浴衣姿は綺麗でしたか?」


 「ごめん。眼鏡を外した姿を見たのは初めてだったから。詩織の浴衣姿はとても可愛いよ」


 少し不機嫌になった詩織に謝罪して、改めて褒めると嬉しそうにその場で一回転してみせてくれた。

 

 「厚金先輩もとってもかっこいいですよ」


 「ありがとう。そういってもらえると嬉しいよ」


 辺りは同じく祭りに来た人達で込み合ってくる。

 邪魔にならないように三人で固まると、夏の香りに女子の甘い匂いが混じってどぎまぎした。

 気分が高揚しそわそわとした気持ちを落ち着かせながら待っていると突然見知らぬ人から話しかけられる。


 「こんばんは、皆さんの浴衣姿は似合ってますね」


 艶やかな黒髪をポニーテイルにして背中に垂らしている女性だ。

 鮮烈な赤地に紫の花模様がついた浴衣は体にぴったりと張り付き、スタイルの良さを強調させていた。


 「どうも、お姉さんも綺麗ですよ」

 

 「むっ」


 「いてっ」


 下心が丸見えだったのか、詩織に手首をつねられて思わず声が出る。


 「この人、どこかで見たことがあるような……」


 村上は女性を見上げて思案するようにじろじろと見つめた。

 失礼だぞと注意しようとしたが、お姉さんはその様子を見てうふふと目尻を下げて機嫌良くしていたので何も言わないことにした。


 「すまん。遅れた、みんな待ったか」


 黒地に白線がはいった浴衣を着た杉山が息を切らしながら膝に手を当てている。

 その姿で走るのはよほど体力を使うだろうな。

 これで四人が集まったが咲野先輩の姿はまだ見えなかった。


 「咲野先輩は一体何をしているんだ?誘った本人が遅刻では締まらないな」


 「厚金先輩。気長に待ちましょうよ。一番楽しみにしているはずです」


 「確かに、先輩にとっては高校生活最後の夏祭りだもんな」


 まさか、寝過ごしているなんてことはないだろうな。

 夕焼けの空が徐々に暗くなってきている。

 花火まで時間があるとはいえ、屋台などを見る暇がなくなる。


 「お前ら何を言っているんだ?咲野先輩ならそこにいるだろ」

 

 いつのまにか名前呼びになっていることには触れずに俺は周囲を見渡したが、それらしい人物は見当たらなかった。


 「どこにもいないじゃないか」


 「うふふ」


 黒髪のお姉さんは微笑みながらそんな俺達を見ている。

 この人は一人なのだろうか。

 傍から離れる様子もないので、どうせなら一緒に見て回ろうと誘ってみようか考えていると村上が大声を上げた。 


 「あーっ!やっぱりそうだ。どこか見覚えがあると思ったら大山寺先輩じゃないですかっ!ですよね、杉山先輩!」


 黒髪のお姉さんを指さしながら委員長に同意を求めるように振り向いた。


 「なんだお前ら、気づいていなかったのか」


 呆れたように杉山は息を整えてから言った。


 「いやでも、咲野先輩は金髪で……」


 俺は改めてお姉さんを見る。

 艶やかな黒髪をポニーテイルにして後ろでまとめており、ボーイッシュな顔立ちに浴衣ごしでも分かるほど大きな胸が主張している。

 身長も女子にしては高く、俺と同じ百七十前後。

 

 「なんだ?厚金。うちに惚れたのか?そんなにじろじろ見られると困るぞ」


 その口調はまさしく咲野先輩そのものだった。


 「えぇーっ!」


 俺と詩織は二人声を合わせて叫んだ。


 「金髪はどうしたんですか。以前と雰囲気が違ったので気づきませんでしたよ」


 正体が分かっても、その見た目からはお淑やかな年上の女性にしか見えなかった。

 というか、最初の一声からして騙す気満々だった。


 「受験に向けて気合をいれるためにな。遊びモードはこれでおしまいにしようと思って黒に戻したんだ」


 「先輩……。とっても美しいです」


 村上は恍惚な目を向けている。


 「そんなことより、さっさと祭りを楽しもうじゃないか」


 俺達は公園を出て屋台が連なっている道を歩いた。

 まるで別世界のように、辺りには赤色の提灯が垂れ下がっており、遠くから太鼓の音やフルートの高い音が響いている。

 

「厚金先輩。私昔からあれやってみたかったんです」


 詩織が指さしている先には射的台があった。

 おもちゃの銃で商品を落とすと獲得できるものだ。

 

 「あっ!金魚掬いがあるぞ、悟こっちだ」


 「私は仮面屋見てきます」


 「それなら、花火まで各自、自由行動ということにしよう。待ち合わせ場所はあそこの大きな木だ」

 

 杉山の提案により、集合場所を決めて各々興味のある屋台へと別れた。


 「いらっしゃい」


 詩織と二人で射的場にいくと、屋台主から鉄砲を渡されて簡単に説明を受けた。

 

 「よーしっ。あの熊の人形を狙いますね」


 片目を閉じて銃口の狙いをつける。

 ぽんっ!


 「あー外しちゃった」


 その後も同じ人形を狙ったが落とすことはできなかった。

 

 「残念だったねお嬢ちゃん。ほら、彼氏君。彼女の代わりにとってやりな」


 「彼氏……」

 

 ぽっと顔を紅潮させた詩織は俺の手をつかみ上目遣いをする。

 このおやじ商売上手だな。


 「よし、俺がとってやる」


 「おう、がんばれよ」


 おもちゃの銃を渡されて狙いをつける。

 一発目ぽんっ!

 当たったが揺れただけ。


 「あーおしいっ」


 二発目ぽんっ!

 後ろに動いたもう少しだ。


 「くうぅ」


 三発目ぽんっ!がたっ!


 「やったぁ。先輩、落ちましたよ」


 「やるなお兄さん。デート楽しんでな」


 俺は受け取った人形を詩織に渡した。


 「ありがとう!一生の宝物にするね」


 「ははは、大げさだよ」


 子供のように大きな目を細めて笑った姿にどきっとした。

 

 「悪い子はいねえか」

 

 後ろからしわがれた声がして、振り返ると天狗の仮面をかぶった村上がいた。

 三つ編みが隠しきれていない。


 「わっ。って、驚いたぁ」


 「ばればれだぞ、仮面好きなのか?」


 「えへっ、可愛いでしょこれ」


 真っ赤な鼻を伸ばした仮面に可愛さなんて皆無だが、いたく気に入っているらしい。

 

 「ねぇ、飴菓子屋見つけたんだけど一緒に行かない?」


 「行きたいっ!私、食べてみたかったんだ」


 「もしかして、詩織ってこういう祭りは初めてなのか?」


 「うん、私友達少なかったから。こういう祭りに来る機会がなかったんだ」


 「うふふ、それならいっぱい楽しまなくちゃっ!」


 詩織の手を繋いで駆け出す二人に笑みを浮かべて俺もついていった。

 

 「いらっしゃい。おや、可愛い浴衣を着た子に囲まれて羨ましいね。俺も若いころはお前みたいにちやほやされててな。彼女らを大事にしなよ」


 「ははは、そうですか。肝に銘じておきます」


 愛想笑いを浮かべて飴菓子を受け取り二人に手渡すとペロッと舌を出して舐め始めた。

 

 「甘くておいしい」


 「でしょ?私これ大好きなの」


 店の前で蕩けた表情で舐める浴衣姿の女子に感化されたのか次々と屋台に人が殺到して店主は忙しそうにうれしい悲鳴を上げていた。


 「そろそろ、戻った方がよくないか?」


 頃合いを見て声をかける。

 空には月が浮かんでおり、提灯の幻想的な明かりが辺りを包んでいた。

 三人は待ち合わせ場所まで戻ると、咲野先輩達がすでに戻っており手には金魚を入れた袋を提げている。


 「よーし、全員戻ってきたな。少し早いが今のうちに場所どりをしにいこう」


 「それもいいが、その前にトイレ行ってきていいか」


 杉山がそわそわしながら言った。


 「私も……」


 詩織も恥ずかしそうに続いた。

 

 「しょうがないな、花火が始まる前に行ってきな」


 黒髪の咲野先輩は大人びていて、まるで保護者のように優しく笑った。


 「じゃ、私は大橋についていきますね」


 「ありがとう。実は一人じゃ不安だったんだ」


 三人は急いでトイレへと向かったので、大きな木の下で先輩と二人きりになった。


 「先輩は杉山と上手くやれてるんですか?」


 俺は木に背中を預けながら言った。


 「当たり前だろう。なんだ、妬ているのか?」


 悪戯な笑みを浮かべて前かがみでのぞき込んでくる。

 その拍子に揺れた黒髪のポニーテイルに心が揺れた。


 「そうかもしれません。俺、屋上で初めて会った時から先輩のこと好きだったんですよ」


 祭りの雰囲気にのまれて俺は胸に秘めていた思いを吐露する。

 

 「ふんっ、何となくそんな気がしていたよ。お前がうちを見る目はいつも熱を帯びていたからな」


 「ひどい人だ。それにも関わらず俺に先輩の恋愛を手伝わせるんだから」


 「ふふ、なら今うちがお前に告白したら受け入れてくれるのか?」


 ほらっと、目を閉じて唇を窄める。

 整った顔が無防備に曝け出された姿に思わずごくりと唾を飲み込むと先輩の肩に手を置いて、そのまま押し返した。

 

 「もう遅いですよ。俺にとっての一番はもう見つかりましたから」


 恋愛はタイミングが命だ。

 昔は好きだった。

 小学生の時は。

 中学生の時は。

 一年前までは。

 一か月前までは

 一週間前までは。

 お互いの好きの時期が重なっていなければ実ることはない。

 だから、恋愛に鈍感ではいけない。

 自分の気持ちに気づいたのなら、すぐに行動するべきだ。

 この場合、鈍感だったのは俺か先輩か、それとも両方だったのか。

 

 「あら、残念。あっ、彼女達が帰ってきたみたいよ」


 いつからいたのか、少し離れたところから俺達を見つめる三人がいた。


 「二人いい雰囲気だったね、あのままキスしていたら修羅場になりそうでドキドキしたよ」


 「むっ……浮気は許しません」


 村上が目をキラキラとさせながら大げさに騒いでいる横で詩織はじっと俺を睨むように目を細めていた。


 「詩織って意外と嫉妬深いんだな」


 その二人を見て委員長が呟いた。


 「杉山、なんだか頬が腫れているようだが何かあったのか?」


 戻ってきた眼鏡野郎の顔は誰かに殴られたかのように赤く膨れていた。

 たくさんの人が集まる場ではトラブルは日常茶飯事なので心配になったのだが、気まずそうに顔をそらされた。

 その様子を見て楽しそうに村上がにやついている。


 「気にするな……」


 「悟がそんな人だとは思いませんでした。最低です」


 詩織は幼馴染を一瞥もせずに低い声で吐き捨てた。

 喧嘩でもしたのだろうか。

 

 「さきほど盛大に杉山先輩が大橋に振られてました」


 村上がこっそりと俺の耳元で囁くように教えてくれた。

 祭りは呪いだ。

 すらすらと恥ずかしいことも言えてしまう。

 俺が咲野先輩に気持ちを吐露したように、杉山も自分の本当の気持ちに気づいたのだろう。

 

 「そろそろ始まりますよ」


 河川敷の花火会場に着いた俺達は川岸へと陣取った。

 隣には詩織と手をつないで座っている。

 夜の帳が下りて、星たちが煌めく夜空には大小様々な花が咲く。

 花火の色に合わせるように詩織の顔色も変わる。

 恥ずかしがるような赤色、怒るような冷たい青色、大きな目を見開き花火に感心する黄色。


 「先輩、私じゃなくて花火を見てください」


 「詩織の横顔が綺麗で」


 「……もう」


 二人顔を見合わせて真っ赤に染めながら情熱的なキスをした。

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