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成長

 朝早くに学校へと登校した俺は教科書と問題集を机に広げた。

 次々と教室に入ってくる生徒達は怪訝な表情で一瞥してくる。


 「嘘だろ、あの粟国が勉強をしているだと?」


 「雪でも降るんじゃないか」


 こそこそと聞こえるクラスメイトの声を無視して問題集を解く。

 基礎はだいたい解けるが、応用になると途端に難しくなるな。

 シャープペンシルで頭を叩きながら思考する。


 「お前が勉強する姿を見るのは久しぶりだな。ようやくやる気になったか」


 机に影ができ、顔を上げると杉山が隣に立っていた。

 

 「何か用か。俺は忙しいんだ」


 「なにやら躓いているようだな。ふん、俺が教えてやろうか」


 自身満々な表情で問題を覗き込んできた。

 

 「今鼻で笑っただろ」


 「いや、すまん。過去に同じ種類の問題に悩まされてたからな。お前がどう考えていて、なぜ解けないのかが分かってな。悪気はない」


 相変わらず、上から目線は変わらない。

 昔の俺は劣等感に苛まれて眼鏡野郎の提案を無下にしていたんだよな。

 でも、今はこいつに勝つことが目標ではない上に早く後れを取り戻さないといけない。


 「公式を組み合わせるんだろうが……何の公式が当てはまるのかが見当がつかなくてな」


 「こう考えると分かりやすい」


 素直に聞くと嫌味一つ言わずにヒントをくれた。

 勉強ができるだけあって教え方も上手い。

 ただ式と答えを並べるのではなく、なぜその公式を使うのか意味を細かく言語化してくれるおかげでその場しのぎのおまじないではなく、思考する道具を与えてくれる。

 中学の知識で抜けているところも馬鹿にせず、一から教えてくれた。


 「ありがとう。やっぱ、すげえよお前は」

 

 「粟国から褒められるとむず痒くなるな。変なもん食ったか、それとも……詩織と何かあったのか?」


 やはり幼馴染のことを気にしていたみたいだ。

 

 「いろいろあってな。もう一度勉強を頑張ってみようと思ったんだ」


 「そうか、クラス一の不良がやる気になってくれたんだ。クラス委員長として嬉しい限りだ、なんでも聞いてくれ。元々入学当初のお前は俺のライバルだったんだからな」


 眼鏡を人差し指で上げる。

 それは初耳だった。

 勝手にライバル意識を持っていたのは俺だけじゃなかったみたいだ。


 「それと……」


 何か言いよどむように言葉を切る。

 

 「なんだよ」


 「いや、何でもない」


 はっきりしないまま席へと戻っていった。

 その様子が気になったが、俺は授業が始まるまで勉強を続けた。

 朝礼の時間が来ても滝沢は姿を現さなかった。

 数学の授業が始まり、真っ白なノートに黒板の内容を必死に写す。


 「珍しく授業を聞いているな。よし、粟国答えてみろ」

 

 俺が真面目にノートを取っているのが目に留まったのか指名された。


 「はい、これは……」


 ちょうど朝に教科書で予習していた内容だったので、即答できた。


 「正解だ、難しい問題なのだがよく分かったな。座っていいぞ」


 「まじか……あの粟国が当てられて答えたぞ」


 「俺でも分からなかったのに……次のテストで粟国に抜かれそう……」


 教室中がざわめいた。

 今まで不真面目だった奴が急に真面目になれば驚きもするか。

 クラス内で成績が低い生徒らは目を丸くして危機感を醸し出していた。

 午前中は終始そんな感じで授業を終えると委員長が俺の席までやってきた。


 「今日も中庭に行くだろ?」


 「そのつもりだけど、どうかしたのか」


 「いや……俺もそこで昼を過ごそうと思って」


 「そうか、いいんじゃないか?」


 朝から挙動不審だな。

 中庭に行くのに俺に声をかけてきたのは初めてだ。

 そんな杉山を連れて中庭へと向かうと、すでに詩織と村上が座っており、俺達を出迎えてくれた。


 「こんにちは先輩方、昨日はお楽しみでしたか?」


 村上はいたずらっ子のように、にししと口に手を当てて笑っている。

 まさか、詩織が話すとは思えないので極力顔に出さないように気を付けた。

 激しくしないようにと冗談交じりで忠告されて、実際に激しくやりましたなんてことがばれたら笑いものにされるだろう。


 「厚金先輩っ!隣に座ってください」


 詩織のすぐ隣に椅子が置いてあったのでそこに座ると、テーブルの下で俺の手を握り、にこりと大きな目を細め微笑んだ。

 とても嬉しいのだが、そんなに急に距離を縮めると怪しまれてしまう。

 しかし、気にした素振りを見せずに上機嫌に足をぶらぶらと動かしている。

 

 「お?なんだか二人の距離が急接近してますけど、もしかして、昨日粟国先輩の部屋で何かありました?」


 「……秘密」


 顔を赤らめて目を泳がせた。

 村上の言葉に昨日のことを思い出して俺まで恥ずかしくなってしまう。


 「え……。まじ?」


 俺と詩織を交互に見て察したようだ。

 そもそも、真横に座って手を握っている時点で言い訳もできないだろう。

 

 「お前ら……いや、人のことは言えないか」


 杉山は何かを言いかけて言葉をひっこめた。

 四人で駄弁っていると、金髪を揺らしながら咲野先輩が現れる。


 「集まってるな」


 俺と詩織に視線を向けるとにやりと笑う。

 感が鋭い先輩のことだ、言葉に出さずとも事情を把握された気がする。


 「うちから発表があります」


 声高らかにそう宣言すると杉山が慌てたように近寄った。


 「ホントに言うのか?」


 「隠すことでもないだろう」

 

 咲野先輩と眼鏡野郎がこそこそと何やら話している。

 やがて決心がついたのか、二人して前を向いた。


 「うちら付き合うことになったから」


 どうやら俺と詩織の仲が進展したのと同じ時間に彼女らにもロマンチックなことが起きていたみたいだ。

 

 「そういうことだ……」


 朝から様子がおかしかったのはこれのせいか。

 柄にもなく恥ずかしそうに委員長は体を小さくしている。

 それを聞いていた俺達三人はぱちぱちと拍手をすると、咲野先輩は腰に手を当てて笑った。

 その姿を見て走馬灯のように、今日までの出来事が頭を駆け巡った。

 屋上で咲野先輩に詩織を落としてほしいと持ち掛けられたこと。

 詩織に初めて会った時のこと。

 失恋を恐れて臆病になっていた先輩に助け舟を出したこと。

 商店街での諸々。

 俺と先輩の行動が結実した瞬間だった。

 感慨深く思わず目頭が熱くなった時、腕をひっぱられたので横を見ると耳元で小さく囁かれた。


 「どうせなら私達の関係も明かそうよ」

 

 隠す必要もないので頷きを返す。


 「悟、咲野先輩。おめでとうございます。私からも発表があります……」


 息を整えて、少しの沈黙の後。


 「厚金先輩と付き合うことになりました」


 はにかみながらもしっかりと言葉にした。


 「粟国先輩。思った通り我慢できなかったんですね」


 「まあ、誰がどう見ても今のお前らはカップルにしか見えないからな」


 村上は頬杖をつきジト目で、咲野先輩は知っていたかのように。


 「そうか……それならほっとしたよ。粟国と大山寺先輩が仲良くしていたのは知っていたからな。なんだか、気まずくてな」


 杉山はどこか安堵した様子だった。

 もしかして、先輩に気があるのを見抜かれていたのかもしれないな。

 俺が詩織との仲を推測していたように。 


 「二組のカップル誕生おめでとうございます。あっ、もしかして私お邪魔虫ですか?」


 席を外そうと椅子から立ち上がるそぶりを見せる。


 「そんなことはない、知恵もうちらの仲間だからな」


 「私が誘ったんだから、気にしなくていいよ」


 「二人とも……」


 村上はうるうるとした目で両手を握りこみ二人へと交互に視線を向けた。

 詩織と咲野先輩はそんな彼女の様子が可笑しくて楽しそうに笑いあった。


 「それにしても、せっかく仲良くなれたのに大山寺先輩とは今年でお別れなんですよね。ちょっと寂しいです」


 「そっか……厚金先輩と違って三年生ですもんね」


 「俺は彼氏として残りの高校生活を全力で楽しませることを約束する」


 「なに辛気臭くなってるのよ。高校を卒業したからって二度と会えなくなるわけじゃないのよ?」


 「咲野先輩には散々振り回されましたからね、俺からしたらようやく解放されて晴れやかな気分ですよ」


 本当にいろいろなことがあった。

 不貞腐れて自暴自棄になっていたあの日の俺を笑い飛ばしてくれた先輩がいなかったら、今頃中退していたかもしれないな。


 「粟国先輩。カッコつけてますけど、涙をこらえ切れてませんよ」


 「先輩っ、大丈夫です。私が寂しい思いはさせませんから」


 「粟国が一番感傷的だな」


 「まったく先輩思いの後輩ばかりでうちは幸せだよ」


 そう言うと俺達を見渡してから頷いた。


 「よし、高校生活最後の夏祭りはここにいるみんなで浴衣でも着て楽しもう」

 

 太陽の光が金髪に反射して咲野先輩をまぶしく輝かせた。

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