救出
教室の中に入ると三人の男子生徒がいた。
詩織は上履きとスカートを脱がされて白の花模様が付いたパンツが丸見えになっている状態で床に座らされていた。
白の靴下も片方だけ脱がされており、抵抗できないように両横から口と手を押さえられている。
その目は赤く涙を流していた。
「これは、うちが思ってたよりもひどいことをしているようだ」
咲野先輩は冷たい視線を三人に向けた。
傍に逆さまになった椅子が転がっているのは彼女が必死に抵抗しようと蹴飛ばしたからだろう。
外から聞こえたガシャンと響いた音はこれか。
その前で立っていた滝沢が突然の侵入者に驚愕した顔で振り向き俺達を見る。
「これはどういうことだっ!答えろ滝沢っ!」
その光景を見た杉山が青筋を浮かべて怒鳴った。
咲野先輩が直前に落ち着かせていなかったら、我を忘れて殴りかかっていただろうな。
拳を握りこみ怒りに震えている。
「杉山に粟国っ!?くそっ、なんでお前らがここにいるんだよ。見られたからにはただでは帰せないぞ。おいっ昇、煌星」
詩織を押さえていた後輩の名前を呼ぶと、彼らは手を放し立ち上がる。
運動部に所属していそうな体の大きい男二人が滝沢の横に並んだ。
身長は眼鏡野郎と同じぐらいなので一八〇前後だろう。
厳つい顔をしており、喧嘩慣れしていそうに見える。
予想していた通り荒事になりそうだな。
「ずいぶん余裕そうだな滝沢、この状況でも堂々としていられるとは図太い性格をしているようだな」
「はっ、粟国。お前こそわかってねえな。この場から無事逃げ出せると思ってるのか?こいつらは格闘技経験者だ。命が欲しければ見て見ぬふりをすることだ」
よほど腕を信頼しているのか、余裕綽々な笑みを浮かべている。
まるで虎の威を借る狐だな。
図体の大きい後輩に囲まれることで自分が強くなったと勘違いして自惚れている。
「これからが楽しいところだったのによ、邪魔しやがって。滝沢先輩。こいつらやっちゃってもいいっすよね?」
煌星と呼ばれた角刈りの男はガムを噛んでいるのかクチャクチャと口を動かし、指の関節を鳴らしている。
「どの道ただで帰すわけにはいかない、口封じのためにぼこぼこにしてやれ。二度と俺達に逆らえないようにな」
へらへら笑いながら後輩に指示する。
「女でも容赦しないですよ?」
昇と呼ばれた生徒は長い手足をぶらぶらさせて、いやらしい目つきを咲野先輩に向けた。
目が隠れるほどに長髪を垂らしている男だ。
冷静を装っていた俺だが、先輩に手を出そうとしている男にふつふつとした怒りが沸く。
「咲野先輩には手を出させないよ。お前らの相手は俺だ。杉山は滝沢を頼んだ」
「あいつの顔をぶん殴る役目をもらえるのは嬉しいが、お前であの二人に対処できるのか」
自分が二人を相手にしようと思っていたのか、慮るように俺に視線を投げながら言った。
「問題ない」
目の前の男から目線を外さず、短く明瞭に断言した。
確かに委員長はよく鍛えられているが殴り合いの喧嘩の経験は少ないはずだ。
俺は中学時代に演劇でちゃばらをする機会があり、その時にある程度格闘技というものを学んでいる。
「そのひょろいのが俺ら二人を相手にすんのかよ」
「まぁいいじゃねえか、後ろの金髪のねえちゃんはお楽しみにとっておくよ」
「気色悪い顔でうちの脚を見るんじゃねえ」
あまりにも舐め回すように見るので、さすがの咲野先輩でも短いスカートを押さえて一歩後ろに下がった。
「おいっ、俺が杉山の相手をするのかよ!さっさと粟国ぶっとばして加勢しろよ!」
彼らとは反対に先ほどまでの余裕が消えた滝沢はうろたえ始めた。
喧嘩に自信がないのか腰が引けている。
体格だけを考えるなら杉山のほうが威圧的だからな。
「厚金、うちはお前を信じてるぞ。二人まとめてぶん殴ってやれ」
先輩の言葉ほど俺を奮い立たせるものはないな。
後ろから声援を受けて目を閉じる。
暗闇の中、演じる役に没頭するためのスイッチを入れた。
馬鹿にするような下品な笑い声が徐々に遠のいていく。
そして暗い帳がゆっくりと開いていく。
開演の時間だ。
舞台は机が疎らに置いてある空き教室
題材は救出劇
主役は粟国厚金
ヒロインは大橋詩織
悪役は滝沢春日、昇、煌星
脇役は杉山悟、大山寺咲野
「何の儀式なんすか先輩。そんな怖い顔しちゃって」
「もしかして、こいつ大橋の彼氏だったり?」
「それなら悪いことをしてしまったな、いつも教室で大人しく座っている大橋のスカートと靴下を脱がして綺麗な白い足に手を這わせて存分に楽しみんだ後、大事なところ触ってやったら可愛い喘ぎ声を出してよがってたぜ」
煌星はここであったことを思い出しながらにやついている。
「クラスの男子どもは俺らを羨むだろうな、こいつには隠れファンが多いんだよ。まさか男の前でパンツ丸出しにしているなんて想像つかないだろう」
詩織の口を押えていた手の平を自分の口に持っていきべろべろと舐めた。
「大橋の唾液がべっとりとついてるぜ。甘い味がしてうめぇ」
その後ろで詩織が小さく悲鳴を上げた。
「おい、煌星。さっさとけりをつけろよ。早く大橋の綺麗な体を堪能したいんだ」
俺を挑発するように下卑た笑みを浮かべる二人にゆっくりと近づくと煌星がボクシングの構えを取りシャドーボクシングを始める。
「こいつ格闘技やってるから鼻の骨折られないように気を付けた方がいいですよ」
昇が机に脚を組みながら座り忠告するが、構わず無言でさらに近づく。
「素人が怪我してもしらねえよ?」
怯えずに迫る俺を見て、躊躇するように眉を顰める。
素人相手に躊躇う感情はあるみたいだな。
だが、俺が射程圏内に入るとストレートを放つために肩が動いた。
喧嘩と競技は別物だ。
ルールがない喧嘩において競技における定石は通用しない。
ボクサーの懐に入ってしまえば相手は何もできない。
体の動きから相手の行動を先読みし、腕の振りに合わせて顔を横に倒し躱す。
「なっ……!」
それと同時に体を沈めて懐に入り、伸びきった腕を右腕に絡めそのまま一本背負いの要領で投げ飛ばす。
予想だにしない行動に抵抗なく地面に叩きつけられる。
「ぐはっ!」
当然、地面は道場と違い畳ではないので衝撃は相当なはずだ。
しばらく動けないだろう。
そのままもう一人のほうへと体を向けると昇は慌てて机から降りた。
その隙をつき、咲野先輩は詩織の元へと走った。
「お前柔道やってるのか」
先ほどまでの余裕が消え、慎重に俺の動きを注視する。
こいつは柔道経験者なのか、両ひざを曲げ腰を下げた構えをとった。
俺も相手をするように基本の構えを取りじりじりと距離を縮める。
「へっ、実戦は久しぶりだぜ」
その場で数回ジャンプをしながら威嚇するように右腕を高く上げる。
お互いが牽制し合うように間合いを図り、俺が技をかけようと近づいたとき相手も襟を捕まえようと昇が腕を伸ばしてきた。
俺はあえて抵抗せずに襟を掴ませてから相手のもう片方の手を抑えて体を固定する。そして、がら空きとなった横腹へと蹴りを叩き込んだ。
「うっ、卑怯だぞ……」
そのまま昇はお腹を押さえて地面に俯きながら倒れこむ。
達人レベルまで鍛えているのなら話は別だが、ちょっとかじった程度では喧嘩において何の役にも立たないどころか、相手の動きが予想しやすく足枷にすらなる。
横では眼鏡野郎が滝沢の腕を背中に回して押さえていた。
「ギブギブっ!腕が折れるからっ」
涙目になりながら必死に懇願している様子を見るに向こうも終わったようだ。
目を閉じてスイッチを切り、戦闘態勢を解いた途端に全身から疲れがどっと押し寄せてきた。
脳が休息を要求するようにピリピリとする。
余裕そうに見えても俺も限界まで力を振り絞っていたのだ。
相手の技量がもう少し高かったらやられていただろうな。
目の前では詩織が咲野先輩に抱きしめられて泣いている。
そんな姿に杉山は滝沢を突き飛ばして彼女のほうへと心配そうな顔で近づいた。
「詩織っ!」
「先輩っ!」
その彼に向ってスカートを穿いていないにも関わらず詩織は飛び出し、それに応じるように委員長も腕を開いた。
この場に眼鏡野郎を連れてきたのは失敗だったかもな。
ピンチに駆けつける幼馴染はヒーローにみえることだろう。
俺にも好意を寄せてくれているのは知っているが、身の危険が迫っている状況でずっと好きだった人が助けに来たのだ。
カッコよく助けに入れば完全に恋に落ちるだろうという下心を持っていたのは考えが足りなかった。
結局、どんなに頑張っても俺は一番になることはできない。
胸から湧き上がる感情が目尻を濡らした時だった。
「詩織っ……?」
杉山の困惑した言葉のすぐ後だった。
どんっ。
前からの唐突な衝撃に堪えきれずに後ろに倒れた。
地面へと顔を伏せていたので突然のことに驚いて顔を上げると、腕を広げている杉山を通り過ぎて詩織が俺に抱き着いていた。
「厚金先輩っ!怖かったよっ……うぐっ……」
「ああ……もう大丈夫だ。安心しろ、俺がいる」
背中を擦って優しく抱きしめながら慰めると、堪えていた涙がぼろぼろと決壊したように俺の目からこぼれてきた。
悲しくて泣いているのか嬉しく泣いているのか、判断がつかなかった。
「もうっ……なんで、先輩まで泣いているんですか……」
赤くなった大きな目が俺を見て優しく細められた。
これではどちらが慰められているのか分からないな。
上半身を起こした俺の膝に座りながら背中をぽんぽんと叩かれた。
大勢が決したところで廊下から騒がしい声が聞こえて扉が開いた。
「これは……お前ら何をしている!」
大柄な男教師が村上と一緒に入り怒鳴り込んだ。
最初に投げ飛ばした煌星は痛みが引き起き上がったが不利を悟って大人しくなっている。
今度こそ安堵して気を緩めたからか、抱きしめている詩織から暖かい液体が零れて花柄の白いパンツと俺のズボンを濡らした。
「あっ、だめっ……止まらないっ!」
「お、おうっ、気にするな」
必死に耐えようとしているのか、俺を抱きしめている両腕の力が強くなった。
「大橋……なんでいつも真面目なお前がスカートを脱いでそんな恰好をしているんだ」
男教師が歩いて近づいてくると詩織は小柄な体を隠すように俺の胸に顔をうずめた。
「先生。あまりうちの後輩をそんなに凝視しないでもらえる?」
いつの間にか咲野先輩は男教師と俺の間に詩織の姿を隠すように立っていた。
「変なことを言うなっ!俺は村上に助けを求められてだな」
「先生。確かに私が連れてきましたが、女の子の恥ずかしい姿を覗き込むような姿には失望しました」
「そんな目で見ていない!大事な俺の生徒だ。大人として後片づけをだな」
「せめて、その元気になっている下の物を収めてから言ってください。掃除はうちらがやりますので、男達を連れて一旦外に出てください」
咲野先輩から聞いたことがない極寒な声が出た。
「わ、分かったっ。おいっ!お前らっ!何をしていたのかは置いといてひとまずこの場から出ろ!」
野太い声で怒鳴ると真っ青になった滝沢達と腕を広げていた杉山はそそくさと退出していった。
「おい、もう一人お前もだ」
動かない俺にも早くしろと顎で合図する。
とはいえ詩織に抱きしめられ、今まさにズボンの上に垂れ流されている状態では動きようがない。
「先生。デリカシーがなさすぎです。もしかしてロリコンなんですか?」
「最悪です。粟国先輩は大橋の傍にいてあげてください」
「へ、変なことを言うな!まったく、これだから女子は……」
咲野先輩と村上から冷たい視線を投げかけられ、ぶつぶつと独り言を言いながら慌てて出て行った。
そして男は俺だけが残された。
「教師ともあろうものがこの状況で興奮するとは」
「あれ私達の担任なんですよ。がっかりです」
二人して男教師の悪口で盛り上がっているとズボンに降りかかっていた液体が止まった。
「あ、あの……。ご、ごめんなさい……」
詩織は俺に抱き着いたまま、大きな目に涙を貯めて顔だけ上げ小さな声で謝った。
その顔は火が出そうなほど真っ赤になっている。
人前でそれも異性の膝の上で漏らしてしまうのは一生のトラウマものだろう。
少しでも咎めるような感情を出してしまえば心を塞いでしまうかもしれない。
「気にしないで。詩織が無事でいてくれたのが何よりも嬉しいから」
俺は安心させるように微笑み、子供をあやすように頭を撫でた。
「……ありがとうございます。先輩はいつも私の近くにいますから、今回も来てくれると信じていました」
解釈によってはストーカーともとれる発言だが、その口調からは純粋に信頼されているのが伝わる。
詩織が落ち着いたのを見て俺達は教室の隅にある掃除用具から雑巾を取り出して、床にこぼれた液体を拭いた。
「濡れたままじゃ気持ち悪いだろうし、パンツも脱いじゃえ」
「でも、替えの下着が……」
「大丈夫だよ、誰も気づかないって。あっ、私ビニール袋持ってくるね」
床を拭いている横で女同士の気まずい会話が繰り広げられている。
村上は教室から出ていき、すぐに戻ってきた。
「ほら、これに汚れたパンツを入れなよ」
「うん、ありがとう」
ビニール袋を受け取り、パンツを下ろそうと手をかけたところで俺もいることを思い出したようだ。
「あっ……。厚金先輩……そんなに見られると恥ずかしいというか……」
「ごめんっ!」
慌てて後ろに体を回転させた。
目の前で突然脱ごうとするものだからつい見入ってしまった。
「厚金はむっつりだからな。気をつけろよ」
「んふふ、大橋も先輩になら見られてもいいんじゃない?」
「何をいってるのよ。そんなわけないでしょっ!」
後ろからピンク色の会話が繰り広げられているのを聞いて俺まで恥ずかしくなってしまう。
さっさと教室から出ていれば良かったなと思っていると、ビニール袋のガサガサとした音が聞こえてきた。
「うわーっ、綺麗だね。ほんとに同い年?」
「ちょっと、あまり見ないでよ……」
「うちと違って詩織は薄いな!」
女子同士は猥談で盛り上がっていた。
健全な男子としては、どうしても興奮してしまうのでやめてほしいものだ。
しばらくして靴下を穿くような衣擦れとスカートのファスナーを閉める音がした。
「粟国先輩、もういいですよ」
村上から許可を得たので振り返った。
「うー……スースーする」
着替え終わったようで、詩織はビニール袋を片手にもじもじと足を動かしている。
「あっ、厚金先輩のズボンは……ごめんなさい」
「いいよ、そんな目立たないから」
「心配するな詩織、こいつはむしろ喜んでいるさ、ほら見ろ」
「あっ……」
女子三人は俺のもっこりと膨らんでいる下半身を見た。
詩織は慌てて顔を背け、村上はじっくり観察するように、そして咲野先輩はそんな様子を笑いながら見ていた。
「ほら、むっつりだろ」
「一つだけ勘違いを訂正させてくれ。決して、濡れたズボンに興奮したわけではない」
「じゃあ、何に反応したんだ?」
「それは……」
にやける先輩とは対照的に耳まで紅潮させる詩織。
その姿からは教室に入った時の暗い顔は消えていた。
俺をだしに使って、詩織の心のケアをしていたのだろう。
やっぱり、この人には敵わないな。
そう思うと自然と顔が綻んだ。
「……厚金先輩の変態」
その様子に何を勘違いしたのか、詩織は小さな声でそっと呟いた。
村上と咲野先輩はそれを聞き、腹を抱えて笑ったので彼女もつられてふふふと楽しそうに涙を拭きながら笑顔を見せた。




