情報収集
小学生の時から何でも誰よりも器用に物事をこなすことができた。
家庭科の授業では、裁縫が上手くできない子達に先生の代わりに教えて回ることもあった。
特に女子から助けを求められたので、裏では男子から「主夫」なんてあだ名をつけられて馬鹿にされたが、面と向かって言う勇気のある奴は一人もいなかった。
運動も得意で、五十メートル走で八秒台前半を出したこともあり運動会のリレーではアンカーを任せられた。
一番得点の多い花形種目で四人を抜き去って一位を取ったことから女子人気はさらに高まりだし、この辺りから異性に好かれる顔立ちをしていることを認識し始めた。
「おい、杉山。あの可愛い子は誰だよ。一緒に手を繋いで登校しちゃってよ」
二つ前の席で、滝沢春日が興奮気味に話している。
クラスのムードメーカーで、授業中には質問に対して冗談で答えては笑われているが、意外にも機知が富んでおり教師からの受けも悪くない。
将来は芸人にでも向いていそうな男で、声量も大きいため意識しなくても片肘を付きながら外を見ている俺のほうにまで声が届いてくる。
「ただの幼馴染だ。今年からこっちに通うことになったから、歩きながら周辺を案内して欲しいと前から言われていた。それに、手を繋いだのは俺を揶揄うために詩織がわざとやったことだ」
ターゲットにしている相手の名前は詩織と言うらしい。
名前も知らない相手を落とそうとしている事実に辟易する。
毎度のことだが咲野先輩は無茶ぶりがすぎる。
本人は大した調査もせずに俺に丸投げだ。
「下の名前で呼び合う仲ではあるわけだ、ヒューヒュー。身長差がありすぎて、小学生の妹が飛び級でうちの高校に入ってきたのかと思ったぐらいだ」
大げさに両手を上げ、驚いた表情を作っている。
相変わらずボディーランゲージが上手い男だ。
そんな滝沢とは正反対に教科書に視線を下げて授業の予習に余念がない杉山の反応を見て悪戯を思いついた顔をし、俺のほうへと体を向けてきた。
「なあ、粟国も見てみないか?委員長の幼馴染。どうせ、女癖の悪いお前のことだ、すでに情報を耳にしてどう手を付けようか考えてるかもしれないけど」
大山寺咲野先輩との遊びは良い意味でも悪い意味でも広まっている。
数々のカップルが俺と先輩の毒牙によって崩壊するたびに尾ひれが付いて噂が広まっていく。
寝取り趣味がある。
相手の弱みを握り脅迫した。
実は吸血鬼で魅了の力を使っている。
こう並べて見ると、まるで俺は先輩の悪い噂を吸収するデコイだ。
実際には、咲野先輩が男をひっかけて、浮気を疑った彼女に俺が相談に乗り、優しく話を聞いてあげてるだけだ。その間に何が起きようと俺から強要することはない。
付き合ってる男女の仲に猜疑心を植え付けるのが目的であり、性欲を発散させるのが目的ではないからだ。先輩が何をしてるかは関知するところではない。
いつもは鬱陶しいだけの滝沢だが、今回の一件に関しては棚から牡丹餅だ。
先輩から『杉山の幼馴染を落とせ』と頼まれたのはいいものの、どうやって接点を持つかは皆目浮かばない。
恋愛は第一印象が命だ。
出会い方によっては、どれだけお互いの相性が良くても決して心は開いてくれない。
その点、友達から紹介される異性というのは喉から手が出るほど欲しい立場だ。
「人聞きの悪いことを言うなよ。まあ、咲野先輩から話を聞いたから知ってるのは事実だけど」
そういうと、今まで何の反応も見せなかった杉山がわざわざ教科書を閉じて眼鏡をはずした。
眼鏡クリーナーを取り出しレンズを拭きながら口を開いた。
「やめておけ。詩織に好きなタイプを聞いたことがあるが、頭の良い男が好きだと言っていた。残念だが、お前みたいにクラスで一番成績が低い奴は恋愛対象として見てもらえないだろう」
「いやいや、粟国って見た目だけは良いからな。女顔っていうの?いい意味で男らしくないっていうかさ。恋愛経験なさそうな子だったし、案外ころっと落ちちゃうかもしれねえよ?」
「ありえない。付き合いが長いから知っているが決して見た目に騙されるようなやつじゃない。昔、女子の言うイケメンとはどういう顔付きなんだと聞いたことがあるが、男は外見じゃなく中身が大事だと長々と説教されたことを覚えている」
「あー……その子って相手を思いやれる素晴らしい心もお持ちなのか」
「それは、遠回しに俺の見てくれが悪いとでも言いたいのか?」
レンズを吹き終わった眼鏡を掛け直し睨みつけた。
当の本人は明後日の方向に顔を背けていた。
やけに、眼鏡野郎に突っかかる滝沢を見てピンときた。
最初は俺へ嫌味を言うことが目的かと思っていたが、違う。
あいつは杉山への嫉妬心から、ちょっとした嫌がらせをしているのだろう。
お調子者だが、他人の嫌がることはしない人間が的確に委員長の平静を揺さぶる言葉を投げかけている。
どうでもいいことだが、今回はそれに乗らせてもらう。
行動を起こさないと咲野先輩から催促を受けるからな。
「言うじゃないか委員長。その子に興味があるわけではないが、そこまで断言されると男として食い下がるわけにはいかないな。滝沢、紹介しろ」
あくまでも、杉山の態度にむかついたという体で話を受ける。
本気で狙っていると感付かれると、女性関係でいい噂のない俺は遠ざけられるかもしれない。
「お、おう……。まじか?乗ってくるとは思ってなかったが、言い出しっぺは俺だもんな。良いよな?杉山。話を聞いてるかぎりじゃ彼氏彼女の仲ではないんだろ?」
滝沢は椅子に座っている両足の真ん中に手をつき前のめりになり、ふざけた態度とは打って変わって真剣な顔つきになっていた。
当然、彼に彼女との面識があるわけではなく、実際に紹介するのは眼鏡野郎なのだから杉山の許可取りをしなければならない。
滝沢も頭の回転が早いな。
明らかに杉山を揶揄っていると分かる冗談から入り、俺という不確定要素を挟むことで、自分の目的に気づかれないよう誘導している。
相手を説得する方法も上手い。
短い会話から得た事実を使って断りづらい雰囲気を作った。
ただの幼馴染と言った手前「粟国は恋愛対象として見られないと確信しているが、彼女に合わせるわけにはいかない」と断るのは変だろう。俺との一対一との会話なら別だが、普段から仲良くしてるクラスメイトからのお願いなら猶更だ。
「はぁ、別に断る理由もないが……。失敗したよ。粟国の無駄なプライドを刺激したことで面倒なことになった。それじゃ、今日の昼飯一緒に食べる約束をしてるからその時でいいか?」
「だってよ、良かったな粟国。お礼にジュース一本奢ってくれよ。くくく、昼が待ち遠しいぜ」
丁度、ホームルームの時間になり、話は中断となった。
担任の話を背景音楽として聞き流し、情報を整理した。
杉山は詩織という幼馴染に対して強い関心がある。
恋心なのかは分からないが、少なくとも友達以上には思っているというのは伝わってきた。
誤算があるとすれば、滝沢春日が俺のターゲットにご執心だということだ。
これ幸いと一抜けして先輩には「代わりにうちのクラスのお調子者が役割をこなします」なんて、報告でもしたら無言で蹴飛ばされるのは予想できる。
恋愛において下手に第三者が加わるとより一層二人の仲は縮まることもある。
なら俺の取る道は滝沢を利用して、好感度を上げることか。
小柄で内面重視の一年生。
手を繋いで登校するぐらい仲のいい二人。
そこに加わる咲野先輩と滝沢。
パズルを組み合わせるように、嵌めては外してを繰り返し、最適な役割を編み出していく。




