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帰路

 「というか村上。隠れていたんなら最初から言ってくれよ、驚くじゃないか」


 あの場では知っていたそぶりをしたが、内心では驚嘆していた。

 

 「私も事前に姿を現すって言いましたよ」


 「それにしても俺が屋上へ来たときに一言あってもよかったんじゃないか?」


 「敵を騙すには味方からってね。それに逸見達が来るまで隠れてろって大山寺先輩から言われていましたので」


 「最初からいるよりも、後から出てくるほうが衝撃が大きいからな」


 咲野先輩の思惑だったらしい。

 事実、彼女らが屋上へやってきたときに村上がいたら同じように話が進んだかは怪しい。

 友達に裏切られたという感情が先行し、先輩から呼び出されたという心理的圧迫が薄まっていただろう。

 無駄に反発され恐れがあるので理にかなっている。


 「それは分かったけれど俺よりも早く着いたってのはどういうことだ?一年生の教室は遠いだろ」


 「逸見達と一緒にならないように、授業の終わり際にお手洗いと称して抜け出していたんですよ」


 えへっと舌を出す。

 真面目な子だと思っていたが、なかなか大胆なことをするようだ。


 「咲野先輩は杉山にどこまで話しているんですか?何か情報集めさせていたんですよね」


 今回のように俺に秘密でいろいろと企んでいる咲野先輩のことだ、眼鏡野郎にも情報が入っているかもしれないので聞いてみた。


 「あいつには深いところまでは何も伝えてないよ。変に暴走されても困るからな。今日屋上で起こったことも知らないよ」


 委員長の朝の反応を顧みるに共有はされていないだろうとは思っていたが、その通りだった。

 仮に知っていたら、幼馴染思いの眼鏡野郎のことだ、自分もついていくと言い出すだろう。


 「先輩方はこの後どうするんですか?一緒に昼休憩を満喫します?」


 「そうだな、昼も中ごろだ。杉山は詩織と一緒にいるだろうしな」


 「いいんですか?二人一緒にさせて」


 せっかく俺が暗躍して離れさせたのにまた二人の仲が接近してしまうのではないだろうか。


 「ん?そんな心配はしてないぞ。何しろ、厚金が朝にラブラブな姿を見せつけていたからな。くくくっ、うちですら人前で抱きしめたりしないよ」


 ニヤニヤしながらそう言われたので、今朝のことを思い返し少し恥ずかしくなった。

 あの時は考えもしなかったが、通学中の生徒も多かったな。


 「え?大橋と粟国先輩ってできてるんですかっ!?」

 

 村上は女子高生らしく恋話が大好きなようで、目を輝かせている。

 

 「なかなかいい雰囲気だったぞ、知恵も詩織にそれとなく二人の関係を聞いてみるといい」


 女子同士で話が盛り上がり時間が過ぎていった。


 放課後、念のため一年生の教室へと寄ってみることにした。

 階段を降り廊下を曲がると詩織のクラスが見えた。

 ちょうどホームルームが終わったところのようで、各々が帰宅の準備をしている。

 ドアが開き二人の少女が出てきて俺を見ると「ひっ」とお化けを見るように青ざめながら走っていった。

 この様子なら心配いらなかったな。

 

 「あっ。厚金先輩、私に用事ですか?」


 帰ろうとしたところで詩織に気づかれて声をかけられた。

 どうせなら、一緒に帰るよう誘ってみるか。

 あの後何もなかったか聞いてみたいところだしな。


 「良かったら、途中まで一緒に帰らないか?」


 「えっ……。あ、でも、悟と約束をしてて」


 眼鏡野郎が先に予約をしていたようだ。

 とはいえ別に元々一人で帰るつもりだったので問題はない。

 ちょっと寄り道しただけだしな。


 「そっか……。うん、なら仕方ないね」


 俺は残念そうに言うと、詩織は困ったように「うん……」と頷いた。

 その場でしばらく沈黙が続いてから「それじゃ」と言って背中を向けたときだった。


 「待って!やっぱり、悟には断りの連絡入れてきます」


 その反応は予想外だった。

 好きな人と一緒にいたいだろうに、幼馴染の約束よりも優先してくれるようだ。

 本来の目的を隠すための言い訳だったのだが、悪いことをしたな。

 今更断るのも変な話なので、その言葉に甘えることにしよう。


 玄関の前で待っていると慌てるように詩織がやってきた。


 「ごめんなさい、少し遅くなりました」


 「全然だよ、それじゃ行こうか」


 まるで初々しいカップルのデートのような会話を交わしながら校門を出る。

 

 「ところで、厚金先輩。何かしましたか?」


 唐突に大きな目を細め怪しげに見上げられた。

 

 「何かと言われてもな。変わったことでもあったのか?」


 「まず、先輩が放課後に私のクラスへと来た時、青倉と丸谷が怯えるように走っていきました」


 偶然に彼女らと鉢合わせた様子を見られていたようだ。

 指を折りながら続ける。


 「二つ目、村上がやたら話しかけてきたこと。それに粟国先輩との仲も聞かれたんですけれど」


 ジト目で明らかに俺が関わっていることを確信している風だ。

 咲野先輩のことや村上との協力関係などはあまり知られたくないので、しらを切ることにした。

 

 「そうなのか、俺は詩織のクラスメイトのことはあまり知らないけど。もしかしたら、変な噂でも耳にしたのかもしれないな」

 

 表情から何か勘ぐられるのを避けるように明後日の方向へと向いた。


 「……そうですか。先輩がそう言うならそういうことにしておきます」

 

 ため息をつきながら俺から視線を外したが、その口元は緩んでいた。

 見返りが欲しくて今回の件を解決したわけではないが、彼女の安堵した表情を見ると達成感が湧いてくる。

 

 「おっ、今度は帰宅まで一緒とは」


 後ろから声をかけられたので振り向くと滝沢が揶揄うように口笛を吹いていた。

 詩織といるといつもこいつに会う気がするな。


 「……またあなたですか」


 嫌な奴にあったというように冷たい視線を投げかけている。

 これは相当嫌われているな。


 「今度は何の用だ?」


 「用がなかったら話しかけちゃいけないのか?知り合いを見たから声をかけただけだ。それに、粟国はそろそろお別れだろ?」


 目の前に迫る交差点を指さしながらにやけている。

 制服の袖が引っ張られたので詩織を見ると不安そうに上目遣いで俺を見た。

 ここで別れると滝沢と二人きりになるのか。

 あいつは遠ざけてもツンデレだとかいって付いてくるだろうからな。


 「悪いが、俺は詩織の家まで送っていくつもりだ。お前も気を付けて帰れよ」


 これ以上話す気はないと突き放す。


 「っな……。詩織ちゃん、嫌ならちゃんと断らないと。相手が先輩だから言い出しにくいなら俺から言ってあげるよ」


 猫なで声を出して近づいてきた。


 「近寄らないで!」


 大きな声で叫ぶと同時に俺の腕に抱き着く。

 用具倉庫の事件がトラウマになっているのだろう。

 露骨に顔を顰めている。

 彼女の身長も相まって、不審者を見つけて兄にしがみ付く妹のようだ。

 

 「そんな大きな声出すなって、俺は詩織ちゃんのためを思ってだな」


 「おい、彼女が嫌がっているだろ。いい加減気づけ」


 俺は詩織を胸に抱きよせて低い声で威嚇する。

 「わっ」と彼女は声を上げるも大人しくしていた。

 そんな行為もあって周囲の帰宅中の生徒からも注目され始めたのかざわつきはじめる。


 「これじゃ俺が悪者みたいじゃないか、せっかく親切心を出してあげたのによ」


 自分の不利を悟ったのか早足で遠ざかっていった。


 「大丈夫だったか」


 「はい、ありがとうございます。えと、あの……本当に私の家まで一緒に帰るのですか?」


 俯きながらもじもじとさせている。

 確かに滝沢はもういないのだから、別れても問題はないが、大見得切った手前ここでさよならでは恰好がつかないだろう。


 「詩織が嫌じゃなければだけど、だめかな?」

 

 「そんな不安そうな顔されたら断れないじゃないですか」


 ふふふと小さく笑いあった後、お互い抱きしめあったままであることに気が付き赤面させて距離を離した。

 

 詩織は徒歩で通っていることもあり、そこまで時間はかからずに到着する。

 気が付けば夕暮れで空はオレンジに染まっていた。


 「それじゃ、厚金先輩も気を付けて帰ってくださいね」


 「ああ、また明日」


 大橋と書かれた表札の前で別れの挨拶をしているときだった。

 突然に扉が開く。


 「あら、おかえり。その人は……もしかして、詩織の彼氏さん?」


 母親らしき女性が口に手を当てて微笑んだ。


 「ちょっと、変なこと言わないでよ。学校の先輩だよ」


 「あんたが悟君以外の男と一緒にいるところ見たことなかったからさ。てっきり、彼と付き合うのかと思っていたのに」


 「だから違うって言ってるでしょ」


 「うふふ、恥ずかしがっちゃって」


 詩織は母親に反論しながら家へと入る前に小さく「またね」と手を振ってきたので、振り返した。


 「うちの娘が幼馴染の悟君以外にあんな顔見せるなんて滅多にないのよ」


 去り際に「うちの娘をよろしくね」と言われたので「任せてください」と返事をした。

 詩織の母親からそう言われてしまうと、もし咲野先輩と杉山が付き合っても彼女との仲を疎遠にはできないな。

 そして、それをやぶさかではなく思っている自分に思わず苦笑してしまった。

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