脅し
教室に入るといつもと変わらない景色が広がっていた。
自習してる人、雑談している人、何もせずに椅子に座っている人を横目で見て自分の席へと向かった。
朝の件もあり滝沢が何か話しかけてくるかと思ったが、席についても俺に振り替える様子はなく杉山と雑談している。
眼鏡野郎はちらりと視線を投げかけてきただけでそれ以上は何もなかった。
体育の用具倉庫事件の時は激高しながら殴りかかってきたというのに、俺が詩織を抱きしめても冷めた様子だったのは咲野先輩と委員長の仲が近づいている証拠なのだろうか。
頬杖を突き窓から外を見ながら思考に耽る。
俺の勝手な行動で詩織には悪いことをしてしまったな。
杉山の冷静な反応にらしくもなく憤りを感じて体が動いていた。
最初から二人の仲を離す目的だったとはいえもう少し慎重にやる予定だったのに。
せめてもの償いとして嫌がらせの問題は確実に解決しよう。
スマホを確認すると村上から「逸見達が挙動不審になっている」と報告がきていた。
朝に送ったメールで彼女らがどう反応するか気になっていたが、上手くいったようだ。
これで平然とされ開き直りでもされたら退学させなければならなくなるが俺もそこまで鬼じゃない。
言うことを聞いてくれればそれでいい。
咲野先輩も加わるのかと送ると行くと返事が返ってきた。
今日は一年生の教室に行くのはやめておこう。
メールを送った正体が分からないというのは恐怖を倍増させるからだ。
それに本人は気づいてないだろうが詩織にも村上という味方がいる。
屋上で起こるだろうことを想像しながら昼まで時間を過ごした。
チャイムが鳴り俺は屋上へと急いだ。
「遅いじゃないか」
扉を開けると、金髪をたなびかせながら太ももを見せびらかすように短いスカートを穿いて仁王立ちをしている女子生徒がいた。
三年生の教室からのほうが距離が近いからか咲野先輩の方が先に到着していたようだ。
その顔はやる気に満ち溢れている。
「よく考えると先輩のほうが俺より適任ですね」
金髪で身長も高く女子からも尊敬されている先輩から脅してもらった方が効果覿面だろう。
俺は別にいかつい顔をしているわけではないからな。
「そうでもない、うちはあと一年もしないうちに去ることになるからな。この期間だけ耐えればいいと考えるかもしれん」
詩織の件は放置したほうが効率がいいとか言っていたが、咲野先輩もしっかりと考えていたようだ。
最初から見過ごそうとは思っていなかったのかもしれない。
この様子だと俺が自発的に動かなくてもこの人は眼鏡野郎と一緒に問題の解決に動いただろうな。
杉山と付き合えたとしてもそれで詩織との関係がなくなるわけではないのだから。
「先輩もなかなかの過保護ですよね」
「うちならさっさと学校側に報告して彼女らを退学させていただろう。お前が甘すぎるんだよ」
拳を掌にぶつけて薄ら笑う。
想像以上に鬱憤が溜まっているようだ。
彼女らにとって俺に目をつけられたのは逆に幸運だったのかもしれない。
そんな時だった、扉のドアが開く音がして二人の女子生徒が入ってきた。
真新しい制服に緑のリボンを付けた一年生だ。
「あっ、あの時の!」
「先輩方ですか私に写真付きのメールを送ったのは」
俺を見た瞬間に思い出したのだろう。一人は驚いたような声をもう一人は置かれている状況を顧みて慎重に質問した。
「一応確認だが、青倉逸見と丸山里香であってるよな」
「そうよ、私が逸見でこの子が里香よ」
「ちょっと、馬鹿正直に言わなくても……」
「嘘ついたって無駄よ、どうせ調べはついてるでしょうからね」
逸見という子はすでに覚悟は決まっているみたいで堂々としている。
里香と呼ばれた子は何をされるのか不安で後ろに隠れるように立っていた。
「懸命な判断だ、ここで嘘をつこうものならどうしてやろうかと考えていたところだ」
咲野先輩が腕を組みながら彼女たちを見下ろす。
それに怯んだのか臆するように唾を飲み込んだ。
「それで……この写真を送ってきた目的はなんですか?学校に報告してないということは何か私達にしてもらいたいことでもあるんですか」
なぜかそこでスカートの裾を抑えながら俺を睨んだ。
何か卑猥なことをさせられるとでも思っているのだろうか。
「別に取って食いはしない。ただ、俺が求めるのは一つだけ、それは今後二度と詩織に関わるなということだ」
「はぁ?あの子がなんの関係があるのよ」
「そうよ、もしかして先輩に泣きついたのかしら」
予想していたことよりも大したことじゃなかったのか、あからさまにホッとしており、逆になぜ彼女がと疑問に思ったのだろう。
「お前らが彼女に嫌がらせをしていることは分かっている。先輩として大事な後輩を傷つけることは許さない。もう一度言うぞ今後二度と関わるな、間接的にもお前らが関係していると分かればこの写真を学校に提出することになる」
俺は低い声を出し、スマホで撮った男と一緒にホテルに入る写真を彼女たちに見せながら言った。
「……分かったわよ。それだけで済むなら安いものだわ」
萎縮しながらも大人しく了承した。
「それともう一つ」
黙って成り行きを見ていた咲野先輩が人差し指を立てて追及する。
「あなたたち誰かからの指示で動いてたりしない?例えば、中学から親しくしている先輩に頼まれたとか」
突然吹いた風が肌をなでる。
「……」
「……あるわけないでしょ?」
思い当たる節があるのか、それとも突拍子もないことで反応に困ったのか答えるまで間隔があった。
「そう、ならいいわ」
少しの沈黙が気になったが、ないというならこれ以上言及しても仕方ないだろう。
先輩も同じことを思ったのかあっさりひいた。
「もういいですか?詩織にはもう何もしません。だから……ラブホテルの件は内緒にしてくださいよ?」
「ああ、お前らが約束を守るのなら俺もこの秘密を墓まで持っていくことを約束する」
「それじゃ、私達はこれで……」
彼女たちは出ていこうと背中を向けた。
「そうそう、一応監視役も付けておこうと思ってな。出てこい知恵」
咲野先輩の掛け声とともに物陰に隠れていた村上が出てきた
この場に村上も呼ぶことで三人の仲が致命的になるので、これで心置きなく信頼できる。
「知恵っ!お前裏切っていたのか」
「最低っ!」
「ごめんね、でも、私も先輩達の仲間ってこと忘れてないよね?」
この秘密を共有しているのは俺と咲野先輩と村上の三人だ。
逆らうことはできないのを知ってお茶目に脅している。
眼鏡の奥では嗜虐的な目をしていた。
まるで捕食者が被捕食者を見つめるように。
二人は何も言い返せなかったのか今度こそ踵を返して屋上から出て行った。
「今更だが良かったのか?一応友達だったんだろ」
「別に友達なんてまた作ればいいだけです。それに、人を傷つけるようなことをする子は結局周囲の人も巻き込む。いい勉強になりました」
三つ編みを揺らしながら断ち切るように言った。
「そういえば、咲野先輩。最後の質問はどう思いましたか?」
彼女らは誰にも指示は受けていないと言っていたが、少し間があったのが気になったので聞いてみた。
「うちも人の心が読めるわけではないからな。とはいえ、怪しい挙動ではあったのは確かだから保留だ」
「そうですか」
やはり先輩もどこか引っかかったのは同じなようで、手の甲を顎に当てて思案顔をしている。
「まぁまぁ、先輩方。大橋は私に任せときなさい、何か私だけでは対処できないことがあれば連絡しますから」
吹っ切れたように爽やかな顔をしながら言った。
これで彼女らが今後詩織に何かすることはないだろう。
滝沢が関与しているかどうかは明らかにはならなかったが、ひとまず解決だ。




