すれ違い
決行の日がやってきた。
事前に村上から青倉逸見と丸谷里香のメールアドレスを聞いて、例の盗撮写真を添えて昼休みに屋上へと来るように伝えてある。
俺も興奮しているのか、電子時計のアラームよりも早く目が覚めたのでさっさと朝食をとり学校へ向かうことにした。
校門前の通学路を歩いていると目の前に見覚えのある姿が見えてきた。
背の低い女子生徒と何やら話しかけているが相手にされていない髪をがっちりとセットした男。
「おはよう、詩織。滝沢と一緒だったのか」
声をかけると、詩織は俺の隣へと移動し壁を作るようにして顔を上げた。
「厚金先輩、おはようございます。……この人は急に私の隣に来て話しかけてきただけで一緒に登校しているつもりはありません」
「そりゃ、ひどいよ詩織ちゃん。俺はスカート捲りの一件が心配で一緒に登校しようと思っていたのに。てか、名前呼び!?俺の知らない間に何があったんだよ。まさか、付き合ってるのか?」
大げさな手振りで驚きを表現している。
その反応も無理はない。
滝沢は明らかに詩織に気があり積極的にアピールしているが彼女からいい反応はもらえていないにも関わらず俺との仲は徐々に縮まっているのだから。
とはいえ、心配で一緒に登校か。
「……付き合ってません。私たちは友達です」
そう言うと、躊躇いがちに制服の袖を引っ張られたので横へと顔を向けると俯いている彼女の綺麗なうなじが見えた。
もしかして自分に好意が向けられていることを認識しており、俺を使って諦めさせようとしているのだろうか。
付き合っていないといいながら、男の袖を掴むという行為は相手を勘違いさせてしまう。
まるで告白してないだけで、交際する一歩前のカップルのようだ。
「え……お前らマジで、そういう仲なの?」
先ほどまでの冗談とは違い目が笑ってなかった。
滝沢に関しては詩織への嫌がらせに関与している疑惑がありいい印象はない。
ここは彼女のためにも乗っかかることにしよう。
「付き合ってないのは事実だが、俺は詩織のことを友達以上に思っているよ」
堂々とそう言うと、袖を引っ張る力が強くなる。
俺の勘違いではなかったようで、やはり間接的に恋愛感情を持つことはないと伝えたいみたいだ。
相変わらず地面を見て歩いているので、表情は隠れていて分からないが心なしか先ほどより二人の距離が近づいたように感じた。
「え?何、お前詩織ちゃんのこと好きなの?それならこの場で告白しようぜ!ほら、ほら、友達以上なんて濁さないでさ」
よくある文句だな。
この場で俺が恥ずかしがって「別に好きじゃねえよ、こんなやつ」とでも言うと思ったのだろうか。
しかしそれを聞いてか袖から引っ張られる感覚がなくなりリードを離された犬のように自由になった。
「悪いが、これは俺ら二人の関係だ。お前の前で告白しなければいけない理由はないだろ」
そもそも第三者が焚きつけるようなものではない。
恋愛とは繊細なもので、雑に扱うと簡単に壊れてしまう。
「それはないだろ。あ、もしかして、遊び人のお前のことだからキープしようとか考えてるのか?ははは、最低だなお前。詩織ちゃん、こいつはやめといたほうがいいよ。ほら、金髪の先輩がいただろ?大山寺っていうんだが、粟国とできてるって噂があるんだよ。それに、この二人っていい噂なくてさ、カップルに話しかけてはそいつらの関係を破断させて回ってんだよ」
何も言い返せなかったのか、詩織に向けて悪評を吹き込み始めた。
この様子だと本気で焦っているようだな。
予想以上に俺達の進展が早いとみて、あることないこと唾を飛ばしながらまくし立てている。
咲野先輩との関係にいい噂がないってのは事実なので彼女の反応が気になった。
昼に先輩と詩織が一緒に過ごしていた時に仲の良さを指摘され疑いの目を向けられたことは覚えている。
なかなか痛いところをついてくるものだな。
「ちょっと落ち着けよ、そもそも俺は咲野先輩と付き合ってないから」
「詩織ちゃん騙されちゃいけないぜ。こいつは裏で女とやりまくってるんだからな。そういえば、幼馴染の杉山がいただろ、あいつとはどうなんだよ。粟国とは仲悪いから、詩織ちゃんを奪うことで普段の恨みを晴らそうとしているのかもしれないぜ?」
俺から嫌われようとどうでもいいと思っているのか、言いたい放題だな。
いつもの計算されたお調子者ではなく、ただの嫌な奴に成り下がっている。
周囲の生徒も様子がおかしいことに気が付いたのか、周りから注目され始めた。
「なんだ?なんか言い争いしてるな」
「あの女子を取り合ってるのかな?」
「羨ましい、私もイケメンに迫られたい」
注目が集まっていることに滝沢の顔はにやつき始めた。
人見知りする詩織が委縮して何も反論できないように意図的にこの雰囲気を作ったのだろう。
要は俺の友達以上に思っているという告白と思われてもおかしくない言葉に対して彼女も満更ではないような態度を取ったから詩織がそれに対して何を言うか聞くのが怖いのだろう。
自らの軽はずみな行動で意図せず二人の仲を縮めてしまったことに対して焦燥を感じているのが伝わってくる。
「私の先輩にひどいこと言わないで!」
俺の腕に抱き着き大きな目で睨みつけながら叫んだ。
「なんだよそれ、私のって、別に付き合ってないんだろ?ただの友達なんだろ?」
「滝沢先輩は最低です。少なくとも私はあなたのことが嫌いです」
「くっ……そうかよ」
予想外の詩織の反応に、早足で去っていった。
勇気を振り絞ったのだろう、全身から震えが伝わってくる。
好意を向けてくる男の先輩に対してはっきりと拒絶したのだ。
俺の支えなしでは立っていられないのか、体重を預けてきた。
「ごめんな、俺のせいでこんなことになって」
「もう……急に友達以上に思っているなんて言い出すんだからびっくりしました」
それは詩織が間接的に滝沢を諦めさせようとしていたから乗っただけだなんて言ったら頬を叩かれそうなので黙っておいた。
「お前ら……そういう仲だったのか?」
「厚金やるじゃないか」
後ろから俺達を見つけたのか杉山と咲野先輩が声をかけてきた。
「え?悟っ……!これは、そのっ」
ただでさえ、苦手なことをして足が震えているというのに好意を寄せている幼馴染に他の男の腕に寄りかかっているところを見られて余計に混乱してしまっている。
離れようとしたくても体が動かないのか俺の腕に胸を押し付けて上目遣いで助けを求めてきた。
「……まさか、粟国とそんな関係になるなんてな。幼馴染として……俺は、お前らのことを応援するよ」
「ふふふ、大事な妹が取られちゃったみたいだからうちが慰めてやるぞ。ほれほれ」
先輩は眼鏡野郎の胸を人差し指で小突いた。
俺はそんな態度に腹が立った。
目の前で好きな子が普段見下しているやつに寄りかかっているんだぞ。
力づくで取り返すべきだろ。
気づいたら俺は詩織を引き寄せ胸に抱いていた。
「きゃっ!……厚金先輩、どうしたんですか」
「いいのかよ俺に大事な幼馴染をとられて」
「ふん、元より詩織とはただの幼馴染だ。彼女がお前を選んだのなら何も言うことはない」
眼鏡を人差し指で上げながら、咲野先輩と委員長は歩き去っていった。
「待って、悟っ……!」
詩織は俺に掴まれていない方の腕を伸ばしたが杉山には気づかれなかった。
「ごめん、俺が変なこと言ったせいで」
「いえ……私が先輩に寄りかかったのがいけなかったんです」
彼女の悲しそうな顔を見るとなぜだか俺まで胸が苦しくなった。




