いきなり過去の話 01
三話目
これから仲間になる(ネタバレ)人物の過去編です。
僕の文章力では登場人物の視点から『なんとなくジェラシー』とか『なんか気に食わない』なんかの微妙な心理描写が書けないので、いっそのこと先にハンドアウト公開した方が楽だと思ったので。
つまりこの先に微妙な心理描写を期待するな。
そして心理描写は読者の解釈で。
という感じですね。
そんな訳でいきなり過去の話01どうぞ。
これは後に結界魔術の権威とも呼ばれることになる少女、レーゼの過去の話だ。
◇◇
レーゼはとある商家の一人娘として生を受け、ダンジョンを中心に栄えた都市で育った。
ダンジョン特有の資源を扱いアイテムを作り売る、といった二次産業的な商いをする商会ではなく輸出入で利益を出す商会。少なからず製造業は受けていたが、主な収入源は行商だった。
そんな家だったからか、両親と共に行商人としての仕事を学ぶべく様々な場所に歩いた。
もちろん旅に危険は付きもの。
街道を商隊だけで走らせても都市が近ければそうそう襲われないが、都市と距離が空いてしまえば巡回兵の目が届きづらい。野盗や魔物なんかからすれば良い餌、噂では兵士すら襲うことだってある。
とくれば当然行商の護衛として冒険者を雇うのが備えとなる。それでも襲って来る魔物や野盗なんかを相手にしていれば、自然と冒険者のみならず商人も死に、死が身近なものとなった。他にも扱う商品の観察眼を養い、冒険者の良し悪しが分かるようになり、一〇を数える歳の頃になれば下手な商人よりも立派な商人になれた。
そしてある日、冒険者にしては珍しく魔術使いが護衛に着いた時に驚きの事を知った。
「魔術の才能がある?」
レーゼは千人に一人という希少な魔術の才能を持ち合わせていたのだ。
偶々冒険者の魔術使いが持っていた杖を触り、その時に魔術とも言えないほど小さな変化――いわゆる魔術漏れ――が起きたのだ。
これは凄い事だと冒険者の魔術使いは褒めた。
本来なら冒険者の魔術使いらしく才能がある事だけを教えるだろうが、幸運なことに冒険者として働く魔術学院の学徒だと言う。今後何をすれば良いか、どのように凄いのかをきちんと説明してくれた。
魔術使いの杖を持っただけで溢れ出るほどの魔力量、特に術式を意識せずに編めた上で変化を起こす改変能力、ダンジョン都市という魔術を学びやすい環境、そして裕福な商人の子という魔術学院に苦学生としてではなく通える運の良さ。
魔術を学べる状況が綺麗に揃っていると。
その事を知った両親ときたら滅多に飲まない酒を飲み、冒険者の魔術使いに礼として報酬の倍である金貨を渡すほどだった。
魔術使いというだけで冒険者ギルドから優遇されるとはいえ、破格の報酬といえる。
その報酬に気を良くした魔術使いは魔術学院のあまり出てこない情報を教えてくれたので、情報料としてはやや高いがwin-winの取引だったといえよう。
行商人にとって、いやそれこそ農村の五男であっても魔術を使えるとなれば恩恵は大きい。代官屋敷に行って多少のお金を支払って勉強すれば知れる程度の魔術でも使えるならば、収穫を終えて冬の間に内職をする必要も無くなるほどだ。
それが魔術漏れを起こすほどの才となれば、魔術学院の学費なんて数年魔術使いとして働けば直ぐに返せる。
魔術学院といえば国にも数カ所しかないが幸いダンジョン都市には存在する。レーゼの両親は直ぐに商人としてのコネを使い入学金――平均的な農家の収入十年分――を用意してみせた。
両親は行商人という立場なのでダンジョン都市に留まることは出来なかったから、自然と自宅からレーゼ一人で学院に通うことになったが寂しくはなかった。
自宅にはハウスキーパーのリースやキャシーがいた。
店に顔を見せれば店長を任されたジェイが、そしてBランク冒険者として活躍していたという用心棒のファウスもいた。
店の常連の衛兵隊長だってよく話すくらいには会うし、学院の行き帰りには護衛兼執事のクドフェイが一緒に来てくれ話し相手にもなってくれた。
学院に通い始めて数ヶ月で友人ができ、
それがレーゼという少女の世界を大きく変えた。
◇◆
魔術学院は単位制、更には派閥もある。
と言ってもダンジョン都市にある魔術学院は実際には支部兼派出所という感じなので学生は派閥に所属する必要はない。
これが帝都にある魔導学院ならば話は別なのだが。
ダンジョン都市の魔術学院における派閥というのは“どの属性を重視するか”という程度で、基礎四属性ならば黎明派、回復魔術ならば東雲派、錬金術のようなモノづくりなら幽玄派、といった程度の認識だ。
派閥が関係あるのは教師陣だけで生徒は自由。別に黎明派の授業を受けた後に幽玄派の授業を受けても、課題やレポートを忘れないなら何の問題もない。
強いて言えば好みを伝える時に使う程度。
だが基礎科目を除いて他は自分で自由に授業を受けられるために、同じ授業を受ける仲間というのも少ない。入学する前からの付き合いがあれば別なのだが、たとえ同じ授業を受けててもよく見かける人程度の認識がほとんど。自然と友人ができにくいのだ。
そんな中でレーゼが気の合う友人をつくれたのは運が良かったといえる。
その人はこのダンジョン都市ではなく、この地方の村出身だという。その村は良質な薬草が採れるとして幽玄派の教授が足を運ぶ事もある少し珍しい場所にあり、やって来てた教授によって魔力の多さを驚かれて誘われて来たらしい。
魔力の多さだけで勧誘されたのではなく、村の薬草への深い造詣、未知への強い好奇心、そして適当に教わっただけの魔術のレベルの高さ、それらを見た教授が村で埋もれさせるのは勿体無いと勧誘したらしい。
実際に魔術学院のテストでも聴講生の中で先輩方を抜いてトップになるほど実技は上手く、学年筆記試験の魔術薬学では過去一番の成績に輝いたほど。
学費を稼ぐためにダンジョンにも入っており、一四才にして将来有望な冒険者と噂されていた。
もちろんその噂も良いものだけではない、むしろ嫉妬の類いが多く孤立気味ですらあった。農村の次女だったので私塾にも通えず、身なりを気にする金銭的余裕も無く、周囲に助けてくれる大人がいなかったので、悪い噂は増えていく一方。
連れて来た教授自身もこれから先の大人になってからの貴族との付き合いを考え、自分でなんとかするように言われて助けがほとんどなかった。
いくら才能があろうと、元々は貴族なんて雲の上の存在だった村人の子供にはこの環境は厳しかった。三年間の学費は何とかなっていたが、それを稼ぐために活躍しすぎて逆に枷になってしまう仕末。弱音を言えない中での孤立というのは、一四才の子供の心を削るには十分過ぎた。
それでも心が折れて消えなかったのは意地か、それとも教授への義理立てか。ともかく彼女は耐えてみせた。
そんな中で周囲の関係をよく知らない新入生、つまりレーゼがやって来た。
純粋にその成績の良さを知った彼女は親と離れたばかりで寂しかったのもあり、躊躇するだろう悪い噂を無視して話かけた。孤立気味だとしても実力があったならば良しとし、実力が無かったならば噂を流してる側に着こうという打算もあった。実に商人の娘らしい強かさである。
「あなたがベル?」
「そうだけど、そういう君は?」
「あ、えっと、失礼しました。私はレーゼ、今年から入った新入生です」
話しかける時は少し無礼に。
そして返事があれば丁寧に。
見た目から感じる年齢とはチグハグな印象を与えるため、あえて口調を宮廷語――丁寧語や謙譲語などの総称――を覚えたばかりの子供のようにして喋る。
商人ならば子供の持つ無邪気さは武器になると知っている。それを利用するかは個人差があるが、レーゼの両親は利用した。
そうして教え込まれた“子供っぽさ”を最大限に活用して噂のベルという少女に話しかけた。
ベルは噂通りの見た目だった。
白磁のような透き通った白い肌、海というよりアクアマリンという宝石を連想させる瞳、貴族出身と言われても納得できるほどに艶のある亜麻色の髪、そして少し残念な女性的特徴が乏しい体。
顔も整っており、正直なところベルを誘った教授が女性でなければ体を売ったのかと悪い噂が追加されてもおかしくない美女だ。もちろん教授に対してそんな侮辱発言をすれば何をされるかわからないので誰も言えないが。
ともあれこの美貌でまだヒト種の一四――ヒト種の成人は一六才――なのだから、将来を考えれば末恐ろしいだろう。嫉妬されるのも納得できる。
整った見目に対し服装は少し貧相だ。いや普通の人が着れば違和感などそう感じないだろうが、本人の美貌からすれば似合っていないと評する他ないだろう。
何だか勿体ない気分になるのは自分が商人だからだろうか。
ただそれでも尚、ダンジョン都市屈指の美人と言われるのも納得のいく程の美貌。
怪訝そうな顔も様になるなぁ、と思いつつ生まれた嫉妬の感情を微塵も感じさせないように人懐っこい雰囲気を出す。
「あぁ新入生、わざわざ私に何か用かな?」
「実はフィズ教授の授業でわからない部分があって聞いたのですが調べろと一蹴されまして、実技の分野なので司書に聞いても分からず、そこで司書の方に上級生に聞いてはとアドバイスをいただき尋ねに来ました」
「……なるほど、君も噂を聞いて来たのか」
疑問に思う顔から一転、面倒くさいと思ってる事を隠さない顔に変化した。おそらく過去に噂を聞いて良からぬ事を企んで絡まれた経験でもあるのだろう。
それには少し同情するが、ここで引いては過去の連中と同じレッテルを貼られてしまう。将来有望な人材との関係が絶たれてしまうのは悪手、伝手の大事さは散々親から教わった以上断ろうとするベルの言葉より先に会話を繋ぐ必要がある。
「わr「はい!教授直々に勧誘されるほどの天才と聞きました!」
言葉をわざと被せ、憧れる子供っぽさを全面に出して言う。
無邪気な子供が良い噂を聞いてやって来た、と思わせるような表情と言葉。
これまた狙って出した雰囲気ではあるが、レーゼに憧れや尊敬の気持ちが無いのかと問われれば全く違う。むしろ良い噂も悪い噂も聞いたうえで純粋にすごいと思いこの行動に移した部分も多い。
周囲には味方なんてほとんどいないし、実力はあってもマイナス要素が多い、そしてこの美貌だ。今まで男に襲われそうになった事なんて幾らでもあるだろうに、それでもまだここに立っているのだから返り討ちにしたのだろうが、嫌になる気持ちは絶対にある。
そんな中で一〇ノミスマ以上の学費を稼ぎ、更には文句を言わせないために宮廷語から学び直したのだ。しかも性格も歪んでいないときた。
これを尊敬せずに、誰を尊敬するのか。
だがなんだか恥ずかしいので、利益に釣られて行動したと自ら思い込んで行動している。
「…………分かった。少し話を聞こう、第二実技棟に行くよ」
そんな心の奥底の気持ちまで読まれたのか、はたまた無邪気な子供アピールが通用したのか。
そこは不明だが、レーゼは関係を深める第一歩に成功したのだ。
ベルは教えるのが上手くレーゼは大きく成長した。苦手だった放たれた魔術から術式を解明するという分野も、赤点ギリギリ――入学して三年間の聴講生にはテストがある――だったのを平均点を安定して超えられるまでに成長した。
また結界魔術の分野ではベルの論文作成にも大きく貢献してみせた。
ベルはレーゼの商家のキャラバンで実験をさせてもらい、研究生になってから五年は最低でもかかるとされた二級魔術師にはわずか二年たらずで昇格してみせた。
これは論文に書いた結界魔術が飛行船運用に利用できるとして、わざわざ王都の宮廷魔導師から人が来て論文について聞きに来たから……という時期的に運が良かったのもある。
実はこの論文についてはワザと少ない情報にして発表したのだ。ベルを誘ったフィズ教授の指示で。
曰く、「移動する結界魔術の価値は高まっている。今全てを論文に記載してしまえば勝手に流用されてしまう可能性が高い」
とのこと。
事実聞きに来た人も高圧的な使者が「飛行船で使ってやれる、名誉なことだろ? 全部教えろ」と堂々と宣ったのだ。
もちろん直ぐにフィズ教授を呼び様々な条件を吹っかけた上で教えるのは難しいと結論を出させて追い出した。使者ではなく宮廷魔導師当人にならフィズ教授を通して結界魔術を教える、と条件を付けてもう一度出直すように言ったのだ。
結局使者には目新しい一切の情報を与えずに王都に返し、次は宮廷魔導師が直接やって来ることになった。
宮廷魔導師が来るまでにベルは二級魔術師に昇格、レーゼはベルと同じく教授の弟子という立場になった。教授はといえばダンジョン都市支部の魔術学院でも影響力を大きく伸ばし、ダンジョン特有の素材を扱える様になったと喜んでいた。
そうして正式に結界魔術の採用がされ、レーゼが入学してから三年が経とうとした時には、ベルはその美貌と実力からダンジョン都市でもかなりの有名人となっていた。レーゼもまた聴講生ながらも魔術師を名乗っていい程の腕になり、多くの期待を受けていた。
全てが順調に思えるほどの日々の最中、それは起きた。
第三話 幸せになりたいならば対価が必要だ
言の葉は
鋭く冷たく
春知らせ
ベルの心情を謳ってみました。
『いつか話すけど何時になるのか分からないので話す設定!』
宮廷語は大体の国で必須科目で、村や街の住民はお金を払って子供を領主運営の私塾に通わせる義務がある。
しかし税とは別枠なので大抵は家督を継ぐ長男or長女に一人だけ通わせる。金に余裕があれば次男に、まだまだ余裕なら三男四男と上から順に通わせる。
なお一家の誰も宮廷語が使えないとなると、奴隷に近い扱いになる。
だって義務を果たしていないから。
ベルが都市に来てから宮廷語を習得したのは実家に金がなかったから。
レーゼが宮廷語が普通に使えたのは実家が金持ちだったから、というより家督を継ぐはずの長女だから。というのが正しい。
以上!