召喚されて一年と少し経ちました 05
ね、眠い……
口調がおかしかったりするかもしれません。
その辺ご了承ください。ではどうぞ。
キフルランドで日に動く金額は一,〇〇〇ノミスマじゃ足りない。
実際奥のエリアでイズが賭けているのは紫色や黒色のコインがほとんど、イズが今手元にあるコインとなら爵位が買えてしまうほどの価値がある。
このキフルランドを運営するのはキフル商会、そして更に上にはヴォルフ大商会がある。
つまり日にそれだけの金額が動くような商会であっても、同格と言える商会はあるし格上の商会だって存在する。ここで重要視されるのが動く金額ではなく利益額なのが理由として大きいが、動く金額で商会の“格”が決まるとしてもキフル商会より上は少ないながらも存在する。
そしてキフル商会と同格と見做されてる一つにシャッテン商会がある。この商会はキフル商会のある魔導型飛行船に拠点を構えてることが有名で、事情をよく知らない人がキフル商会と同じと思ってしまうほどに距離が近い。
というか、キフルランドのバーが入り口だ。
昨日イズがレーゼとの待ち合わせ場所として指定した場所の事だ、当然数ある入り口の一つに過ぎないので他にも入り口はある。従業員の休憩スペースから入れたりもする。
魔導型飛行船の至るところに入り口がある理由は、シャッテン商会の取り扱う商品によって窓口が違うから。普通なら客に足を使わせはしないが、この商会は特別なのだ。
察しが良いものは気づいてるかもしれないが、このシャッテン商会は情報屋。金さえ出せば王の趣味嗜好やハマってる事、弱点などほとんどの事を知れるという世界でも随一の情報屋。もちろん逆に情報を渡さないで、と依頼することも可能だ。
情報を集めるだけではなく規制するのも可能。その上書簡を届けたり、亡命したり、身分偽装だって請け負ってる。
情報操作だってできるために客になるにも大変な商会だ。
「シャッテン商会へようこそ、音無アルテミス様。レーゼ・フォン・エアフルト男爵」
そんな商会の窓口に案内されたのは、アルテミスが一般ロビーにてヴォルフスアンゲルの報酬をもらうべく受付に行った時。
レーゼはまあそうなるだろうな、と予想していたがアルテミスはいかんせん経験が全くなく、「何かしでかした!?」とレーゼに小声で聞いていたほど。もちろんアルテミスに非はないので落ち着くように言ったが気が気ではないようだった。
しかし黒色で統一されてた部屋に待っていた女性が名前を呼んだ途端、強烈な殺意をむき出しにした。
「名字はやめて。私はアルテミス、ただのアルテミスよ」
その言葉は刺すような怒りと共に言われた。
もしこの場に一般人がいたならSAN値チェックは間違いないほど。
ただ荒事に慣れてるシャッテン商会の従業員と魔導師として様々な場所に行くレーゼからすれば微風に等しい。むしろレーゼからすれば、こんな雰囲気を出せたのかと少し感心したほど。レーゼにとって無邪気な可愛いもの好きな女性、というのが勇者アルテミスの評価だったのだから。
「それは失礼しました、勇者アルテミス。私はシャッテン商会所属のラルと申します」
「何か用事なの?」
アルテミスは不満な顔を見せながら端的に要件を聞く。
本当は直ぐにでも帰りたいのだと分かる態度に、レーゼは少し疑問に思う。アルテミスの今までの行動から自身の感情に素直に従っている傾向があったので、てっきり嫌だからと短気を起こして帰るのかと思ったのだ。
さて、如何なる真意があるのか。行動を制限する保護者ではなく、行動をサポートする指導者として、少しの間そばに居ようと思った。
「ええ、では単刀直入に。今後勇者として活動する上で我々情報屋は役立つでしょう。例えば仲間に加えたい相手の素性、例えば妨害してくる相手の弱点、例えば一見お断りの店への紹介など……通常ならば難しい依頼であっても優先的にこなしましょう」
「その代わり異世界の情報を寄越せ。ってこと?」
「端的に言えば」
アルテミスの飾らないその言葉に少し驚いた様子のラルは、間を置かずにそう答えた。
世界的に見ても有数の情報屋からの優先権。それは情報戦という面において凄まじいアドバンテージを得られるだろう。獅子身中の虫を抱えずに済む安心感、見えない敵を減らしてその敵の情報を得られ、勇者というブランド以上の力を持つ組織からのサポート。
得られたら勇者アルテミスという存在はそうそう簡単に揺らがなくなるだろうその提案は、とても魅力的だ。
ただレーゼからすればそんな空手形を交渉に出すなどと憤りを感じるほどの提案だ。まるで金の眠る山の権利書と交換しましょうと持ちかけてるその様は、見る者が見れば金貨一枚だけ土に埋め、それを金が眠る山の権利書と嘯いているかのように見せている。
何しろ優先的に依頼をこなすと言いはしたが、料金が安くなるとは言ってない。その上何に対して優先するかも言ってないので、実際には他の依頼より早く確実にこなすとは限らない。
非常に不明瞭な提案なのだ。
だが経験の少ないアルテミスならば引っかかってもおかしくない。貴族などの社交会での漏れた一言で致命傷を負う世界を知らないのであれば、その空手形も立派な魔術紙幣に見えてしまうだろうから。
だがこの空手形を突きつけたのはレーゼの身分を知る人物。ならばこれが罠だと気づき止められる可能性も十分にある。
故にこの空手形は勇者アルテミスを測るための一手なのでは? そう考えれば口出しするのは間違いで、下手をすればシャッテン商会から睨まれる。手出しは難しい。
勇者アルテミスが引っかからない事を祈り何も言わないか、イズよりはシャッテン商会に睨まれた方がマシだと口出しすべきか。
それを一瞬では判断しきれず、アルテミスが先に口を開いた。
「ねえ、あなた単刀直入って言ったわよね?」
その言葉にレーゼもラルも驚いた。
これが意味する事は、先のラルが説明した発言が“アルテミスを推し量るための言葉”だとしても、“アルテミスを騙して利益を得よう”と思っての言葉であっても、それは時間の無駄だと言ったのだ。
「もしそれが本題なら、私は二度とここには来ないわ」
先のラルの発言は矛先を変えて貫く。
今度突きつけられた二択を答えなければならないのは、ラルの方だった。
「……大変失礼いたしました。今後とも宜しくお願いいたします、勇者アルテミス様」
「そう、挨拶が本題という事ね?」
「そうなります。加えてこちら、魔導国におけるシャッテン商会の窓口の位置に辿り着ける割符です。使い方はウィンフィル卿かエアフルト卿にお聞きください」
ラルが机の下から取り出したのは緑色に光ってる線が特徴の割符。
シャッテン商会はキフルランドに拠点を構えてるのは有名だが、他の場所はほとんど知られていない。知っているのはこの割符を渡された者くらいで、その辺の貴族では何をしても渡される事はおろか存在そのものを知ることすらできない代物だ。
かなり高度な魔術が施されてる割符で、冒険者ギルドが渡すSランク冒険者証より余程価値がある。売れれば一,〇〇〇ノミスマなんて比じゃないほどに価値がつき、そして魔導院の教授でもこの割符にかかってる魔術はイジることはおろか解析するのですら難解だと放り出すほどの難物。
一体それほどの代物がどうやって作ってるのかと聞けば、シャッテン商会はそう高くない金を支払えば教えてくれる。ヴォルフ大商会が支給してくれると。
答えになってないと言えば料金が足りないと言い、一アウレウスほど要求され支払いようやく製造方法を教えてくれる。ヴォルフ大商会の所持する古代遺跡から発掘された魔道具を用いてると。
これ以上金を積んでも見せられないの一点張り。そしてヴォルフ大商会が所持して展示してる古代遺跡を載せた飛行船に行けば、そこで容易に見られるのだ。明言こそされていないものの、割符を作ってると思われる魔道具が。
この一連の流れは笑い話として有名で、この割符を渡された魔導師の間では同じように引っかかった者同士で盛り上がれるお約束だ。
ただこの展示されてる魔道具を見ても現在でも稼働できてる事くらいしか明らかにはなっていない。更に言えば割符の実物がないと展示されてるものがイマイチ何の魔道具なのか分からないからタチが悪い。
何しろこの割符は教授兼貴族であるレーゼでも、イズの紹介無しには得られなかっただろう貴重な物なのだから。
まあ例の如く笑い話に引っかかった一人でもあるレーゼは魔道具作成が専門ではないにしろ、この割符が複製など現在の技術ではできる者など数名いるかいないかというレベルだと理解できた。
同時にそんな代物を使う必要のあるシャッテン商会の窓口というのも、異常なほど高い隠蔽がされているのだ。
「他に用事はないよね?」
「ええ。もし知りたい情報があればぜひシャッテン商会に」
「覚えておくよ」
そんな代物だとは理解していないだろう二人を見て、無知ゆえの行動とはここまで心を波立たせるものかとため息の一つでも吐きたくなった。
それほど魔導師から見れば素晴らしい研究資料になりえる代物で、しかしその事を理解できる者は少ないのだ。
研究資料として壊れても構わないと計測機器にかけられたらどれほど魔術の研究が進むだろうか。たとえ魔道具が専門ではない自分であっても一〇年は魔術への理解が深まると想像できる代物を、市井の者でも金を積めば手に入れられるような魔道具と一緒の扱い方をしてるのが言い難い感情を生む。
魔術の学徒でもなく、ましてや魔導師ですらない彼女たちに、その価値を分かれと言うのは酷という話。だがそれでも貴重なのは事実で、自由に使っていいのなら自分は三〇〇〇ノミスマ出しても惜しくない。
この感情はおそらく魔導院の教授位を持つ仲間ならば共感できるだろうと、今度あったらこの話で盛り上がろうと決めた。
来た道を歩くアルテミスはまだ怒ってるようで少し歩幅が広い。一方でレーゼはあれやこれや考え歩く速度は遅く、アルテミスとは距離が離されつつあった。
森人種や魔女種などのような多重思考を持つ種族でもないので別のことを考えているならば当然他の事が疎かになる。
「おっと、すまないアルテミス」
だからか突然止まったアルテミスにぶつかってしまった。
「……ねえレーゼ先生」
「何かな?」
「今日ってどこで寝るの?」
その言葉に昨日どこで過ごしたのかと聞きたくなった。
レーゼの記憶が正しければキフルランドのある魔導型飛行船とは別の飛行船、ヴォルフ大商会の所持している温泉施設が併設されてる宿屋に泊まっていたはず。
次に飛行船が停まる場所は魔導国の東の関所、音楽の都市ライプツィヒ……の近くの平原。それまでこの飛行船は減速こそする――もう一つの飛行船と並走するため――が、止まらないので寝る場所はこのキフルランドの奥のエリアの一室か向こうの飛行船に泊まるしかない。
もちろん奥のエリアにアルテミスは行けないので、必然的にもう一方の飛行船に泊まるしかない。
昨日向こうの飛行船に泊まったのならその時に寄港するまでの三日間は最低でも部屋を取っていないと寝る場所が無くなる。空室は常にあるようになってるが、良い部屋は無くなってしまう。
「昨日泊まる時に日数分の予約しなかったの?」
「手続きはイズが全部したからどれくらい予約したのかわからない」
「なら割符を見せて」
「はい」
割符というのは単に絵や文字が合う合わないで判断されるのではなく、魔術的な仕掛けで判別が出来るようになってる。
もはや形は国ごとに変わる程度で、実際には魔術的な仕掛けだけで判別される。そのためにその辺の街へ入るための割符――身分証代わり――であれば、魔術師を名乗れる程度の実力があれば偽装は非常に簡単に可能だ。
もちろん主要な建物や高級宿などになればその分難しい判別術式が使われて、市井の魔術師だと偽装はできない程度にはセキュリティが高くなる。それでも魔術学院の教師なら偽装も可能だ。
ただこのキフルランド含めてヴォルフ大商会が経営する娯楽施設のセキュリティは、世界でも屈指の高さをほこる。
そして魔導国の教授をできるほどの実力――世界中探しても数百人もいない――があれば偽装できるが、そういう人は自身が吝嗇家であることを許さないものだ。金なんて何時でも稼げるが、一度傷ついた面子というのはなかなか消えない故に。
だから割符にかかってる魔術から予約が今日までだと知っても、決して偽装なんて事はしない。
「うん、今日の十時までかな」
「ま、マジっすか」
「マジ? まあ完全に効力がなくなるまで時間が少ないけど、受付に行けば泊まる事はできるはずよ」
「急がねば!!」
マジというのはおそらく本当?という意味だろうと判断し、もうそろそろ飛行船同士の魔術的なパスが繋がるので向こうの受付で料金を支払えば新たな部屋を取れる事を伝える。
飛行船は見た目と容量が全く違う大きさだが、これは空間魔術を用いてるから。空間魔術で広さを確保しても一定以上の重さを拡張空間内に置くと、拡張する時に設定した地点に重さが加算される。これは魔術を安定させるための必須条件。
飛行船の大きさは全長四〇〇メートルほど、さらに翼が左右三つずつある。
この巨体になったのは飛行船を飛ばすための魔力炉を乗せるためというのもあるが、この空間魔術を安定して運用するためには重量を分散させて支えないといけないというのが大きい。
飛行船の出入り口付近は空間魔術で拡張した空間との接続部、つまり拡張空間内の重量を支えてる支点でもあるのだ。負担が大きいので飛行船の至るところに出入り口が存在して、その巨体で支点の数を増やしているのだ。
そして空間魔術で広げた空間内から、同じく空間魔術で広げた空間内には転移魔術では移動ができない。これは広げた空間が別の“相”にあるから、というのが理由なのだがレーゼにも理解しきれないほどに高度な技術理論を使われてるので一般には知られていない。
イズが聞かれた時に説明する言葉をそのまま使うなら、
「陸という大地に紐を括り付けて海を浮かぶ船が流れないようにするのと同じだよ。陸を現実空間の飛行船に、紐を空間魔術に、船を拡張した空間に、海を違う“相”だと考えれば、まあ間違いではない例えになるのかな」
とのこと。船が離れてしまわないように紐は必須だという事。
流石に魔力炉は別空間に置いてしまうと消えて魔力供給が無くなる可能性を考えると迂闊にはできないので、現実空間の飛行船にあるのだがこれは非生物なので消える可能性があるという。
生物の“相”は拡張した空間の“相”とは同調しずらいので、同化……つまり拡張した空間に溶けて消えてしまう事は無いとのこと。
まあ要するに飛行船内から別の飛行船内に転移はできない、という事だ。だから一時的に飛行船は減速して、その飛行船の出入り口付近から転移する時の事故の可能性を低くする。もちろん互いの飛行船が同じくらいの速度じゃないと空中に放り出されるので、一日の決まった時間に速度を落として並走するのだ。
その速度を落として並走する時間は朝五時、朝九時、午前一一時、午後一時、午後五時、午後九時、午後一一時となってる。今の時間は午後九時半。
つまりどうあがいても、アルテミスは割符の効果を失い一時的にでも宿から追い出されるという事だ。
「レーゼさ〜ん、昨日泊まった部屋別の人が入ったって言われた〜」
「まあセミスイートだからね。ランクをいくらか下げれば宿無しにはならないよ」
シャッテン商会から呼ばれなければ間に合ったが、どうにもシャッテン商会側が狙った感がある。多分だが宿無しに一時的になるというのは知っていたのだろう。ヴォルフスアンゲルの意趣返しだと思われる。
ただこれを言えばアルテミスがキレるのは想像に難くない。
先のラルとのやり取りを見る限り、その事に気づいてもおかしくないので矛先がそちらに向かう前に話題を変えるとしよう。
「そういえばヴォルフスアンゲルの報酬は貰ったのかな?」
「うん、なんか魔術紙幣で渡されたよ。これ」
「きゅ、九ノミスマ六三アウレウス五一デナリウス」
赤コイン三枚、緑コイン七枚、黄コイン一枚、白コイン七枚。一般開放エリアの限度額が緑コイン一枚なのを考えれば、異常の一言だろう。
「(そりゃ意趣返しもされるよ)」
第一〇話 一般開放エリアでは過去三位の支払いとなった。
最後の飛行船の仕組みについては、まあ意味不明だと思ったら無視しても……構いません……。
色々設定が込められてるので、今後出る予定なのでまたその時に解説すると思うので。ちなみに転移事故というのは『いしのなかにいる』的な失敗ではなく、慣性が働かなくて壁に叩きつけられる感じの事故です。




