プロローグ? 01
初めましての方は初めまして。
お久しぶりですという方は記憶を失ってどうぞ。
この話は第三者視点でお送りします。
《SAN値チェックです。1D6……4》
《発狂まで残り2です》
森に入った男は脳内に聞こえるアナウンスに顔を顰める。
男の目の前には異臭を放つ不定形のモンスター。
四メートルに達するほど大きく、玉虫色の鈍い光をだし、無数の目のようなものがあり、口が三つ見えた。
「テケリ・リ!」
「スライムかよ。ツイてねえ」
男は冷気を放つ剣を抜いて構える。
「ま、今日はコイツを倒して終わりかな」
◇◇◇
勇者召喚
魔物を束ねる王である魔王、それに対抗できる力を持つ勇者が生まれなかった時に行われる大儀式。
稀に勇者が生まれても行われることもあるが、それは勇者の能力が直接戦闘向けではなかった場合や、勇者のSAN値や怪我の療養に時間がかかるとされた時などの非常事態。
その勇者とは狂気に陥らない特殊な能力を持つ者を指す。
何しろ勇者は多くの魔物やモンスターと戦うので、その分非常に多くのSAN値チェックが行われる。
魔王の側近ならばまだ狂気に陥らないこともある。
だが魔王ともなれば、会うだけで必ず発狂するほどの脅威だ。
そう、魔物は強ければ強いほど多くのSAN値を削られる。
そして同じ種類の魔物と出会えばSAN値の減少幅は小さくなり、最終的にはゼロになる。
つまりベテランの冒険者や騎士であれば勇者の供ができるのだ。
逆に言えば、いかなる優れた才覚を持っていようと実績が無ければ供をしたところで発狂して終わりという事。
発狂しない勇者は戦闘が多くなり、それについて行くには多くのSAN値チェックを受けなければいけない。才能云々ではSAN値チェックを逃れる事はできない。
それが自然に摂理。
「イーストって都市近くの森にスライムが出たらしい」
「スライム?……あぁ、あの臭いやつ」
整った顔を顰めて嫌そうにするのは白と赤の軽そうな鎧を纏う二十代に見えるスレンダーな女性。
腰にはポーチがあり、机には立てかける様に紅い槍があった。
その装備から軽戦士に部類するのだと分かるが、石突の消耗具合から槍というより棒術のように使っている事を伺わせる。その割には柄の消耗が少ないのが不思議といえる。
女性をよくよく見れば装備に見合う雰囲気を出しており、美しさと強さを両立している騎士のような空気を持つ。
一方で新聞紙を開いてスライム出現のニュースを言うのは、肩部分だけない様な忍び装束……の様な格好をした少女だ。
鎧姿の女性と比べて露出が多く、肌にはシミ一つない。
腰には二振りの刀があり、二刀流なのだろうと想像できる。
その服装は少女の異様さを表してると言えよう。
肌が出てるにしては傷や肌焼けも無く、二刀流で戦ってるならば新聞をめくる指はあまりにも細い。更には薬などを持ち運ぶためのバックやポーチといった物も一切身につけていない。
女性の方も肌には傷やシミは無いが、鎧には傷があり槍には手入れの跡がある。そちらには使い込んでる痕跡があるのだ。
一切の汚れも傷も無い少女は、まるで格好だけを真似したような……戦闘に携わる職業の者が見れば、本当に戦っているのか? と思える格好なのだ。
「そのスライムは倒されたの?」
「みたいだね。ランクAの氷剣って冒険者に」
奇妙な組み合わせではあるが、少女はその身の丈よりやや大きい新聞を面倒そうにめくり気になる情報を言う。
ランクAの冒険者、それも異名持ちともなれば大抵の魔物には会っている。
それはSAN値チェックを受けるリスクが少なくなるからで、冒険者におけるBランク以上は実力云々よりも正直“どれだけ魔物やモンスターと遭遇してきたか”でランクが決まりやすい。
もちろん一定以上の実力は必須だが、高い実力なのかは異名の有無で分かる。今回の場合は異名持ちのAランクなので非常に強い。
だからといって勇者に着いていけるかと聞かれれば、正直なところ微妙ではあるが。
「うーん、スライムって縄張り意識強かったよね。じゃあ他に魔物とか居ないだろうし、次行くのはイースト以外の……どこだっけ?」
「西か北か。正直北はまだ早いと思うけどね」
「ああ〜、北だと大きい森があったんだっけ? ムグムグ……たしか侵略の森?の前線基地があるとか」
テーブルに出された肉を頬張りながら、習った気がすると思いながらその内容を言う。
そんな行儀の悪さに少女は少し眉を顰めつつ話を続ける。
「さすがの君も領主に教えられた事は忘れないのか」
「あれだけ必死そうだったからね、頭が悪い私でも覚えているよ。誰かさんに散々『弱いから行くな』とも言われた事もね」
根に持ってる様子の女だが、少女の方は前言を撤回するつもりはないのか肩をすくめるだけだ。
女は余計に機嫌を落としたようで黙ってしまう。
実力が足りないことは女も分かっていた。
南から北上して来た彼女は徐々に強くなる魔物に実力不足を実感し始めていたからだ。
「なら西か。となれば国境近くのベルク谷が良い」
少女がそう言って持っていた新聞をテーブルに広げる。
女はそれを見るが、共通語でなく自身の知らない言語を見て顔には疑問符でいっぱい浮かんでいた。
そんな様子を見て少女は新聞の一部を指す。
そこには女にもなんとか読める簡単な外国語で“注意!”と書かれている。
その文字の下には画像があり、馬のような顔に光沢のある翼を持つモンスターが描かれてた。名前は、
「ハイウィング……だっけ」
少女はその答えに笑みとともに、正解と告げた。
続けてこのモンスターの説明をする。
ハイウィング
山岳地帯や渓谷などの高低差が激しい場所に生息し、特に縞瑪瑙が採れる地域に多く住むとされる。
ある程度の集団を作り、食べるのは基本肉。
その巣には大量の瑪瑙があり、一説には子どもに食べさせて翼を変質させてると言われる。
性格は大人しい。
だが生息域が微妙に人類と重なっているので、賞金をかけられる時が多い。
その特徴としt「あーあー!ストップ!」
「そんな言われても覚えられないよ。要するに何なの?」
「コイツらは瑪瑙が採れる場所に住むから頻度は高くないけど討伐依頼が出る。宝石関係だから報酬も高い。今回これに載ってるのはギルドの公表する討伐依頼」
「つまり?」
ここまで言ったから理解して欲しかった。
そう言わんばかりに大きくため息を吐きながら、少女は結論を言う。
「実力アップとお金の大量ゲット、運が良ければ宝石付き。そんな美味しい依頼が新聞に載ってるって意味」
「ふむふむ」
女は納得! とばかりに頷く。
普通なら理解したから頷いてるのだと思うが、少女はそんな様子を見てもう一度大きなため息を吐く。
「……もう少し簡潔に説明する」
「お願いします!」
やっぱり分かっていなかった。
悪気はないが馬鹿丸出しの女には何度も付き合ってきたので、その言葉を諦めとともに飲み込んでどう説明するのか悩む。彼女が理解していないのは分かるが、何を理解していないのかは分からない。
そして悩み……
「ハイウィングと戦うか否か、という事」
他の街への移動手段、資金繰り、ハイウィング用の装備、街の情報収集、他にハイウィング討伐に来るだろう冒険者ライバルetc.
色々引っくるめて、結局は倒す意思が重要だと思ったのだろう。
そんな悩みを知らない様子の女性は、
「おお〜、分かりやすい! たしかシャンタk…じゃなくって、ハイウィングは速くて硬いんだよね。……うん、戦う!」
「そう。なら早めに行くよ、勇者」
「了解、イズちゃん!」
悩みなど無いように快活に決断した。
それに対し少女…イズちゃんと呼ばれた者はわずかに笑顔になる。
こういう即断即決は好ましいと思ってるからだ。
女……勇者と呼ばれた者は槍を持って食堂から出る。
行き先の報告義務がある彼女は次の行き先が決まればまず冒険者ギルドに向かう。そこで報告するのだ。
過去に口酸っぱく少女イズが言ったから覚え、少女は女勇者に教えた量に対して覚えた量の少なさに怒りを通り越して涙をおぼえたが、こうして成果を見ると嬉しい気持ちもひとしおだ。
だが金も払わずに出て行ったことには腹が立っている。
だが悲しい事に勇者の尻拭い()に慣れて、いつも通り二人分の食事代を払い食堂を出る。
ギルドに向かう方向を見れば女勇者は少女を待っていた。
「イズちゃん一人だと絡まれるでしょ?」
そう言って手を繋ご、と手のひらを見せる。
それに少女は優しく笑いながら手を出して応える。
「アルは変なところで気がきくね」
「もちろん! 可愛い相手には優しく、が信条だからね」
仲良く手を繋ぐ二人は側から見れば姉妹のようで、
まるで街は平和であるかのようにも見えた。
第一話 瓦礫だらけの街中で
一応主人公は女勇者の方だけではなく、イズという少女もなんですよ。ダブル主人公というやつです(多分)。
まあその設定は多分第一章の間は活きていないと思いますが、そんな設定あったな……くらいの気持ちで読んでいただけたら幸いです。