2.わけあって憧れの大魔術師様と同棲中!(1)
翌日もよく晴れた爽やかな日だった。
私はちびっ子になったクラウス師長を連れて、魔術研究所へと出勤する。
「おはよう、エルマ! って、どうしたの? なんか朝から疲れてない?」
朝、魔術研究所で顔を合わせたサエラが私の顔を見るなり目を丸くする。
「おはよう、サエラ。いやー、昨日は色々あってさ」
私は彼女を心配させないようにへらりと笑う。でも、実際のところぐったりである。叶うことなら、今すぐ家に帰ってベッドにダイブしたいくらいだ。
うう、なんでこんなことに!
昨日、トリニタン・ワッフルで朝食を終えた私たちは、町でクラウス師長に合うサイズの子供服などを買い、ひとまず私の家に戻ることにした。これでは仕事どころではないし、プリスト所長もご存じなのでお休みの上長許可は取れていると勝手に判断した。
『狭いですけど、どうぞ。楽にしてくださいね』
私が暮らしているのは、魔術研究所から歩いて十五分ほどの場所にある小さなアパートメントだ。リビングダイニングルームと寝室の二部屋しかないが、ひとりで暮らすには十分な広さだ。
『今日はお仕事をお休みにしちゃいましたけど、明日から私が仕事中、師長はどうしましょうか?』
『仕事を滞らせたくないから、俺も研究所に行きたい』
『その姿で仕事するんですか?』
とんだワーカホリックだ。驚く私に対し、クラウス師長は当然のように言い放つ。
『お前に休みの間の執務の管理を頼んだことにする。そこに、俺も一緒に行く』
『なるほど。わかりました』
翌日から薬の効果が切れるまでの期間どうやって過ごすかを一通り相談し終えた頃には、すっかり夕方になっていた。
『師長、私ご飯作りますから待っていてくださいね』
『わかった。……あと、外ではその〝師長〟ってやめたほうがいいな。今日、ワッフル屋の店員が不思議そうな顔をしていた』
『え、本当ですか? 気付きませんでしたけど、確かに不思議がられちゃいますね。じゃあ、外では〝ジルド君〟と呼びますね』
クラウス師長は小さく頷く。
『ところで〝ジルド〟って誰ですか?』
『学生時代の同期の名前を借りた』
『なるほど』
会話が止まる。クラウス師長は小さな声で『色々と……済まない』と謝罪してきた。
心なしかシュンとしているように見える。
なんだこの可愛い生き物は。
見た目が天使みたいに綺麗なだけに、素直だったらめちゃくちゃ可愛いじゃないですか。
幼児のツンデレですか?
はまっちゃったらどうしよう。
『私にも責任の一端がありますから』
少なくとも私があそこで余計な魔法を使わなければ、クラウス師長が子供になることはなかったはずだ。本当に申し訳ない。
私はクラウス師長を安心させるように、にこりと笑う。
このとき私は、まだ〝魔力を放出できない〟ということがどんなに不便なことなのかを理解しきれていなかったのだ。
最初にあれっ、と思ったのはお風呂のとき。
いつまで経ってもクラウス師長が出てこないし水音ひとつしないのでどうしたのかと思って様子を確認しに行ったら、シャワーの魔力式自動水栓を開けることができずにひとり立ち尽くしていた。
『言ってくださいよ!』
『お前に入浴の手伝いをさせるわけにはいかないだろう』
『でも、手伝わないと入れないじゃないですか!』
『いや、しかしだな──』
手伝う、手伝わないの攻防をしばらくの繰り広げた結果、私が魔法で大きな容器を作り出し、そこに事前に適温のお湯を溜めておくことで決着した。
その後も、風を起こす魔導具が使えずに髪の毛びしょびしょのまま服まで濡らしていたり、部屋の明かりを付けることができずに真っ暗な室内に座り込んでいたり。とにかく人を頼らないので、きちんとケアしないととんでもないことになりかねない。
挙げ句の果てが寝るときだ。ベッドに寝ろと言っているのに『恋人でもない異性と同じベッドに寝るわけには──』と優等生の鑑のような台詞を言ってきた。どうしてもベッドに寝ようとしないので、最後は業を煮やして睡眠魔法をちょこっとかけさせていただいた。
五歳児と寝ても何も思いませんから!
そんなこんなで、昨日は散々だったのだ。