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1.想定外の事件です(7)

 食事がある程度終わったところで、声のトーンを抑えながらクラウス師長に尋ねる。クラウス師長は紙ナプキンで口元を上品に拭い、こちらを見つめる。


「わからない」

「え?」

「わからない。どれくらいの濃度で具体的になんの薬が混ぜ込まれていたのかがわからない以上、判断のしようがない」

「知らずに口にしたってことは、何かに混ぜ込まれていたんですよね?」

「恐らく、箱入りクッキーだ。昨日の晩、差し入れとして執務室に届いていた」

「その食べ残した分を調べればわかるんじゃないですか?」


 箱入りというからには複数枚のクッキーが入っていたはずだ。その残った分を調べればいいだけなのに、なぜそうしないのだろう。


「全部食べた」

「ええっ、全部?」


 箱入りクッキーを一枚残らず食べてしまった?


(どんだけ食いしん坊なの⁉)


「どこのどいつか知らんが、俺をこんな状態にするとはいい度胸だ」


 クラウス師長は忌々しげに吐き捨てる。不機嫌オーラ全開である。〝こんな状態〟になるとどめを刺した自覚があるだけに、クラウス師長の怒りが胃に突き刺さる。


「魔術研究所に戻って、もう一度プリスト所長に相談しましょう」

「さっき相談して何も解決策が得られなかったんだ。無駄だろう」

「じゃあ、ルーカス師長とかが相談に乗ってくれるかも……」


 ルーカス師長はクラウス師長と同じく筆頭魔術師のひとりだ。シュトール侯爵家の三男で、クラウス師長と双璧を成す優秀な魔術師でもある。なんでも、学生時代からのよきライバル関係にあったとかなかったとか。


「プリスト所長に相談してだめだったんだぞ? ルーカスに相談したところで解決は無理だろうな。魔法ではなく、薬だ。それに、誰がこんなことをしたのかわからない以上、俺がこんな状態になっていることはできるだけ周囲に知られたくない」


 確かにクラウス師長の言うことには一理ある。


 でも──。


「じゃあ、どうするんですか?」

「薬の効果が切れるのを待つ。そうすれば、プリスト所長が言う通り、俺が魔法を使えるようになって姿も自分で元に戻せる」


 薬の効果が切れるのを待つ?

 いつになるかわからないのに?


「失礼ですが、師長は独身でひとり暮らしですよね?」


 私は恐る恐るクラウス師長に尋ねる。クラウス師長が、爵位を継ぐお兄様夫婦に遠慮して屋敷を出てひとり暮らししているという噂を、クラウス師長ファンの女性から聞いたことがあったのだ。


「そうだ」

「住み込みのメイドとかは?」

「いない」

「ええっ! 元の状態に戻るまでの間、どうするんですか」


 しつこいようだが、この世界の様々な道具の動力源は魔力を使用している。魔力放出ができない状態というのは即ちそれらの全ての道具を使えないということを意味している。


 夜、明かりを点すこともできなければ、水道の自動水栓を開けることもできないし、魔力認証の鍵を開けることもできない。つまり、日常生活を送ることさえままならないのだ。


「ご実家に帰られますか?」

「いや、それは避けたいな。俺がこの姿であると悟られる可能性が高くなる」

「じゃあ、どうするんですか!」

「…………」


 黙り込むクラウス様を見ていて、頭痛がしてくるのを感じた。


 こんな子供の姿で、しかもほとんど魔力を放出できない?

 このまま放置したら、野垂れ死にしてしまう。


 しばらくお互いに黙り込み、沈黙を破ったのは私のほうだった。


「仕方がありませんね」


 何かいい方法はないかと考えたけれど、これ以外に名案が浮かばない。


「元に戻るまで、責任を持って私がお世話します!」


 エルマ=ホフマン、十九歳。困っている人が目の前にいるのに放っておけるほど冷たくはない。

 私は胸に手を当てて、声高らかにそう宣言したのだった。



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