1.想定外の事件です(6)
その後、私たちは揃って魔術研究所のプリスト所長のところに向かった。プリスト所長ならクラウス師長のこの状態を解いてくれるかもしれないと思い、相談に行ったのだ。
しかし、言い渡されたのは非情な宣告だった。
「これは、私にも解けそうにありませんね」
「ええっ!」
プリスト所長は言わずと知れた、リスギア国で一番の大魔術師だ。つまり、プリスト所長に解けない魔
法は誰にも解けない。私の横に立つクラウス師長も呆然とした表情をしている。
「魔法のかかり方に原因があるのですが……、時期が来ればクラウスが自分で解けるでしょう」
「そんな……」
魔法のかかり方って何?
そんな特殊な魔法のかけ方した覚えがないんだけど?
っていうか、補助魔法かけただけなんですけど!
「まあ、クラウスはここ数カ月、休みも取らずに働き詰めでしたからねぇ。少し休むのも悪くはないと思いますよ」
プリスト所長はなぜか愉快そうに笑う。
(笑いごとじゃないよ!)
そんなこんなで、私達は為す術なく所長の下を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
すっかりと日が高く昇り、町は一日で最も活気に溢れる時間を迎えていた。
そんな中、私は横を歩くクラウス師長をちらりと見下ろす。唇を一文字に引き結び、見るからに不機嫌そうだ。
「おい」
「はいっ」
クラウス師長に呼びかけられ、私はびくりと肩を揺らす。
「どこに行こうとしている?」
さっきサエラやショーンさんに愛嬌を振りまいていた可愛い子供はどこですか?
あれは幻覚だったんですか?
不機嫌オーラ全開で問われ、半ば泣きたい。なんで私がこんな目に。
「師長、お腹を空かせていますよね? ご飯を食べに行きましょうか? どこかお気に入りのお店はありますか?」
「特にない」
クラウス師長はボソリと呟くと、押し黙る。
(気まずい……)
普段、こんなに機嫌が悪い子供(中身は大人だけど)と出かけることなんてないから、どうすればいいのかわからなくなる。
せめてお気に入りのお店を言ってくれるとかすれば、「あそこ、美味しいですよね!」とか他愛ない会話から話を広げられたのに!
私は小さく嘆息すると、自分のお気に入りのお店に行くことにした。美味しいものを食べたら気分も上向くかもしれないしね。
しばらく歩くと、赤と白のしましま模様のサンルーフが目印のポップな雰囲気のお店が見えてきた。
「ここは? トリニタン・ワッフル?」
クラウス師長は初めて来るお店だったようで、看板を見上げている。
「ここ、美味しいんですよ。セットメニューだとお得に食べられるんです」
トリニタン・ワッフルは焼きたてワッフルのお店で、セットにすればふわふわオムレツとサラダ、ベーコンと飲み物のセットがたったの一リットで食べられるのだ。もちろん、お店の看板メニューであるワッフルも付いている。しかも、ワッフルは食べ放題!
「トリニタンセットで。師長も同じでいいですか?」
「ああ」
頼んで間もなく、愛想のよい店員さんがワンプレートを運んできた。ワッフルだけは籠に入れて別置きだ。
「…………。美味しい」
ボソリと聞こえた声に、私はぱっと顔を明るくする。
「ですよね! すごく美味しいんです。師長の口にも合うようで、よかったー」
クラウス師長は侯爵家の人なので、庶民派ワッフルが口に合うのかとどきどきだった。けれど、そんな私の心配をよそにクラウス師長はどんどん食べる。結局、ワッフルを二回もお替わりしていた。
(お腹は空いていないなんて強がっていたけれど、本当はペコペコだったよね?)
なんて強がりな人なんだ。
世の女性憧れの存在でありエリートでもあるクラウス師長を、私は神々しい存在だと思っていた。けれど、意外に普通の人間らしい一面があって親近感が湧くのを感じた。
「それで、師長の症状ってあとどのくらいで治るんでしょうね? プリスト所長はクラウス師長が魔法を解くしかないって仰っていましたけれど」