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【電書化】困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています!  作者: 三沢ケイ


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6.予想外の展開です(3)

 クラウス師長は私にこの力のことを気付かせてはくれたけれど、その力を利用してどうこうなど一度もしたことがない。力を利用したのはせいぜい、子供の姿から戻ろうとしたときくらいだ。


 納得いかなくて言い返そうとしたが、その前にショーンさんが口を開く。


「それはそうと、エルマ。よかったら今日は一緒に食事に行かない?」

「え? 食事ですか?」

「うん。手伝ってくれたお礼もかねて。以前誘ったときは師長の親戚の子供を預かっていたせいで行けなかっただろ?」


 確かに、クラウス師長と過ごしていたときに『ジルド君がいるから』と言って食事を断っていた気がする。今はクラウス師長もいないし、この後予定もない。


「じゃあ──」


 私が口を開きかけたとき「エルマ」と呼ぶ声がして私は声のほうを振り返る。研究室の入り口に、クラウス師長が立っていた。


「あれ、クラウス師長?」

「エルマ、そろそろ帰るぞ」

「え? あ、はい」


 私が一緒に帰ることが決定事項かのようにクラウス師長に呼ばれて、思わずそう答える。


(今日、クラウス師長と何か約束していたっけ?)


 全く記憶にないので、ど忘れしているのかもしれない。


「ショーンさん、すみません。師長と約束していたことをすっかりと忘れていました」

「……そう」


 ショーンさんの表情が明らかに不機嫌そうに歪められたような気がして、私はどきっとした。けれど、それは一瞬のことで、ショーンさんはすぐにいつもの穏やかな表情に戻る。


「残念だけど、仕方がないね。また今度」

「はい」


 私はぺこりとお辞儀をすると、クラウス師長のほうへと駆け寄ったのだった。




 急いで帰る準備をするついでに鞄の中に入っていた手帳を確認して、私は首を傾げる。


(なんにも書いていないけど?)


 今日の日付の欄には何も予定が書かれていなかった。仕事の約束をする際は忘れないように必ずメモを取ることにしているつもりだけれど、書き忘れてしまったのだろうか。


(本当に、なんの約束だっけ?)


 困ったことに、全く思い出せない。研究室を出ると、クラウス師長は魔術研究所のエントランスホールにある柱のひとつに背を預けて立っていた。


「お待たせしました」

「いや、構わない。行くか」


 クラウス師長は顎で入り口を指す。私はその後ろを慌てて追いかけた。

 私はやや困惑しつつ、クラウス師長の横顔を窺い見る。


「あのー」

「なんだ?」

「どこに向かっているのでしょうか?」

「どこがいいかな? 前にエルマと行った海鮮料理店はどうだろう?」

「え?」

「今日は海鮮料理の気分ではないか?」

「いえ、そういうわけではないですが」


 クラウス師長はほっとしたような顔をする。一方の私は混乱を極めた。


(クラウス師長と食事に行く約束をしていたんだっけ?)


 全く記憶にないけれど、至極当然にレストランへ向かって歩くクラウス師長の様子を見るときっとそうなのだろう。そして、混乱の理由はもうひとつ。


「師長」

「なんだ?」

「なんで手を握っているのでしょうか?」


 クラウス師長の手は、しっかりと私の手を握りしめていた。


「いつもはぐれないように握って歩いていただろう?」


 クラウス師長は何を当然のことを、と言いたげに首を傾げる。

 それはあなたが五歳児の姿をしていたからです! と私は心の中で突っ込みを入れる。


(あれ、私がおかしいのかな?)


 お互いに大人なのだから手は繋がなくていいと思います、と言うべきか否か。悶々と悩んでいると、クラウス師長が不意に足を止める。いつの間にか目的のお店に到着したのだ。


「ここ、美味しかったからエルマとまた来たかったんだ」


 看板を指さし、クラウス師長は嬉しそうだ。


(もしかして、ここに来たくて、でもひとりだと来づらくて私を誘ったのかな?)


 嬉しそうなクラウス師長を見て、そんなことを思う。紹介したお店を気に入ってもらえたなら私も嬉しい。


「気に入っていただけていたなら、私も嬉しいです」

「ああ。明日は中央ストリートのグラタンの店に行こう」


(……明日?)


 知らないうちに、明日も私はクラウス師長と食事をすることが決まっているらしい。


「エルマ、どうした?」


 驚いて固まる私を見て、クラウス師長は心配そうに顔を覗き込む。


「あの……、私とふたりで出かけて大丈夫なのですか?」

「何が?」

「ケイリー様が誤解されるのではないかと」


 そう言いながら、胸にちくんと痛みを覚える。恋人がいるならば、私とこうして出かけるのはあらぬ誤解を招く。


 そもそも、今考えると五歳児の姿とはいえ一カ月もの間私と一緒に住んでいたことも相当まずいような気がする。心配する私に対し、クラウス師長は小首を傾げた。


「ケイリーがなんの誤解をするんだ?」

「恋人同士ではないのですか? 婚約間近だと聞きましたが──」


 クラウス師長の目が大きく見開く。そして、片手で口元を覆うとけらけらと笑いだした。


「ケイリーと俺が? それはないな。お互いに好みから外れすぎている」

「え? そうなのですか?」


 驚く私の顔を、まだ笑いが止まらない様子のクラウス師長が覗き込む。


「ああそうだ。で、グラタン屋には行くだろう?」


 クラウス師長は私の顔を覗き込むように体を屈める。


「……それなら、行こうかな」

「よし」


 クラウス師長はにこりと笑う。


(よっぽど気に入ってくれたんだなー)


 どうせ家に帰ってもひとりでご飯を食べるだけだから、クラウス師長と食事できるほうがお喋りもできて楽しい。

 お値段が手頃で美味しいお店を選んでクラウス師長を連れて行っていたのだけれど、本人が思った以上に気に入ってくれたことが嬉しい。


「ところでエルマ、もしかして俺がケイリーと恋人だと思って悩んでいたのか?」

「え? ええ、まあ」


 そりゃ悩むでしょ。

 恋人がいる人と一緒に出歩いて修羅場に巻き込まれたら困るし、正直もやもやしたし。


「それはないから安心しろ。そんなことに妬くなんて、エルマは可愛いな」

「え?」


(今可愛いって言った? 聞き間違い?)


 動揺する私をよそに、ちょうど注文を取りに来た店員さんにクラウス師長は機嫌よさげに料理名を告げる。結局、その言葉の真意は聞けずじまいだった。


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