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【電書化】困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています!  作者: 三沢ケイ


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3.おちこぼれ魔女の秘密(1)

 クラウス師長がこの姿になって早三週間が経つ。

 最近はすっかりとこの生活にも慣れてしまった。


 私はいつものように今朝届いた書類を仕分け、クラウス師長に渡す。


「助かる」


 クラウス師長は一言そう言うと、すぐにその書類の束を読み始める。私と過ごすようになってから休日に仕事をすることはなくなったけれど、ワーカホリックは相変わらずだ。


 ふと書類を読んでいたクラウス師長が顔を上げ、本棚を見上げた。片手を上げて、意識を集中させている。


「頑張れー」


 私が声をかけるのとほぼ同時に、本棚の上段に置かれていた本がクラウス師長の手に載った。


「やったー。成功!」


 今のは、物質移動の魔法だ。離れた場所にある物を手を触れずに動かすときに使う。当の本人のクラウス師長は、ちょっとびっくりしたようなポカンとした表情をしている。


「師長、だいぶ魔力の放出量も戻ってきたし魔法も使えるようになってきましたね」

「ああ。昨日の夜、台所の鍋で試したときは使えなかったんだがな」


 クラウス師長は少し戸惑った様子だったが、嬉しそうにはにかむ。


 ああ、天使のはにかみ、可愛い!


「ってことは、昨晩より使える魔法が増えてきたってことですね! いい傾向ですね」


 クラウス師長の魔力放出量は未だに通常の人の五分の一にも満たない。クラウス師長の本来の放出量から考えると数十分の一かもしれない。


 けれど、なんとかひとりで魔法認証の鍵を開けたり閉めたりすることはできるようになったし、使える魔法も徐々に増えてきた。

 物質移動の魔法は高度魔法に属する難しいものなので、これができるとなると、私の意味不明な魔法を解いて完全復活する日もそう遠くないかもしれない。


「物質移動ができると、だいぶひとりでできることが増えますね」

「そうだな」


 クラウス師長は頷く。そして、ふとこちらに目を向けた。


「今日はここの手伝いはいいから、研究室に行っていいぞ」

「え、いいんですか?」


 私は驚いてクラウス師長を見る。

 実はもう、丸々三週間近く自分の研究をしていない。


「お前の研究、だいぶ滞っているだろう。行ってこい。色々、検討したことを試したいだろう?」

「はい」


 自分の研究が上手くいかない理由を考え、クラウス師長からも色々とアドバイスをもらった。正直言うとそれを試してみたいという気持ちはあるので、久々に自分の仕事に戻れるのは助かる。


「師長は大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫だ」


 少し迷ったものの、ありがたく好意に甘えることにした。


「はい。じゃあ、少しだけ行ってきます」


 部屋を出ようとしたところで、トントンとノックする音がした。


「誰でしょう?」

「さあな」


 クラウス師長も首を横に傾げたので、私はドアを開ける。そこには、ショーンさんが立っていた。


「あれ? ショーンさんどうしたんですか?」

「師長ってまだ戻ってこないの?」


 ショーンさんは開口一番にそう言った。


「まだみたいです。そういえば、出張に行かれた当日にも『用事がある』って仰っていましたね。手紙を書いてくだされば、他の書類と一緒に届けますよ?」

「いや、いいんだ」


 ショーンさんは歯切れ悪く口を噤むと、首を横に振る。


「そうですか?」


(何かしら? 急いでいるなら、書けばいいのに)


 少し不思議に思ったけれど。本人がいいと言っているのだから手紙を書くことを強要することもできない。


「もし戻ってきたら、教えてくれる?」

「はい。わかりました」


 私が頷くと、ショーンさんは階段のほうへと歩いて行く。

 ドアを閉めると、私はクラウス師長のほうを振り返った。


「何の用事だったんでしょうね?」

「知らん。何かについて、俺と直接話がしたいのだろう。ただ、手紙を書かないところから判断するに、至急の案件ではないだろう」


 クラウス師長は執務イスの背もたれに背を預けたまま、書類を捲る。


「そうですね。私、お言葉に甘えて研究室に行ってきます」

「ああ」

「じゃあ、また後で」


 私はクラウス師長にそう言い残すと、久しぶりに自分の職場へと向かったのだった。



     ◇ ◇ ◇



 作業していた仕事が切りのいいところまで終わり、両腕を上に伸ばして体を解す。執務机の上を確認すると、まだたくさんの書類が積まれていた。


(腹が空いたな)


 空腹感を憶えて、今朝エルマが持ってきた籠を漁る。中には、エルマ特製のカップケーキが入っていた。エルマが、俺がすぐにお腹を空かせるからとたくさん作ってくれたものだ。

 薬が混ぜ込まれたあの日以降、俺はエルマが用意してくれたもの、もしくは店で注文してすぐに出されたもの以外は口にしないようにしていた。


「美味しいな……」


 エルマも驚いていたが、俺は魔力が多いのでエネルギー消費が激しくてすぐにお腹が空く。もぐもぐと、あっという間に三つ目を食べ始める。

 ここ最近は毎日のようにエルマと一緒に軽食を摂っていたので、ひとりで軽食を摂るのは久しぶりだ。いつも『たくさん食べてくださいねー』とにこにこしながらこちらを見るエルマの表情が浮かび、なんとなく寂しさを感じた。


「さてと。続きをやるか」


 気を取り直して、執務机に積まれた書類をひとつ取る。建設局から、運河にかかる橋の建築のために一時的に水を堰き止めたいが、魔法でなんとかならいかという相談だった。


「水魔法か」


 理論的にはできなくはないだろう。ただ、かなり計画を綿密に練らなければならない難作業になることは間違いない。


 過去に同じような事例はなかったかと文献を読み返したくなって本棚を見る。目的の本は一番上の段に入っていた。


「くそっ、届かないな」


 手を伸ばすが、今の身長では手が届きそうにない。


(そうだ、魔法で──)


 先ほどのように手のひらに意識を集中させ、本を魔法で移動させようとする。しかし、先ほどできたはずの魔法が上手く使えなかった。


「くそっ。また上手くいかないな」


 俺は舌打ちする。


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