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第九話 人命救助的なアレ


 最初に感じたのは胸の痛み。

 そしてそれがぐぐっと喉をせり上がってきて、一気に口から飛びだした。


「げほっ、げほっ……!」


 息ができないくらい咳き込んでから、背中を誰かがさすってくれているのに気がつく。

 それと同時に、頬を温かく湿った物がチロチロと撫でた。

 ぼやけた視界が像を結ぶと、どアップのクリーム色と大きな黒豆が二つ。


「マ、マロン……?」


 それは元気そうに舌を垂らして口角を上げているマロンだった。

 毛が濡れていてぺったりしているから、ただでさえ小さな身体がいつもの半分くらいしかない。


 わたくしは思わず、そのマロンの小さな身体を胸に抱き寄せた。


「ああ、マロン、無事だったのね! 良かったわ……」

「何が良かっただ。浮き輪につかまっていろと言ったはずだぞ」


 怒気をはらんだ低い声が頭上から振ってきて、わたくしは恐る恐る声の方を見上げた。

 するとすぐ傍らに、まぶしいほどに鍛えられた上半身裸のままのライネス王子が立っていた。

 片手を腰に当て、もう片手で雫の垂れる前髪をかき上げる。


「ライネスさま!?」

「チワワがキャンキャンと吠えまくるから何事かと思えば……もう少しで死ぬところだったぞ。そもそもチワワは召喚獣なのに、なぜ主人を助けない?」


 それじゃ、マロンが吠えて助けを呼んでくれたの!?

 ああ、なんて良い子なの……。

 そう感動すると共に、ライネス王子がマロンを責めていることに気がついた。

 なんてこと! マロンはとっても頑張ったっていうのに!


「マロンはわたくしの命令に従ったまでです! この小さき身体で水中にいては低体温になりもちませんわ。そうなると、すさまじく凶悪でおぞましい本来の姿に戻るしかありませんが、この代々の国王を祀った神聖なバル湖を(けが)すなど、断じて許されることではありません!」


 カッなってそこまでまくし立ててから、相手が自分より遥かに地位が上の王子さまだったということを思い出した。

 今さらながら、少しだけトーンダウンする。


「ゆ、故に……わたくしはマロンに、浮き輪の上に残ったまま助けを呼ぶよう命じたのです」


 我ながら、死にかけたのによくスラスラと嘘がつけるものね。

 しかも春とはいえ身体が冷えすぎて、震えながら声を張り上げたから、迫真の演技よ。

 その証拠にライネス王子もビックリした顔でわたくしを見ているわ。


「おお! なんと、自らの命を危険にさらしてでもバル湖の神聖性を守るとは……これぞまさに宮廷召喚士の鏡だ!」


 あれは確か、第四王子の護衛の子爵令息かしら?

 えらく感動してくれて、それに流されたのか周りからも賞賛の声がささやかれ始めた。


 ていうか、ここどこよ?

 首を巡らしてみれば、そこは湖岸だった。

 周りを各王子とその護衛、儀式に参加した大司祭や神官たちに囲まれていて、さらにその向こうには桟橋前で儀式が終わるのを待っていた兵士たちまで人垣を作っている。


 ええっと、わたくしは溺れてしまったのね、そして……えっ。


「まさかわたくし、ライネスさまに助けていただいたのでしょうか?」


 信じられない思いで、横に立つライネス王子に尋ねた。

 するとライネス王子はなぜか軽く目を細めて「ああ」とつぶやくように答える。


「今回はチワワを優先したというのは分かったが、次からは自らの身を最優先に守れ。命より大事なものなど無いのだからな」

「え……は、はい!」


 いつもは冷え切ってるはずのライネス王子の声が、なんとなく柔らかい。

 まさか、ライネス王子がわたくしを心配してくださるなんて!

 そういえば私が意識を取り戻したとき、誰かが背中をさすってくれていたけど、あれって位置的にライネス王子よね?


 突然のライネス王子の優しさに、わたくしはビックリしすぎて、なんというか……胸がギュッと苦しくなる。


 じゃあライネス王子はあの後すぐに戻ってきて、わたくしを……って、ちょっと待って。


「あのっ、それじゃ、カインさまとアネリは!?」


 ライネス王子はカイン王子を助けに湖に飛び込んだはずじゃ?

 慌てて周囲を見渡すと、いたわ、カイン王子が。

 人垣の最前列、ずぶ濡れになって、同じく濡れているアネリの肩に毛布を掛けてあげている。


「私が着いた時点で、既にカインたちはキマイラにつかまって水中にいたんだが、案の定、水が苦手なカインはパニック状態でな……ロナードのボートは無事だった故、そこまでつれていってやった」


 そ、そうなの、キマイラ、泳げたのね。

 水が嫌いなのに頑張ってえらいわ。

 けれどもトゥルーエンドに向かうシナリオの、溺れそうになったアネリをライネス王子が助けるっていうエピソードは無くなって、代わりに……。


 え、ちょっとまって。

 ライネス王子がわたくしを助けてくださったようだけど、わたくしは溺れて水を飲んでいたわけで。


「あっ、えっと、その……まっ、まさか、お、溺れたわたくしに、ライネスさまが直々に心臓マッサージとか、さらにはマウストゥーマウ……」

「ただの人命救助だ。人工呼吸をせねば、お前はそのまま死んでいただろう。文句は言うな」


 ライネス王子はさっきまでの優しさはどこへやら。

 それだけ吐き捨てるように言い放ち、大股で周りの人垣を強引に割って去って行こうとする。

 その広い背中を見送りながら「人工呼吸……」と思わずつぶやくわたくし。


 そ、それって、わ、わ、わたくしの、ファーストキス!?

 なんてこと! しかも意識がないうちに終わってしまっているだなんて!

 ……これはノーカンっていうやつじゃないかしら?

 だってそうでしょ、わたくしには何も記憶がないんだから!


 そうすることにしたものの、頬の熱はなかなか去らない。

 恥ずかしいからマロンに頬をすりよせてごまかすことにするわ……。


 ライネス王子が去って行ったのを機に、周りの人垣が安堵と共に緩んでいった。

 そして兵士の一人がわたくしの肩に毛布を掛けてくれる。

 ああ、全身びしょ濡れで寒いわ。

 マロンも寒いわよね、早く帰ってシャワーを浴びなくちゃ。


 なんて感じにめでたしめでたし感が漂った、そのとき。

 わたくしの膝元に、すがりつくようにして誰かが倒れ込んできた。


「もももも、申し訳ございませんっ! まさかロッドがキャスティーヌさまのボートにまで穴をあけていただなんてっ」


 コーディだった。

 涙と鼻水で顔はドロドロ、取り乱して髪もボサボサで、一瞬だれだか分からなかった。


「なっ、コーディ、どうしたの? なにが……ロッドってあなたの召喚獣よね?」

「申し訳ございませんっ、アネリのボートだけ狙ったつもりがっ……」


 えっ、ちょっと待って。

 なにこの子、悪事を白状しちゃってるの!?

 まだ周りにはたくさん人がいるっていうのに!


「それはどういうことだ?」


 地獄を這うような低い声に、身体がビクリと震える。

 振り返らなくても分かる、ライネス王子だわ。

 まだ近くにいたのね……。


 コーディも自分の言動がマズい事態を引き起こしていると、やっと気づいたようで、かわいそうなことに顔を真っ白にして目を見開き、唇を震わせた。


「アネリのボートを狙った、だと?」


 ダメ押しのライネス王子の詰問に、周囲に緊迫した空気が流れる。

 集まっていた人たち全員の視線が、コーディに注がれていた。


「コーディ、落ち着いて。ロッドがどうかしたの? ボートに穴って、どういうこと?」


 わたくしは再び迫真の演技で、コーディを落ち着かせるべく穏やかな声で問うた。

 わたくしは何も知らない。

 そう、前世のゲームの記憶で、このコーディがやったっていうのは知っているけれども。


「えっ、あ……キャスティーヌさま……わ、わたくし……」


 そこで突然コーディはわたくしから離れると、地面に頭突きする勢いで身体を伏せた。

 いわゆる、ザ・土下座だわ。


「申し訳ございませんっ! わたくし、キャスティーヌさまがアネリを嫌っていたので、王宮から追い出してしまいたいと思い、ボートに穴を空けたのです!」


 突然の告白に、周囲にはこれだけの人がいるというのに、恐ろしいほどの沈黙が広がった。

 そんな静寂の中、ライネス王子が「それは……」と口を開く。


「つまり、お前がカインたちのボートの船底に穴を空け、わざと転覆させた、と……おい、この娘を捕らえろ!」


 最後の一言で、周囲にいた兵士たちがザッと駆けより、地面に伏したコーディにつかみかかる。

 すると少し離れたところにいたロッドが猛スピードで飛んできて、その鋭い爪で兵士たちを襲い始めた。


「ロッド、やめて! もういいから! ごめんね、私が悪かったの……」


 コーディがロッドをなだめ、そのまま連行されていこうとする。


「コーディ、待って! その、わたくしのためにアネリを溺れさせようとしたのは分かったわ。けれども、なぜ他のボートまで?」

「それが、少し目を離した隙に……きっとロッドは穴を空けるのが楽しくなって、他のボートにまで穴をあけてしまったのだと思います……」


 ええええ?

 そんなことってある?

 前世のゲームでは、転覆したのはアネリが乗っていたボートだけよ?


 困惑しているわたくしの目の前で、今度こそコーディが連れて行かれた。

 すると気づけばわたくしのすぐ横に、ライネス王子が立っていた。


「あの娘にはこの後、じっくり話を聞こう。そしてキャスティーヌ、お前にも聞きたいことがある。あの娘の悪事、お前は関係ないと言い切れるか?」


 それは先ほど見せた優しさのカケラもない、怒気のにじむ極寒ツンドラのような声だった。


「も、もちろんですわ! 彼女とは親しい間柄ですけど、まさかそんな、カインさまの命を危険にさらすようなこと……」

「では、なぜ私たちのボートにだけ救命用の浮き輪があった? 調べさせたところ、他のボートにはなかったが」


 ドキッ!

 そ、そんなことまで調べちゃったのね……。

 今回はさすがのわたくしも動揺を隠しきれなかった。

 しらばっくれるのはもう無理ね。


「気づいてしまわれたのですね」

「正直に白状しろ」

「実はわたくし…………泳げないのです」

「……は?」

「本当はボートに乗るのがとても恐ろしくて……ですが宮廷召喚士のはしくれとして、ボートが恐いからと職務を放棄するわけにはいきません。ですから心の支えにと、昨晩、侍従に頼んで浮き輪を忍ばせておいたのです」


 そこで切なげにさりげなく溜め息をつく。


「まさか本当に、あの浮き輪が役に立つとは……ですが、こんなことになると分かっていれば、マロン用の浮き輪も用意しておくべきでしたわ」


 そこで長い沈黙が続いた。

 だ、だめだったかしら?

 わたくしの演技、もう主演女優賞レベルだと思うのですけど……。


「その言葉、嘘はないと天地神明に誓えるか?」

「もちろんです! 第一、わたくしはライネスさまに助けていただかなければ、溺れ死んでおりましたわ」

「ふん、いいだろう。しかしそもそもお前が過度にアネリを敵対視したせいで、このような事件が起こったのだ。何らかの責任を取ってもらわねばならん……建国記念パーティーが終わったら、お前はクビにする」

「えっ……クビですって!?」


 しかしライネス王子はもう何も言うことはなく、今度こそすべてを振り切るようにして早足で去って行ってしまった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

なるべく一つのエピソードごとに投稿しているので、時々今回みたいに文字数が多い回があってすみません……。

物語的には起承転結の転に突入してます。

どこかに番外編を挟み込む予定ですが、予定通り二十話まではいかないかなと思います。


そして感想やブクマや評価(↓の方にある☆)をいただけると励みになります!

最後までなるべく毎日更新で頑張りますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライネス様イケメンですねー^_^ マロンちゃんが話の大事な所でいつもキャスティーヌちゃんに寄り添ってくれるのが良いですね。マロンちゃんマジで良い子……。 私、猫派なんですが、ちょっと犬派に…
[一言] ライネス王子がイケメンすぎるって思ったんですけど、まさかキャスティーヌをクビにするとは……。
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