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第四話 新しい作戦


「あら、アネリ、ここは王宮ですわよ? またそんな汚らわしい服を着て。あなたは宮廷召喚士としての最低限の身だしなみもできないのね」


 今日も今日とて、挨拶代わりにアネリに嫌味を飛ばす。

 朝議を行う広い会議室の中、私のすぐそばに立っているアネリは恥ずかしそうにうつむき、少しも乱れていないスカートの裾をおずおずと直した。


 そしてアネリの横にお行儀良く座っているキマイラは、主人を馬鹿にされて憮然とした顔をしているものの、私の腕の中のマロンとは目を合わせようともしない。

 相変わらずマロンが恐いのかしら?


 アネリとは朝議に出席する王子を護衛するために毎朝顔を合わせているから、嫌味を言うのももう日課。

 たまにネタが無くて困るくらいよ。


 ただし朝議に出席する王族は国政に参加している国王と第一王子のライネス王子、そしてライネス王子の補佐を行うカイン王子とロナード王子だけ。

 室内には既に宰相や各大臣の他、三人の王子とその護衛の宮廷召喚士がそろっていて、後は国王がやってくるのを待っている状態だった。


 それにしても、これだけ毎日わたくしに嫌味を言われても、アネリはひたすら堪えるだけ。

 どうしてなの?

 そろそろ何か言い返しなさいよ! ついにわたくしと同じ宮廷召喚士という立場になったのだから。

 それにキマイラなんて立派な魔獣を召喚したんだもの、もう少し自信を持てばいいのに。

 そんなに気が弱いんじゃ、王妃になんてなれないわよ?


 そう、わたくしはまだ諦めていないわ。

 アネリはどういうわけか、本来わたくしが護衛を務める予定だった第二王子であるカイン王子に指名されたの。

 どうしてゲームと逆になっちゃってるのよ、もう!

 って、本当は理由が分かってる、キマイラよ。

 キマイラがカイン王子の好みにドストライクなのよ、きっと……。


 だから新しい作戦はこうよ。

 ライネス王子の目の前でアネリを虐げることで、わたくしはライネス王子に嫌われ、ライネス王子はアネリに同情して興味を持つ。

 そしてライネス王子はカイン王子に護衛の交代を申し込み、カイン王子は気が弱いから断れない、と。


「あの、えっと……私の制服が、なぜか汚れてしまっていまして……」

「あら、そうなの。どうせ寝ぼけて汚してしまったんじゃなくって?」


 宮廷召喚士には制服がある。兵士にとっての軍服みたいなものね。

 そもそも宮廷召喚士は王子を護衛するわたくしたちだけでなく、王宮の警護を行う者や軍に所属する者など色んな職務があって、それぞれ制服の色が違うわ。

 わたくしたちの場合、女性ならダークレッドの膝丈のワンピースタイプで、上半身には革製のベストを着て、同じく革製のブーツというスタイルよ。

 しかし今日のアネリは苦肉の策なのね、召喚士養成学院の制服を着ているの。

 形は似ているけれど、地味な焦げ茶だし生地の質も数段落ち、そして着古されているわ。


 ちなみにアネリの制服を汚したのはわたくしじゃないわ。

 召喚士養成学院時代も含め、わたくしはアネリに嫌味を言ったり仲間はずれにしたりはしたけど、すべて言葉だけで何か行動に移したことはないの。


 友人やわたくしの取り巻きとお茶会をした折に、アネリのことが気に入らないとぼやくだけ。そうすると伯爵令嬢であり超有名な召喚士一族のわたくしのファンの誰かが、アネリに嫌がらせを行うという仕組みよ。

 だから今まではアネリに直接暴力が向かうなんてことはなく、今回みたいに持ち物が汚されたり壊れていた、なんていう陰湿ないじめが一番多いわね。


 本当はそんなこともさせたくないのだけど……わたくしは悪役令嬢だから……。

 ああ、どうせなら人をいじめるのが好きな、サディスティックな人をキャスティーヌに転生させればいいのに。


 それにしても今回は誰がアネリの制服を汚したのかしら?

 王子の護衛を務める宮廷召喚士は、王子の居室の近くに個室を用意してもらえるの。

 その部屋に誰かが忍び込むのは難しいと思うのだけど……。


 もしかして今回はわたくしのファンではなく、カイン王子の侍従や侍女かしら。

 それなら部屋に忍び込む難易度も低いわね。

 召喚士自体、貴族の者がほとんどだから、王子の護衛に選ばれた宮廷召喚士の中だと平民の出はアネリ一人。

 それが気に入らなかったのね、きっと……。


「キャスティーヌ、そんな冷たいことを言わなくてもいいんじゃないかな? どうせ朝議に出席するのはいつもの決まったメンバーなのだから、服装なんて気にしないよ」


 少しぎこちない響きを含んだその声の主は、アネリを護衛に選んだカイン王子だ。

 自分の椅子に腰掛け、首をひねって後ろに立つわたくしたちに視線を送ってくる。


 その視線が少し、非難めいて見えるような?

 あまりにも毎日のやりとりなもんだから、うんざりしちゃったかしら?

 おかしいわね……ゲームの知識だけど、カイン王子はこう見えて気の強い女性が好きらしいのに。


「あら、カインさまは随分と寛大でいらっしゃいますね。ですが女性が身だしなみを整えるのは当たり前のこと。ましてやここは王宮ですわ。ただでさえアネリは地味な外見で品性の欠片もないのだから、せめて制服くらいきちんと身につけませんと」


 わたくしはいかにも「これはアネリ本人のためなのです」と言わんばかりに呆れた表情を作って溜め息を付く。

 するとさすが控えめなカイン王子、困ったように口ごもって何も言い返してこない。

 まあ予想通りだわ。

 なんて思っていたら……。


「キャスティーヌ、その娘だけでなく我が弟まで愚弄するつもりか?」


 それは背筋が凍えるほどに冷たく、そして不機嫌な声だった。

 ライネス王子は座っていた椅子からサッと立ち上がると、こちらを振り返る。

 そしてオオカミを思わせるような鋭すぎる金の瞳でわたくしを射すくめた。


 背が高いものだからそれだけで迫力満点過ぎて、わたくしは反射的に一歩後ずさってしまった。

 けれど、怖がっちゃダメ。

 これぞまさに狙っていた展開なのよ!

 なにせわたくしはライネス王子に嫌われなければならないんですもの。


「あら、申し訳ございません、そのようなつもりは……」

「お前は貴族の出かもしれぬが、王族になったわけではない、単なる宮廷召喚士だ。図に乗るな」


 有無を言わさぬ高圧的な物言い。

 もう十分すぎるほどに嫌われているような……。


「ライネス兄さん、レディ相手に言い過ぎだって」

「そうです、私も気にしませんから……」


 慌てた様子で割り込んできたのは、それまで隣の席の大臣とくっちゃっべっていたロナード王子と、なんだか大事になってしまって恐縮しているカイン王子だ。

 けれどもライネス王子は私から視線を外そうとしない。


 ど、どうやってこの場をおさめればいいの!?

 もう一度謝罪をしてみて、とにかくこの凍りついた雰囲気を……。

 と思ったところで、急に腕の中のマロンが身体を跳ねさせ、床に降り立つ。


「あっ、マロン!」


 そしてマロンはあろうことか、ライネス王子に向かって尻尾を立ててキャンキャンと吠え始めてしまった。


「ほう、まさか護衛対象の私に牙をむくつもりか?」


 目をすがめたライネス王子は緊迫した声を出し、サッと腰にある剣の柄に手を伸ばす。


 ま、まさか、マロンを斬ろうというの!?

 わたくしは慌てるあまり足をもつれさせながらも、マロンの前に回り込んだ。

 そしてライネス王子の冷たい美貌を見上げ、声を張り上げる。


「お待ちください、マロンはただ忠告しただけです! こんなところでマロンに向かって剣などお抜きになって、もしも万が一、マロンが本来の姿に戻ってしまったらどうするおつもりですか? そりゃもう被害甚大、大厄災ですわよ!」


 わたくしの言葉に、ライネス王子のどこまでも冷たい金の瞳が一瞬揺れたように見えた。

 けれどもそのまま私を睨みつける。


 にらみ合うことしばし、ライネス王子はふうっと息を吐き……そして眉を軽く寄せるようにして苦笑した。

 するとそれまでの凍りついたような美貌が、途端に雪解けしたかのように和らいだ。


「剣に手をかけた私の前に飛びだすとは、さすがバラクダート家の娘、肝が据わっておるな。案ずるな、自らを護衛する召喚獣を本気で斬るつもりはない……して、マロンは何を忠告したというのだ?」


 わたくしはライネス王子の初めて見る柔らかい表情に、しばし見惚れてしまっていた。


 あら、もしかしてわたくし、褒められた?

 途端にどういうわけか頬がどんどん熱くなってきたけれど、照れてる場合じゃないわ。

 どうしましょ、マロンが何を忠告したのかって聞かれても、とっさに口にしてしまっただけで――。

 戸惑うわたくしの視線が、あるものに止まる。


「それは、その……もう朝議が始まる時間だから言い争いなどやめろ、と。マロンはこう見えて時間に厳しいんですの。まあ、国王陛下はまだいらしておりませんけど」


 わたくしの視線の先の壁掛け時計は、会議開始である九時を一分だけ過ぎていた。

 マロンは腹時計が精密機械並で、ご飯は時間ピッタリに催促してくるの。

 だから時間に厳しいというのは……嘘ではないわ。


 ライネス王子はいぶかしげに私の視線を追って時計を振り返ってから、数秒黙り込み、そのまま椅子に座った。

 そしてサッと片手を上げる。

 それは朝議開始の合図だった。


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