第三話 七人の王子さま
ついに王子たちが姿を現す時が来たのね。
みなが一声に片膝をついて頭を垂れ、わたくしとアネリもそれに習う。
ちょ、マロン、暴れないで!
興奮して暴れ出すマロンを押さえ込み、わたくしはそっと顔を上げて王子たちが出てくるのを盗み見た。
まず最初に姿を現したのは、宵闇のようなミッドナイトブルーの髪で顔を半分隠した第一王子、ライネス王子だ。
背が高くて鍛え抜かれた身体つきの、冷たい美貌の持ち主よ。チラリと覗く金の瞳がなんだかゾクゾクして魅力的。
スタイルも美貌も王子たちのなかで随一ね。けれどもゲームの通り不機嫌そうに眉を寄せているわ。
多くの戦で武勲を立てている冷酷な軍国主義者だけど、主人公アネリの誠実な優しさで明るさを取り戻していくっていう設定だったはず。
続いてわたくしのトゥルーエンドでの結婚相手、真面目で誠実さが売りのカイン王子が現れたわ。
ライネス王子より地味な見た目で少し背が低いけど、黒髪と温かい茶色の瞳がとっても素敵!
こんなに大人しそうな外見なのに、キマイラがタイプだなんて……不思議よねぇ。
そしてすぐ後に第三王子のロナード王子も軽快な足取りでやってきた。
ゲーム内でライネス王子と人気を分けあった、金髪碧眼の眉目秀麗でフレンドリーな王子さまなの。
その後も次々と王子たちが現れて、謁見の間に並べられた椅子に順に腰掛けていく。
ゲームの通り、全部で七人ね。
今からこの七人の王子に対し、護衛を務める宮廷召喚士が選定される。
代々、次期国王が決まる年の春に、王位継承権のある王子全員に護衛がつくという決まりよ。
まあストーリー上、国王になるのはどのエンドでもライネス王子だったけれども。
なにせライネス王子は戦においても多大な功績を上げているし、既に国政の一端も担っているくらいに有能なの。
国王はまだ五十代なのに、ここ数年、あまり体調がよろしくないものだから、ライネス王子が代わりに頑張っているってわけ。
なんでも暴飲暴食とスイーツ好きが祟っての高血圧と糖尿病らしく……って、そんなのただの贅沢病じゃない!?
ライネス王子のあの黒豹のように引き締まりまくった身体を見習って欲しいわ、まったく。
「では、これより各王子の護衛を務める召喚士の選定を行う。では一人目、キャスティーヌ=バラグダート!」
「……はい!」
最初がわたくしだってことは分かっていたわ。
選定の順は召喚士養成学校時代の成績と、そしてその血筋で決まるらしいの。
さあ、トゥルーエンドにたどり着くため、なんとかしてこのチワワを第二王子、カインさまに売り込まないと!
「わたくしはキャスティーヌ=バラグダート、バラグダート伯爵家の四女でございます」
とりあえず名乗ると、謁見の間の後列にいた王子の家臣たちの間から小さなどよめきが上がった。
バラグダート家が超エリート召喚士の一族として有名だからだわ。
「わたくしの召喚獣はこの……ちょ、大人しくして! あっ、申し訳ございません……このチワワという魔獣です」
マロンは自分の出番だと分かったのかしら? 興奮して尻尾を振ってビチビチ暴れてる。
王子たちがいぶかしげ半分、好奇心半分の不思議な顔でマロンに大注目しているわ。
「さ、さすが、チワワ! みなさまが素晴らしい方々だと分かったようで興奮しております! チワワは本来、あまりにも強大で極悪で迫力満点過ぎる姿なのですが、人間の世界に馴染むようにこの仮の姿を取っているのです」
父たちはこれを信じてくれたけど……王子たちはどうかしら。
特にカイン王子がどんな顔でマロンを見ているのか気になってるんだけど、マロンがさっきからビチビチしっぱなしで、それどころじゃないわ!
もしここでうっかり手を離そうもんなら、王子たちの足に飛びついて挨拶しまくるにちがいない。そんなフレンドリーな真似はさせられないの。
「その召喚獣、そんなに可愛いのにメチャクチャ強いってこと?」
マロンをおさえるのに必死になっていたら、興味津々な顔でロナード王子が質問してきた。
わたくしはなんとか両手でマロンを押さえ込み、平静を装って答えた。
「は、はい、そうです。この通り、何も恐れるものはなく、先ほどもそこのキマイラをからかって遊んでおりました」
「へえ! キマイラの顔の半分もないサイズなのにすごいなぁ! 俺ですらキマイラは恐すぎるよ、はははっ」
「ええ、今の仮初めの身体は小さくとも、本性は非常に凶暴で攻撃性の高い魔獣ですから」
これだけ強い魔獣アピールをしておけば、カイン王子も気になってくれるはず。
するとそんなわたくしの思惑どおり、今度はカイン王子が声をかけてくださる。
「チワワという魔獣は聞いたことがないのだけど……これまでにあなたの血筋でチワワを召喚された方はいるのかい?」
優しくて、とってもおだやかな声。
ああ、このお方と結婚できたなら……。
カイン王子は誠実だけが取り柄でちょっと地味な性格だけど、幸せな一生を過ごせるんだもの、文句は言わないわ。
「チワワを召喚したのはわたくしが初めてですわ」
「そうなのか……」
「それだけ貴重な魔獣ですので、父も大層驚き、そして喜んでおりました」
もう少しカイン王子にアピールしたい。
けれどもわたくしから勝手に話しかけるのは立場的にNGよ。
カイン王子の方から声をかけてくださらないと……。
なんてわたくしが焦っていると、不意に別方向から声がかかった。
「ならばその魔獣、この場にいるどの召喚士の召喚獣よりも強いと言い切れるか?」
声の方を見れば、それまで不機嫌そうな顔で足と腕を組んで黙り込んでいた、第一王子のライネス王子だった。
凍てついた冷たい瞳でわたくしを見据えてくるものだから、一瞬、チワワに関する嘘が全部バレているんじゃないかと震え上がる。
でも冷静に考えればそんなはずはないわ。
なにせこの世界にチワワは他にいないのだから。
「もちろんですわ。もし信ずるに値しないとおっしゃるのであれば、わたくしの命をかけましょう」
うわ、うっかり命をかけるとか言っちゃったわ!
マロンがぜんぜん強くないってバレたら、わたくし、死ぬしかないの……?
心の中で真っ青になるわたくしだけれど、この数年でアネリを虐げながら鍛えたポーカーフェイスは崩れないわ。
ライネス王子は鋭い金の瞳でわたくしの取り澄ました顔をしばらく見つめた後、小さく頷いた。
「気に入った。私の護衛としよう」
「……え?」
いいい、いま、なんて言ったの!?
ご、護衛!?
ライネス王子の!?
ちょっと待って! それはマズイわ!
だってアネリがライネス王子のお付きになるはずで、アネリは凝り固まったライネス王子の心を溶かして軍国主義から……。
「お、お待ちを! 本当にチワワでよろしいのでしょうか? その、たとえばですが、お忙しいライネスさまの護衛とあらば、活躍する場も多いでしょう。その際にチワワがこの姿で対応しきれない事態が発生した場合、本来の、それはもう恐ろしくもおぞましい姿をさらけ出すことになります!」
もう必死よ!
ライネス王子にはアネリを選んでもらわないといけない。それが物語のトゥルーエンドなんだから!
「また性格も大変凶暴ですから、もちろんライネスさまとわたくしには危害は加えませんが、そのほかの者には……というわけなので、ライネスさまの護衛には向かないかもしれません。そうですね、この中ですとそこのキマイラのような、ほどよく強力な召喚獣の方が合うのではないかと思いますが、いかがでしょうか?」
突然、自分の召喚獣を名指しされて、アネリはビックリした顔をしているけど、構う余裕なんてないわ。
「ほほう、お前はまさか、私の護衛にはなりたくないと申すのか」
「い、いいえ! そうではなく、チワワはライネスさまの護衛には……」
「私は強いものを好む。いかなる魔獣とて恐れることはない。お前の心配は無用だ」
その声は強く低く、有無を言わさぬ響きがあった。
それにライネスさまの瞳がわたくしを射殺すんじゃないかってくらい鋭くて、もう何も言えない。
するとそれを承諾の証と取ったのか、謁見の間に「では、キャスティーヌ=バラグダートは第一王子の護衛として宮廷召喚士に任命する!」という声が響き渡ったのだった。




