第十四話 お暇の申し出
ティザー王国の急襲はティザー王国の王太子が独断で仕組んだことらしく、王太子の王位継承権剥奪と国外追放をもって二国間の協定は保たれたわ。
本来のライネス王子であれば、それを宣戦布告と取って戦を始めそうなものだけど……今回は違ったみたい。
その後、ライネス王子はティザー王国との協定の結び直しや、急に決まったゴルダイ帝国との休戦処理など、超多忙を極めたの。
もちろん、わたくしもそれに帯同して大忙しよ!
ええと、わたくし……建国記念パーティーが終わったら、護衛をクビになる予定だったのですけど。
ライネス王子が忙しいから、いったん保留になっているのかしら?
でも、いつまでもこのままではいけないわよね。
ライネス王子とアネリに、お二人は結ばれるべきだと直接伝えたんですもの。
そしてわたくしは……最初はトゥルーエンドを達成するためにカイン王子の護衛になりたかったけれど……。
わたくしが好きなのはカイン王子ではないわ。
それに幸せそうなライネス王子とアネリをすぐそばで見ていくのは、やっぱり辛くて。
そういえばゴルダイ帝国との戦が終わったから、父たちが家に帰ってきているのよね。
だからそろそろお暇をいただいて、実家に帰ってみるのもいいかもしれないわ。
……本当は、叶うことならこのままずっとライネス王子のそばにいたい。
最近のライネス王子は忙し過ぎて、会話らしい会話もできていないけれど……そのお顔を見られるだけで幸せな気分になれるんだもの。
わたくしはそんな思いを断ち切るように、ライネス王子の閨の扉をノックした。
胸にはマロンを抱いて。
お願いマロン、勇気をちょうだい。
マロンがいれば大丈夫、わたくしはどうなろうとも寂しくないわ。
だいぶ遅い時間だけれど、この就寝前の時間くらいしか会話できるタイミングがなくて。
それでも今日はまだ早いほうよ。
ライネス王子はいつも日付が変わる頃まで執務室に閉じこもっているもの。
「誰だ」
「キャスティーヌですわ」
「……こんな時間にどうした? 入れ」
良かった、まだ起きていたのね。
そう安堵して扉を開いて、ちょっと驚く。
ライネス王子は部屋の奥にある天蓋付きのベッドの縁に腰掛けていた。
けれども服はまだ着替えず、ベッドの上には書類の束がいくつも広げられている。
「まだお休みになられていなかったのですね」
「ああ、ここ数日、協定やら休戦やらで通常業務が回っていなくてな」
「まるでサラリーマンのセリフみたい……」
「サラリ……? なんだ?」
「あ、いえ、なんでもありませんわ」
ライネス王子は自室だからか、服の首元のボタンを多めに開けていて、普段は見えない鎖骨がチラチラと覗く。
ベッドの上だというのと、やや疲れたようなその表情と相まって、何というか……これが男の色気というものかしら?
なんだかドキドキしてしまって、目のやり場に困っちゃうわ。
「それで、何の用だ?」
「あっ、ええと……あの、わたくし、実家に帰らせていただこうと思いまして」
「……実家?」
ライネス王子がいぶかしげな顔で聞き返す。
「ああ、家族が戦線から帰還したのだったな」
「ええ、そうです。そうですけど……建国記念パーティーが終わってひと月以上も経ってしまいましたので、そろそろ宮廷召喚士を辞して実家に帰ろうかと」
「なんだと? 宮廷召喚士を? あっ…………そうか、あの件か」
ライネス王子は少し渋い顔をして、視線を下に落とした。
「後任はアネリでお願いしますわ。カイン王子の護衛には、別の者を……」
「キャスティーヌ、少し外に出て話そう」
ライネス王子はわたくしの言葉を遮り、ベッドから立ち上がった。
そしてバルコニーの方へと向かう。
バルコニーと言っても、それだけでわたくしの部屋の四倍はあろうかというビッグサイズよ。
色鮮やかな季節のお花が咲き誇る花壇に、オシャレなテーブルと椅子まであるの。
わたくしは何の話だろうかと戸惑いながらも、ライネス王子の後を追ってバルコニーへと出た。
もう季節は初夏、湿度の高い温かい夜風が優しく頬をなでていく。
そして見上げた満天の星空には、煌々と照る満月が輝いていた。
ライネス王子はバルコニーの手すりにもたれかかって、遠くを眺めている。
バルコニーはバル湖に面しているから、眼下には夜の真っ暗な湖が静かに広がっていて、遠くには山の稜線がかすかに望むだけ。
「建国記念パーティーで、お前は私がアネリと結ばれなければ、戦乱の世が訪れると言ったな、覚えているか?」
「も、もちろん覚えておりますわ」
あのときは死ぬと思ってぶっちゃけちゃったのよね……。
突拍子もない話だし、頭がおかしい女だと思われたかしら?
それにしてはライネス王子の声がいつもと違って静かというか、神妙な雰囲気ね。
それならわたくしも、これが最後になるんだし、きちんとすべてをお話しておくべきかもしれない。
けれども……う~ん、乙女ゲームとか異世界転生とかチワワとか、ライネス王子にご理解いただけるようにお話する自信なんて、まったくないわ!
「もしやそれは、お前の母から聞いた話なのではないか?」
「え? わたくしの母? ……あっ!」
なぜ死んだ私の母の話が?
と疑問に思ってから、ハッとした。
私の母の召喚獣はバーンニクという小さな人型の魔獣で、まったく戦闘はできなかったけれど、吉兆を占うという不思議な力を持っていたの。
近い未来を見ることができるらしくて、戦ではとても重宝されたらしいわ。
未来のことを何でも分かるわけではないし、未来の見え方の精度もまちまちだったそうだけど。
「わたくしの母の召喚獣をご存じなのですか?」
「ああ、直接会ったことはないのだが、軍の中では今でも有名だからな」
「そうなのですね、なんと光栄なこと……それならライネスさまが想像されている通りですわ。母が亡くなる少し前、急に呼び出されてあることを打ち明けられたのです」
ごめんなさい、お母さま。
やっぱりライネス王子相手に乙女ゲームの話なんてできないから、ここはお母さまから教えていただいたことにするわ。
大丈夫、なんてったってわたくしは自称・最優秀助演女優賞ですもの。
「本来、バーンニクは近い未来の吉兆しか見えないらしいのですが、特別に遠い未来が見えたとのことで……」
「やはりな。その話は現実と一致していたのか?」
「細部まで完全一致とまではいきませんが、おおよそは。実は鎮魂の儀でのボートの転覆、あれも母から聞いておりましたの。ただ母によるとアネリのボートだけが沈むことになっていましたけれど」
「なるほどな。だからあの時、お前はもっとゆっくり漕げと言っていたのか。そしてあの浮き輪も、本来はアネリを救うためか?」
「ええ、そのとおりですわ」
ライネス王子は大きく頷いてから一つ大きく息を吐いた。
「では、建国記念パーティーの襲撃も知っていたのだな」
「はい。本当はパーティーの前に、ライネスさまにだけはお話しようと思ったのです。しかしライネスさまはお忙しいのか、お話しする機会が……」
「ああ、そうだったな、すまなかった」
そう言ってライネス王子は手すりから身体を離し、こちらを振り返った。
いつもと違って鋭い眼差しではなく、どこか戸惑いの色の浮かんだ複雑な表情でわたくしを見つめる。
「して、バーンニクの見た未来では、お前は死ぬ予定だったのか?」
「い、いいえ、違いますわ。なぜか母の話とはだいぶ変わってしまっていて……」
「そうか……だが、とにかく私がアネリと結ばれなければ、この国の未来には戦乱の世が訪れる、と」
「はい、そうですわ」
「アネリだけが、私の凍りついた心を変えることができる、だったか」
「……はい」
するとライネス王子は、口元に不敵な笑みを浮かべて、顔を半分隠している重い前髪をかき上げた。
そうして二つの金の瞳でわたくしを見据える。
その鋭さに、わたくしは思わず息をのみ、そして不思議と胸が切なくなった。
「バーンニクの見た未来は完全に一致しているわけではないと言ったな。ならばアネリの件も絶対とは言い切れないのではないか?」
「それは……たしかにそうかもしれませんけど……」
「そもそも私は、アネリだけは護衛にできんのだ」
「えっ、ど、うしててですの!?」
「実は、私は重度の猫アレルギーでな。アネリの召喚獣であるキマイラは頭がライオンだ。同じネコ科だからなのか……朝議ではカインが隣の席ゆえに、キマイラが近くにいるだけで目の痒みと鼻水がひどくてな。そろそろ席替えを考えていたくらいだ」
「ええっ、そ、そうでしたの? それは大変でしたわね……わたくしも犬アレルギーなので、アレルギーの辛さは重々承知しておりますわ」
知らなかったわ……。
どおりで朝議では特に不機嫌だったわけね……。
つまりアネリがキマイラを召喚してしまった時点で、トゥルーエンドどおりに進むのは無理だったということなの?
って、ちょっと待って。
わたくしは犬アレルギーだけど、マロンは大丈夫よ。
それはマロンが一応、魔獣だからなのだと思っていたけれど……あら、そういえばわたくし、お姉さまたちの召喚獣にはアレルギー反応が出てしまうのよね。
わたくしには姉が三人いるのだけど、どういうわけか三人とも犬型の召喚獣をつれているの。
うう~ん、ではマロンにアレルギー反応が出ないのは、魔獣かどうかとは関係ないのかしら……もしかしてマロンの唯一の特殊能力だったりして?
だとしたら、ずいぶんと地味な……。
って、今はそんなことはどうでも良かったわ!
ライネス王子がとても大事なお話をされているんだもの。
「それにアネリは私のタイプの女性ではない。ああいう大人しい女性はうんざりするほど見てきた」
「そんなっ! けれどもアネリはっ……!」
「いや、アネリのことはもういい。そもそもアネリはカインと好き合っている。カインには父が決めた婚約者がいてな、あの誠実なカインが婚約破棄をも視野にいれるほどだ」
「なっ……アネリがカインさまと? そうなんですの!?」
なんてこと!
カイン王子は気の強い女性がタイプじゃ……ああ、でも乙女ゲームですもの、もちろんアネリがカイン王子と結ばれるシナリオもあったわ。
そっちのルートに行っちゃったってことなの?
「だがアネリなどいなくても、私が軍国主義を改めれば問題なかろう」
「まあ、確かにそうですけども……あっ! では、もしやゴルダイ帝国との休戦やティザー王国との協定の結び直しは……」
「ああ、なるべく戦は行わない道を探そうと思ってな。それにティザー王国との協定も、より友好的なものに変えるべきだと考え直した。つまりアネリではなく、お前のあの言葉が私の凝り固まった軍国主義を変えたというわけだ」
そう答えるライネス王子は、とてもキリッとしていて何の迷いもなさそうだった。
ああ、そうでしたの……。
頑張った甲斐があったわ……これで戦が続く戦乱の世が来ることはなくなるのね!
わたくしが静かに感動していると、ライネス王子が小さく咳払いをした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
最後のエピソードが長くて恐縮ですが、ついに次回で最終回です。
しかし次話も同じくらい長いです……いつか客観的に見られるようになったら整えるかもしれません……。




