深夜の予言ラジオ
短編怪談です。
皆さんは、もし予言するラジオなんて存在したら、聞きに行きますか? それとも、行きませんか?
俺は少し前から、ここの病院に入院している。
理由は、バイクに乗っていたら信号無視した車が俺に突っ込んで来て、そのまま避けることも出来ず直撃し、足の骨を折ったからだ。
医者が言うには、全治三週間らしい。それまでは、入院だ。
そんな入院生活にも慣れ、暇で暇で仕方がなかったとき、トイレに行き、病室に帰る途中に自販機でジュースを買い、イスで飲んでいるととある噂が聞こえてきた。
「知ってる? あの噂」
「噂?」
「そう、深夜の予言ラジオの噂」
深夜の予言ラジオ? なんだそれ?
その噂とやらが気になり、暫くジュースを飲んでいるふりをしながら、盗み聞きしていた。
「なんかね、今は使われていない404号室に、いつからあるか分からないラジオがあってね、深夜零時になると勝手にラジオから音が流れてきて、未来を予言するみたいなの」
「なにそれー、なんか怖い。でも、予言はちょっと気になるかも」
確かに予言はちょっと気になるな。でも、深夜零時って、消灯時間がとっくに過ぎて、廊下真っ暗で少し怖いんだよな。
とっくに飲み終わっていた空のジュースをゴミ箱に捨て、俺は松葉杖を突きながら病室に戻った。
そして、その日の深夜零時になる前――俺は、電気が消えた真っ暗な廊下を松葉杖を突きながら歩いていた。行き先は、噂の予言ラジオがある404号室だ。
寝ようとしたのだが、昼間の噂が気になり寝れず、今に至る。
「うわぁ〜、こわっ」
昔から、夜の学校と病院は怖いと言うが、これは思っていたよりも怖いぞ。
やっぱり、行くの辞めようかな。噂は所詮噂だし。
そもそも、ラジオが勝手に流れるとか、予言をするとか意味が分からないしな。
「やっぱり、引きかえ……」
そう、と思った瞬間、ザザッザザザとラジオが流れる音が少し奥から聞こえてきた。
「…………」
マ、マジか……。
あの噂は本当だったのか。いや、待て。もしかしたら、誰かがどうしてもラジオを聞きたくて、あの病室に行って、ラジオを点けたのかも知れない。
そうだ、きっとそうだ。
俺はゆっくりと病室に近付いて行き、こそっーと病室を覗く。そこには――誰もいなかった。ただ、ラジオが独りでに流れているだけだった。
「っ!?」
俺は怖くなり、踵を返し病室に戻ろうとした時、バランスを崩し転けてしまった。
「いてぇー」
両手が塞がっていたせいで、受け身を取れず、デコを打った。
「やっぱり来なきゃよかった……」
松葉杖を広って立ち上がり、改めて病室に変えろとしたとき、機械的な声が聞こえてきた。
『ハチ……の……ジ……シロい……オンナ……が……アカい……えキ……を……スう』
「な……なんだ!?」
今の声って、ラジオから流れて……。もしかして、これが預言……?
いや、まさか……な。ラジオが予言するなんてバカげている。そんなのは、漫画や小説の中だけだ。
この時の俺は、一切ラジオが予言するなど信じていなかったが――次の日、それが本当だと知ることになる。
あの後、病室に戻って来た俺は、頭まで布団を被り、ガタガタと震えていたが、気が付いたら眠っていた。
「はーい、松葉さん起きてくださいね。採血の時間ですよ」
「うぅ〜……はい……」
「そんな布団を深く被って、昨日寒かったんですか
?」
「いえ。ちょっと、怖い夢を見まして」
「あはは、そんな子供みたいな」
いやいや、あれは子供なら大泣きしているよ。
はぁー、誰だよあんな噂したの。聞かなきゃよかった。
俺は心で逆ギレしながら、腕を出し、チクッとする痛みに耐えながら、今何時だろうと時計を見た。
今、八時か。寝起きで、採血されたせいか少しふらふらするな。
「はい、終わりましたよ」
「はーい」
俺は横目で採血した瓶を軽く振っている看護師を見て、突然、昨日のラジオから流れていた声を思い出した。
『ハチ……の……ジ……シロい……オンナ……が……アカい……えキ……を……スう』
嘘だろ。マジなのか。脳内で昨日の声と現状が一致した瞬間だった。
“ハチのジ”が、もし時間を表しているのだとしたら、八時となる。そしたら、“シロいオンナ”は白衣を着た看護師となる。さらに、最後の“アカいえキ”が俺の血となり、“スう”が血を吸うという意味なら――“八時に看護師が採血する”という予言をあのラジオがしたことになる。
た、ただの偶然だよな? 採血なんて、元から決まっていたことだし。誰かがイタズラでラジオに録音した可能性だってある。
「大丈夫ですか? 顔色が悪そうですけど。寝起きで採血したせいですかね」
「あ、いや、大丈夫です。ちょっと、横になれば治ると思うので」
「そうですか? でしたら、何かあったらすぐにナースコールを押してくださいね」
「はい」
「では」
看護師さんが病室を出ていくのを見届け、ラジオのことについて考える。
「これは、もう一度確かめる必要があるな」
その日の深夜零時になる前。俺は、また病室を抜け出し、404号室に来ていたのだが、ラジオは無かった。
「あれ? おかしいな、昨日はあったのに。誰かが回収したのか?」
仕方ない、無いものは確かめられないし、今日のことは偶然だったことにしよう。
無いものを探す気もなれず、病室に向かって帰っていると、また昨日と同じザザッザザザという音が聞こえてきた。
それが聞こえてきたのは、反対の病室303号室からだった。
まさかと思い、病室を覗くとそこにあった――予言ラジオが。
時計を見ると、あと五秒で零時になるところだった。
「誰かが動かしたのか?」
そんなことを考えている間に、時刻は深夜零時となり、またあの機械的な声が流れてきた。
『ザザッザザザ――アカい……ヒカり……しろイ……ハこ……オトコ……クる』
「アカいヒカりしろイハこオトコクる」
多分、最後の部分は“男が来る”だと思うが、前半の赤い光、白い箱ってのはなんだ?
赤く光る白い箱ってことか? 仮にそうだとして、男来るはどう繋がる?
まるで、謎を解こうとする探偵のようだ。
しかし、俺の頭脳はそこまで良くはなく、いくら考えても分からなかった。
「ま、明日になれば分かるだろ」
しかし、翌日になっても、その答えは解らず、深夜にまたラジオを聞きに行ったが、
『アカい……ヒカり……しろイ……ハこ……オトコ……クる』
と、同じことしか言わなかった。
「ほんと、謎だらけのラジオだな」
そして、それから二日経った時、予言の謎が理解った。
それは、病院にあるATMでお金を下ろしている時のことだった。
一台の救急車が一人の男性を運んで来たのを見たとき謎が解けた。
救急車がサイレンを鳴らすときに光らす赤いランプ。そして、救急車の色は白。一人の男性。
あの予言は、救急車で男が運ばれてくることだったのか。
「それにしても、予言は必ず聞いた次の日に起こるとは限らないのか」
今回は最初に予言を聞いた三日後だったが、もしかしたら一週間後、一ヶ月後、下手をすれば一年後なんてこともあるかも知れない。
「どうするか」
聞いた予言が起きない限り、次の予言は聞けない。さっき言ったことが起きれば、次の予言は一年後になる可能性だってあるということだ。
「けど、これで確信した。あの予言ラジオを本当に予言をしている」
退院まであと二週間近くある。それまでは、予言を聞くのも悪くない。
仮に、次の三つ目の予言が一ヶ月後とかなら、そこで終わりだ。
「よし、今夜も行くか」
日課となりつつある深夜の病室抜けをし、今日も303号室に向かったが、またラジオがなかった。
探してみると、今度は202号室に移動していた。
「なんか、一つ予言が終わるたびに移動していないか? ま、いいか。さてさて、零時まであと五秒……三秒……一秒……なった!」
そろそろ聞き慣れたザザッザザザという音が鳴った後に、予言が告げられる。
『チいサき……オナご……たかク……トぶ』
相変わらず意味が分からん。
「えーっと、脳内変換すると――小さき女子、高く跳ぶ? 飛ぶ?」
やっぱり今不明だ。それに、今の時代に女子って。案外、このラジオは古いのか。いや、見た目からして古そうだな。
俺は病室に戻りながら、今回の予言を考えた。
女子って、女の子のことだから、幼い女の子ってことか? だとして、高く跳ぶはなんだ?
オリンピックシーズンなら高跳びという可能性もあるが……まさか! 次の予言はオリンピックまでってことはないよな……!?。
それはないと信じて、他の可能性を考えよう。
予言のことに集中していると、いつの間にか自分の病室を通り過ぎ、小児科まで来ていた。
「やべ、いつの間にか通り過ぎてる」
戻ろうとしたとき、薄っすらと人らしき影が見えた。
目を凝らしてよく見ると、それは小学生ぐらいの女の子だった。
「こんな夜中に何してしてるんだ?」
夜ふかししてみたかったって感じでもないな。
声を掛けるべきか。でも、こんな深夜に突然声を掛けて、叫ばれでもしたら終わりだからな。
どうするべきかと悩んでいると、女の子と目が合った。
あー……これは、無視するほうが最悪だな。
「よっ、こんな夜中にどうした? 寝れないのか?」
「うん」
「そうか。なら、お兄ちゃんと眠たくなるまで何か話をしようか」
「…………コクッ」
「よし。んじゃ……」
いや、話をするかって言ったものの、一体どんな話をすればいいんだ。
今時の小学生は、何が好きなんだ? どんな話をしているんだ?
「えーっと……君はいつから入院してるの?」
「ずっと……してる」
「そう……なんだ」
やば、これ完全にミスったな。どうしよう……。
会話力ゼロの男が必死に何か話題はないかと考えていると、女の子方から話題を振ってくれた。
「お兄ちゃんは、足を怪我をしたの?」
「そう。ちょっと、バイクに乗ってたら車とぶつかってね」
「そうなんだ。……バイクって速い?」
「え? まぁー、自転車よりは速いな」
「車とどっちが速いの?」
「うーん、バイクや車によると思うけど、多分車だと思う」
「そうなんだ」
乗り物に興味でもあるのか?
「りんね、身体が弱くて、退院してもまたすぐに入院するから、自転車に乗ったことがないの」
「そうだったのか。乗り物が好きなの?」
「うん! レースとかしているのを見ると私もしてみたい! って思うの」
「ほう、レースか。確かに、あんなにスピードを出せたら楽しいだろうな」
「うん! げほっげほっ」
「お、おい、大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れちゃったみたい。りん、そろそろお部屋に戻るね。バイバイ」
「あ、ああ、バイバイ」
部屋に戻っていく女の子の背中はとても小さく見えた。
退院してもまたすぐに入院ってことは、ろくに遊ぶことも、どこか遠くに出掛けることもできていないんだろうな。
可哀想だと思うが、絶対治るとか言うのは無責任だろうな。
それから一週間が経ち、あれから予言に変化はなく、俺は退屈していた。
それに反して、今日は何やら看護師たちが騒がしかった。何かあったのかと、採血している看護師さんに尋ねた。
「実はね、今朝から小児科の女の子が一人いなくてね。その子、身体が弱いから、どこかで倒れていたりしたら大変なの」
「身体が弱い女の子。あの、もしかして、その子『りん』って名前だったりします?」
「あら、よく知ってるわね。そうよ。もしかして、知り合い?」
「ええ」
まさか、予言の幼い女の子ってりんちゃんのことじゃないよな。もしそうだとして、高く跳ぶはなんだ。
「あの子、前に一度、もうこんな生活は嫌だって、屋上から飛び降りようしたことがあったから……って、ちょっと! 松葉さん! まだ採血は終わってませんよ!」
まさか! と思い、俺は看護師さんの声を無視し、急いで屋上に向かった。
屋上の扉が少し開いており、その先には昨日出会った女の子――りんちゃんがそこにいた。今にも飛び降りそうな表情で。
「りんちゃん!」
「あ、昨日のお兄ちゃん。どうしたの?」
「どうしたのは、こっちのセリフだ! 何してるんだよ!!」
「りんね、もうこんな身体嫌なの。だから、生まれ変わって、今度は丈夫な身体になるの」
「そんなバカな考えはよせ!」
「バカでも何でもいいよ。りんがこんな弱い身体のせいで、いつもママとパパは喧嘩ばかりしてるの。それに、病院のお姉さんたちも、りんのせいで他の子たちに構ってあげられないの。だから、りんなんて」
「知るかそんなの! りんは何も悪くない! 身体が弱いからなんだって言うんだ! 大人にならば、嫌でも身体は丈夫になっていく! その証拠に、思いっきり車とぶつかった俺は足を折っただけで済んでいる! だから、きっとりんちゃんも身体が強くなるよ。そうなったときは、一緒にバイクに乗ろう。だから、死ぬなんて辞めるんだ」
「強く……なるかな?」
「なる! きっとなるさ!」
「わかった。お兄ちゃんのこと信じてみる」
「ありがとう」
その後、無事りんちゃんを看護師たちの元に送り、俺は採血中にいなくなったことを怒られた。
まあ、いいさ。女の子一人救えたのだから。
「それに、これが予言通りなら、今日新しい予言が聞けるはずだ」
深夜零時前――202号室に行くと、案の定ラジオは消えており、今度は101号室に移動していた。
ここで、俺はあることに気付く。最初、ラジオは404号室にあった。そして、次は303号室。次に202号室。そして、今回は101号室。
そう、数字が一つずつ減っていっている。もし、これが何かしらのカウントダウンになっているとすれば、次で何か起こるか、ゼロになるこの次に何か起こるかも知れない。
「どちらにせよ、これを聞かないと先には進まない」
いつものようにザザッザザザという音が流れると思ったら、今回はザァーーという短い音で始まり、予言が告げられた。
『八十……七……の……とキ……オワる』
「なんだ? 今回は、始まりも予言も短いな。八十七の時終わる?」
今回は、数字が関係していそうだな。
八十七の時だから、年月に置き換えれば八十七年か? だとしたら、八十七年間続いた何かが終わるということになる気がする。
どこかの店が閉店するとかか? いやー、突然そんなことを予言するか?
今までの予言を思い返してみると、全て必ず“人”が関係していた。
いや、そうか。八十七年続く何かを引き継ぎ、それが今回終わると考えれば、一応“人”が関係しているな。
「でも、なんか引っ掛るだよな」
予言が起こるまで、前回は一週間掛かった。退院まで残り五日だ。それまでに、この予言は終わるのか。
しかし、その心配はすぐに消えた。
翌日、病院の裏で柩が運ばれているのを見掛けた。そして、それを見ていた看護師が話しているのを聞き、八十七歳の人が亡くなったことがわかった。
「これが、今回の予言」
早く予言がわかってよかったはずなのに、なぜか心がざわつく。なんなんだ。何か俺は、とんでもないことをやってしまった気がする。
心がざわつく中、今夜も101号室に行くと、ラジオはなかった。
順番通りにいけば、今度は000号室になるが、この病院に000号室なんて病室はない。
つまり――予言は終わった……かと思ったら、ラジオはあった。
場所は――俺の病室だ。
「な、なんで……」
時計を見ると、ちょうど零時になったところだった。
『ザァーーー――オ……ワ……り……』
「オ、ワ、り、? 終わり!」
そうか、これで俺が聞ける予言は終わったということか。
なんだ、結局あの病室を使ったカウントダウンは、予言の終わりを表していたのか。
「よかったぁー」
これで、俺は心置きなく退院できる。なんやかんやと、楽しい入院生活だった。
それから俺は無事病院を退院した。しかし、リハビリのため暫くは病院に通うことになる。
「それにしても、結局あのラジオは何だったんだ」
あの日、翌朝目が覚めるとラジオはなくなっており、どの病室を見てもラジオは見つからなかった。
もしかしたら、あれは、俺みたいに入院生活に暇している人に対して、神様が与えたおもちゃだったのかしれないな――なんてな。
でも、もしそうなら、今度はりんちゃんの元に現れてほしいと俺は願った。
✙✙✙
「あったぁ! 今日は101号室かぁ。今日は何かな?」
『ザザッザザザ――バいク……おトコ……ハこ……オわり』
「バイク? 男? 箱? 終わり? 今日も全然わからないや」
バイクといえば、あのお兄ちゃん、元気かな? りんの身体が強くなったら一緒にバイクに乗る約束したもんね。
早く、りんもバイクに乗ってみたいな。
✙✙✙
「りんちゃん元気にしているかな。たまにはお見舞いでもいこうかな。おっと、信号変わった。前はここで車が走ってきたからな、注意しな……」
『救急搬送。被害者は二十代前半。信号無視した車と衝突し、頭を強打。被害者の名前は松葉さんです』
「そういえば、結局この前のラジオはどうなったの?」
「予言ラジオのこと? なんか、あれね予言ラジオじゃなくて、四限ラジオだったみたい」
「四限ラジオ? なに、四回聞いたら死んだりするの?」
「そう! なんか、最初は自分で始まって、次は怪我をした人、次は死にそうな人、最後は死んだ人で、最終的には自分がそうなるみたい」
「だったから、四回聞いたら確定終わりじゃん」
「それがね、ラジオによって助けれた人は助かるみたい」
「運じゃん!?」
「だねー。ま、関わらないのが一番だよ」
「言えてる」
不気味なものには何事も関わらないほうがいい。
よかったら、ブクマと星といいねを押してくれたらすごく嬉しいです。
では、また!