エイプリルフール
白い金網で出来た扉を開ける。
宙に浮かぶ植物、地面に置かれた名も知らない葉っぱ達の鉢。白い部屋に散らばるグリーンは、花屋を開けそうなぐらい多種多様だ。
その部屋にいつも彼女はいた。
足首まである長さの白い髪が、柔らかな昼の日射しを通すレースカーテン越しにふわふわと揺れている。
「こんな時間に珍しいわね。どうしたの?」
日射しよりも柔らかな微笑みを口許に浮かべ、小鳥がさえずるような高い声でぼくに話しかけた。淡い水色の瞳がこちらを見つめる。
「傷が痛むんだ。ほら」
白いカッターシャツをめくった腕を持ち上げると、傷を彼女に見せた。
切り傷じゃない、火傷のように爛れている。
彼女は水色の瞳を丸くして、白いドレスの袖から細い指を差し出してぼくの腕を撫でた。
「いった……!痛いって」
「ごめんなさい。
……もうこれで大丈夫だから」
痛さに気をとられているあいだに、彼女はぼくの腕になにか花の模様が描かれたハンカチを、包帯のように巻いていた。とんだはやわざだ。
「これは……?」
「世界中の嘘を集めて織られたハンカチよ」
「世界中の、嘘を」
「そう。世界中の人がついた嘘のなかから、優しいものだけを集めて、それを魔法で織っていった物なの」
「嘘って、冷たいものばかりだと思ってしまうよ。
優しい嘘って何があるのかな」
「あまり口に合わなかったけど、お母さんが一生懸命作った料理を美味しいと伝える子供、
結構長らく待っていたのに今来たところだと伝える恋人、
娘を心配させないように元気だと伝える病床のお父さんも、そうじゃないかな」
「それは、ストレートに本当の事を言ったほうが改善するんじゃないの?……最後のヤツ以外は。
って、ぼくなら思っちゃうな」
「大抵の人はね、嘘を感じとるものよ。
そこに隠されたいたわりや思いやりを感じて、内省したり、感動したりする人もいる。つまり、嘘を嘘だと勘づいても、その嘘が優しい理由からならば、癒される人もいるの。
君の腕に巻いている物も、そうね、癒しの効果がある」
「なるほどね。
ぼくは、嘘に傷つけられた事ばっかりだったな。
呼び出されてされた偽の告白、ぼくを友達だと言うけど目はそう言っていないクラスメート。敏感に分かるんだ。
……嘘は、嫌いだよ」
ぼくは身体を守るように腕を組んだ。
あらあら、といった風情で彼女がぼくを見下ろすのに、ぼくは子供扱いされているような気がして、少し苛立ってしまった。
「きみが癒されるような嘘をいつか見つけられるといいわね。
その腕の傷、優しい嘘を集めた布で覆い隠してる内に癒えるけれど、
本当に癒えるのは時間と、そして、真実という薬だろうから。真実は劇薬だからこそ、嘘でいたわりながら、少しずつ服用するのよ」
「わかったよ。
本当にあなたは、そう、お節介だなぁ。
ところで、この布の模様の花はなんだろう」
彼女はぼくの目をじっと見て言った。
ぼくは恥ずかしくなって少しうつむいた。
「クロッカスの模様よ。花言葉は、“ぼくを裏切らないで”
ーーなぜ嘘をつかれたときに傷つくのか。それは、きみが“信じたい”と思ったから。そう思っていなければ、傷つく事はなかったのだから。
きみが嘘で傷ついたぶんだけ、きみは人を信じていたという証だから、誇りに思いなさいよ」
「なぜ?良い事だから?」
「難しい事だから」
彼女はぼくの頭をポンとはたくと、踵をかえして部屋の奥に戻った。
また眠るのだろう、夜のとばりが降りるまで。
「ねぇ、この布、本当に世界中の優しい嘘を集めて織ったハンカチなの?
それとも、ただの布をそう言って巻いてくれただけなの?」
「さぁ。
何を真実として受け取るかは、君が決めたらいいんじゃない?
人生の主人公は君なんだから、君に選択権はあるの」
彼女はクスクスと笑う。魔術師めいた雰囲気だから、案外本当に世界中の嘘を集めて織った布なのかもしれない。
騙されても良い嘘もあるんだなと思いながら、ぼくは夕焼けのグラデーションに染まる空の下を帰路についた。
なんの植物もない部屋に、描かれたクロッカスを持ち帰るために。
20分ぐらいで勢いで書きました。
嘘にもいろんな種類があって、人を傷つけない嘘、人を癒す嘘ならいいなという願いを込めて。