頼み事
「ここが校長室よ。入って入って」
通された部屋は、2階の長い廊下を半分歩いたところだった。
中は校長室によくあるような木製の長机に黒革の椅子がありその後ろに、銃を3本の脚で抱えもつ鴉が描かれた筒ヶ峰高の校旗と国連旗の中心が魔方陣になっている『魔法連盟』の旗が掲げられている。
「さて、ごめんなさいね。生憎ここにはほとんど人を呼ばないから椅子とか机の用意忘れちゃった」
椅子に座った校長先生は待ち合わせ時間に少し遅刻した人が、友達に謝るような気軽さで両手を合わせて謝った。
「校長先生、ほとんど呼ばない部屋へ呼び出すぐらいですから何か差し迫った事でもあるのですか?」
その飄々とした態度に不思議と怒りを覚えないのは、余りにもイメージ通りなせいなのかそれともまた別の要因があるのかはわからないが、あまりペースに呑まれないようにしなければ。そしてさっきから微妙に床が揺れているような気がする。バゴッとかバキッという音も響いている下の方で誰か暴れているのか?
「校長先生って仰々しいわね。久美恵先生とでも呼んでくれるかしら?それにしても物凄く用心深いのね確かにここに私以外が来るときはそこそこ重要な案件があるときなのだけれど安心して、別に貴方に剣聖学園を単身で潰してとかみたいな無茶振りはしないわ。1つ頼みたい事があるのよ」
「校長先生、失礼ながらお断りします」
こう言うのは話を聞く姿勢を見せた時点で相手の有利に傾く。さらに校長直々の頼み事、3k(危険・きたない・苦労する)が揃うこと間違いない。
「断るのは話を聞いてからでしょ。これは貴方にとっても言いはずよ」
やはり食い下がってくるか。しかしここで折れればこの先の未来が真っ暗になる。引き下がるわけにはいかない。
「重ね重ね言いますが校長先生、お断りします」
「ここかぁ!」
何処からか聞き覚えのある声が響いた直後、校長室の重厚な扉を無数の木片に砕きながら刃こぼれを起こしたような鈍い刃をもつ氷刃が校長室内に襲来した。
「またこの氷か!」
心底嫌になりながら弾丸で迎撃するが、予期せぬ攻撃だったため弾を無駄に撃ってしまった。
「なんでこうなるんだよ。それに久美恵先生!あんた何、『自分は主人公ですから補正かかってて当たりません』みたいな表情で腕組んで立ってんだよ!俺が防御結界張って身を挺して守ってなんとか無傷ですんだんだぞ!あーくそ!おかげであのドイツ美人用に貯めておこうとしていたヅァーヴァがさっきのでスッカラカンだ!」
「あら!?久美恵先生って呼んでくれた!?嬉しいわ!」
「あー!この先生守らないほうが良かった!どれだけ久美恵先生って呼ばれたがってたんだよ!」
俺はこの能天気と言うよりバカな先生の発言に頭をガシガシとかきむしった。
「その声、やっぱりここにいたのね!」
あれだけボロボロにされてしまっているのにまだ門として機能していた偉大なる校長室の扉に、蹴りで止めをさしながら今もっとも見たくない人の顔がズカズカ入ってきた。
「なんでリュドミラは俺がここにいるってわかったんだ!?」
俺が医務室を出るときは目を覚ましていないはずだから、居場所は分からないだろうと思っていたがまさかあのときには既に目が覚めていたのというのか。
「分からなかったわよ」
追加の氷刃を生成しながら、リュドミラは答えた。
「じゃあ何故……」
言いかけた俺の頭に1つの仮説が浮かんだ。
「まさか……」
頼む、俺の仮説が外れてくれ。
「何を考えてるか知らないけど簡単なことだわ。多分まだ校内にいると思ったから、1階からしらみつぶしにドアを破壊して確認していったのよ」
「予想通りだった!もしいなかったらどうするつもりだったんだよ!それにリュドミラそれの修理代どうするんだよ!2階までで教室いくつあると思ってるんだ!まさかそれ全部壊したのか!?」
驚きを隠せない。仮に1階の教室の扉をすべて壊したのなら修理代が目を覆いたくなる額になる。
記憶が確かなら一階の教室は、全部で10、1つにつき扉は2個ついてるから……
「もちろんよ。トイレのドアも全て壊したわ。憎き雲母を見つけるためだもの」
「のおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
予想被害総額85万円!高校生が払える額じゃない!
「リュドミラ!何やってんだよ!85万はするぞ!払えるのか!」
「知らないわよ!そんなことより貴方を殺すことが優先だわ!」
必要分の氷刃を作り終えたリュドミラは、屋外と比べると圧倒的に狭い校長室にまんべんなく氷刃を放った。
ネズミ一匹も逃さず殺すつもりだ。
「くっ!」
この状況でも多少の負傷を覚悟すれば校長室から逃げ出すことは出来る。が後ろには校長がいる。守らなきゃ良かったとは言ったが、リュドミラに殺人を犯させるわけにはいかない。
校長のそばに寄ると、銃でひたすら迎撃するがすぐに弾切れを起こした。
マガジンを換える暇はない。銃でひたすら逸らすが、いつ銃が壊れるかわからない以上このままでは校長共々、死ぬ可能性が大いにある。
「リュドミラ!俺はともかく後ろに無関係な人がいるんだぞ!少しは考えろ!」
大声で叫んだが、聞こえてるはずもない。一か八かの賭けにでてリュドミラを止めるしか活路はない。
僅かに攻撃の手が緩んだ瞬間に回復したヅァヴァーで、校長に防御結界を張り直すと足のばねをフル活用して加速した。他と比べると大きいとはいえ室内だ。あっという間にリュドミラに接近すると全力の体当たりをした。
リュドミラが転倒したすきに校長室から離脱しようとしたがすぐに来ると思っていたリュドミラの氷刃が来ない。
気になって振り向くとリュドミラはただ呆然と座っていた。
「どうしたんだ。頭でも打ったか?」
心配になってリュドミラの肩に手を置いて顔を覗き見る。
「きゃあ!」
しかしリュドミラは怯えたような輝きを瞳に浮かべると、リュドミラらしからぬ叫び声をあげ縮こまった。
「は?」
リュドミラの態度の急変に、思考が追いつかない。
「驚いたかしら?」
平然とした態度で校長が話しかけてきた。俺が必死に守ったおかげでもちろん無傷。
「これはどうゆうことだよ。リュドミラの性格ってこんなんじゃなかっただろ。やっぱり先の体当たりで頭を打ってしまったのか」
困惑を隠せない俺を見て、校長は面白そうに笑っている。
「リュドミラのことを心配してるのね、良い男じゃない」
「そう言う冗談は良いから教えてくれ」
「あらあら、初々しい。雲母君の言ったことは半分不正解半分正解。そして頼みたいことってのはこれよ」
俺は気弱そうな顔をしたリュドミラを見た。
「……前言撤回、頼み事の内容を聞かせてくれ」