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俺、命を狙われる


寄りかかっていた幹から体を離そうとしたとき後ろから風もないのに風が吹くような気配がした。


「っ!」


カバンを掴むと横に勢いよく跳んだ直後、幹をバラバラに砕いて鋭い氷の刃が貫通してきた。


「あぶねぇな!誰だ、殺す気か!」


「あれを避けるんだ、流石ね」


声をしたほうには、息を飲むほど美しい少女が立っていた。


外国人だろうか、髪はまるで血を頭からかぶったかのような見事な深紅の長髪、意思の強そうな瞳は逆に深い藍色で太陽光の加減で透き通るような水色にも見える。背は170cmの俺よりやや小さいことから165cmぐらい。


すらりとした脚や腕は女性らしい華奢な見た目をしているが、無駄な脂肪など一切付いておらず日常的に鍛えているのだろう。


何より美しいのは顔だ。長い睫、すっと通った鼻、小振りな口、目の大きさ等全てが完璧で、どんなに美しいモデルでも彼女の隣に立てば濃い霧がかかったかのように霞んでしまうだろう。


そんな目麗しい彼女は、友達に会ったときのような気軽な足取りで歩いてくる。


ただし手にはレイピアよりやや幅広の刃を持つ細身のロングソードを抜いた状態で携えているが。


「あなたが矢神 雲母……であってる?」


外国人ぽい姿の彼女の口から流暢な日本語が発せられたことに驚いて思考が停止ししかけたが反応を返す。


「ああ、そうだ。何か俺に用でもあるのか?

よりもお前、俺目掛けてやってただろ!避けてなかったら今頃木の下敷きになってたか、氷の刃で真っ二つになってたんだぞ!」


最近話した人の中に彼女がいた記憶はない。白の制服を着ていることから剣聖学園の生徒なのはわかるが、俺がいた頃はいなかったから新しく入ってきた新入生もしくは転入生だろう。


「用?用ね、もちろんあるわよ」


言うが早いかロングソードを中段に構え斬りかかってくる。


「用があるって単純に殺しにきただけだろ!」


音を置いてくるかのような速度で迫る斬撃を間一髪スレスレで避けることに成功する。


「この程度じゃあなたは死なないでしょ。日本に五人しかいないSS級の一人、矢神 雲母。得られた情報によれば足の筋力と動体視力、反応速度を劇的に向上させる身体能力系の能力を用いて他の追随を許さない一撃必殺の居合抜きを主軸に闘うスタイルをとっている。あれ?日本刀を使うらしいけど今回はどうしたのかしら?」


調べはついているということか。SS級の能力者の得物や能力の詳細は最高機密で厳重に管理されているはずなのだがどこから情報が漏れたのか。


まぁ彼女が得た、その情・報・は・少・し・古・い・わけなんだが訂正してやるつもりは毛頭ない。


「あー日本刀な、テコの原理の実験のための棒代わりに使ってたら鞘ごと真っ二つに折れたんだよ。で今、丸腰なんで抵抗出来ないから見逃してくんね?」


実際には折れてなどいない。歪みや刃の曇り一つない、いつでも扱うことが出来るように完璧な状態に手入れして、家のベッドに無造作に置いているが戦闘は出来るだけしたくない。そもそもあれを使うつもりはまったくないのだから。


「フフ……ハハハ!」


突然、真剣な顔で油断なくロングソードを構えていた彼女は剣を下ろすと腹を抱えて笑いだした。


「な、何がおかしい」


彼女が突然笑いだしたことが予想外すぎて、思わず聞いてしまう。


「フフ……ごめんなさいね。あまりにも滑稽な三文芝居をやるものだからつい笑ってしまったわ。あなた演技下手ね。」


手に持っていたロングソードを腰の鞘にパチンと納めると彼女はそう言い、2m程後ろに下がった。


「どういうこ……」


問い詰めようとした俺の言葉は最後まで続かなかった。


2m後退したはずの彼女が、ノーモーションで脚力強化持ちの能力者も裸足で逃げ出す速さで距離を詰めたからだ。その速さは瞬間移動といっても過言ではない速さだ。ただもちろんそれだけでは終わらない腰から先程のロングソードを手が霞むほどの速さで掴むと一気に引き抜いた。それは俺が使っていた居合い切りそのものだった。


そして俺の胴体目掛けて彼女は振り抜いたが、響いたのは肉を断ち切る音でも空を切る音でもなく金属同士が強くぶつかる高い音だった。


「ほらあったじゃない。丸腰で抵抗なんて出来ないなんて言ったのは誰かしら?」


金属音の正体、それは俺が手に持っていたカバン……彼女の必殺の一撃を受けるために盾にしたカバンの中にあった。


「ちっ、バレてたか。うまく騙せていたと思っていたんだがなぁ……演技するのは難しいもんだ。バレてしまったものは仕方ない」


カバンとして機能しなくなったカバンから二つの鉄のかたまりを取り出す。


「わりぃな今回は銃火器を使わせてもらう。刀を使えってならお断りだ。そっこー逃げさせてもらう」


今朝、癖で取ってしまった刀の代わりに持ち出した二挺の拳銃。二挺のマシンピストルの初弾を装填して構えた。


「文句はないわ。ただあっさり負けないでよね」


また2mほど距離を取った彼女は、今度も中段に構える。


「ああ良い忘れていたが、今回はここ日本の……いやどちらとも剣聖学園、筒ヶ峰校の生徒なんだ『私闘』のルールを適用させてもらう。」


「は?『私闘』?なによそれ」


油断なく構えたまま彼女が問いかける。


「とは言ってもルールは単純。基本は『決闘』と同じで賭けるものは『エリア』の使用権ではなくその人が差し出すことの出来るなにか。まぁ最高だと命だとか一生の服従とかだな。ただし合意がない限り双方がかけるものはほぼ対等のものでないといけない。」


「そう、なら私があなたに対して求めるのは命ね!」


幹を容易く砕いた氷の刃が四つバキバキと音を立てて出現。それぞれが独立した複雑な軌道で飛来する。


「殺る気ありありなところ申し訳ない、がこの程度受けるほどでもね……」


全て十分な距離を空けて避けきったはずなのに右腕に衝撃が走った。


「!?」


彼女は、俺の後方に剣を振り抜いた状態でたっていた。


彼女の攻撃は氷の刃を放つだけでは終わらなかったのだと瞬間、理解した。


自ら放った氷の刃をカモフラージュに接近しつつ回避が思うように出来なくなる空中に俺が跳ぶように誘導一気に間合いを詰め、攻撃を当てたようだ。


まさかとは思ったが、これで説明がついてしまう。そして今まで誰かわからなかった彼女の正体がわかった。


「緋髪碧眼、それに細身のロングソード……噂程度だと思っていたが、本当だったか。あんたドイツのリュドミラ・マキリスだろ。欧州最強と噂される謎のSS級。知られているのは容姿と名前、得物だけ、性別すら秘匿されている奴がなんで日本にいるんだ。しかも剣聖学園の制服を着て」


「あら、よくわかったわね何か裏があるとでも思っているようだけれど安心して、ただの留学よ。正確には武者修行と言ったほうが良いかもしれないわ。国としては自分のとっておきが何処まで通用するのかも試したいのだと思うのだけど。」


振り返った彼女改めリュドミラは、不適に笑った。


「で手始めに対戦相手に選んだのは俺と。まったく良い迷惑だ。だとしても命を取るって流石に酷くね?」


武者修行の為に殺しにくるとか、どこの世紀末だよ。


「一度でも負けた能力者なんて必要ないでしょ?負けたってことはそれより強い能力者がいたわけだから利用価値なんてないわ」


そんなことになったらSS級しか残らないのだが合理的ではある。


「そうか。人様の意見に口出しするつもりなんて塵一つすらないからノーコメントにさせてもらうがご生憎さま、まだ死にたくないんでね悪いが勝たせてもらう」


幸い、リュドミラの斬撃を受けた右腕はズキズキする痛みはあるが、動かせることからヒビは入っているかもしれないが骨折はしていない。勝機はまだ十分にある。


「さっきの斬撃食らってよくもそんな減らず口を……と言いたいところだけれど私としてもそれぐらい歯応えのあるほうが、殺しがいがあるってものだわ」


応答するリュドミラの周りでは前よりふた回りほど小型の氷の刃がリュドミラを守るようにしながらゆっくり回転している。


騒ぎを聞き付けてグラウンドには筒ヶ峰校の生徒が集まってきているのが目に入った。


「あんまり目立ちたくねぇんだけどな。ほらリュドミラいつでも来いよ。その綺麗な頭を子供みたいにやさーしく撫でてやるからよ」


流石にこんな見栄ついた挑発にはなのら……


「良い度胸ね、そんなに私に殺されたいのかしら!」


バカ正直突っ込んできやがった!こういう系の挑発には弱いのか!?


リュドミラに向かって連射するが、周りで回転していた氷に防がれる


しかも二挺のうち一挺の連射速度が明らかに遅い。


不意打ちで食らいそうになった攻撃をマシンピストルで受けた影響で、右手に持っている方は動作不良を起こし始めている。


だが二挺のフルオート射撃のおかげで、振りが鈍く簡単に避けれた。


そして振り切った後のがら空きになったリュドミラの鳩尾にカウンターで右手の銃を連射するが3発撃っただけで弾切れになってしまう。


遠距離も攻撃できる銃だが、弾切れがあるのが弱点になっている。


リュドミラは急所の一つに銃弾をもろに食らったはずなのに、眉の一つも動かさずリロードをさせないようにと回転する勢いそのままに横薙ぎに剣を振るう。


弾切れを起こしているため銃弾で牽制することも出来ない。


やむなく先のフルオート射撃により完全に壊れた右手の銃を生け贄として剣に叩きつける。


ガギッという音と共に剣の刃が銃身に食い込み、それを持っている俺の右腕にとても女性が振っているようには思えないほどの力がかかりズリズリと後ろへ押し返される。


このままでは押しきられると思った俺は銃から手を離し、リュドミラの脇腹に回し蹴りを打ち込み強制的に距離を取った。


「はぁっ、銃って、もっと遠い場所から撃つものでしょう」


剣に食い込んだ銃を振りだけで外しながらリュドミラは文句を言ってくる。


「うっせぇ、なら、もっと遠いところで、闘え」


俺も負けじと息切れを起こしながら反論する。


「それはお断りね」


距離が空いたすきにこちらは空のマガジンを振るようにして落とし新しいマガジンを嵌め込む。


「あなた、能力まだ、使っていないでしょ、能力を使うまでもないとか思ってるの」


「…………さぁな………」


曖昧に答えると今度はこっちが先に動き出す。


リュドミラはその場を動かず野球ボール大の氷を無数に作り出し放つ。


本来なら後退して回避しつつ、チマチマ氷球を削ってからリュドミラの剣の間合いに入らずに撃つのが一番勝率を高くできはするのだが、それでは埒が明かない上に時間がかかりすぎる。その扱いずらさないからおいそれと能力を乱用出来ない俺にとっては時間がかかるのはほとんどの場合、相手を有利にするだけでデメリットしかない。だからあえて前に進む。懐に飛び込めばリュドミラの剣の間合いに入る。リュドミラ自身もそっちのほうでの応戦に集中するだろうから、必然的に弾幕は薄くなってくれる。


氷球を弾丸で迎撃しながら、意趣返しの意味も込めて真っ直ぐ突っ込んでいく。


リュドミラも俺の意図に気付き、懐に飛び込まれることが不可避になったと判断したのだろう。当てにきていた氷球を左右に迂回させ囲うようにして左右の回避をさせないような軌道になった。


「やあっ!」


渾身の気迫とともに放たれた突きが、左足に直撃した。


防御結界のおかげで、怪我こそしないものの万力で挟まれたような圧迫感と衝撃に襲われた。


こけそうになるのを必死で耐えた俺は、そのままリュドミラに銃弾を浴びせる……のではなく右手でリュドミラの体を押した。


もちろんその程度では防御結界にダメージは入らない。せいぜいリュドミラを1,2歩下がらせるだけだ。


しかし俺のやることはそ・れ・だ・け・で・い・い・


押された勢いで後ろに下が理想になったリュドミラの足が何もないはずの空中で引・っ・か・か・っ・た・


すかさず左手の銃を連射する。リュドミラまで2メートルもないこの状況なら目を瞑っても全て当たる。


最後の一発がリュドミラに当たった瞬間、ガラスが割れるような音がした。。


リュドミラの防御結界が壊れたのだ。


これで俺の勝利だが、防御結界を失くしたリュドミラはさっき引っかかったことで、倒れそうになっている。


防御結界がない今、倒れたら痛みもあるし怪我もする。


「ちっ」


軽く舌打ちをして地面とリュドミラの間に、仰向けに体を滑り込ませた。


「ぐっ」


鈍い衝撃と次いで、俺の防御結界も壊れた。


「痛くはなかったが痛てぇ」


助けてもらったリュドミラは、一連の出来事で何が起こったのか思考が追い付いていないのか動きを止めてしまっている。


「おいリュドミラ。さっさと体どけろ」


腕をリュドミラの背中と俺の胸あたりに滑り込ませ、リュドミラの体をどけ立ち上がった。

さっきの激戦で野次馬に来ていた生徒たちは全員退散してようだ人っ子一人いない。


「さて予定通り頭なでなでして……」


振り向いた俺の目にグラウンドでは見ることのないものが目に入った。


「うん、想像通り、目の毒だ」


いつの間に飛んだのか、リュドミラの制服の5個あるボタンが上から3個無くなって、下着バラ色のブラジャー丸出しになってしまっている。口調やしぐさからなんとなく予想はついてはいたが、やっぱり女だったようだ。


当の見られたご本人は、ボタンが外れていることに気がつくと、バッっと制服の前を手で閉じて胸を隠し口をわなわなさせている。


「……」


「……」


ただ無言で見つめ合うヒューという効果音が付きそうな状況が、そこにはあった。


えーとこれって俺が、なんか言わないといけないやつ?ただこれ発言した瞬間に殺されるという死のハッピーセットなんだけれども、しかも予想される今回のオモチャは、間違いなく無数の氷刃なんですけど、どうすればいい?


考えること体感2分、結局ハッピーセットを選ぶしかないと悟った俺は、炎にガソリンをぶち込む発言をしようと考えた。


「御気の毒様。そしてありがとう、ごちそうさまでした。」


やけくそ発言。転ぶなら盛大にこけてやる。


「!」


瞬間、時が通常運行を始めた。羞恥心と怒りで顔を真っ赤に染めた、リュドミラを俺から隠すように氷の刃が生成され、ありとあらゆる方向に飛び回った。


勿論俺のほうにも無数の氷刃が飛んでくる。防御結界のない今当たれば、命に直結する大怪我を負うことだろう。


死に物狂いでよけ続けると、ピタリと氷刃が飛んでこなくなった。


「やっとヅァヴァーが切れたか、死ぬかと思った」


リュドミラは氷刃の発生原なので、全くの無傷だったが魔力&体力切れで気絶している。


「はぁ~。これ放置してたら色んな意味でアウトだよな。しかたねぇ医務室まで運んでやるか。原因、俺だし」


ついさっきまでは放置することに決めていたのだが、低空を飛んだ氷刃によって削られて花弁のような線が刻まれた中心で眠るリュドミラに不覚にもドキッとしてしまったのだ。


「変な気を起こすなよ。そんなことしたら俺が俺を殺すからな」


到底できないことだが、寝込みを襲うのは俺の中では禁忌中の禁忌なのだ。それぐらいの心持でなくてはいけない。


無防備な寝顔でスヤスヤ寝ているリュドミラを起こさないように、そっとお姫様抱っこすると筒ヶ峰高等学校の何処に存在するのか分からない医務室に向けて歩き出した。

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